C.E.100.06.04――。
コンパス地上部隊極東統合基地、格納庫。
巨大な整備フレームに固定された深紅の機体。
クリムゾンフェイスが、装甲の一部を取り外された状態で、
オーバーホールを受けていた。
その足元では、工具を片手にした1人の整備兵が顔をしかめている。
整備兵
「だから駆動関節は全部で666箇所もあんだぞ」
「全部のレスポンスを均一化しろってのが無茶なんだよ!」
コウタ・マードック軍曹がレンチを放り投げるように工具台へ置く。
対するシュダ・ザラ大尉は、整備データを睨みながら淡々と言った。
シュダ
「できないならやらなくていい。俺がやる」
コウタ
「そういう言い方するな! 毎回毎回、人を無能みたいに!」
シュダ
「無能なんて言ってない」
コウタ
「言ってるのと同じだ!」
シュダは小さく息を吐く。
コウタは28歳。
シュダよりもかなり年上だが、オーブ軍からの長い付き合いでもある。
"""自分の乗機である機体""と""自分の担当整備機体"""
そこに関しては互いに妥協はない
シュダ
「クリムゾンフェイスは俺の癖に合わせてあるんだ」
「0.01秒の遅れでも剣筋が変わるんだよ」
コウタ
「分かってるよ! 分かってるけど、普通のMSじゃないんだよ、これ!」
コウタが機体を見上げる。
コウタ
「駆動関節666箇所なんて仕様が頭おかしいんだ……」
シュダ
「必要だっつってんだろ」
コウタ
「必要で片付けるな!」
その時。格納庫の入口から明るい声が響いた。
サクラ
「またやってる……」
振り返ると、オーブ軍の制服姿のサクラ・ホーク・アスカが立っていた。
シュダ
「なんだ、サクラか」
サクラ
「なんだとはなによ。今日は通信接続の確認」
そう言いながら彼女はクリムゾンフェイスを見上げる。
クリムゾンフェイスのフレームはVPS素材になっている。
一部のフレームには電圧を通していた。
サクラ
「うわぁ……またバラされてる」
「相変わらず、内部は派手よね。ストライクフリーダムだっけ?」
「フレーム素材は同じなんでしょ?」
シュダ
「ああ、今はEカーボンが主流みたいだけどな」
「駆動箇所が多いから、隙間だらけなんだよ」
「その対策として、内部フレームにVPSなんだってよ」
コウタ
"「""だってよ""って、なんでお前が他人事なんだよ」"
「ゴールドが眩しくて、作業になんねえしよ」
「かと言って、全部の電圧落とすわけにも行かねえし」
サクラ
「毎回思うけど、整備の人達泣かせよね、この機体」
コウタ
「わかってくれるか?サクラちゃん、泣いてるよ」
コウタの即答に、サクラが爆笑している。
サクラ
「ごめんwwwwww、ダメwww無理www」
コウタ
「お前のせいだぞ!」
シュダ
「なんでだよ、ってか何がだよ」
サクラ
「アンタも少しは歩み寄りなさいよ!」
シュダは僅かに眉を寄せた。
666箇所に及ぶ駆動関節、内部フレーム素材はVPS。
主兵装は日本刀型実体剣、副兵装は脚部ビームブレード。
あとは、念のため程度のビームサーベルが2本。
射撃兵装は頭部と胸部のCIWS(シウスバルカン)程度
シュダ自身も十分理解している。
クリムゾンフェイスが特殊な機体であること。
だからこそ、コウタ以外には任せられない。
コウタをコンパスに誘ったのはシュダだった。
突然、格納庫の空気が変わる。
ガコンッ
再び格納庫の自動扉が開く。
少しだけ格納庫が暗くなったような気配がした。
ピンク色の髪を揺らし、アリシア・クラインが入ってきた。
アリシア
「……何?」
いつも通りの短い言葉に、サクラが手を振る。
サクラ
「おっ、おはよう、アリシア」
アリシア
「……おはよう」
挨拶はするが、いつもどこか固い印象がする。
