「此度の出撃、ご苦労であった。貴官らは間違いなくグラナダを救った英雄として語られることだろう」
グラナダ基地の作戦指令室にて、キシリア・ザビの鋭い眼差しが軍服に身を包んだ男たちを見渡した。帰投後すぐの招集で、ノーマルスーツを着用したままの者もいる。
地球連邦軍の卑劣極まるグラナダへのソロモン落としを捨て身で防いだ、殴り込み艦隊の生き残りたち。艦とモビルスーツの整備要員以外が勢揃いしている。しかし、決死の作戦を成功させ帰還した者らの表情は明るくない。
重い雰囲気の中で口を開いたのは、赤い彗星シャア・アズナブルの副官として強襲揚陸艦ソドンを指揮するドレン大尉だった。
「恐縮であります。キシリア様に戦功を認めていただけるとなれば、ソロモンに散った連中も死んだ甲斐があったというものです」
「そのように念を押さずとも此度の戦死者とその遺族には最大限計らおう。私は恩知らずな女ではない」
「は、そのようなつもりではありませんでしたが、安心いたしました」
「よい。貴様のそういう部分を赤い彗星も評価していたよ。己が若さゆえに手の届かない部分を支えてくれると」
キシリアは窓に目をやった。ドレンも釣られてそちらを見る。
大きな穴の開いたソロモンが、月の地平線に消えていくところだった。グラナダ直上を通過した時は恐ろしく映ったその姿も、いずれ地球にとっての月のように、そこにあるのが当たり前の存在になっていくのだろう。
「して、そのシャアはどうした」
兵士たちは目配せを交わし、やはりドレンが、先ほどより重々しく言った。
「大佐は……時間までに脱出されませんでした。待ち伏せしていた連邦の軽キャノン12機を全滅させた際に落盤が起きて巻き込まれたと」
「自分の責任です! 自分の隊の応援のために大佐は部下をこちらに回してくださって……!」
トクワン大尉が涙ながらに言った。
キシリアは3秒ほど目を閉じ、そして開いた。
「よい。責任とは上官が負うものだ。シャアの判断の責任はシャアにある。ひいては迎撃の任を与えた私にな。此度の作戦の文句がある者は私に申し立てよ」
指令室はしんと静まり返った。
「恐れながら申し上げます。ソロモンへ大佐を探しに行かせてください!」
今まで俯いたままだったシャリア・ブル大尉が前に進み出た。
「おい、よしとけ」
ドレンが肩を掴んだ。キシリアが目でドレンを制す。
「シャリア・ブル大尉。連邦の艦隊は撤退を始めたとはいえまだソロモン付近にいる。ソドンとキャメルの二隻で殴り込むつもりか? そんな自殺行為に許可を与えることはできん」
「しかし……!」
「生存者の捜索は直に行う。貴官らの出番は終わったのだ。家族の元に帰るがいい」
「私には家族がいません。親も知らず、妻や子も」
「しかし、男は時に男に惚れるものか」
キシリアの言葉にシャリアは目を見開いた。
「もしや、キシリア様も──」
「ニュータイプか、と? まさか。本来、人が人を理解するのに貴様やシャアのような希少な才能は必要ないのだ」
「ははは! 一本取られたなあ大尉」
ドレンに背中を叩かれ、シャリアは項垂れた。キシリアは男家族の中で育ち、男社会である軍隊を統べている。ホモソーシャルに理解があるのは当然だった。
「他に何か言いたいことがないなら、それぞれ艦に戻り第三種戦闘配備で待機せよ。ルナツーに回した戦力が戻るまでな。改めて貴官らの働きに感謝する」
「は!」
ドレンらは敬礼をして踵を返した。
最後に退出しようとしたシャリアをキシリアが呼び止めた。
「シャリア・ブル大尉。貴様に一つ聞いておきたいことがある」
キシリアの目配せで、指令室にいた参謀長やオペレーターたちも席を立ってドアに向かった。シャリアを待っていたドレンが参謀長に促されて外に出ると、指令室にはキシリアとシャリアだけになった。
「シャアと最後に通信したのは貴様だったそうだな。奴はその、何か……言い残したか?」
「は。連邦の待ち伏せで自爆用ザクが破壊されてしまったため、自分のガンダムを自爆させて代替すると。そして……自分がいなくなったら代わりにキシリア様を守ってくれ、と。それが、大佐の最後のご命令でした」
「そうか……馬鹿な子だ、キャスバル」
キシリアはシャリアに背を向けた。
「キャスバル、ですか?」
「キャスバル・レム・ダイクン。それが奴の本当の名だ。名を変え仮面を着けようが一目で分かった。私は小さいキャスバル坊やと遊んであげたこともあるのだからな。父たるジオン・ダイクンに代わりジオン公国を統治するザビ家を追い落とす気でいるのだろうと思っていた。■■■に殺されるよりはキャスバル坊やに殺される方が良いとさえ……しかし……」
「私はキャスバル・レム・ダイクンという人のことは存じ上げません。ですが、シャア大佐はジオン国民のため、いえ、スペースノイドひいては人類全体のためを考えて動く方でした」
「そう……いつの間にか立派な男になっていたのね、キャスバル坊や……」
しばしの無言の後、シャリアが口を開いた。
「キシリア様、ひとつお願いがあります」
「何だ?」
振り向いたキシリアの目元は少し赤みがかっていた。
「私をキシリア様の親衛隊に加えてください。シャア大佐の最後の命令を全うさせていただきたいのです。大佐に代わり、命を懸けてキシリア様をお守りいたします」
シャリアは真っすぐキシリアの目を見つめた。
「ならん」
「ど、どうしてです!?」
シャリアは一歩詰め寄った。
「赤い彗星の代わりなど誰に務まるものか」
キシリアの眼光に貫かれ、シャリアは身動き一つとれなかった。
ふ、とキシリアは表情を緩めた。
「シャリア・ブル。貴様の心には私と同じ形の穴が開いている。赤い彗星の形をした穴が。我々は互いの姿を見る度に己の穴を拡げていくだろう。それではいつまでもこの穴が埋まることはない」
「ではどうすれば?」
「生きていようがいまいが、不在なら探すほかあるまい。貴様には赤い彗星捜索の任を与える。ニュータイプの勘とやらで赤い彗星を見つけてみせろ」
「了解しました」
シャリアは敬礼を返した。
「それにな……シャアは生きている。連邦の捕虜になったか、ソロモンを脱出して宇宙を彷徨っているのか、或いは別の何かが起きたかは分からぬ。ただ、そう感じるのだ。勘に過ぎぬがな」
キシリアは再び窓の外を見た。シャリアもそれに倣う。もうソロモンは肉眼で確認することはできない位置にある。それでもキシリアの視線はぶれることなく一点を見つめているようだった。
「勘ですか。それは、どのような」
「ふ……女の勘、だ」
二人はぎこちない笑みを交わし合った。シャリアは、目の前にいるのが自分より5歳年下の女性なのだということを初めて思い出した。