アインズはエ・ランテルの元都市長の館で執務をしていた。
と言っても内容は殆ど判子を押すだけだ。
最終的な決定こそがアインズの仕事で、その他の相談やら会議やらは下々の仕事だという事でアルベドが回さないのである。
回されても元フリーターのアインズには仕事など出来ないのでいいが。
この都市長の館も暫くしたら解体し、のちに魔導王の城を建設する予定だ。
と言ってもそれはドワーフの王国に行って技術者を呼び込んでからになる。それまではこの館での仕事だ。
アインズはちゃんと書類に目を通してから判子を押す。
今押した書類は物資不足に対し対策を打つ書類でデミウルゴス策だ。
「さて、後は……目安箱だな」
アインズは箱を取り出した。
この箱は原作アインズと同じくアインズが設置した物でナザリックの第九階層の休憩室の一つに設置してある。
隣に立って居るアルベドが口を開いた。
「しかしアインズ様。私が清書した方がよろしいのでは?」
「ふむ。それだと広く意見を募る事が出来ないだろう? お前たちだと一部意見を封殺しそうだしな」
「それは……そうですが……」
「まぁ、取りあえず適当に取ってみよう」
そしてアインズはある紙を取り出した。
「ふむ。"エ・ランテルに学校をつくるのはどうか"か……どう思う? アルベド」
「愚劣極まりない意見です。豚は豚のまま生き、死ねばいいのです」
「確かにその通りだ。だが、私は逆に採用すべきだと考えている」
「どういうことですか?」
「知識というのは広く普及しなければ意味がないだろう? 愚者相手にナザリックの偉大さを教えても意味はない。ならば愚者を愚者ではなくある程度分かる愚者にする必要がある……そして私が望む世界では、人民もある程度の知恵がないと困るのだ」
「……アインズ様が望む世界、ですか?」
「ん、言っていなかった? 私はこの世界をある種のユートピア、そしてディストピアにするつもりだ」
「というと……アンデッド創造を使ってですか?」
「その通りだ。第一次産業をすべてアンデッドを根幹にさせる事で単純労働から民を解放する。そして産業の知識を人民から奪う事によって世界は私が居ないと回らない……そのようにするつもりだ」
その言葉にアルベドがぱぁっと顔を明るくする。
「なるほど! そうなれば世界はアインズ様がいないと回らなくなる! そうすればそもそもの反逆を起こすという発想すら起こりませんね!」
「その通りだ。私が世界の歯車の根本になることで世界を動かし続ける……人民はただ、私を称え続ければいい。そして、私は娯楽が好きだ。漫画、アニメ、ゲーム……娯楽がその他の犯罪を減らす統計はリアルで取れている。それらを普及させることで世界をユートピアに近づける、という訳だ」
「なるほど。ではそのように動きます」
「うむ。と言っても最初から学校をつくるのは敷居が高いからな……まずは孤児院でも作るとしよう。それの管理をユリに。副官にペストーニャをつけよう」
ペストーニャの名が出たことでアルベドの顔が若干の怒りを滲ませた物になる。
「アインズ様。ペストーニャはアインズ様の命令に背いた反逆者です。解放するというのは……」
「……だが、ペストーニャ程の物をただ閉じ込めているだけでは不利益だろう?」
「アインズ様……畏まりました。そのようなお顔をされれば否やは言えません。ニグレドはどうしますか?」
「ニグレドも解放しよう。赤ん坊の世話ぐらいは出来るはずだ」
「畏まりました」
そこに部屋にノックがかかる。
アルベドが入室を許可するとアウラとマーレがはいって来た。
「アインズ様! お仕事ご苦労様です!」
「うむ」
アインズの仕事は基本この都市長の館で行っているが暮らしはナザリックだ。
ナザリックの方が防衛設備が整っているので安全だし、ある程度気楽に出来る。
アインズとしては都市長の館を職場の様な物としてとらえているので職場に住み込みなんて御免被る、と考えているのだ。
アウラがアインズに近づき、両手を上げ抱っこを求めるポーズをした。
「はは、仕方ないな」
アインズとしてはアウラが成長しても自身の事を愛しているなんていうとち狂ったことが起こればアウラを第三婦人にしてもいいかもしれないとは考えている。
だが今はただの子供だ。それにアウラはダークエルフなのでその未来ははるか先だろう。
アインズがアウラを抱っこし、マーレもアインズの膝に座る。
「あ、アインズ様。わたくしも……!」
それを羨ましがったアルベドがそう懇願した。
「はは、なら夜に、な」
「──! 畏まりました! アインズ様!」
よっしゃ、とアルベドは小さくガッツポーズをした。
「それでアインズ様。何をしていたんですか?」
「今はナザリックから募った意見書を読んでいたところだ。そうだ、アウラも何か意見はあるか?」
その言葉にアウラは「はい!」と元気よく手を挙げた。
「男の子は女の子の格好を。女の子は男の子の格好をすべきだと思います!」
(ぶくぶく茶釜──!)
