千早愛音は恋愛弱者である   作:最近ぶっ倒れかけた

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千早愛音恋愛弱者幼なじみ概念

 共学になって久しい私立羽丘学園は今日も平和だ。元々高い偏差値だった本校は共学化された今でもその水準を高く保ったまま。

 

 だが、偏差値が高いとは言っても所詮は高校生。恋愛ごとに興味津々な年頃だ。その証拠に日夜行われている告白合戦は今日も熾烈な争いに発展仕かけていた。

 

「付き合ってください!!!!」

「えー、どうしようかなぁ」

 

 ニンマリと満更でもなさそうな笑顔で告白を受けている女こそ、本学園屈指のモテ女である千早愛音その人だ。入学してから、というより転校してからというもの、半年も経たずに撃墜数は三桁に届き、飛ぶ鳥も落とす勢いだ。

 

 なお、性格に目を瞑った場合であって、彼らは見た目とスペックに惑わされているだけに過ぎないのだ。顔面詐欺の詐欺詐欺人間に精々騙されるがいい。あーめん。

 

「まぁた告白されてらァ」

 

 対岸の火事とはこのことか。持ち込みが特段許可されているわけでもない煎餅を頬張りながら友人が言う。

 

「いつもの光景すぎて見慣れたよ……」

 

 うんざりした声が自分の喉から出された。撃墜数がそれほどになれば諦められそうなものだが、未だ告白が途絶えないのは彼女自身が満更でもなさそうな笑みを浮かべているからだ。あの空気を見た人間は、”あれ、自分でもいけるんじゃ……”と思って告白してしまうのだ。

 

 あの外面に騙される人間が続出していること、誠に嘆かわしい。

 

「お前興味ないの?」

「綺麗な女の子に興味ないやつはいないと思うよ」

「一般論で話してるなぁ」

 

 そう、見てくれだけは本当にいいのだ。鮮やかなパステルピンクの髪に宝石みたいに輝く瞳は世界の汚れをものともせずに前に直進していくのだろうと感じさせる。

 

 まぁ、惹かれる理由は分かるのだ。ただ、当てつけのように目の前でやられるのだけが気に食わないだけ。

 

「そうさなぁ……今日は何人玉砕されるか賭けてみるか?」

「賭けは法律で禁止されてるよ。……5人」

「よしきたニアピンなしっ! 8人だ!」

 

 戦果は6人だった。

 

 

 

 

 夕焼けくらいが綺麗なことくらいが取り柄の午後の平穏は、一匹の駄獣によって踏み荒らされた。ドアを勢いよく開け、間髪入れずベッドに身体を投げ出した。その姿からはおおよそ恥じらいは見当たらない。

 

 スカートが捲れそうになるのだけはちゃっかり手で押えているのだから、器用なものだ。

 

「疲れたよぉぉぉぉぉ。全部断ってるのになんで告白してくるのさぁ!」

「おつかれさま」

「他人事じゃないんだよ!?」

「実際他人事だもの。しょーがないよね」

 

 君が満更でもなさそうな反応をするからだろ、とは言わないでおく。勝手に苦しんでいろ。

 

「……まだ着替えてないから一旦出てくれない?」

「えー、なんでー?」

「……まぁいいか」

 

 一応思春期の男だから生物学上の女子の視線は気になるけど、幼馴染だから今更か、と納得して着替え始める。

 

 愛音も気にすることなく、人の本棚を物色し始める緊張感のない空間は、高校生の男女が交わすとは思えない緊張感のない会話。

 

 俺は服を脱ぎ捨て、千早はなんでもないかのように人のベットに寝転がってマンガを読んでる。

 

 十年来の……とはいっても、少しだけ離れていたけど。

 

 そんな二人の間には今更歳相応の空気感はない。

 

「あれ、この作品3巻から先がないけどー?」

「あと全部電子だよ。3巻まで読めれば多分最後まで読めるでしょ」

「うっっっっわ……あとで読む人のこと考えたことあるー? ないよねー?」

「普通はないんだよ……」

 

 女の子が自分のベッドで寝っ転がりながら漫画を読んで、角度によってはスカートの内側に秘められた布地すら目に入りそうなのにカケラも期待しないのはなぜだろう。

 

「ほんと、なんで告白してくるかなー」

「嫌々だったの?」

「好かれる分には嬉しいけど!!!」

「声大きいね……」

 

 小学生のころから知っている、十年来の幼馴染がどれほど優秀で周囲からモテているか、ぼくはよく知っている。

 

 家が隣同士で、しかも窓を挟んで向こう側は愛音の部屋。ご飯は一緒、学校は一緒、お風呂は……まぁ流石に小学生のころまでだったけど、それだけ一緒に居る幼馴染。不幸にも同じ学校が続いてしまった中学生までの日々とはおさらばと一念発起してちょっと高めの偏差値の学校に入り込んでしめしめ、と思っていた矢先……一ヶ月後にこいつは留学先からトンボ帰りして、あろうことかうちの学校に入ってきた。

 

 それだけの期間一緒に居るのは理由があって、男だからと家に一人の状況を見かねた向こうのご両親の好意で愛音の家の夕飯に毎週のようにお邪魔していることが原因のひとつだ。

