ARGO アルゴ−データの海で 作:電機羊
「…すみません。そこ、どいてくれませんか?」
僕は”妖精のように美しい女の子”を見て立ち上がってバスの通路を塞いでしまっていた。
「あ、あぁ。ご…すみません。」
僕は半歩ほど下がった。
「どうも。」
そう言ってその子は僕の目の前をすり抜けて前席のほうへ行ってしまった。
…が、前に騒がしい乗客が数人、座席を占拠していたので、戻って来て通路を挟んだ僕の横にすっと座った。
そしてバスが発車した。外はもう完全に夜のなっている。
「…それ、重い?」
突然話しかけられて僕は驚いて、一瞬言葉に詰まった…が、なんとか動揺を悟られないように装って言った。
「え?いや、あぁ…これ(右腕)の事?」
彼女は笑って言った。
「ーあ、ごめんなさい笑。私気になった事がすぐ口に出ちゃうんだ笑」
取り繕う僕。
「いや、…いいと思うよ。これ(腕)…?そうでもないよ。元の自分のと同じ重さになるようにオーダーしたから。」
そう言って僕は右肘を曲げて手のひらを上に向けてグーパーを繰り返した。
「へぇ。器用に動くんだね。こんなに近くでパーツ初めて見たかも。」
僕はちょっと嬉しくなった。
「そうなんだ?実はこのモデル…かなり高性能なんだ。少なくとも元の手よりは役に立つ笑。」
彼女は興味津々、という感じだった。
「どこが、どうすごいの?」
「…生身と違って震えないから、正確な動作なら、色々。」
僕は精密作業や射撃、とかいうメーカーの謳い文句は避けた。細かい話は盛り下がるだけだし。
すると彼女は言った。
「へぇ。じゃぁ…人とか撃ったことある?」
いきなり凄い事を言われて僕は驚いた。
「そ、それはない!ないよ!さすがに。」
彼女はいたずらっぽい顔で言った。
「冗談だって笑。ごめん笑」
…ちくしょう。バカみたいに動揺したことを覆さないと。
「えー…射撃はないけど、料理の腕前がシェフ並みになったよ。」
「マジ?なんで!?」
「分量完璧だからね。タイマーと泡立てモードも…って…無理無理笑」
「もう! 一瞬ほんとに信じたよ!笑」
そう言った彼女の笑顔が、たまらなく愛おしく感じた。もっと話しを続けたい。
「笑…でもメンテも楽でほんとにいいパーツだよ。もっと軽いのもあるし。良かったら案内…いや場所教えようか?」
彼女は少し上を向いて言った。
「うーん。私は…いいかな〜。」
僕は少しショックだった。”この流れ”で断られるとは思っていなかったから。
「でも、どうせ買わなきゃいけないのならー」
ガタン、と音がしてバスが高架下に入り、僕が一瞬言い淀んだ瞬間、彼女は言った。
「…わたし、ホログラムなんだよね。」
街灯の光が車内を流れていく際、彼女はゆっくりと透き通った。
ーーーーーーーーー
《gap.》
彼女は話し続けた。
「ーだからこうやって人と普通に話すのはなかなか久々っていうか、ちょっと嬉しくて…」
「…なんで、いやちょっと待って、」
僕はまだ何かを言おうとする彼女を制止し、一度大きく息を吸い込んで、落ち着いた。
「オーケー、もう大丈夫。あぁ、わかったよ。驚いた事は認める。でもそれはそんなに重要な事じゃない。僕がちょっと不慣れなだけで…。」
突然彼女は笑い出した。
「あなた”変わってる”ね 笑 普通の人ならここで会話終わってるよ。”ナンパしても意味ない”って。それなのにあなたはまだ”話し足りない”って感じ 笑」
僕は”変わってる”のか?よく分からないけど。気にせず僕は話し続けた。
「だって、まぁ”言 葉”にだって実体は無いけど、それは問題にはならないでしょ?」
気のせいか、彼女の顔が少し赤くなった気がした。
「じゃぁ…あなたは私ー」
彼女が何かを言いかけたとき、”ビー”という音とともにバスが停まって、乗客が大量に乗り込んできた。
彼女は何を言おうとしたのかな?僕は続きが気になったのだが、バスがかなり混んできてしまった。そしてバスは再び出発した。
ーしばらくして彼女の前に立っていた男が突然彼女に声を掛けた。
「…お前、シルフだよな?なら席譲れよ。」
吊革に両手をかけて彼女を見下ろしている。
彼女は毅然と応えた。
「…嫌に決まってるでしょ。なんで”そんな理由”で席を退かなきゃいけないの?」
男は表情を歪めた。
「はぁ?お前らはただのデータだろうが。こっちは生身の身体で休みたがってんだ。てかその前にお前らの居場所はあそこだろうが!」
その男が指した先は、バスの一番後ろの、床がラインで囲われれいるだけの狭いシルフ専用区画だった。
「法律も守れねぇのか?ホログラムめ!」
ーそう言われてなお彼女は席を立たなかった。彼女は口を閉ざして前の座席の一点を見つめていた。
するとその乗客は天井を一瞬チラッと見てから言った。
「お前…リセットされたいのか?」
男が映写機の1つを塞ごうと手を伸ばした。
ーもうたくさんだ!!
