ラキア王国の主神を捕縛したことで戦争は呆気なく収まり、王城に案内してもらっていくゼウスとヘラ達と別れ、俺とヘファイストス、椿はアレスを問い質して知ったクロッゾ一族がいる居場所へ足を運んだ。
「この家の状態を見る限り、周囲からどんな扱いを受けているのかわかるのだが、この国の兵士の武器や鎧の具合からして鍛冶師としての腕前は腐っておらんようだぞ」
「行きましょう」
元々俺が交流する目的だったのにヘファイストス達もここまで来たらクロッゾ一族と会話、見聞する気になったようだ。俺達の足を止めざるを得ない扉の前に止まるとヘファイストスがノックをした。が、没落して家がボロボロでも元々は大きな豪邸。ノックぐらいでいくら待っても出迎える人間は現れないのはおかしい。
「留守かしら」
ヘファイストスの素朴な疑問に答えたのは俺や椿ではなかった。
「なんだ、この国に攻め込む奴らがいるなんて珍しいこともあるもんだなぁ〜って誰が来たのかと思えば、久し振りに見る顔じゃないか」
話しかけてくる声がした後ろに振り返った。俺達の背後に立つのは、艶のある黒髪は腰まで伸びていた言うまでもなく整った女神の相貌と女性にしては高く一七〇C手前ぐらいあるな。着こなしているのは、髪の色と同じく黒の帯で出来た変わった服で、元の世界だったら露出狂と言われても仕方がない程だ。妙齢、という表現が当てはまるかは定かではないが、とにかく美女の女神だ。
「あなた、フォボス」
フォボス? あー納得できるわ。アレスがいるなら従属神がいてもおかしくはないな。フォボスはニヤニヤとした顔を浮かべて近付きヘファイストスのそばにいる俺達にも視界に入れた。
「ヘファイストスの眷族達か。頼みがあるんだがヘファイストスを借りていいか? 久し振りに同郷の神が来てくれたから退屈しのぎにしばらく話がしたい。その代わりに私のつまらない眷族達と好きなだけ話をしていいぞ。今工房にいるから行ってきてくれて構わないさ。ああ、あいつらは―――」
俺達を有無も言わさず、ヘファイストスの意思を関係なく豪邸の中に引っ張って俺と椿を残していなくなった。
「あの女神の許しを得たのであれば堂々と会うことができるな」
「ここまで大ごとにするつもりはなかったんだがなー」
フォボスに教えてもらった工房へ足を動かす俺と椿は、ようやく探し求めていた一族とご対面を果たせた。薄暗い工房に入るなり作業衣に身を包んだ白い髪と無精髭を生やした中年男性と長い茶色の髪を結わえた青年が振り返る。
「誰だ」
「初めまして。オラリオから来た鍛冶を司る女神の、【ヘファイストス・ファミリア】の団長椿・コルブランドと見習い鍛冶師のイッセイだ。突然だがクロッゾ一族と交流をしたく勝手ながら訪問させてもらった。女神フォボスからの許可も得ているから文句はフォボスに言ってほしい」
青年は訝しい目つきで二人を見るに対して、青年と同じく視線と厳めしい顔立ちを椿と一誠に向けた中年男性は握っていた鎚を置いて腰を上げた。
「打ってみろ」
「父上!?」
中年男性の一言に驚く青年。椿達も青年の心境と似た気持ちを抱いたが、白髪の鍛冶師の意図を探るまでもなかった。
「手前等の鍛冶師としての腕を見たいのだな」
「鍛冶師同士の交流を望むならば、言葉は不要だ」
「ふむ、『クロッゾの魔剣』を打てなくて腕も心も落ちぶれているわけではないのだな」
素直な感想を述べる椿に白髪の中年男性ではなく、茶色の長髪の青年が答えた。
「『クロッゾの魔剣』に代わる武具を作りあげる。それが今のクロッゾ一族の目標だ」
「それは貴族に返り咲きたいためなのか?」
「何が悪いっ」
馬鹿にされていると感じたかムキになった青年からの睨みなど受け流し、首を傾げ素朴な疑問をぶつける一誠。
「貴族になったから魔剣が打てなくなったんだろ? なら今は俺達と同じただの鍛冶師なんだから貴族に戻る必要はあるのかなーと」
