「イッセイ、終わったのならついてきなさい」
椿に俺のお手製の武器と魔道具を持たせ見送った後。使わせてもらった工房の片付けを済ませた俺に向かってヘファイストスの一声が飛んできた。どこに行くのやらと思いつつ工房を閉ざした店番を任された同じ【ファミリア】の先輩と店舗を残して街へ繰り出した。
「どこへ行くんだ?」
「バベルの塔によ」
「バベル? まさかヘファイストスもダンジョンに?」
「違うわ。バベルの上に行くのよ。そもそも私たち神々はダンジョンに入ってはいけないの」
上に? 確かに行けそうな感じで造られているが、神がダンジョンに潜ることを禁じられているのは初耳だな。後でその事を訊くと・・・・・その理由は教えてくれなかったがな。ダンジョンの出入り口、バベルの塔の一階にある昇降設備ことエレベーターは、職人の手によって加工された魔石で浮遊する台座に乗ると俺達を上階へ運び出す。四階もフロアを通りすぎ、台座が停止すると扉の柵格子が開きヘファイストスと出るフロアは張られたガラスで隔たれた向こう側に、何時しか誰かの手に渡れる機会を待っている武器が鎮座されている。
「ここにも武具が販売されているんだ」
「そうよ。ここ四階から上の八階まで【ヘファイストス・ファミリア】が店を構えてるの」
「へぇ、意外と人数がいるんだな。他の先輩と会ったことないけど」
「それに関しては近い内に必ず他の眷族達にも会わせるわ。すぐ会わせてもよかったのだけれど・・・・・」
団員の数は思ったより少なくなかった事実を知り、ここへ案内したヘファイストスの意図を何となく察した。
「俺の武器もここで売られるのか? 鍛冶師の作品を売るまではわかるけど、それは商売をする鍛冶師としてたくさん売れた方がいいのか? 【ファミリア】的にもだ」
「売れる前提で自分達が作った装備を使ってくれたら嬉しいじゃない? 冒険者と鍛冶師の間で専属契約を結べたらなおさらね。それで【ヘファイストス・ファミリア】とお得意先となって、ダンジョンから武具の素材を優先的に融通してもらい、その素材で新しい装備を用意してあげられるのよ」
数多いる先輩の中で駆け出しの鍛冶師達がいる八階に訪れ、冒険者に自分の作品を売っていたり、乱雑に置かれていたりしている商品の装備を物色もとい観察しながら会話を続ける。
「椿も誰かの専属になってる?」
「ロキのところの【重傑】とね」
・・・・・? と疑問を抱いた顔でヘファイストスを見た。
「二つ名のこと知らないのね。上級冒険者、レベル2になった眷族を持つ神々がその冒険者に二つ名を決めるのよ。・・・・・殆んど、面白おかしく、大切に育てた神からすればあんまりすぎるイタい二つ名を、ね」
「・・・・・椿の二つ名は?」
「・・・・・【単眼の巨師】と呼んでキュクロプスよ」
溜息を吐いた後に、凄く微妙な顔でそう言うヘファイストスだが、俺は俺で何とも言えない気持ちになった。
「・・・・・異世界から来た俺でも、それはあんまりな二つ名だぞ。でも納得してしまうところもある」
「どういうこと?」
「俺の世界にもキュクロプスって巨人の神がいてな。ヘファイストスのもとで鍛冶をしているんだ。でも、サイクロプスって人食いのモンスターの別名もあるわけだが」
「・・・・・椿にその事を言わないであげて。本人も付けられた二つ名がモンスターみたいで好きじゃないって言っているから」
おおう、それは言わない方がいいな。絶対に口をへの字にして不貞腐れる。
「それでどうかしら。作れそう?」
「山ほどあるサンプル、見本がこんなにあるからな。こういう装備の品質に真似て作ればいいんだな?」
