ARGO アルゴ−データの海で 作:電機羊
「はい!大変申し訳ございませんでした!」
モンシナ抜き3日目。「裏」を持たずに謝るのは勇気がいる。
「…わかったよ。そこまで愚直に謝られちゃ、むしろ清々しい 苦笑。もういいよ。終了押して。…友人にも君を推しておくよ。」
(やった終わった!)
客に言われた通り僕は”解消済み”を押す。途端に登録者数がひとつ増え、高評価もついた。
「あの…これ。」
「笑)まぁね。君見てたら応援したくなっちゃってね。もうすぐマテリアルステート…君も開拓者なんだろ?…間に合うと良いね。」
「はい!本当にありがとうございます。」
客と別れた後、僕は大きく伸びをした。
あのバスでの出会いから3日。今日はついに、エリサとの初デートの日だ。
彼女と付き合うことになってからなんだか調子がいい。このままモンシナだってやめられそうだ。
僕はスクロールで(パーツ資産)を黙唱した。よし!あと数回のギグでパーツが買えて晴れてステート率クリアだ!
足取りも軽く、待ち合わせのミラバースゲートへ向かう為”ジャンプ”の準備に入ろうとした、その時だった。
「おい君!」
さっきの客に呼び止められた。
「臨時BH(ブラックホール)ニュースやってるぞ。マグネティックストーム(磁気嵐)が来てるらしい。気を付けて。か~。また半月は飛べないな。君の仕事にも影響出るだろう?歩いて帰るのかい?」
「ええっ!?」
僕は教えてくれたことへの感謝もそこそこに、試しにスクロールで(現在地:更新)をポップした。
が……。
(あ)
うわっ!なんだ!?自分の身体の再生が遅い。内臓、骨、皮膚…先に顔が再生されたからか、自分が”組み上がっていく”様子が見えた。気持ち悪りィ。なるほど…人ってこんなふうに出来てるんだ、と一瞬思った。たった数秒の出来事だったが、息ができなかったので少しビビった。
「あぁ…もうここまで…MS−マグネティックストームの影響が出てるのか。」
これでしばらくジャンプは出来ない。原因が人類の”ジャンプ過多”だから。また宇宙の重力場が歪んだらしい。だからプロバイダの規制がかかった。これからエリサと会うというのに! まぁ前回のMSは規制がなかったせいで下半身だけジャンプしたり壁の中に再生したりで事故だらけだったからなぁ…あの頃は忙しかった。
ミリメシ(携帯食)を口に放り込みつつ3分で着替えてスクロールを取り出す。
「”ミラバースまでの行き方”は…と。」
こうなるとこれも昔のスマホじゃないか。…不便すぎる。
「”ジャンプ”がなかった頃ってみんなこれで経済回してたんだよな…。」
”人間はAIより賢い”と思っていた頃は幼稚だったな、と思った。シナプスと電気信号の速度差は一目瞭然なのに。…やっぱり今の時代が好きだ。
「あ、ヤバい!今日はバスがバカ混むぞ!!」
どうでもいい時代回顧を捨てて全力で通りに走り出た。
「あー…やっぱり。」
大通りですぐに絶望した。すでにシャトルバスに拾って貰おうと道沿いにたくさんの人が列を成していた。これじゃどう考えてもデートに間に合わない。
ん?
「あぁ何?お兄さん困ってんの?」
後ろから声を掛けられた。
振り返るとデニムのジャージを着た3人組が居る。
「どっか行くんなら送ってやるよ?バスの10倍出すんならね(笑」
そう言うとそいつは身体の後ろからホバーボードを出した…いわゆるスケートボードの浮くやつだ。…これ違法じゃなかったっけ?
