ナザリック地下大墳墓第五階層氷結牢獄。
そこにアルシェは捕らえられていた。
「ヘッケラン……イミーナ……ロバーデイク……」
アルシェはうずくまりながら仲間の名を呼んだ。
そこにアインズがやってくる。傍にはニューロニストとアルベドが居た。
「さて、先ほどぶりだな、アルシェ・イーブ・リイル・フルト……お前は捕虜となったが、このナザリックでは捕虜を遊ばせておくつもりはない。お前には仕事をしてもらう」
「……断ったら?」
「殺すだけだ。あぁ、お前が死ぬとお前の大事な妹たちはどうなるか、想像は簡単に着くだろう?」
その言葉にアルシェは歯ぎしりした。
「……その仕事の内容は?」
「私は人間の社会についてあまり知らないのでな。お前には帝国や王国の貴族のマナーを教えてもらう」
アルシェの使い道はそれだ。
一応ナザリックにもそういうマナーに詳しいのは居るが、三十センチのゴキブリだしそもそもナザリックの知識──リアルの物がこの転移後の世界でも通じるか怪しい。
だから現地人を雇用した方が良い、とアインズは判断したのだ。
「……それだけ?」
「他には、まぁお前の持つ
「……」
「あぁ、それと。この仕事を受けるならば──お前の妹……ウレイリカとクーデリカ、だったか? それをナザリックで保護しておいた。アルベド」
「はい」
アルベドが離れると、部屋に双子の姉妹が来る。
「お姉さま!」
そう二人が破顔する。
「ウレイリカ! クーデリカ!」
アルシェは檻を掴んだ。
「お前の家は第六階層……あの闘技場が会ったところに設置しておいた。そこで普段は妹たちと暮らしてもらおう。無論、逃げ出すような事をすれば──」
アインズの言葉にアルシェは暗い表情をしながらもうなづいた。
「……わかりました。絶対に逃げたりはしません。望むだけの働きを、約束します」
「いいだろう……アルベド。三人を案内しろ。私は部屋に戻る」
「畏まりました」
■
ナザリックに皇帝が来る少し前──
アインズは自室でアルシェから帝国貴族のマナーを教えて貰っていた。
「ふむ。しかし食事関連のマナーだけはどうしようもできないな……」
アインズはアンデッドであるが故に飲食不能だ。だから食事関連のマナーだけは学ばなくていいというのは結構楽だ。
アインズとしては食事は一人で楽しみたいものなのでいちいちあれやこれやマナーを気にしながら食べるというのは苦痛だ。
まぁ最近は一切の食事をとっていないが。
それでも食事をしたい、という欲求があまり湧いてこないあたりアンデッドの種族特性は強いなと実感する。
「では今日はここまでにしよう。残りは明日だ」
「畏まりました」
アルシェがそう頭を下げた。
アルシェは思ったよりヤバい扱いされないな、と若干の拍子抜けをしていた。
与えられた家はごく普通の物だ。周囲には他の家もあった。
と言っても住んでるのは亜人種だらけだが。
アルシェが居るのは第六層に実験的に造ったナザリックの外から来た者の家だ。ザリュースやゼンベルなどがそこで暮らしている。
アルシェが礼をしてからアインズの部屋を出る。
ふぅ、と少し息を吐くと背後に気配を感じた。
「初めまして、アルシェさん。私はナザリック地下大墳墓第七階層守護者、デミウルゴスと申します。今、少しお時間いいですか?」
そうデミウルゴスは微笑んだ。
「は、はい。大丈夫です」
大丈夫でなくともアルシェはそう返すしかない。
「それはよかった。ではついて来てください」
そうしてデミウルゴスはアルシェを連れて歩いて行く。
そしてある場所に辿り着き──
アルシェは自宅に戻った。
トイレに駆け込み、嘔吐する。
全力で吐き、胃の中が空っぽになっても吐いた。
「ヘッケラン……イミーナ……」
アルシェが連れていかれた先は
そこで変わり果てたヘッケランとイミーナを見せつけられた。
デミウルゴスは優しく肩を叩き、「もしもの事があれば。君と、妹たちがどうなるかこれでよくわかるだろう?」と囁いて来たのだ。
あんな眼には会いたくない──一層の忠誠を捧げるしかなかった。
■
数日後。
ナザリック地下大墳墓玉座の間。