「そうよ。変な話、あなたはレベル9なのだけれど、駆け出しの冒険者で新米の鍛冶師として、他の眷族と一緒に上級鍛冶師まで腕を磨いてほしいわ。特別扱いも出来ないから頑張ってちょうだい」
レベル9の駆け出しの冒険者兼新米の鍛冶師・・・・・? 本当に変な話だなとヘファイストスを見ながら心中で鸚鵡返しをしてしまう。
「時にヘファイストス。二つ名を決める日って何時なんだ?」
「ちょうど明日よ。神会って神同士が集まる会議をするのも、このバベルのさらに上層よ」
「面白おかしく二つ名を決める、と。それって、俺のも決められるのか?」
「本来ならそうなのだけれど。あなた、冒険者登録をした?」
・・・・・ナンデスカソレ? え、冒険者になるには神の眷族、【ファミリア】に入団するだけじゃないのか? 鳩が豆鉄砲を食ったように反応を示す俺の言い分に、彼女は呆れた眼差しを向けてくる。
「【ファミリア】に入ってもギルドで登録を済ませないと私が故意で隠し、ギルドに納める税金を誤魔化してるってことも、他派閥に戦力を秘匿して不意打ちするって認識を与えかねないのよ」
ただ派閥に入れば換金制度やギルドのサポートが入るってウラノスのお爺ちゃんやゼウス達はそんなことしか言ってなかったからわからなかったよ。そもそも、俺は冒険者になるつもりはなかったのに目の前の美人な女神が俺の意思を無視して眷族にしたんだがな?
「・・・・・何か言いたいことがあるなら言いなさいよ」
「自分の胸に手を当てて自問自答してみろ」
ジト目の俺にムッとした表情を浮かべるヘファイストスにそう言い返せば、少し目を反らしたので自覚はあるようだ。
「ていうか、いきなり俺が介入したら騒がれるよな? 駆け出しのレベル9の冒険者っておかしいぞ」
「じゃあどうする? 今のあなたならあの二柱の力を借りて好きな二つ名を決めてもらえると思うわよ」
「なんか裏技の存在を匂わせる発言だな。・・・・・じゃあ、可能ならこれがいいな」
ヘファイストスに二つ名を言ったら「今のあなたらしいわね」と賛同して了承してくれた。その流れで初めて、改めて冒険者登録をするためにギルドへ足を運ぶところ。
「おや、久しぶりですねヘファイストス」
「バルドル、久し振りね」
170C以上の長身に、軽くウェーブの掛かった金髪という美男子風の外見が特徴の男にバルドルと呼んだヘファイストスの言動からして神なんだろう。そしてその眷族と思しき獅子色の髪の男が揃って俺達と鉢合わせした。おや、何時ぞやの人じゃないか。
「彼は新しい眷族ですか?」
「ええ、紹介するわ。イッセイと言うの。イッセイ、彼はバルドルって男神よ」
「よろしく。光の神と会えるとは嬉しいな。ロキと仲がいい?」
「ははは、彼女の方が一方的に嫌っていますが、私は好ましいと思っていますよ」
ヘファイストスから余計な事を言うなって鋭い眼差しを送られてきた。俺の知的好奇心による質問はこの世界の神々に驚かせるらしいからな。今度ひとりの時にでも伺おうかな。すげー気になるから。
「そんで、お前も久しぶりだな」
「あ? テメェのことなんざ知らねぇよ」
「酷いッ、あれだけ熱烈な告白もとい斬りかかって来たのに俺のことを忘れるなんて、俺のことはしょせんお遊びだったのか!」
「変な言いがかりを言うんじゃねぇっ!!!」
これでもか? と天使変化の力を解放して天使の姿になって見せれば獅子色の髪の男が目を丸くした。
「テメェはあの時の・・・・・! くたばりやがれ!」
「待ちなさい、レオン」
主神の制止を無視してあの時のように斬りかかって来た。迎撃をするつもりで片翼を動かしかけたその時。
「久し振りじゃないイッセイ」
「っっっ!!?」