乗る訳がない。
「あーいや?遠慮するよ。ありがとう。」
彼らはニヤつきながら話した。
「お兄さん、あの列見てみなよ。もう2時間は動いてないぜ?ARGOもMSの対応に演算取られてこの状態あと2日は続くらしいぜ?…あぁこの板(ホバーボード)の事か?これは未登録だから大丈夫だって。ARGO以前のものだしな。」
未登録って…あぁコイツら”DUPA(ドパ)ガキ”か。詐欺とか賭博とか…興奮する物を収入源にしてるパンクス(チンピラ)ども…関わらないほうがいいんだけど…。
「ちなみにどこ行くつもり?」
リーダーっぽい人物が尋ねた。
僕はなぜか言ってしまった。
「…ミラバースのゲートだけど。」
「10分切るぜ。」
「えっ?」
「俺なら迷ってる間に送ってやるぜ、って言ってんだ。」
「なら…頼む。」
自分でも驚いたが、初デートで遅刻なんて”絶対”にあり得ない。
支払いは、まず半額分のコードをスキャンして、時間内に着いたらもう半分支払う。10分過ぎたら払わなくていいぞ、だそうだ。令和時代のピザの配達みたいだけど、意外とちゃんとしてるんだな、コイツら。
「いや、その方が興奮するじゃんよ?」
世の中には正しさではなく速さが基準で動く人がいるようだ。
「んじゃお兄さん。俺の後ろで捕まって…違うよ腰に手を巻くんだよ。肩なんかじゃ出た瞬間にスッ飛ばされるぞ。」
言われるがままにホバーボードの後ろから前のドパガキの腰を両腕でガッチリホールドした。
「…痛ェな。なんだお兄さん凄ェ腕持ってんな。…まあいい。行くぞ。」
「あぁ…急いで!」
「い わ ず も が、 な!」
それは正気とは思えない速度、そして運転。道じゃない場所を道とみなす発想。速すぎて靴の下5cm足らずの地面がすべてマーブルのように見える。腹の中ではミリメシが暴れてる。
…着いた時には人生すべてが変わった気がした。
「んじゃ残り半分を…”ピッ”…とサンキュー。いや…腰が痛えよ。掴まり方がヤベェ。こっちがゲロるかと思ったよ。…でもあんた凄ェな 笑。 俺たちみたいなの信用して普通に”使う”んだからよ。次回分の”送料”は負けとくよ笑。 購入履歴にアドレス貼っといたからまたよろしくな。凄ェ腕のお兄さん!」
ははは…普通にカモられたって事か。よろしく…だと?二度と使うか!あぁ…気持ち悪ぃ。
でも…
「どうだ間に合ったぞ…約束の時間!」
「お待たせ!ユウ!」
その僕の大切な人はミラバースのゲートからゆっくりと再生された。
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《Just another day.》
磁気嵐のなか、僕とエリサはデートだ。
…とはいっても映写機のある街なかを歩くぐらいなんだけど。ARGOによる6カ年計画…段階的に宇宙線に強いボディにしていく…も、3年目ともなると、街は半分アンドロイドのような人々が多くなってきて、サイバーパンクな感じが出てきた。かく言う僕も例外じゃない。
「後3年かぁ…」
「ユウは開拓側なんだよね。早く宇宙に行きたい?」
エリサに聞かれて改めて考えた。
「どうなんだろう?6カ年計画が始まった直後に両親が死んで、大学に使うはずだったその保険金でとりあえずこの右腕を買っただけで…。」
エリサは驚いたように僕を見つめた。
「そうなの!?大変なこと聞いちゃった。…ごめんね。」
僕は頭を振った。
「いいよ。まったく気にしないよ。勝手に話し始めたの僕だし 笑」
エリサは言った。
「じゃぁ…その腕はご両親の形見だね?だったら絶対に宇宙に出ないとだね!」
そう言われて僕はそうだね、と返したが…
(僕は本当に宇宙になんか行きたいのだろうか?)
「キャッ!」
エリサの叫び声に驚いて振り向くと、路地脇にぼろ切れを纏った初老の男がいた。
僕は反射的にその男の前で右腕を上げた。
「待って!ごめん、大丈夫。彼もシルフみたい。」
彼女はそう言って僕と男の間に割って入った。
「ヒヒ…オ前…オレ…同ジ…ヒヒ。」
…なんだこいつ。
「オ前…一緒…俺」
…狂ってる。
エリサが悲しそうに言った。
「彼のこと、たぶん見たことある…。メタバース1.0を開発してた科学者の1人よ。」
僕にはとても信じられず、小声で言った。
「いや、こい…この物乞いが科学者だって言うのかい?」
エリサは続けた。
「そう。私の住んでるミラバースにこういうかわいそうな物乞い…第5層とか深く潜りすぎて頭がおかしくなった元科学者が大勢居て、…こっちには出て来れないはずなんだけど。」
彼は手首のQRコードを見せながら呟いていた。
「オ前…オレ…同ジ…コレ…ココ..」
(気の毒だけど…どこが同じなんだ?僕には仕事があって、まだ身体だって…あ!)
