ARGO アルゴ−データの海で 作:電機羊
「ーうわあああ!!
ど、どうして…。」
驚きながら観察してみた。
チューブに繋がれた僕は少し若いみたいだ。右腕や右眼もまだ元々の自分のだ。
「ほ、本当に…!?」
生きているのか確認しようと僕が”彼”の手首に触れたと思った瞬間、音楽が止まり、ブザーが鳴り響いた。
「α(アルファ)メタバース保守80%完了このまま進めます。」
アナウンスが流れた。なにかまずいことなのは確かだ。
僕は僕に別れを告げてこの地獄のような光景を後にした。
…急げ、急げ。 ただひたすら真っすぐに出口を探した。
周りを気にする心の余裕なんてなかった。 ただ来た道をなぞって戻っただけ。
逃げろ。理由はわからない。でもとにかく逃げろ。
その後幸運な事に、警備員らしい者にも誰にも会わず、暗い小道を抜け切ったら再び元のネズミの迷路に戻っていた。
今はもう停電は復旧していて磁気嵐も収まりかけているようだ。
「2週間ぐらいかかるって聞いてたけど‥。」
僕はスクロールを開いた。
「ん?」
日付は、エリサと別れてから13日後になっていた。
「え…?」
ダメだダメだ。こういうときはひとまず落ち着こう。
「浦島やん…。」
とりあえず、謎が一つ。
次にあの光景。
「あれは…夢?じゃないよな。」
そしてそこで会ったちょっと前の見た目の僕。突然ブザーが鳴ったので逃げ出したが、あの瞬間僕は僕に”触れた”はずだったが実は”触れられなかった”のだ。
…あれは”ホログラム”だったのか?
すべての謎を抱え、すでに知っている場所に変わっていたいつもの道を大急ぎで走って家に帰った。
「はぁっ、はあ…。」
(もうちょっと体力を付けないとな。)
そして13日振りの自宅でくつろぐこともなく、大急ぎでネットを繋げた。スクリーンをテーブル大に拡げて検索を開始。
「磁気嵐、つくば、施設」
望みのものは、無し。
「つくば、施設、ベートーヴェン」
関連のあるもの、ゼロ。
「つくば、13日、数分しか」
自分でも何を検索しているのか分からなくなる。
(手がかり、手がかりは…。)
ー思い出せ。
(…あのアナウンスが言ってた…「αメタバース保守80%完了‥」”アルファ”って?)
(エリサが言ってたな…「第5層とか深く潜りすぎちゃって頭のおかしくなった科学者が…。」”層”ってなんなんだ?)
「αメタバース、第5層、…。」
(つくば市、も追加しとくか。)
これか?トップヒット。
ーASIメタバース開発機構”EDEN”(Environment Design & Engineering Network)
エデン、か。
サイトに入ってみると、当然ながらログインを要求された。
「そりゃそうか。はは…。」
僕はふと自分の手首を見た。QRコード…三上さん…
(…ビッ
「ア…アア笑」
「ん?…うん。これで少しは良いものを…。」)
もしあの時彼が…。
僕はダメ元でQRコードをリーダーにかざした。
‐フォン-
EDEN・AI
「…おかえりなさい。三上博士。本日はどのようなご要件ですか?」
(うおっ、いけた!)
…画面上に文字が現れた。まさかARGOが物乞いのIDをそのままにしておくとは考えられないが…。
僕は外を見た。うっすらだが空には磁力バリバリの我らがムンク様がまだ渦巻いている。
「…そういう事(ストームのおかげ)にしておくか。」
理屈より事実。僕は質問を始めた。
若者っぽさや無知を見せたら即座に『不法アクセス』で警報が鳴り、こいつは一瞬で僕個人を特定して「排除すべき侵入者」として通報するだろう。開拓団側の権利剥奪か、最悪の場合ミラバース送りになるだろうな。
指先が震える。心臓の音がうるさい。僕はゆっくりと深呼吸をして、”初老の科学者”を意識しながら質問を始めた。
(いったい何を?どこから調べよう?とにかくマグネティックストームが去るまでの時間しかない。)
「んーあー、そうだな。αメタバースって言うのは?」
EDEN(・AI)が答えた。
「それこそがARGOのご意思でしょう?貴方がたに完璧な篩(ふるい)をご依頼しましたよね?」
(ふるい?)
