吸血姫にTS転生した俺、ダンジョンマスターになる 作:光の道筋
指先に滲んだ血を、さらに体外へと引き出す。血は宙に浮かび、やがて小刀へと変形した。冒険者が曲がり角を曲がった瞬間を狙い、攻撃してしまおう。
「に、逃げるぞ! こんなところに居てられるか!」
「どけっ! 邪魔だ!」
「お、俺も!」
冒険者たちがドタバタと走り去っていく。罠の可能性を疑って警戒を続けていたが、足音は次第に遠ざかっていった。やがて、その足音も完全に消える。ダンジョンに反響していた喧騒は失われ、そこに残されたのは幾つもの冒険者の氷像だけだった。
「リリィ様! どうして追わないのですか! 逃げられちゃいますよ!」
「殺すのが目的じゃない。帰ってくれるのなら何もしなくていい」
「ですが仲間を呼ばれますよ! そしたら大勢の人間が来ます!」
「それはその時考えよう。この子をマスタールームに連れていかないと」
気を失った少女は、まだ目を覚まさない。苔スライムのおかげで空気は浄化されているが、鬱屈とした雰囲気までは拭えなかった。
ダンジョンの硬い地面に寝かせておくより、清潔なマスタールームの柔らかなベッドへ運ぼう。あのベッドの寝心地は最高だ。きっと、目を覚ますのも早くなるはずだ
「そいつはそのまま放置でいいですよ。もう二度と目を覚まさないので」
「は? そんなの分からないだろ」
「分かりますよ。そいつは魔力切れで気絶したんです。ダンジョン内では魔力が回復しないので、そいつは一生気絶したままですよ」
イレーネが淡々と告げる。そういえば以前、彼女はこう言っていた。ダンジョンでは魔力が徴収され続けるため、自然回復分は相殺されてしまうと。なら、やはりこの子は二度と目を覚まさないのか。そんなの、あんまりじゃないか。
「だから魔法主体の魔物は使い捨てなんです。使い物になりませんよ」
「何か魔力を回復させる方法はないのか!?」
「…………さ、さぁ。私はなーんにも知りませんけどね」
イレーネの目が泳ぎ、視線が定まっていない。こいつ、嘘を吐いているな。なんて分かりやすい奴なんだ。
魔力を回復する方法、以前イレーネが言っていたはずだ。思い出せ。俺の魔力が回復するのはダンジョンマスターだからで……その血族も徴収されないため回復する、と言っていた。
あ、そうだ。だから眷属であるイレーネも魔力が回復するんだ。ならばリッチの子も眷属にしよう。そうすれば目を覚ますはずだ。
「イレーネ、この子も眷属にするぞ。そうすれば魔力が──」
「何言ってるんですか! 私という可愛い眷属がいますよね!? こんな魔物ごときを眷属にするなんて有り得ません!」
「いいや! するね! 眷属が2人になっても問題無いだろ!?」
「やだやだやだ! 眷属は私1人で十分です!」
「うるさい! もう眷属にするからな!」
「あ、ちょっと!」
ごねるイレーネを無視し、少女の柔らかな首元に齧り付く。瞬間、口内に冷たい血液が流れ込んできた。猛暑の日に飲むラムネのように、爽やかで心地よい味だ。ひたすら飲み続けていると、少女の体がピクリと動いた。
「うぅ……」
「大丈夫か!?」
首元から口を離して様子を伺う。少女はゆっくりと瞼を開け、俺の視線がその瞳と重なった。
「マスター……?」
「よかった! 体調はどうだ!?」
「ええ、良好よ。マスターたちの話は聞こえてたわ」
少女の視線が横へ逸れる。その先には、眉間に皺を寄せたイレーネが仁王立ちしていた。彼女は激しく燃え上がる激情を宿したまま、少女を見下ろしている。なぜイレーネは怒っているのだ。この子を助けたことがそんなに不満だったのか。
「わたし、眷属ってやつになったみたいね。その……あなたには申し訳ないことしたわ」
「…………誰も悪くないですよ。合理的に考えれば……お前を回復させるべきです」
「さっきは嫌がってたじゃない」
「だって……他の眷属なんていてほしくないですし……」
イレーネは恥ずかしそうに目を逸らす。ただの嫉妬が理由で嫌がっていたらしい。やはり眷属にするのを強行して正解だった。
「そうね。ごめんなさい。わたしは死んだ方がいいわね」
「なっ! そんなこと言うなよ!」
「そ、そうですよ! 魔物ごときの命でもリリィ様の眷属です! 死んじゃダメです!」
「お前! 魔物ごときって言うな!」
「えっ! すみません! でもこいつは吸血鬼じゃないですよ!」
「そうね。一刻も早く命を絶つわ」
「やめろやめろ! 自殺禁止だ!」
そう言った途端、少女の体が不自然に硬直する。少女は地面に寝たまま、壊れかけの機械のように緩慢な動きで俺に顔を向けた。
「動けないのだけれど」
「お前はもう眷属ですからね。リリィ様の命令には絶対服従ですよ」
「なるほど。分かったわ」
「ちょっと待て。本当に自殺しようとしてたのか?」
「? 当たり前でしょ?」
「な、何言ってんだよ! 自殺なんてすんなよ!」
「そう……死にたいのだけれど」
「だから死ぬなって!」
この子の自殺願望はイレーネの魔物差別のせいだ。これから共に生活していくのだから、差別は辞めてもらおう。
「イレーネ、魔物差別は辞めろよ。同じ眷属なんだから仲良くしろ」
「魔物差別なんてしてませんよ。人間も魔物も平等に扱う優しい吸血鬼です」
「人間と魔物は好きなのか?」
「全然! 私たちに比べたらあんな奴らカスですよカス!」
「わたし、この人嫌いだわ」
「仲良くしろって……」
イレーネは人間も魔物も差別する吸血鬼至上主義らしい。どうしてこんな奴に転生させられたのか。一緒に暮らすなら博愛主義の人が良かった。
「お前の容姿はリリィ様に似てますからね。仲良くしてやらんこともないですよ」
イレーネは少女の手を掴み、引っ張り上げて無理やり立たせた。少女は少しふらつきながらも無事に立ち上がる。体調は改善しているようだ。
「私はイレーネです。よろしくお願いします」
「よろしくね。わたしは──」
「リッチですよね。分かってます」
「それは種族名よ。名前はマスターが考えてくれるの。ね? マスター」
「ん? ああ、ちゃんと考えてるぞ」
全く考えていなかった。どうしよう……この場で考えるしかないか。リッチ要素を含んだ名前にしたい。死者や死霊を連想させる雰囲気が欲しい。
「そうだな……ネクロアってのはどうだ?」
「ネクロア……ネクロア……気に入ったわ」
少女──ネクロアが微笑む。気に入ってくれてよかった。
「じゃ、これからネクロアって呼びますね。それよりもリリィ様、早くしませんと」
「早くって何をだ?」
「防衛ですよ防衛! 逃げた冒険者が援軍引き連れてやってきますよ!」
「ネクロアが壊滅させたのに来るのか? 俺だったら、そんな危険なところ行かないけどな」
「人間はアホなんです! 金を得るためにやってきますって!」
「そうか。備えあれば憂いなしって言うしな。準備するか」
のんびりしている時に殺されるのは嫌だ。イレーネの言う通り、防衛を固めよう。今回はネクロアに助けてもらったが、次も上手くいくかは分からない。何か罠でも仕掛けられないものか。
次回、イレーネが元の強さに戻りたいらしいです。