横から割り込んできた女が獅子色の髪の男を殴り、決河の如く建物の方へ吹っ飛ばすだけで終わらなかった。壁に穴を作る砲弾と化したあの男レオンはどこまで飛んで行ったのか分からないが、殴られた勢いが止まるまで相応の数の家屋を破壊しながら被害を与えたに違いない。一瞬にして辺りが阿鼻叫喚、そしてそんなことしたのは―――ヘラの眷族の【女帝】だ。
「久し振り・・・街を破壊していいのかよ」
「いつもしているから問題ないよ」
「・・・・・オラリオってモンスター級の冒険者の方が被害を出す確率が高くて多い都市だったのかよ。俺の世界だったら即逮捕されてるぞ」
「失礼ね。こんな美しい女を捕まえてモンスターって言うなんて」
何百何千万ヴァリスの弁償をしなくちゃならない事をした暴力女にこれ以上のピッタリな言葉はないと思うんだが? と告げたら【女帝】の拳が目と鼻の先まで迫っていた。条件反射で受け止めようとした刹那に彼女の片足が同時に迫っていて、両手で拳と足を防いだ途端に残りの手足まで獲物を襲う蛇のように鋭く襲って来た。脚に力を入れて一瞬で高く宙に跳びながら二人して激しく回転する。こんな体験も経験もしたことが無いようで回りながら目を丸くさせているその遠心力に、一瞬だけ無抵抗な【女帝】を石畳の地面に頭から叩きつけ―――埋めた。
「・・・イッセイ、大丈夫なの?」
「どういう意味で大丈夫なのかわからないけど、正当防衛で対処したまでだ」
それに【女帝】は本気も全力もじゃなかったけど、無言で起き上がる彼女が持つ雰囲気がガラリと変わり、完全に戦闘モードのスイッチを入れさせてしまったようだがな。
―――次の瞬間、【女帝】の姿が掻き消えた。それと同時に俺も【女帝】と同じ速度でオラリオを駆け回りながら素手喧嘩を繰り広げる展開になってしまった。
「・・・・・この私に地に叩きつけた代償は高いわよ。あなたを骨の髄まで徹底的に私が上だという事を教えるためにお仕置きしてやる」
「やってみろ。お互いレベル9だからってなんだ。簡単に負かされるつもりはない」
「いい度胸じゃない。なら、私に負けたらあなたを【ファミリア】に強制連行するわ。これは決定事項、異論は言わせない。私が決めたことだからね」
エ゛と深い笑みで言い渡す【女帝】の発言に困惑させられた。その脳筋的発想は困りますケドー!? まずい、彼女の目が本気だ! 全力で勝たないといけないじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ―――あ、いい場所めっけ! あそこなら【女帝】を瞬殺できる! 距離を縮める瞬間移動で懐に跳び込んできた彼女の動きに合わせて魔方陣を展開した。魔法攻撃かと認識しただろうが俺と一緒に無人の巨大なドーム状の建造物へ転移した。
「・・・・・闘技場? 何時の間にここに?」
「さっきの魔方陣でだ。丁度この場所が視界に入ったから転移魔法で一緒に移動させてもらった」
「その魔法でダンジョンや地上と行き来する事が出来るってことね」
それはその通りだけど本命はそうじゃないんだよなー。ここなら人目が無いし、被害も最小限に抑えられる。つまりは・・・・・。
「異世界の力を見せてやる」
「その力で私を倒せるなら倒してみなさい。私に勝った暁にはあなたの妻になってあげるわ」
「ふっざけんな!! 勝っても負けても俺が困ることを勝手に決めるな!? そもそも教えたはずだぞ。俺はモンスターだって! それを承知の上で俺と結婚したいなら正気を疑うぞ!」
俺の心情を表すかのように魔人の血の力を解放した変化ことカオス・プロモーションの状態となった。黒い異形の姿になった俺を見て【女帝】は至極当然の反応を示す。驚きながらもその目は人を見る目ではなくなった【女帝】が腰に佩いていた一振りの武器に手を回して抜いた。
