千早愛音は恋愛弱者である 作:腸煮えくり返り丸抜刀
取り急ぎ更新しました。
「う〜…………」
天井を見ながら唸っているのは私、千早愛音。少し前にライブがあって、りっきーが作った無理のある新曲を含めて走りきった。
走りきった、んだけど……。
「なんで風邪引いちゃうかな〜」
体力には自信があったんだけどなー。連日猛暑が続いたあとの台風が原因の大雨に降られたおかげで低気圧で元から具合が悪かった。ライブ終わりの電車にマスクもしないで咳をする人が隣に居たせいで移っちゃったのかなぁ。
体調を崩しがちなのは、どっちかっていうとひーくんの専売特許みたいなもので、私はいつも元気なのが取り柄なのになー。
そんなひーくんからはお大事に、の一言が返ってきただけで、それ以外の連絡はない。いっつも一緒に居る幼馴染が風邪引いて寝込んでるんだよ?
フツーなら、看病に来て甲斐甲斐しくお世話するのが筋だと思う!
……まぁ、そのフツーも少女漫画の中の話だけどさ。
少しくらい夢を見たっていいじゃん。
そんな感じでひーくんが来ることもなく、体調が戻り始めたころには週末になってた。
『今部屋いる?』
『あー、まぁ』
『じゃあ窓開けてよ。久しぶりに顔見せて?』
『外に出れなかったのはそっちでしょ……』
メッセージアプリでメッセを送って、既読がついて、大した意味もなく、顔が見たいのひとことで彼を窓際に引っ張り出す。
「……元気そうだね」
「やっほー!」
お向かいの窓が空いて、馴染みの顔が見えることに安心する。……待ち構えてた私に、ひーくんは少しびっくりしていたみたいだけどさ。
ひーくんと私の家は隣同士。このあたりの土地は同じ住宅会社が作ったちょっといい感じの家で、家の間取りはほぼ同じ……というより、左右対称なだけなんだよね。
だから、両親の部屋と子どもの部屋はほとんど同じような位置にある。
前までは、この近すぎる距離感がなんとなく嫌だった。
ひーくんと距離を少しでも縮めたい今はこの距離感がすごくありがたい。
「学校、休むの珍しいんじゃない?」
「最後に休んだの小学校のころだったからね〜」
だいたい4年以上は休んでなかったから、ひーくんにしてみれば意外だったのかもしれない。たくさんの時間を一緒に過ごしてきたからこその気付きだからちょっとうれしい。
「あれ?」
「なんかあった?」
「んー……」
ひーくんの顔にちょっと違和感。
やる気のなさそうな顔をしているのはいつものことだけど、いつも以上に元気がなさそうに見える。
「……ひーくん、あんまり寝てない?」
「なんで?」
「なんかぼーっとしてるように見えるし、まだ着替えてないの珍しくない?」
気になってちょっと背伸びしてみると、顔より下はまだ制服だった。そりゃ、金曜日の夜だから制服を着ていること自体はそれほど不思議じゃないけどさ……。
ひーくんは学校から帰ってからすぐに洗濯カゴに制服を入れちゃう。シワになっちゃうのが嫌だからって綺麗に折りたたんでまで入れるんだよ。几帳面だよねぇ。
そんな彼が、この時間まで着替えていないことに違和感がある。
「……今からそっち行っても……行くね!」
様子を伺ってたら、きっと断られちゃうから返事も聞かずに下に降りる。
「愛音、ご飯はー?」
「あとで食べる!」
お母さんに一言だけ残して、ひーくんの家のチャイム鳴らす。少し遅れて階段をおりてくる慌ただしい音が聞こえてくる。本当に来るとは思ってなかったのかも。
困り眉を作って、扉の前を塞ぐように立っている。
「あー……今あんまり片付けてないから、入らないほうがいいと思うよ」
「なんか元気なかったー、って聞いたよ?」
ぴくり、とひーくんの表情が固まる。知らないと思ったのかなー、愛音ちゃんの情報網、侮っちゃいけないんだぞー。
「……誰から聞いたの?」
「いつも話してる彼だよ」
「あいつかぁ……大袈裟だよ、そんなのさ」
あー……ひーくん、こうなるとあんまり話そうとしてくれないんだよなぁ。まるで貝みたいに口を閉じちゃう。
う、うーん……仕方ない、かなぁ。
「……ほんとに?」
伏せた視線の先に回り込んでから、じっと瞳を覗く。あ、意外とひーくんの目、きれーだなぁ……。
「聞いてるなら誤魔化してもしょうがないよな……」
大きなため息を吐いてから、首を縦に振ってくれた。
「ちょっと身体が重くてさ……同じようなタイミングで風邪引いちゃったのかな……」
「そっかー。体調に気を付けないとダメだよ?」
「それで、そろそろ入れてくれてもよくなーい?」
「えっ?」
「女の子だよ、私」
普段だったら笑うくせに、すんなりと道を開ける。なんか、思ってた以上に元気ないなー……。
