「ハシモトさん今日のターゲットです」
「ターゲットって言ってる!」
それはもう、殺人のための言葉じゃないですか。
「おっきな声出さないでくださいよ。誰かに聞かれたらどうするんです?」
「聞かれちゃいけないなら、やましい話じゃないですか」
「やだ、ハシモトさんったら。ここ職場ですよ? もう……っ」
「やらしい話じゃなくて」
わざとらしく頬を染めるユフィさん。
どうでも良いが、なぜこの手の美少女は自力で頬を染める特殊技能を持ってるんだろう。
「で、次は誰を転生させるんですか?」
「あら、話が早いですね。人を轢くのは倫理観がー、とかウダウダ言わなくていいんですか?」
「ウダウダ言ってるつもりはないんですけど」
至極、当たり前のことを言っているだけで。
「今回は松永優馬さんという方を転生させます。32歳。格闘漫画の世界への転生を希望していらっしゃいますね」
「へぇ……格闘家の方ですか?」
「暴力団の組員です」
「ちょっと待てぃ」
ちょっと待てにも程がある。
かなり待て、だ。それは。
「ヤクザの方は、ちょっと」
「怖いですか?」
「怖いですよ?」
「私は怪我しませんけど?」
「俺はしますけど?」
「私はしませんけど?」
話聞かねぇなこいつ。
「他にいい人いないんですか?」
「うーん、いい案件はもう大体、他の所に取られちゃってるんですよねぇ」
「ご同業の方がいらっしゃる?」
こんな馬鹿みたいな仕事に?
世の中、知らないことでいっぱいだな。
「大丈夫ですよ! お話ししてみたら案外いい人だったー、なんてケースはいっぱいあります。偏見で決めつけちゃダメです」
「まぁ、それはそうですけど」
「あっ、でも……」
ユフィさんが、指を絡めて何やらもじもじ。
なんだろう。碌でもないことを言い出しそうな雰囲気だが。
「小指、落とされそうになったら言ってくださいね……?」
偏見そのものじゃねぇか。
*
「あ、いらっしゃいましたね」
「あの人ですか?」
仕事終わり。
ユフィさんを助手席に乗せ、ターゲット、もとい転生希望者の元へ向かう。
「なんか、思ったより」
「ショボい?」
「細身の方ですね」
「ショボいですよね?」
「痩せ気味の方、ですね」
包んだオブラートをビリビリにしてくる隣の駄女神は無視。
松永さんは河原の階段に座って項垂れて、あまり怖い雰囲気はない。
「では、行きましょう」
「いってらっしゃい」
「足元、気をつけてください」
「いってらっしゃい」
「はよ降りろ」
助手席から降りようとしないユフィさんを羽交締めで引き摺り出す。
「や! やです! 私に何かあったらどうするんですか!?」
「怪我しないんでしょうが」
「代わりにハシモトさんが殴られたら、私、夜しか眠れません……!」
「健康体じゃねぇか」
暴れて逃げようとするユフィさん。
俺もヤクザに会うのは怖いが、彼女がこんなに怖がるとは。
「大体、なんで毎回お話聞かなきゃいけないんですか! サッと転生させてすぐ終わりでいいでしょう!?」
「前回は話聞いたじゃないですか」
「あれはハシモトさんが言うから仕方なく! 本当ならこんなことしないんです!」
「そうなん……それ、やってることヤバくないですか」
話も聞かず転生させてるってことは、つまり普通にトラックで轢いて終わりということになる。
ただの交通事故だ。
「だって……お話聞いて転生するの嫌ですってなったら……お仕事できなくなっちゃうし……」
「最悪の自白したな」
薄々気づいていたけど。
この仕事、相当イカれてる。
「ともかく俺は一旦お話するんで。怖いなら遠くから見ててください」
「ファイトですハシモトさん! あなたなら何でもできます!」
「遠くでいいってなった瞬間元気になりましたね」
まぁ、変に騒がれるよりはマシ。
松永さんに近づくと、彼は顔を上げてこちらを振り抜いた。
「兄ちゃん、どこの組のモンですか……?」
挨拶がヤクザ風味。
「異世界転生業務を担当しております、橋本運送です。松永優馬さんで間違いないでしょうか?」
「あぁ、カタギの方でしたか」
「ドスを引っ込めてくださり、ありがとうございます」