そういやこんなことあったなとようやく思い出した。
咄嗟にアインズは言い訳を思い出す。
「あー、確かにリアルの一部地域ではそう言った事があったな。健康祈願と魔除けの異性装……だったか。幼い子供が悪しきものに連れ去れないようにするのと、子供は七つまでは神の子と言って、体調を崩し容易く死にやすかったからそうならないための健康祈願……だったはずだ」
おぉ、と三人が関心の声を上げた。
「まぁ、文化として広めてはいいかもしれないが、そこまで積極的に広めるというのはな……似合わない格好をしても滑稽になるだろうし。今のところはナザリック内でとどめようか」
「畏まりました! アインズ様!」
■
アインズはメイドを連れて都市長の館から出て、ある建物に向かった。
転移魔法は阻害されている場所なので徒歩で向かう必要がある。
そうして徒歩で行くとモモンの屋敷に辿り着いた。
その庭に入り、アインズは馬屋ならぬハム屋に入る。
「ハムスケ。元気にしてるか?」
そこには寝ているハムスケが居た。
「ん、おぉ。殿でござるか」
「外では私をアインズ様、と呼ぶように」
「わかっているでござる! 周囲に人がいる時はそう呼ぶでござるよ!」
「ならいいが……パンドラズ・アクターはいるか?」
「殿の影武者殿なら在宅してるでござるよ」
「そうか。なら邪魔するとしよう」
そうして屋敷の中に入る。
「ん~ご来訪いただきありがとうございます! アインズ様!」
そこには派手な動作をするパンドラが居た。
「……元気そうで何よりだ」
そうしてアインズが座るとパンドラは隣に座った。
(ん何故となりぃ?!)
そう混乱し精神が沈静化されるも冷静に取り繕う。
「今日はモモンとしてのお前に何か来てないか確認しに来た。例えば魔導王を殺せ、と言った依頼などは来ていないか?」
「いいえ。そう言った依頼は来ておりません。ただ、民衆から不安の声は聴きます。この都市はどうなるのか。奴隷にされるのか。私たちの未来はどうなるのか、と……」
「なるほど。となると……公式運営の新聞社でも作り、そこで広報活動でも行うとするか。そうだな。ナーベラルにでも広報担当になってもらうというのはどうだ?」
「なるほど。いい事かと思います。国自らが情報発信を行えば民衆をコントロールすることも可能……流石です。アインズ様」
「これぐらいお前たちならすぐ思いつけるさ……そして冒険者組合の方はどうだ?」
「閑古鳥が鳴いています。ただ上位の冒険者向けの依頼は残っています。カッパーやアイアンは殆どいないですが……」
「……そうか。実は私は冒険者組合を潰し、騎士団を新設するつもりだ」
「……騎士団の新設、ですが。その場合モモンはどうなさるおつもりで?」
「騎士団の総合団長にでもつけようと思っている。騎士団とは言ったが、最初は六つ。世界征服が完了する程の時期には十三ほどに分けるつもりだ。それぞれの団に団長と副団長を置く。そして冒険者の様なランクもつけるつもりだ。そして仕事内容は治安維持と未知の発見を考えている」
「なるほど。冒険者組合そのものを一新する、という訳ですね。しかし治安維持は
「いや。
「なるほど。後で草案をまとめます」
「頼んだ……それでは私は、冒険者組合に売り込みをするとするか」
そうしてアインズは立ち上がった。
■
(さて、念のため予習はしておいたが、うまくいくかな?)