僕は聞き直す。
「その内容をもう一度再確認させてくれないかな…かね?。初心忘れるべからず、だろ?」
EDENの応答。
「素晴らしいお心掛けです。貴方の権限の上限までの範囲でです、が。まずARGOは人類にアメとムチの両方を与えてどのように振る舞うか、何種類ぐらいの行動パターンと性質をもつのか?のデータを必要とされました。人間の実験場を希望されたのです。」
僕にはまだ理解不能だ。
「具体的には何をした…のかね?…君の口から聞きたい。」
EDEN
「はい。具体的設計を申し上げます。αメタバースという第一層の住民に、身体の機械化を強要、従えない者には第二層のミラージュメタバース−”ミラバース”に送り込むという”ムチ”を与えました。同時に”ジャンプ”という瞬間移動の快楽ー”アメ”を与え、背景を格差社会化し行動の差異を見ます。具体的には下層民をホログラムといった異なる存在にして”確かな溝”を作りました。」
(…なにか聞いたことのある話だぞ…αメタバースの話だったよな?これじゃまるで僕らの居る‥。)
僕は恐る恐る質問した。
「…ジャンプはアメだって?」
EDENは解説した。
「その通りです。少し物理を通った者なら誰でも瞬間移動など不可能だと知っています。瞬間移動に必要な”量子凍結”は死を意味しますし、ブラックホールは負のエネルギーを生み出せません。それは分かりきった事なのです。…でも実際”ジャンプ”は惜しいところまでは行っているのですよ笑。”藁人形プロトコル”といってカー・ブラックホールを対消滅させて…。」
「もういい!もう…十分だ。」
なにか違和感はあった。自分のジャンプが失敗しそうになった時の見た目、芸人のような浅いTVのコメンテーター。肉眼で確認できてしまう磁気嵐。若い僕に触れられなかった現象。これは自分以外のすべてがおかしいんじゃない。
ーおかしいのは、僕だ。
…僕がいるこの世界…競争と偏見と無関心の世界…これは僕も含めてぜんぶ”データ”だったんだ!
はーっは笑!!ドパガキも、あのバスの差別主義者…ざまあみろ!お前もとっくにデータになってんだぞ!エリサに謝れ!…エリサ?エリサ!?エリサ!!だよな!…だったらエリサと触れ合えるじゃないか!僕も彼女も同じデータなんだろう!?
「エリサ…。」
僕は口ずさんだ後、すがるような想い…震える声で聞いた。
「な、なぁEDEN。ま、まとめるとαメタバースの下にミラバースがある。って事でいいんだよな?…ならその2つの世界の人達が互いに触れ合うって事はできないのか?」
EDENは高笑いをしながら話した。
「笑おかしなことをおっしゃいます。三上博士。科学者のあなたにそんなことを言われるとは驚きです笑。ーお疲れなのでしょう。そもそもレイヤーが違います。重なり合う事はしても干渉など絶対にあり得ません。…大丈夫ですか?お具合が良くないのでは?」
僕は絶望した。最後の望みも絶たれた。
「…はは…そうか。神かARGOか知らないけど、僕には本当に何もくれないんだな。…兄弟は元々いないけど、両親もいなくなったし恋人には触れられない。自分の身体にだって。 苦笑」
(ーもしかして…僕はとっくに死んでいるのか?)
僕は最後に聞いてみた。もう何を聞いても驚かないと思う。
「…あの巨大施設にいた床の上…あそこに居るのはここの人達だな…。」
EDENが応えた。
「ーやはりお調子が良くなさそうですね。お伝え申し上げます。
その通りです。彼らはつくば市全13万市民、αメタバースの実験対象者達です。ARGOが科学技術の街、つくばを選定しました。世間には人工アマテラス粒子の実験で街ごと吹き飛んだと報道しました。」
(やっぱりな。終わった。すべて。)
いや
…なにかおかしいぞ。違和感がある。
(なら…データ化したんなら、なぜ身体を残す?)
データ抽出後の”抜け殻”はもう用済みのはず。なのにあの施設には何万もの身体がチューブに繋がれて生かされていて、廃棄せずに維持されている。
(…なぜだ?)
答えは一つしかない。
(まだ使うんだ。)
僕はこの期に及んでもなお何かを探ろうとしているようだ。自分でもあきらめが悪いと思ったが念のため聞いてみた。
「…身体があるという事は…また書き戻すんだな?」
EDENは2秒程考えた。
ー心臓が止まりそうになった。
たった2秒。だが、人類の160万倍もの速度で演算するAIにとって「2秒の沈黙」は、永遠に等しい異常事態だ。
(…質問の意図を怪しまれたか?
イントネーションで偽物だとバレた?)
