千早愛音は恋愛弱者である 作:最近ぶっ倒れかけた
(お気に入り、評価。どちらもありがとうございますの意)
朝は嫌な気持ちになる。雲ひとつない晴れ渡る青空を見れば清々しい気持ちになるけど、その後に絶対に起きるイベントのせいで憂鬱な気分は晴れない。
「ひーくん、おはよー」
「おはよう、愛音」
二人の家からは最寄り駅だ。朝の通勤ラッシュで賑わうこの駅で、一緒になるのは必然だろう。先に着いていたらしい愛音がベンチに座ったまま手を振る。
「偶然だね」
「最寄り駅一緒だからね」
「私なんて朝から小テストあるから頑張って起きてきたのに、ひーくんは相変わらず早いなぁ」
「そう言いながらたまに一緒になるじゃん」
「そんなことないと思うけどな〜」
本人が言うなら気のせいなんだろうな。
「中学のときは小テストなんてナメてかかってたのに、成長したね」
「あれだけ大失敗すれば私だって丸くなるよー」
愛音はそうじゃないかもしれないけど、普通はその大失敗をしたら半年くらい家から出てこなくなったりするんだよ。幼馴染ながら、強い子だな。
「ひーくんこそ、成長したんじゃない?」
「なんかあったっけ?」
「んー……朝早く行くようになったとか。中学校のころはもっと遅く通学してたよね」
「今と違って徒歩範囲だったからね。朝は五分で準備して、朝ごはんを食べながら登校」
行儀は悪いけど、朝の一分は昼間の五分間くらいに相当する。出来ることならずっと寝てたいんだ。それをやると、間違いなく遅刻するから今は少し早く行くようにして教室で寝ている。
……やっていることはそれほど変わらないのでは?
気付かなかったことにしよう。
「相変わらず朝の電車は混んでて嫌だね」
「ラッシュ時だから仕方ないじゃん?」
平日の朝七時はいつも通りすし詰め状態。周囲の人波に吞まれつつも押しつぶされないようにドア付近のつり革を掴む。こうすれば前に人の顔はないし、いざ下を見ても……
「ん、なに?」
「スマホ見てただけ」
「それはそれでなんかさみしー……」
愛音が居るから安心だ。愛音は教室では真ん中に居たがるくせ、公共の場では端っこのほうに陣取る癖がある。中学以前は意識したこともなかったけど、一回失敗を経た後遺症のようなものなのかな。
「そういえば鼻は大丈夫そう?」
「なんとかね」
自分の空間に踏み込まれているような不快感と、体臭が防御しようがないから電車は嫌いだ。愛音が居ると、その心配が少し和らぐ。
愛音が一緒に居てくれるときは目の前に不快ではないと分かっている相手が居るという安心感がある。だからといって、毎日一緒に通ってほしいと頼むには少ししょうもない理由だから言わないけど。
「ん~……」
「どうかした?」
「ひーくんの顔、何度見ても普通だし、変わったところもないなー、って」
言いながら電車の窓に映る自分の顔を見る。よく言えば優しそう、悪く言えば眠たげな顔立ちはこれという特徴がないクラスに一人か二人は居そうだ。
「身長は少し伸びた?」
「まぁね。体重も少し増えたよ」
「ひーくん、少し見ない間に見た目に出るくらい体重減ってたからびっくりしたよー」
「別になんかあったわけでもないのにね」
疑わしげな愛音に肩を竦めて分からないことをアピールする。
原因は単純な話で愛音が居ないと千早家に行く理由がなくなって、夕飯を食べなくなったから。そのことを本人に言ったらなんとなく気にされそうで言えてないし、別に言うことでもない。自己管理が出来てない、それだけの話だから。
「……」
朝の眠い頭を誤魔化すため、列車の外を見る。俺も大概だけど、愛音も朝が早いタイプではなかったはずだ。戻ってきてから出来たお友達の影響だろうか。その影響源が自分じゃないことが、なんとなく寂しいような気がする。
ずっと一緒に居る幼なじみだ。その影響が一番色濃いのは自分のはずで、けれど、高校生の一年はきっと、幼少期の何年かより重い。
そのことを、おれはどう考えているんだろう。
うわー……なにも考えてなさそうな顔〜……。週に一回、あるかないかの“偶然”一緒に登校する日なのに、面白くなーい。
せっかく二本くらい電車逃してまで景色を眺めてたのに、空回りしてるみたい。
うん、分かってるよ。駅で待ってなくても学校で一緒になるんだから変わらないと思うよね。でも、そんなことしたらさ、いつもとは違うわけじゃん。そんな強がりをかれこれ数ヶ月続けてるんだけど、ひーくんが私の心境に変化があったと気付くことは今日に至るまでなかった。
おかしくない?