「やめろ!なんの権利でそんな事を出来るんだ!?」
僕はとっさに男の腕を掴んでいた。
「…あ?あんた誰?これの連れ?なら責任持ってあっち側に行かせろや!教育がなってねぇな!」
そう言って男は僕の手を振り払おうとした。
誰が離すもんか。
「なんだ?離せよ!!やんのか!?」
男は掴まれた腕から僕の手を振り払おうと暴れた。
僕は腕を引いて顔を近づけて小声で言った。
「無駄だよ。僕の右腕は君のよりずっと高性能だからね。黙って消えるって言うなら放してやるよ。でもケンカしたいって言うんなら…」
僕は腕の温度を上げていく。
「うおっ!アチ、なんだ?アチチ!やめろ!わかった。わかったから。マジだって!アチ!おい!おい!Bro!やめてくれ。」
やけどをする前に僕は彼を解放した。
奴は信じられない、という顔をしている。
「…あんたなんなんだ。なんだってホログラムなんかと…いや、もういい。」
男は腕を擦りながら人をかき分けてバスの前方に逃げていった。
さて…彼女だ。
「だ…だいじょう…ぶ?」
こんな出来事に慣れていない僕はアドレナリンを抑えて彼女に声を掛けるのに苦戦した。
「…うん。」
そういう彼女は涙を堪えて顔が赤くなっていた。
…僕と話してたときの赤らみとは違う。
僕の怒りは納まりそうになかった。自分のみじめな現状にさえこんな怒ったことなかったのに。
「…あ、あんな連中がさー」
「ありがとう。」
彼女が唐突に言った。
「え…。」
「ありがとう。…ありがとう。
…ありがとう、ありがとう、ありがとうー」
僕は言葉を遮った。
「もういいよ。 …良いんだよ。」
その間中他の乗客達は見て見ぬふりをしていた。僕はバスを降りるまでの間、彼女のまわりのその空っぽの身体だけの存在達をずっと睨みつづけた。
ーーーーーーーーーー
《walk on.》
「ねぇ。もう落ち着いてよ…嬉しかったよ。なんか感極まっちゃってさ、わたし。」
バスから降りても僕はまだ興奮していた。
…と同時に恥ずかしくもあった。こんな場面に出くわした事は今までなかったけど、どう考えても昨日までの僕なら今の僕に睨まれる立場だったはずでー
「わっ!!」
スクロールから彼女の大声がした。
「うわあ!え…何?」
「嬉しかった、って。」
「…あぁ、うん。」
また沈黙。
「ーあぁそうだ。」
バスから降りたあと彼女と僕は並んで歩いていて、声だけスクロールから聞こえていたからなんか変な感じだった。
「ちょっと待ってて。」
僕はスクロールとリンクしたイヤーパッチをポケットから取り出して耳の裏に貼った。
「これでよし!なにか話してみて。」
「わたしの事好き?」
「え!?いや…なにを…」
あまりに突然で…驚いた。
「だって会ったばかりでこんな親切だし、守ってくれて…だって関係ないでしょ?あなたはその…”リアルの人”だし。」
最後のひと言で僕はちょっと冷静になれた。
「…君だって”リアルな人”でしょ?こうやって僕と話してる。で…最初の質問。えぇと、たぶん、その…そうなのかな?そりゃ、会ったばかりで、変と思うだろうし、まだ名前だってー」
「エリサ。わたしの名前。」
「エリサ…そうか。僕は”エリサ”が好きなんだ。」
これがモンシナの影響なのか自然だったのかわからなかったけど、思った事が言葉になっていた。自分が思わず発した言葉に驚いてエリサを見た。彼女は嬉しそうな顔をしていた…と思った。でも同時に悲しそうな表情も重なって見えた。
エリサは小声で言った。
「いいの?…手も繋げないんだよ。」
「そんな”先”のことは考えてないし。」
彼女は吹き出して言った。
「そんな”先”なんだ。笑…わたしも好き。えーと…」
「ユウ。 人見夕」
「ユウ−よろしく。…わたしのリアルの彼氏さん。」
(続く)