「あるに決まっている! かつてのクロッゾ一族は魔剣を献上したことで栄光と名声をほしいままにできたのだ! 先祖達の血を受け継ぐ我々が没落したクロッゾ一族の栄光を再興しなければならないのだ!」
「それ、貴族でないとお前らの存在意義が証明できないってことだよな。じゃあ貴族でも何でもないのに魔剣を打てるオラリオの鍛冶師達の方が鍛冶師貴族だよな」
「・・・・・っ!」
カァッ!! と一誠の言い分に否定できない怒りに顔を真っ赤に染める青年。身体だけでなく心まで憤怒によって燃え盛って、感情も抑えきれないほど昂って手に持っていた鎚を一誠に向けて振りかぶった。
「鎚を向ける相手は違うだろ」
一誠にとってその瞬間が世界の時間が停止したように見え、仕事道具で殴りかかる青年の遅い動作に合わせて、カァン、と不冷之鍛冶神を魔方陣から召喚して青年の鎚を受け止めた。一誠の現在の最高傑作である大長剣の姿に青年は目を大きく見張り、そして戦慄した。剣とは思えない存在感、威圧感も放っているかのように肌が、クロッゾの血が激しくザワめついたのだ。中年の男性も生を受けて数十年、初めて見る武具に鍛冶師として初めて血が騒いだ。これが『クロッゾの魔剣』に代わる武具を作る自分達が目指すべき最高到達点なのだと―――。
「なんだ、その武器は・・・・・」
「鍛冶神も認めてくれた俺が打った武器だ」
「・・・・・」
クロッゾの鍛冶師達が不冷之鍛冶神を凝視するその反応を見て、一誠はここぞとばかりに問い掛けた。
「さて、改めて燃え盛る炉の前で交流しようかクロッゾさん達よ」
「・・・・・いいだろう」
こうして一誠の望みが果たされ、鉄を叩く金属音や言い合いする声が絶えない工房に二柱の女神が顔を出すまで続いた一方―――。
「いい加減にしろ貴様等!! さっさとオラリオに帰れ!! ここは私の国だぞ!!」
「うるさいね、騒ぐんじゃないよ。同郷のよしみがここまで来てやったのに、快く歓迎できないのかお前は」
フレイヤの魅了の虜になった従者達が女王の如く美の女神の世話を自ら突き進んでして、ロキとゼウスはそのおこぼれを頂戴して夕日が東へ沈んだ頃に酒や料理を飲み食いの宴会を始め、ヘラが憤慨するアレスを一蹴した。同行していたヘルメスの姿はおらず、好き勝手に場内を歩き回っていることをアレスは知っていようがいまいがそれどころではなかった。
「何が目的だ! 言え!」
「ウチ等はただの付き添いや。イッセイのな」
「イッセイ? どこの馬の骨だそいつは」
「『今は』ヘファイストスの眷族で貴方を捕まえた赤髪の子供よ。魔剣鍛冶師のクロッゾ一族の子供達と話がしたいですって」
アレスは椅子ごと芋虫みたいに縛られて拘束されている。主神を助けようとする軍神の眷族は横長のテーブルがあるホールの場におらず、寧ろ王城のメイドや執事以外は追い出されてマキシム達によって城は包囲されている。それでも同じ場に主神の護衛として数人の眷族達がいるので、仮にアレス達しか知らない抜け道から場内に進入して主神アレスを救わんとしても、フレイヤの魅了や護衛に残したゼウスとヘラの眷族達が無力化するので最悪な事態は起きない。
「クロッゾ一族にだと。今は没落して魔剣を作れん鍛冶師を会いにお前達まで来る必要があるのか。たった一人の子供の付き添いに」
「自分が知らんのも無理はないんやけど、イッセイもレベル9なんや。そんな子供をギルドが大した理由もなくオラリオから離れる事を許さないんやで。せやからゼウスとヘラが出張るのも当然やろ」
「その過程で私の国の中で暴れるのはどういう了見だ! しかも城を占拠するなど完全にオラリオがこの国に対して戦争と侵略行為をしているようなものだろうが!」
「自分が好きな戦争やんか。他所はよくて自分とこがダメなんて道理は許されないでー。ま、国が滅ぼされることも自分が天界に送還されることもないんやから今回だけは目ぇ瞑ってくれや。イッセイの気が済むまでウチらはここにおるけどな」