アインズ様の中の人は営業職などではなく、ただの工場のバイトだ。
だから営業経験なんてものはないためアインズ様の営業トークスキルなんてものはない。
アインズが中に入る。
(久しぶりだな)
アインズが冒険者組合に来るのは本当に久しぶりだ。
最初の頃はモモンとして来ていたが、それ以来全然来ていない。
そしてパンドラの言う通り閑古鳥が鳴いていた。
たまたまいたモックナックを見てアインズが声をかける。
「やぁ。虹のモックナック君。景気はどうだ……と聞いても、答えはわかっているが」
その問いかけにモックナックは怪訝な顔をした。
「……なんで魔導王陛下が俺なんかの名前を知ってるんで?」
「モモンから聞いたのさ。それにこの街の有能な冒険者の名は頭に入れている」
「……そうか。モモンから……」
モモンから聞いた、という言葉にモックナックは少し嬉しそうな顔をした。
「さて。私は冒険者組合長に用があるのだが。今居るかね?」
「そこは俺にはなんとも……受付嬢呼んで──」
そこに丁度良く受付嬢が来た。
「魔導王陛下! な、何用でしょうか?」
「うむ。ここの冒険者組合長のプルトン・アインザックに会いに来た。突然の訪問だが、いるかな?」
「か、畏まりました。少々お待ちください」
そして待つと客室に通される。
そして座っているとプルトンが来た。
「よくぞお越しくださいました。魔導王陛下」
そうプルトンは頭を下げた。
「うむ。邪魔しているぞ」
そう言ってアインズはこっそり無詠唱化した生命探知の魔法を行使した。
すると壁の向こう側に一人の生命反応を感知した。恐らくはテオ・ラケシルの物だろう。
「さて、私は長話が嫌いだ。故に単刀直入に言おう。私はこの国の冒険者組合を解体し、新しい物にするつもりだ」
「なるほど。ではそのように」
プルトンはそのことを知っていたかのような反応を見せた。
「ふむ。お前の考えている事は手に取る様にわかるぞ。有能な冒険者には王国や帝国に行くように促し、お前は私に空っぽの冒険者組合を渡すつもりだろう?」
その台詞にプルトンは少し驚いた表情をした。
「……おわかりですか。では、私にどうしろと?」
「まさか。お前が真にそれを望むならそうしても構わない。ゼロからのスタートならそれはそれでやりようはあるからな……だが、私はお前たち冒険者に期待しているのだ」
「……と、いいますと?」
「冒険者、アドベンチャーとは名ばかりで日雇い労働ばかり。モンスターを退治する事だけの日々……だが、彼らは真の冒険者──未知を探求し空白の地図を埋める未来ある若人になりうる可能性を秘めているのだ。私はな、未知が恐ろしいのだ」
「……未知が怖い?」
「例えば秘境のある部族の呪術は私を一撃で殺せるかもしれない。例えば未知の山に眠る鉱石は世界最強の剣を作れるかもしれない。例えばある島の魔術師は私に匹敵するかもしれない……そう言った未知が恐ろしくてたまらない。人は未知に恐怖する。暗がりの横道に"もしかしたら何かいるかもしれない"と恐怖を抱く。だからこそ、私は全ての未知を踏破し既知に変えたいのだ」
「……なるほど。で、あれば冒険者たちをそう言ったことに使う、と?」
「そうだ。未知の物を知り、既知に変える。遍く世界のすべてを知る。それこそが私が求める冒険者だ」
「……であれば、そのような依頼を出すのでは駄目なのですか? 依頼を出していただければ冒険者が遂行しましょう」
「ふむ。その場合接触した未知に対しお前たちだけで対処してもらうことになるぞ。例えば我が魔導国に対し敵意を抱く国や種族と遭遇し、そのまま敵対関係になってしまった場合の処理をだ」
「それは……」
「だからこそ冒険者を全て我が国専属の物に変える。そうなれば未知と遭遇した際の問題をこちらで処理できるからな……納得できたか?」
「……理解は出来ました。しかし、侵略には……使われないのですよね?」
「ただ侵略戦争をするだけならばアンデッドの軍を使えばいいだけだ。先ほども言ったように私は未知を既知に変えたいのだ。そのためには自我が希薄なアンデッドでは運用に問題がある」
「なるほど。わかりました」
そうプルトンは納得したように頭を下げた。
「私は求めているのだ。冒険者が真の冒険者となり、まだ見ぬ世界へ飛び立つことを!」
そうアインズは力強く言った。
どうだ、とアインズは冷や汗を流した気分になる。
営業職でない以上こういった営業の持ち込みは困難を極める。営業のトークスキルなんて持っていないのだ。
だが、アインズの不安を他所にプルトンは目を輝かせた。
「であれば、この私も冒険者として未知に挑みたいと思います」
(──シャア!)
アインズは内心ガッツポーズをした。
「であれば、そうだな……お前にこれをやろう」
そうアインズはアイテムボックスを開く。
そこから取り出したのは短剣だ。
青色のクリスタルで出来た短剣である。
「こ、これほどのマジックアイテムを?!」
「そうだ。これはお前に対する期待だ。これから先、新設した冒険者──まぁ名称は変わるんだが──それに対する期待の表れだ。期待しているぞ、プルトン・アインザック」
そうしてアインズは冒険者組合を出て行った。