得意げな気持ちなんて湧いてこない。むしろ、心配する。
それでもいつも通りをしたくて、ひーくんの横を通り抜けて階段を上がると、仕方なさそうに後ろについてきてくれる。
そう、それでいいんだよひーくん。いつも通り、幼なじみの馴れ馴れしさで元気にするからね。それで、彼が本当に不快に感じたら逃げ切ろう。
「うわぁ……」
自分から出たとは思えないくらい脱力したような、呆れた声。
「あー……いや、これは……」
「いつもはちゃんとしてるのに! なにこの荒れ具合!」
そこまで言ってから、普段がむしろおかしかったことに気が付く。男の子の部屋って散らかってるイメージがあるけど、ひーくんの部屋はいつも綺麗だった。
「ちょっと忙しくてさ……」
「部活もバイトもしてない高校生の何が忙しいの!」
ジト目で詰め寄ったら逃げられた。仕方ないかー、とひーくんのベッドに腰掛ける。
「なんかさー、やっぱりひーくん顔色悪くない?」
「そんなことないと思うけど……」
「変なところで無理しなーい」
膝のあたりをぽんぽん、と叩く。
「いや、流石にそれは……」
「私だって心配なんだよ?」
「心配されるほど大きなことじゃないよ」
「それを決めるのはひーくんじゃなくて、私だよ」
ちょっと強めに言うと、ひーくんは苦笑いした。
「本当に、なんでもないんだ。別に辛いとかでもなくて、ただ味気なかっただけ」
え。
「愛音の姿が日常のなかにないと、なんかやる気になれないんだよ」
「え?」
「色が薄い……って言うのかな。なんとなく、元気になれない」
心臓がどきっと跳ねる。なにそれ。なんで、そんなずるい言い方するの。
「……ごめん。調子悪いのかもね」
誤魔化すように頭を振るひーくんに、どうやって返事をしたらいいのか分からなくなる。それだけ大切な存在だったんだ、という嬉しさと……私のせいで、ひーくんが調子悪くなっちゃったんだ、っていう泣きそうな気持ちがいっぺんに来て、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
でも、顔には出せない。視線を下げたままのひーくんには見えないとしても、絶対ヘンになるから。
「もー! そういうのはさ、早く言ってよ〜! 私たち、幼なじみなんだよ!」
口にした途端、自分で言った言葉なのに胸の奥がチクリと痛む。
ああ、そっか。
そよりんに言われたのに、また私逃げてるんだ。
「……とりあえず片付け手伝うから! もー、どうやって一人で暮らしてたのさ!」
「言わないでよ……」
動いてないとまた変なことを考えそうだから、腕まくりをして片付けに没頭した。終わるころには夜遅くになってて、家がすぐ前じゃなかったらお母さんたちに怒られてたかもしれない。
……遠く離れてたら、お泊まりとか出来たのかな。
「……体調、もういいの?」
「今更〜? 見ての通り、すっかり元気になったよ!」
「……そっか。なら明日も来るよね」
きょとん、としてしまった。そんなの当たり前。ひーくんの部屋は私の居場所なんだから。
汗だくになった身体から汚れを落として、浴槽に口元まで埋める。ぷくぷく……なんて、外じゃ絶対に出来ないような子どもっぽいことをしていることも頭に入らないくらい、ひとつのことを考えていた。
つまり、ひーくんのこと。
たった三日なのに、あそこまで元気がなくなるものなのかな。
たった三日であんなに元気なくなったなら、私がロンドンに行ってた春休みを含めた二ヶ月間、ひーくんはどうしてたんだろう。
お母さんから誘っても遠慮してたのは聞いてたけど、戻ってきてみたら、「おかえり」となんでもないみたいに軽く言われたから、なにも気が付かなかった。
ひーくんは周りの子たちと違って、ロンドンから逃げ帰ってきたことに対してなにも言わなかった。ううん、最初からそんな時間はなかったように、これまで通りに接してくれた。
ちゃんと、話を聞いてあげればよかったのかなぁ。
天井を見上げても湯気が立ち上っていくだけで、なにも浮かんでこない。むしろ、どんよりと空気が重くなったように感じる。
暖かい空気なら、むしろ軽いはずなのにね。
「色が薄い、かぁ……」
自分の心の内をそっと渡してくれたような、すごく大切な言葉に思えてそっと心にしまう。
ひーくんに、ひーくんの一日に色を付けられるのが私一人だけだったら。
そう思った瞬間、独占欲のような気持ちが胸の奥から顔を出す。
「……あがろ」
これ以上は、良くない気がした。
お風呂をあがって自分の部屋からさっきまで居た空間に目を向ける。
まだ明かりがついていた。