そう思ってエリサの方を見て罪悪感に苛まれた。…僕はなんて男だ。
自分の思いに悔いながら、行動をもって考えを改める事にした。
「少ないけど…。」
僕は彼のQRコードに、ほんの僅かだが金を送った。これで僕の中の残酷さが少し消えてくれたらいい。
ピッ
「ア…アア笑」
「ん?…うん。これで少し良いものを…。」
その時ジャケット姿の男が駆け足で近付いて来た。
「あー、ちょっと。その人から離れて。」
エリサがビクッと反応した。
その男は僕らに会釈をして物乞いに近づいて行った。
「すみませんね〜。ああもうダメじゃないですか。三上博士…三上さん。おうちあるでしょ?帰りますよ~。」
僕はそのズケズケとした態度に不快感を感じて声を掛けた。
「あの。」
男は僕の方を向き直した。
「あぁどうもすみません。私こういう者でして。」
彼は胸元の名札を見せた。
「…NSK訪問員?」
「ナショナル・シルフィード・キーパー /NSK…シルフィード管理局よ。」
エリサがいかがわしいものをみる目で睨みながら言った。
「あれぇ?こっちの方もシルフさんですかぁ?ちょっと照会させてもらいますね…あぁ、あなたは毎月きちんとお支払いいただいてますね。ホログラム受体料、お支払いありがとうございます。」
エリサは目を背け、…ふてくされている。
訪問員は物乞いの方をチラッと見ながら説明した。
「いやね、あの方逃げちゃったんですよ。受体料1年分滞納して。なんで追跡指令が出たんです。」
エリサは驚いた。
「な!?あんな働けないのにNSK受体料払わないといけないの!?」
エリサは納得がいかない。そりゃそうだ。
訪問員は微笑を湛えて言った。
「これはシルフ民の義務ですから。貴女方がこちらに来るときの4K投影機なども受体料で設置しているのですよ。」
エリサはまだ怒っている。
「だとしてもこっちに来ない人もいるし、その…だったらもっと行動範囲拡げてよ!”つまんない場所”ばっかり!!」
…まったくそのとおりだ。
「私ただの訪問員ですし、細かいことはNSKのフリーダイヤルで聞いてください。」
彼は開き直って言った。
「さぁ‥行きましょうか三上さん。…おっと、ARGOが見ています。妨害は逮捕されますよ。これはプロトコル通りの仕事なんで。」
(…くっ。)
…結局その後ポータブルプロジェクターで拘束された物乞い…いや三上さんはNSK職員にミラバースに連れ戻された。
(だからお金が欲しかったのかな?)
「…NSKをぶっ壊す。」
エリサが怒りに震えていた。
「…まぁ落ち着いて。ひとまず…今は。」
僕はそれ以上かける言葉が出なかった。
「…こんな事ばかりよ。」
エリサは半ば諦めに近い口調で言った。
「‥この間も隔離政策に反対してたシルフの牧師がこっちで演説中に暗殺されたの。一瞬で存在ごと"ctrl+X”でdeleteされた。‥私たちはもうARGOの方針に逆らえなくなってる。」
‥僕は信じられなかった。
「そんな事…そんなことさせない!そんな世界はおかしい!」
「…優しいのねユウは。」
そう言って悲しい顔で微笑んだあと、エリサは僕の目を見た。
「あなたは絶対にデータにはならないでね。‥約束よ。」
こうして僕達の初デートは静かに幕を下ろした。
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p5
《Symphony No.9》
「”ジャンプ”できるまであと2週間ぐらいか…。」
エリサと別れてから、僕は帰る方法を探していた。
「あいつら(DUPAガキ)、今度負けとくって言ってたなぁ‥。」
しかし奴らは客をもてなす、という概念に欠けている。吐くのはもうたくさんだ。
「仕方ない。また歩くか。 苦笑」
僕はまた自分の脚に頼ることにした。