アリシアは、すぐにシュダへ視線を向ける。
アリシア
「シュダ」
シュダ
「何だ?どうした、アリシア」
アリシア
「朝食……まだ?」
シュダ
「そういや、まだだな。ずっとここに居てるし」
アリシア
「そう」
サクラと挨拶をした時とは違い、何となく空気が柔らかい。
コウタが苦笑する。
コウタ
「なんすか、その確認www」
ゆっくりとアリシアの視線がコウタに向いた。
アリシア
「……別に。なんでもありません。コウタ軍曹」
"""別に""その言葉に、サクラもコウタも""別に""ではない、"
何かを感じている。
アリシア
「整備、終わらない?」
シュダ
「あーー、まだかかるな、多分」
「こいつが仕事遅せえから」
コウタ
「なんで俺のせいなんだよ!!」
アリシア
「……そう。わかった」
少し悩みながら、不思議そうにコウタが言った
コウタ
「アリシア中尉って、シュダにだけは口数多いっすよね」
シュダ
「そうか?気の所為だろ」
サクラ
「…………」
何となく、アリシアの感情を察しているサクラは、
何も言えない。いや、言いたくない。
アリシアの冷たい視線が、突然サクラに向く。
アリシア
「何」
サクラ
「いや、アタシには結構……塩対応だなって………」
「アッアタシはコンパスでの行動時、少尉待遇だしさ」
「歳は上だけど、そういうのもあるのかなって……」
アリシア
「………………別だから」
サクラ
「別?」
「階級が?私が?…………シュダが?」
アリシア
「………………」
コウタはいろいろと察して、困った顔をしているが、
頭をポリポリ掻いて、その手でシュダを指差した。
コウタ
「まあまあ、サクラちゃんもアリシア中尉も」
「とりあえず、こいつが悪いってことで手打ちにしましょうや」
シュダ
「は?なんで俺なんだよ!?」
サクラは何とも言えない顔でシュダを見る。
サクラ
「アンタ、ホント……そういうところよ」
シュダ
「なんだよ」
サクラ
「何でもないわよ」
アリシア、コウタ、サクラ
「………………」
サクラは大きく溜息をついた。
---
同時刻。
コンパス地上部隊極東統合基地。
統括指揮官執務室。
コンパス地上部隊統括指揮官であるシン・アスカは、
机に肘をつき、資料を睨んでいた。
向かいには1人の男。
アフロディーテ艦長、リュウタ・シモンズ中佐。
最近では多くなってきたウォーターコーディネイター。
リュウタ
「……コスモ・オラクル、ですか」
シン
「ああ」
資料を閉じながら、深い溜息をつく。
シン
「最近になって、急に名前が表に出始めた」
リュウタ
「名目上は宗教団体……なんですよね?」
シン
「だが……テロ…それに先日のここへの急襲」
リュウタは困ったように頬を掻く。
リュウタ
「こういうの、苦手なんですよねぇ……」
シン
「お前、艦長だろ」
リュウタ
「戦艦の運用は好きなんですけど、人種とか、宗教とか……」
シンは呆れたように笑う。
シン
「ま、そういう奴だからアフロディーテ任してんだけどな」
リュウタ
「え?」
シン
「変に先入観を持たねぇ」
窓の外。
遠くでシュダや娘のサクラが騒いでいるのが見える。
シン
「まったく、何やってんだアイツらは」
「………ただな……嫌な感じがする」
リュウタ
「嫌な感じ……ですか」
ブルーコスモス、ロゴス、デスティニープラン、アコード、
シンは嫌と言うほど見てきた。
シン
「平和ってのはな……壊れる時は、前触れもなく壊れる」
「無慈悲に、無情に…………」
リュウタは静かに頷いた。
---1時間ほど後
通信確認を終えたサクラが、また格納庫に顔を出していた。
格納庫では相変わらず、シュダとコウタが言い合いをして、
すぐ近くでアリシアは自機のデータだろうか?