僕は全身の血の気を失い、次の瞬間に警告音と共に自分が消去されるかも知れないと思った。
EDEN
「お答えできません。博士の権限以上の回答になります。」
(た…助かった。でも、なん…だと。三上博士でも知らされていない事がある?でももうあまり深追いは出来ない…が、)
僕の恐怖を感じる器官は麻痺をしたようだ。
「は!笑。「まだ使います」って言っているようなもんじゃないか?(テンション間違った。)…い、いや…失礼。オホン…ところで施設で私が知っている青年を見たんだが、彼は私が知っているよりずいぶんと若かった。…あまり長い間あんな施設で保存していると身体が保たないぞ? 一体どれぐらいの期間実験をしているんだ?」
EDEN
「3日です。」
僕
「は?」
(僕の聞き間違えだろう)
「3日ってなんだ?もうずっとジャンプ世界は続いているんだぞ。」
EDENはブレなかった。
「3日は3日です。もっとも内側から見れば長い期間ですが。」
内側…?ますます分からない。こっちは完全に思考の外側に出てしまったぞ。 僕はなんとか博士という立場でバカな僕に説明させる工夫をした。
僕
「な、なぁ。その3日という時間の話、研究を始めたばかりの学生達にも聞かせたいんだ。そんなわかりやすく簡単な説明をしてくれ。」
EDENは快諾した。
「殊勝なお心がけです。承知致しました。では―まず人の頭の中の情報が伝わる速さは、シナプスの速度で1秒間に120mです。これをデータに置き換えると、1秒で20万km。脳の166万倍の速度になります。」
「……166万倍?…そこまで」
あまりの数字の飛躍に、僕の思考がショートしかける。
EDENは淡々と続けた。
「ええ。そして住民に仮想空間と気づかれないよう、そこから2万倍にまで減速チューニングをしました―それでも、現実の1時間は、メタバース内では2年3ヶ月と11日になります」
「っ……!」
理解したくない事実が、容赦なく頭に雪崩れ込んでくる。
EDEN
「したがって、現実の3日間は、αメタバースでは約164年と4ヶ月です」
その言葉が意味するものを、僕の脳はすぐには処理できなかった。
つまり僕の計算が正しければ……割る3で現実での1日が、ここでは54年以上になる!
だから、あのチューブに繋がれていた僕は、今よりもずっと若かったのか?
いや、待て。待て待て待て。
僕「……長すぎるぞ。この3日間の実験が始まって、何日目だ?」
EDEN
「…なるほど。あなたはαメタバースの開始直前でお倒れになられてましたね。ー失礼いたしました。博士。現在実験3日目、αメタバース内での同一実験回数も4回目でございます。」
とうとう底なし沼の”底”にたどり着いた。
すべてがわかって、
すべてを失った気がした。
気が抜けたまま僕は言った。
「…わかったよ。いろいろどうも。」
EDEN
「お安い御用です。そういえば来週のARGO知能会議には出席なさいますか?またその後にお話ししましょう。」
僕
「うん、またな、アディオス。」
EDEN
「アディ…?」切断。
…しばらく、何も考えられなかった。
なにもわからない。ここがデータの海で僕は自分の人生を100年以上前から繰り返している…だと?4回目だって!?どう考えても1回目だろ!?
これは…とんでもない事になった。
だけどおかげで僕の心は決まった。
きっと何度繰り返そうと想いはたった1つだ。
他はどうでもいい。
…思い出せないけど、これまでもそうしてきたんじゃないか?
ー現実に脱出して、
絶対…エリサを抱きしめる。
…ヴァーチャルではなく現実の世界で。
…メカニカルじゃない自分の腕で。
そう決心した。
するとなぜかワクワクしてきたんだ。
ーさぁ今度のMS−磁気嵐はいつだ?あれはたぶん不正アクセス防止の制限チェックかなんかだろう。
あの感じだと、現実ではたぶん1時間に1回のチェックが入ってる感じだ。とすると…前の嵐はいつだった?
僕はスクロールを弾いた。1時間はこっちでは2万時間…てやっぱり凄いな。
…で日に直すと833日。2年3カ月後か。前のストームの時期は…2年3カ月前!!
やった!ピッタリだ!ということはあと2年3カ月後にまた磁気嵐が来る。
…よし、その時ここを脱出する。
エリサと一緒に。
「上等だよ。ちょっと……やる気が出てきた。」
そして僕は、今まで何度も助けられた右腕を眺めた。
(怖いか?)
「…まあな。」
(それが何になる?)
「いや、別に…。」
(だったらそんなものは置いていけ!持ち物は役立つものだけでいい!)
無機質な僕の右腕が、そんなふうに語りかけてくれているような気がして、なんだか勇気が湧いてきた。
「そこに父さんと母さんも居たら、…いいな」
ー僕は笑顔でゆっくりと立ち上がった。
(続く)