挨拶の最中に、ドスを取り出し始めたから。
回れ右して逃げようと思ったけど。
思っていたより全然紳士的な方だ。やはり偏見を抱いて接するのは良くない。
「それで、なんで自分の名前を? 返答次第では山に埋めなくちゃいけないんですが……」
偏見も時には大事だ。
「実は松永さんに、格闘漫画の世界に転生していただくという話が持ち上がっておりまして」
「て、転生……? 何言ってるんですか?」
そうだよな。普通そういう反応になるよな。
良かった。やっぱり前回の反応がおかしかったんだ。
俺は正気だ。
「簡単に言うと、まず、トラックで轢かせていただいて。すると異世界に転移できるという仕組みなのですが」
「正気ですか?」
俺は正気だ。
「トラックで轢くなんて、そんなのおかしいです! 人の命をなんだと思ってるんですか!?」
「それは」
反論しようとして。
何も言えなかった。
だって、その通りすぎるから。
「確かに、そうですよね。俺が、間違ってたかもしれません」
「……転生って、本当の話なんですか?」
「はい。ですが、そのための方法がトラックで轢くなんて、やっぱりいくらなんでも」
「轢いていいです」
マジかよ。
「ただ、一つだけいいですか?」
「一つだけでいいんですか?」
もっと要求しても。
誰も責めないと思いますよ。
「格闘漫画の世界じゃなく……その……」
「格闘漫画ではなく?」
「本当は……魔法少女の異世界に……行けたらと……」
言いにくそうなことを告白するように、松永さんは言った。
笑われると思ったのかもしれないが、俺は特に意外ともなんとも思わなかった。
彼は別に悪くないんだ。
初回がエロトラップダンジョンの異世界だったのが悪いんだ。
「わかりました。では、そのような世界に松永さんを転生させ……」
「あっ、えっと、違くて」
おや。
なんだろう。
「……女の子になって、魔法少女に、なりたいなと」
「ふむ」
ふむ。
ふむ?
……ふむ。
「……ユフィさ〜ん!」
助けて!
女神様大好き。
*
「可能ですよ。性転換は」
「マジですか」
トラックの陰からこちらの様子を伺っていたユフィさん。
事情を説明すると、そのような返答が。
「というか、転生なので。基本的に生前の肉体は維持できません。転生先は身体的違和を減らすため、なるべく近い体格にするのが通例ですけど」
「難しい話?」
「難しい話です」
「では、聞きます」
「偉い」
なぜなら金田が旅行に行ってて、いないから。
「魔法少女の世界……あっ、ちょうど病気で死にかけの女の子がいますね。この子にしましょう」
「なんか怖いこと言ってる〜」
魔法少女の世界って病気あるの?
少女漫画みたいなキラキラした世界観じゃないの?
「よし、設定完了です。それじゃ、反社さんを魔法少女にしちゃいましょう!」
反社さん言うな。
「あっ、準備できたんですか?」
「えぇ。転生後は少女に生まれ変わると思いますよ」
「あぁ! ありがとうございます! 長年の夢がついに……!」
感動している様子の松永さん。
彼は俯きながら、ぽつぽつと話し出した。
「魔法少女になりたい、なんてとても言える環境じゃ無くて……グッズを集めたり、ショーに行くのも、諦めていたんです。だけど……それも……!」
声を抑えながら泣き出す松永さん。
俺はそれを黙って聞いていた。
「ありがとうございました」
トラックに乗り、松永さんを轢く直前。
彼はやはり、感謝の言葉を口にしたのだった。
「お疲れ様です。ハシモトさん」
「お疲れ様です」
この仕事はイカれている。それは間違いない。
だが、誰かの夢を叶えるという意味では、これほど理想的なものもないのかもしれない。
一度きりの人生に“やり直し”の機会を与えるこの仕事は。
「……ん、電話か」
しんみりとしていると、ポケットの中のスマホが震え着信。
「あの、もしかして組から……?」
「大丈夫です、金田ですよ。もしもし」
スマホを耳に当てると、聞き慣れた後輩の声が響く。
『先輩! 転生の仕事ってうちからも依頼できますか!?』
そんな、予想外の言葉を通じて。