「ふざけるな!? オラリオに抗議するからな、今回の騒動で生じた損害の賠償を払ってもらう!!」
「好きにしな。私等には関係のない話だからね」
今回は完全に被害者側のアレスであるが、過去を遡ればアレスも人のこと言えないので同情も哀れみもされることはない。ゼウスとヘラがいなければ確実にアレスは兵を率いてオラリオに進撃するだろうからなおさらだ。
「そもそも自分、この二人がいなくなったらオラリオに攻め込む気やろ」
「当たり前だ。軍神である私が戦争をしないのは存在意義に反するだろうが」
縛られた状態で当然のように言い張るアレスへ持っていた鈍色に光るフォークを突き刺すロキ。
「フレイヤ、このアホをいま天界に送還したおいた方がええんとちゃう? 一々アレスの戦争好きに付き合わせられる羽目になるでウチら」
「反対はしないわ」
「おい私が天界に還ったらラキア王国の子供達が路頭に迷うだろうが! バカなこと止めろド貧相女神め! 」
「よーし決めた。オラリオに攻めるとほざいた馬鹿アレスを最上階から落とすでー」
「おいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?」
顔に青筋を浮かべて怒るロキに椅子ごと引き摺られるアレスに助け舟を出そうとする神はこの場にいなかった。その代わりに神々がいる場の扉を開いて遅れて合流したイッセイ達を出迎えた。
「やっと来たかい。例の鍛冶師と会えたんだろうね」
「もちろんだ。どうして魔剣が作れないのかも触り程度で調べても、初代クロッゾに血を与えた精霊の呪いとしか思いつかなかった」
「じゃろうな。この阿呆がクロッゾの魔剣で敵国に使うだけならともかく、エルフや精霊の住処まで焼き払った代償じゃろう」
「どいつもこいつも馬鹿なことをした結果が最悪な形で返ってきたのさ。おいロキ、その馬鹿を放しな。一応そいつはリヴァイアサン討伐の時に協力してもらうから、天界に送還するのは黒竜を討伐したあとにしな」
ヘラの指示に舌打ちし「命拾いしたな」とアレスを床へ倒すぞんざいに扱って、座っていた席に戻り腰を落としたロキに質問するイッセイ。
「ヘルメスは? いないようだけど」
「知らんわ。どこかほっつき歩いておるやろ。宝物庫の中を忍び込んで何か盗んでいるかもしれんしな」
「・・・・・」
宝物庫、盗みの単語を聞いた途端、一誠の中である予感が芽生えた。もしも本当に実行しているならば、と思うとアレを渡してはいけなかったかもしれないと、一誠が口元を手で添えて心中で思考していたことが顔に出たことに見抜いたゼウスが問うた。
「イッセイ、そのやらかしたかもってみたいな顔は何じゃ」
一誠は一堂にいる者達にも聞こえる声量で正直に答えた。
「えーと・・・・・オラリオから出る前、ヘルメスから際限なく入れられる魔道具、今回の依頼の報酬はそれがいいと言われて作ってな・・・・・」
神々はすぐに察した。あの便利な魔道具がヘルメスの手に渡ったら相乗効果以上の力が発揮してしまうことに。
「イッセイ自分、絶対にその魔道具を与えてはあかん神に与えてしまったで。あの優男が懐の重さを気にせず盗めるなら今まで以上の手癖が悪ぅなるわ。もちっと警戒しといた方がええでー」
「ちなみに、その魔道具はどこで知ったのかって聞いたらロキから教えてもらったそうなんだが?」
お前が一番の原因だろうが、と眷族も含めてロキは針のむしろみたく視線を向けられ下手な口笛を吹いて誤魔化そうとしても出来なかった。
「やぁ、ここにいたんだね諸君! お、イッセイ君達も戻ってきたのなら丁度いいや!」
最後に戻ってきてはニコニコと笑みを浮かべ何故かご満悦なヘルメスの顔を見れば、コイツ財宝を盗んだなと一堂の気持ちが一致するのも無理はない。
「ヘルメス! 私の城から何を盗んだ! 返せ!」
「おいおいアレス。いきなりオレを盗人扱いするなんてどうしたんだよ。オレはただ同郷の神の城を歩き回っただけなんだぜ?」