空模様が「ムンクの叫び」の様な渦巻きに溢れていて不気味極まっている。これでは当然”ジャンプ”も規制中。まったく、ニュー・キョウト議定書でブラックホールの規制を謳ったが、結局ただの各国のBH消費数の売買に成り下がってる。ーエリサは突然のリセットで記憶が無くなるのは嫌だと言って帰ってしまった。さっきまでスクロールでやり取りしていたのだが、用があるからとそれも終わってしまった。
「良いよな。やる事があって。」
僕は多少不貞腐れ気味になりながら自分の家の方角を目指した。
どの店のポータルスポットも切られていて、磁気嵐とはいえ実際に風が吹くわけでもないのにどの店のシャッターも降りている。…その訳を後で知ったのだが、以前街なかの投影機が磁気嵐の際のバグで、とある店が突然シルフで溢れかえったそうだ。
それはさておき、まったく家に近づいている感じがしない。
「うーん。やっぱりドパガキに…。」
…と気付くと知らない通りにいた。
あれ?帰り道だったはずが…。 シャッターに惑わされて進む道を間違えてしまったらしいな。ストームのせいでスクロールの地図まで機能しない。
ー停電。
…真っ暗だ。まいった。補助灯がわずかにあるけどこれじゃ都市の迷路だ。…こんなときに最近読んだ”迷路の中のネズミに自由意志があるか?”みたいな論文を思い出した。
「ネズミにとっては迷路出ることのが大事だよな…。」
あれこれ考えていて大通りからかなり外れた。人通りもなくなった。通りの道幅が狭くなってきた…。
っておいおい…明らかにここ違くないか?最悪でもうちに近づいてさえいれば良いんだけど。
ん?
通りの突き当たりに何かの施設が現れた。…やけに大きい。こんな場所があったのか…。なんだ…いつの間に敷地内にいたんだ?あれ、道路の方はどっちだ。こんなすぐ方角見失うか?今は施設内の通路にいるっぽいぞ。そんな外と中がシームレスに繋がっている建物なんて今まで見たことない。
そして…何か音楽が聴こえる…聴いたことがあるやつ。これなんだっけ?…そうだ…symphony(シンフォニー)No.9、第九…そう「歓喜の歌」。ベートーヴェンか!いやいや、ここで第九といえば「家 路」の方だろう?僕がどれだけ帰宅に苦労している事かドヴォルザーク様は知る由もないだろうが。おお!低音が物凄く心地良く腹に響いてくる。ーなんだかちょっと好奇心が湧いてしまった。とりあえずここまで来たらここが何の場所か突き止めてから帰るぞ。だって勝手に入れたし。
しばらく歩いていると、通路からそのでかすぎるホール中心への入り口があった。…爆音が流れ出ている。
「コンサートでもしてるのかな?」
僕は足を踏み入れた。
!…!?なんだここは!?
そのホールの床全面は重低音スピーカーが並んでいて施設の奥は見えないほど遠い。
そしてそこで流される「歓喜の歌」の響きに合わせて、等間隔に寝かせられたチューブに繋がれた人達…その何千何万という人体が振動でビクッビクッと震えていた。
「おええっ!」
僕は激しくえづいた。
なにか凄まじく恐ろしい事が起きていることだけは理解した。
「!」
とその時人の声がした。
「…の連中がさあ!」
(やばい!隠れないと!)
僕の逃げ場はホール内しかない。
足元に「歓喜の歌」を感じながら、人を避けてホールの奥へ奥へと進んでいく。
話し声も館内に入ってくる。
僕はチューブに繋がれている人の横に同じように寝転んだ。音楽は爆音パートになり耳が吹き飛びそうだった。
(頼む。気付かないでどっか行ってくれ‥。)
運よく願い通りに見廻り達は僕に気づかずに、館内を少し覗いただけですぐどこかに行ってしまった。
(た、助かった…。もう戻ろう。…でもこの人たち…一応…死んではいないみたいだな。)
チューブで水と排泄は管理されており、血流は音響で保っているみたいだった。
「すみません。見なかったことにさせてもらいます。」
僕は手を合わせてその人を少し拝んで、通路に戻ろうとした。
その時うっかり人の身体に当たった気がした。
(やばっ!)
「すみません…!(小声)気を付けますから…」
僕は声を失った。
そこに横たわっていたのは明らかに
”僕”
だった。
(続く)