そりゃ、電車の中だし、学校までの道は他の人がいるからそんなに大きな声で喋ってないかもだけどさー……私なりに朝からひーくんの顔見れるの嬉しいのになぁ。
それに、電車で前に立ってくれるのだって、なんか守ってもらってるみたいで嬉しいし……だいぶ妄想入ってるかな?
自分が座ってもいいのに、席が空いても絶対に私を先に座らせてくれる。思えば小さい時からそうだった気がするけど、好意を持つ前と後じゃ受ける印象も全然違うよね。
「はぁ」
かっこいい、のかなぁ。すっごい人気があったことは多分ない。今までより少しだけ首が疲れるようになったけど背丈は一般的な範囲だし、特別勉強が出来るわけでも、運動が出来るわけでもない。というか、勉強は私のほうが出来る。そう思ってもらえることは少ないけど、事実として私は同年代の中でもそれなりに賢い。そんなハイスペック女子が君のことを好いてるんだぞー、気づけ〜。
彼と知り合いの人以外から名前を聞いたこともないから、誰彼構わず好意を持たれるような人じゃないのは確かなんだけどなー。……だから好意に気付かれないのかな。恋愛漫画でも、恋愛経験がない人はだいたい気付いてくれないから、そういうことなのかなぁ。……我ながら恋愛漫画を参考にしてるのは、どうかと思うけど、親しい友達で恋愛してる子なんて居ないんだもん。頼れる相手が居ない以上、そういうものに縋るのもしょうがないと思う。
だからこそ、私にはこの気持ちが好意なのか、それとも別のものなのか分からない。
そっと身体を寄せて、肩と肩が触れ合うような距離で歩いて、手と手が当たって互いに意識をして、躊躇いがちな私にひーくんが優しく手を伸ばしてくれるのを妄想したのも一度や二度じゃない。
だからわざわざ必要のない早起きをして、彼と一緒の電車に時折乗る。
やっぱり朝の一番初めに好きな人の顔を見れるのはうれしい。
いつも通りに電車を降りて、改札を抜けて、そして──
「じゃ、また教室でねー!」
「ん」
表面上だけ普通に手を振って、駅の出口で別れを告げる。
朝のボーナスタイムはこうして終了する。一緒の教室なんだから、一緒に行けばいいと思う。けれど、昼ご飯の調達と言いながら私を振り切るひーくんを引き留めることは出来ない。
「……はぁぁぁぁぁぁぁ」
とはいえ、やっぱりどうしてという気持ちはあって、見られてない今は思いっきり不満げな表情を出すことが出来る。
彼の家は親が忙しいから学校のお昼ご飯はほとんど買ってきて済ませてる。
お弁当を作ってくれば、一緒に学校に行ってくれるかな。
……重い、よね。
教室にいったところで、彼の座席は私の二つくらい前。後ろからつんつん触ってからかうことも、授業中に話すことも出来ない。
なにより、男子と女子という垣根が、学校の中で喋る邪魔をする。
普段はなんとなしに飛び越えるハードルも、好きなひとの前では失敗したくないという足枷のせいで飛び越えられない。
だから、学校を終えて、バンドが終わらせて、ひーくんの家に帰ってからなんでもない一日を報告しよう。きっと、私たちはそのくらいでちょうどいいんだ。