「その飄々の笑みが胡散臭い上に怪しすぎるだろうが!! そんな笑い方をする時の貴様が一番信用できるか!」
それはそう、と神一同が揃って心の中で頷かせるヘルメスは悲し気な表情(演技)を浮かべショックを受けたように手を胸に添えた(芝居)。
「残念だよ我が友よ。そんなに信用されていないなんてオレは心が痛いぜ。この傷心を癒やすために一足早く御暇させてもらうしかないけど、依頼は達成したと認識していいかなイッセイ君」
「ここまで案内する依頼だ。もちろん達成している。後はオラリオに帰るだけだ」
「それならいつオラリオに戻るかな?」
「今すぐだ。ゼウス達がいなければクロッゾ一族と数日間は交流したかったんだけどな。余計な事をしてくれたよあのデブエルフめ」
帰ったら泣かせてやる、と零す一誠はゼウス達を催促して各々の眷族達を呼び掛けさせる。ラキア王国のから去り際に挨拶をすることも忘れない。
「今度は個人的に遊びに来るからよろしくなー」
「二度と来るなああああああああああああああ!!」
椅子に縛り付けたままのアレスからの魂の叫び声を背中にぶつけられたが、拒否や拒絶されようと知っちゃこっちゃないからお忍びでまた来るがなーと心中で思っていた一誠の傍にフレイヤが寄ってきた。
「イッセイ、このままオラリオに帰らずどこかに行かないかしら。もう少し旅をしたいのだけれど」
「どこかって・・・・・あー、じゃあ採取目的であそこに行きたいかな」
この世界の存在ではない一誠がハッキリとした目的を持っていることに、不思議がる神々は興味を持たない方があり得ないと神一同の代表としてヘルメスが一誠に問うた。
「あそこ? この世界の子供ではないキミが知っている場所ってどこなんだい?」
「ベルテーンって国だ。オラリオから数日の時間を要するほど離れた場所にある国には珍しい泉の水が湧いているんだ。今の俺ならその水の効果をもっと飛躍的に高められることができそうだから採取したい」
一誠が評価する国の泉とは何なのか必然的に興味が湧く神々は、一誠の異世界の魔法で一日も掛からずベルテーンの国の前に転移して、ベルテーンの主神と再会して雑談をするロキ達を放って泉の水を大量に集める一誠とその様子を見守るマキシム達。
後日―――。エリクサーと同等の効果や呪いの効果をだけでなく病すら治してしまう新薬が完成しただけでも驚きものだが、死んでいなければ損傷した部位の瞬間復元の効果付きというトンデモ回復薬の結果に共作したフェルズは卒倒したのであった。
余談であるが、とある大国の鍛冶師達がコッソリととある異世界の魔法でオラリオ内とラキア王国を行き来しながら、鍛冶女神の計らいで違う派閥の鍛冶師同士の交流が密かにでありながら盛んに行われ、その間に黒い長髪と黒い衣装で身に包んだ女神がオラリオ内で見掛けるようになった。
「クロッゾの魔剣を越える武器を作りたいなら、今の環境を変えるべきだろ。鍛冶は鎚と鉄と炎があればどこだってできるんだ。オラリオに来て一から修行してみればどうだ。色々と頼み込んで鍛冶ができるよう整えてやるからよ。ただしオラリオで魔剣を手に入れてラキア王国へ献上するのはなしという条件付きだ」
そういう少年の言葉に中年の男性は渡りに船だと思いつつもそんな勝手は簡単にはできないと悩んだもの。貴族やその栄光を縋るよりも鍛冶師としての生き様を選んだことで少年の提案に乗った経緯があった。
「・・・・・もしも、我が一族内で魔剣を打てる者が産まれた場合は」
「クロッゾの魔剣を打てる者の意思を尊重してやれ」
「・・・・・」
「まぁ、貴族の栄光を縋りたいがために魔剣を作れと強要するお前らの姿が予想できて、それに反発する久しく魔剣を作れるクロッゾの一族の者の構図が目に浮かぶがな。もしもそうなってほしくないなら鍛冶師の生き様を選んだお前が同じ郎党の連中を導かなきゃいけないぞこれから」
「・・・・・わかっている」