タブレットを操作していた。
サクラ
「じゃ、アタシ帰るね」
コウタ
「…」
コウタもバカではない。それなりに歳も重ねている。
アリシアが抱いている、シュダへの感情はよくわからなかったが、
サクラのシュダへの想いには、何となく勘付いていた。
コウタ
「シュダ、お前、飯まだなんだろ?」
「サクラちゃんと食ってこいよ」
「な?サクラちゃん、悪いな、頼むよ」
サクラ
「え!?」
シュダ
「なんでだよ、まだ整備終わってねえだろ」
アリシア
「!………………」
サクラ
「………」
「戻ったら、オーブ軍の仕事もあるし……」
シュダ
「あーー、でも…飯か」
「サクラは戻んだろ?」
「アリシア、飯行こうぜ」
アリシア
「うん」
"コウタは""しまった!""という様子で、額に手をやって、"
シュダやアリシアには解らないように、
"サクラに小さく""悪いな""と合図をした。"
サクラ
「………また来る」
シュダ
「ああ、じゃあな」
サクラ
「アリシアも、またね」
アリシア
「……うん」
"コウタは""やっちまった""という表情。"
サクラは少し悲しげな印象で、足早に格納庫を出て行った。
アリシアが僅かに目を細める。
シュダ
「なんだ?アイツ」
---
シュダとアリシアは基地内の食堂に向かって歩いていた。
しばらく会話は無かったが、珍しくアリシアから口を開く。
シュダ
「……サクラ。」
シュダ
「ん?」
アリシア
「仲がいい」
シュダ
「まあ、アイツとは付き合い長いからな」
「つっても、お前とも結構長いよなwww」
アリシア
「……そう」
数分の沈黙…………。
アリシア
「……少し羨ましい」
普段から声は大きくないが、かなりの小声だった、
シュダは聞き返す。
シュダ
「ん?何か言ったか?」
アリシア
「……何も言ってない」
ふと気付くと、前から誰かが歩いてくる。
メガネの男性。コンパスの士官服だ。
リュウタ
「あ、えっと……ザラ大尉、クライン中尉」
シュダ
「シモンズ中佐」
シュダが敬礼する。
アリシアも続いて敬礼した。
リュウタは慌てた様子で手を振った。
リュウタ
「いやいや、僕なんかに、そんな固くしなくていいよ」
シュダ
「……?」
リュウタ
「そのうち僕の艦に乗ることもあるだろうしさ……」
「その……仲良くやれたらってね」
シュダ
「アフロディーテっすか」
「アークエンジェル級なんすよね」
リュウタ
「そっそうだね」
どこか頼りない笑み。
でも、何となく信用は出来そうな人。
アリシアがじっと見つめる。
リュウタ
「えっと…何かな?アリシア中尉」
アリシア
「艦長」
リュウタ
「は、はい!」
アリシア
「頼りない」
リュウタ
「え……」
シュダ
「あっ…すいません、中佐……」
「アリシア、お前も謝れ」
リュウタは苦笑しながら、ヘラヘラ笑っている。
リュウタ
「いいんだよ、いいんだよ、……よく言われます……」
---
基地内食堂
シュダとアリシアは向かい合って食事をしていた。
アリシアは静かにスプーンを動かす。
アリシア
「……美味しい」
シュダ
「そうか」
「肉も食っとけよ」
アリシア
「うん、少し」
沈黙……………
だが不思議と居心地は悪くない。
アリシアがふと顔を上げた。
アリシア
「今度……街」
シュダ
「街?街がどうした?」
アリシア
「オーブの街…見たい」
シュダ
「……休みが取れたらな」
先日のコスモ・オラクルの奇襲。
コンパスはもちろん、オーブもザフトも警戒しているだろう。
こんな時にシュダとアリシアのが2人揃って休み……
そんな物、取れるはずもない
それは、アリシアもわかっている。
アリシア
「……うん。」
アリシアの表情は、僅かに柔らかかった。
---
夕刻。
基地内通路。
シュダとアリシアは、オーブの街での、
行きたい場所なんかの話をしながら歩いていた。
日常。
食事。
休み。
基地の中ではあるが、戦場ではない。
---
突然、基地内放送が鳴り響く。
基地内放送
『緊急連絡。緊急連絡』
2人が立ち止まる。
基地内放送
『オーブ市街地にて、コスモ・オラクル過激派と思われる集団の拠点を発見』
『コンパス地上部隊は第2警戒態勢へ移行。各員は速やかに持ち場へ。』
アリシア
「……始まる。」
シュダは静かに警報灯の赤い点滅を見た。