そこには高レベルのシモベたちと階層守護者が勢ぞろいしていた。
真ん中は通れるよう道が出来ている。
アインズは玉座に座り、隣のアルベドが口を開く。
「アインズ様。バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーンファーロード・エル=ニクス皇帝陛下の入室です」
その言葉によって門が開いて行き、皇帝一行が入ってくる。
皇帝たちは緊張した面持ちだ。怯えていると言ってもいい。
だがそれを表には出さない努力をしている。
優秀な人間たちだ、とアインズは感心した。
リアルの職場でもこういう人間が上司だったらいいんだろうなぁとどこか遠い目をする。
「アインズ様。バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーンファーロード・エル=ニクス皇帝陛下がお目通りしたいとのことです」
「よくぞ来られた。バハルス帝国皇帝殿。私はアインズ・ウール・ゴウン。このナザリック地下大墳墓が主人である」
デミウルゴスが口を開いた。
ヤルダバオト役をしていないので蛙顔にはしていない。
「アインズ様。下等種である人如きがアインズ様と対等な目線に立とうなど傲慢です──"平服したまえ"」
デミウルゴスの支配の呪言が発動した。
それによりジルクニフ以外の者たちが膝をつく。
一瞬、フールーダだけ動くのが遅かった。
「よせ。デミウルゴス」
「はっ……"自由にしたまえ"」
再度発動した支配の呪言によって解除される。
「遠方より来られた貴殿に対し私の部下が大変失礼なことをしたこと、許してほしい。望むならば頭を下げる事も厭わない」
その言葉にジルクニフは戦慄しつつ返す。
「その必要はないとも、ゴウン殿。部下が主人の意をくみ取れず暴走することはよくある事。かくいう私も部下を御しきれてなくてね……ロウネ」
秘書官の一人が壺を持ってきた。
「これは貴殿の領地に愚か者たちを送って来た者の首だ。どうかこれで謝罪とさせて欲しい」
ロウネが怯えながらアルベドに壺を渡した。
そしてアインズもそれを受け取る。
「ふむ。処分はもったいないな……」
そして中位アンデッド創造を行使する。
産み出されたのは
馬鹿な、という小さな呟きがジルクニフから漏れた。
「いけ。列に並べ」
アインズの指示に従い産み出された
「さて。エル=ニクス殿。これで双方謝罪が済んだ事で今回の一件は終わりにしよう。もう帰ってくれて結構だ。これから我々は忙しくなるのでな」
忙しくなる。その言葉にジルクニフは嫌な物を感じ取り問いかけた。
「い、忙しくなるとは?」
「貴殿のおかげで隠れ住んでいても面倒ごとがやってくるとわかった。ならば表に出て全ての面倒ごとを叩き潰すとしよう。私の好きな平穏が戻ってくるまで」
(──狂人の戯言……いや、こいつにはそれを実現できるだけの"力"がある!)
ジルクニフは内心歯噛みしたがそれを表情には出さない。
「どうだろう? 同盟を結ぶというのは。貴殿が表に出て国を興すなどをするならば、協力者は必要だろう?」
「なるほど。実にいい提案だ。同盟を受け入れよう」
そしてアインズは少し考えたふりをする。
「それではこちらからはデミウルゴスを出そう。優秀な者だ。お互いの連携を確固たる物にしてくれるだろう」
「な、ならばこちらはロウネ・ヴァミリオンを出そう。我が国きっての優秀な秘書官だ」
そして会合は終わる──
■
皇帝たちが帰り、アインズの二つ名が魔導王に決まった後。
アインズの自室にて。アインズはベッドにダイブした。
「つっかれた! 偉い人とのお話なんてもうしたくない!」
うがー! と子供のように枕に顔を埋めじたばたと足を動かす。
皇帝との話なんて緊張しっぱなしで碌に話した内容を覚えていない。
原作知識を駆使してどうにかそれっぽくしただけだ。
NPC相手はまだましだ。NPCは所詮精巧に作られた機械──アンドロイドの様な物なので気楽に話せるが生身の人間相手だとどうしても緊張する。
はぁ、と息を吐きながらこれからについて考えるのだった。