 

 そんな状況でも、流石に隠したいものもあるだろう……と気を利かせて部屋に入らないようにしているのに、愛音はまるでこちらの気遣いを感じていないかのようにわざわざこっちの家に来て入り浸っている。

 

 夕食になれば向こうの家に行くのに、だ。

 

「えー、なんかおすすめの作品ないー?」

「なんかやたらめったらタイトル長い系の作品とか?」

「あー、やろう系とかってやつ?」

「いや、世界で一番幸せな女の子の話?」

「またびみょーに外してるなぁ」

「趣味を大衆に合わせられないだけだよ……」

「なんかおじさんみたいじゃない?」

「失礼な。同い年だよ」

 

 今日読む本を探し始め、愛音も同じく本棚を物色している。

 

 なにも考えてない惰性ばかりの言葉を延々と繋ぎながら、お互い示し合せた訳でもなく成立させる。

 

「……またそれ?」

「愛音も人の事言えないだろ。そんなに気に入ったなら自分で買えばいい」

「人の家で読むから面白いんじゃん。あれだよ、図書館で読んだ方が頭に入る、みたいな!」

「……ぼくの家でやる必要、ないよね?」

「えー、お金かからなくて気楽ですぐ帰れる場所なのに」

「ぼくの都合とか……」

「考えたことなーい!」

 

 ぼくが椅子に座ると、愛音はまるで犬みたいに足元に座り込む。

 

「もうちょっと考えていいと思う」

「えー、出ていけって言うんだ。ひどーい」

「占領されてプライベートな時間も確保出来ない今の状況のほうがよっぽど酷いよ」

「満更でもないくせにー」

「……ほんと、おばさんの料理が美味しいことに感謝したほうがいいと思う」

「ありがとうお母さん!」

「…………」

 

 ぼくになんもないのかよ。ないんだろうな。

 

「それで、ひーくんは?」

「主語」

「告白されたことないの?」

「愛音がうちに一度も来ない週くらいかな」

「それってないってことじゃん! ひーくんモテなさそうだもんね!」

「普通に悪口だからやめて」

「ごめん!」

「謝ればいいと思ってるでしょ」

 

 頭の中空っぽ、なにも考えてない様子はとても愛音っぽいとは思う。

 

「そもそも、愛音みたいにモテたら煩わしくて仕方ないと思う」

「あー、全身無気力人間だもんね」

「納得されるのもなかなかクるものがあるね」

 

 一般的にはモテたくて仕方ない、とまではいかなくても好意を向けられれば嬉しい。しかも、それが素敵でかわいい女の子なら誰でも嬉しい……と思う。

 

 

「めずらしーよね」

「なにが」

「羽丘って最近共学化したわけじゃん」

「らしいね」

「だいたいの男の子が、あー、女の子好きなんだろうなぁって雰囲気なのに」

「愛音くらいじゃなければモテたいとは思うけどねー」

「あ、そうなんだ。意外」

 

 心底意外そうに、あるいは予想外だったように目を見開いて見上げられる。自分の頭が人の股の間にあることを自覚してくれないかな。

 

「よし、それじゃあ協力してあげなくちゃね!」

「そのうちなー」

「絶対やらないやつじゃん! つまんなーい!」

 

 そっと窘めるように手を愛音の頭の上に置く。ほんと、人の気も知らないでお気楽なやつ。

 

 拝啓、過去の自分。きっと信じてくれないだろうけどさ。

 

 ありえないと思っていたことが、起きてしまったよ。

 

 

 

 

 

 

 きっと、今ひーくんは私のことをお気楽なやつだと思ってくれているんだろうな。いつも通りの何もない日常が、ひっそりと色がついていることに、彼は気が付いていない。

 

 どうして気付かないんだろうな〜って、臆病な自分を棚上げして心の中で詰ってみる。

 

 一般的には男の子より女の子のほうが心の成長が早いからなのか、思春期が過ぎた。

 

 日本に戻ってきたのは、留学で意地を張らなかったのは彼のおかげだったりするんだろーなーって下から見上げてみる。

 

「……どうしたの」

「んーん。なんでもなーい」

「あ、そ」

 

 男の子の部屋に上がり込んで無防備な姿見せるのなんて、恋人同士くらいなのに! 

 

 そんな常識が通用しないくらい、ずーっと一緒に居たんだよねー。おかげで彼は麻痺しちゃった。

 

 普通、こんな美少女の前で着替えるかなぁ。横目で盗み見るのってけっこー技術居るんだよ? 

 

 なんでもない一日、なんかじゃない。ずっと報われない代わりにずっと一緒に居ることが出来るぬるま湯みたいな日々を噛み締めてるのに! 

 

 自覚したのもアプローチするのも最近のことだから、気付かれなくても仕方がないのかもしれない。でも、やっぱり気付いてほしいな〜、なんて自分のことだけど情けない心情。

 

 さっき誰にも告白されてないみたいなこと言ってたしそのうちどうにかなるでしょ。彼が仲良くしてる人なんて私くらいだろうからね!

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