「―――闇に沈め」
「ッ!!?」
俺を中心に地面が濡れ羽色のオーラが広がりその上に立つ【女帝】に向かって飛び出した禍々しい手が襲う。最初こそは光速で動き闇の手に対応できていたが、一瞬の隙が生まれた瞬間を見逃すはずがない俺が肉薄してその場で留まらす戦闘を行いながら四方八方、死角から魔の手を生み出して【女帝】に掴みかからせる。
―――10分後。
「まぁ、俺が元の世界の力を振るえばこうなりますわな」
「っ・・・・・」
異世界同士の強者の初戦は俺の勝利として幕を閉じた。俺の足下で全身の力が抜けたように倒れ伏せている【女帝】が小指すら動かせないほど体力を奪われてもなお、疑惑の声をぶつけてくる。
「お前・・・・・一体何なのよ・・・・・モンスターになれたり、翼を生やしたり、今度はその姿っ・・・・・」
「これは俺の身体に流れる両親の一族の血が覚醒したことにより振るえる力が具現化した姿だ。この姿の力は身を以って味わったからわかるよな? 体力と魔力を全て奪う事だ」
「くぅっ・・・・・」
「明日にでもなれば体力は戻るから安心しろ」
跪いてHAHAHAHAと笑いながら【女帝】の頭を撫でる、頬も撫でる、猫のように顎も撫でた。ふふん、勝者の特権だ。どうだ悔しかろう、悔しかろーう? おやおや歯を噛みしめて屈辱的だと顔を歪めているなー? 精神的にも駆け出しの冒険者? の俺に負かされて地団太を踏むほど憤慨しているだろうなー?
「この屈辱は忘れないっ、絶対にお前を倒すっ。私から奪った経験値分も必ず奪い返してやる・・・・・!」
「ん? この世界の経験値ってなんだ? そんなの冒険者にはあって他の冒険者に譲渡する方法があるのか?」
「ちくしょう! 本当に何も知らない男に私が負けたなんて一生の恥だわ!」
あ、本当に地団太踏む勢いで叫んだ。心から悔しいのは分かったけど一生の恥はいただけないな。そう言う奴にはお仕置きをしなくちゃーな?
五人ほど分裂した分身体を見て顔を強張らせた【女帝】を囲み見下ろす。その後、円形闘技場から【女帝】の悲鳴染みた大爆笑が轟く。お仕置きを終えれば彼女を抱えて【ヘラ・ファミリア】に送る最中にゼウスとマキシムと遭遇した―――。
「ザルド、面白い話があるぞ。【女帝】がイッセイに負けた」
「本当かそれは? レベルが同じだろうとイッセイが負けはしないが勝つことも難しいと思うんだが」
「話だけ聞いても信じられないだろうが真実だ。なんせゼウスと偶然イッセイにお姫様抱っこされている彼女を遭遇したんだ。事情を聞こうとしたら【女帝】に真っ赤な顔で睨まれてしまったけどね」
「あの女が無抵抗に男の腕の中で抱えられる・・・・・絶対にありえないことをしてのけたというのかイッセイの奴は」
「是が非でも次の一年で彼が欲しい。あわよくばそのまま俺達の仲間になってもらいたい」
「その願望はヘラと【女帝】の連中が許さないだろうがな」
「はは、そうだな。さて、次は俺がイッセイに挑んでみるとするか。異世界で培った経験値とヘラを負かしたことでさぞかし莫大な経験値が貯まっているだろうからな」
「勘弁してやれ。イッセイが逃げ出しかねない」
「そうならないようにアップルパイでも用意しておくか」
「餌で釣られる男か・・・・・?」
後日―――。
「イッセイ、アップルパイをたくさん用意した。あげる代わりに今度は俺と勝負をしてくれ」
「いいぞ!」
「・・・・・釣られやがった。それでいいのかお前」
「純粋に俺と戦いたいだけなら構わないぞ。アップルパイをくれるならある程度の願いを叶える。それもマキシム達が自分で作った美味しいと思わせるアップルパイだったらな」
「そうか・・・・・なら次は俺もそうさせてもらおうか」