ARGO アルゴ−データの海で 作:電機羊
「ねぇ!ユウ。何をそんなにニヤニヤしている訳?」
エリサに言われるまで気付かなかったが、僕はニヤけていたらしい。
とうとう頭がおかしくなったのか?
僕は顔を引き締め(てたつもり)てエリサに向き直った。
「大事な話があるんだ…。」
すべてを知ったエリサの反応は僕の予想通りだった。
ー恐怖。
…ただ意外だったのは、僕同様案外すんなりと事実を受け止めた事だった。
「…まぁ少しせいせいしたわ。私を差別してた人たちもデータなんでしょ?…ざまあみろ!だわ。」
僕は笑った。
「僕も同じ事を思ったよ。バスのあいつに。…でもまぁ。」
「何?」
エリサが僕の目を見た。
僕は小さいため息をついて言った。
「あいつも含めて全員被害者なんだよ。これは人間とARGOの問題だから。」
エリサは物分かりが良かった。
「そうなのよねぇ。まったく。なにか良い案があるの?ユウ?」
僕は昨日寝ないで考えたことを話した。
「僕がなぜあの場所に行けたか考えてみたんだけど、あれは磁気嵐のせい。現実ではログ監視や異常検知のバッチ処理とかしてるんだろうけど。で、その時のちょっとした盲点で何かが起きて映写機と監視カメラが反転した。だから現実の世界に僕が監視カメラを通して投影されたんだ。」
エリサは驚いた。
「そんな事がホントに起きるの?」
僕は説明した。…調べた通りに。
「最近のカメラや映写機は統合型の光の送受信素子っていうのが使われていて、光が進む方向が違うだけ同じ仕組みみたいなんだ。その2つって可逆性って呼ばれてて、ちょうどスピーカーとマイクみたいな関係。ちょっといじるだけでイヤホンだってマイクになるし。」
エリサは尊敬の目で僕を見た。ギーク(オタク)が最もありがたい瞬間だ。
「…で(赤面)、思ったんだけど、僕が三上さんに金を恵んだときに彼が僕に何か仕込んだんだと思う。だって偶然すぎるもの。じゃぁなぜ僕なんだい?ってのは謎だけど。ーところであの後、三上…博士はどうなったの。」
エリサは顔を引きつらせた。
「…ディレクトリ・エンドって呼ばれてる第10層に送られたわ。そこは私たちの世界からするとすごーく時間が引き延ばされていて、何をするにもとても遅いのよ。で、皆”フリーズ”してしまうのが怖くて単純行動しかできなくなるの。ポテチを食べながら読書、なんてことはまず無理ね。一つづつ行動し、ただ生きるだけ。」
やっぱりあれは狂った芝居だったんだろうか?そんなところに送られる危険を顧みずに僕にIDを渡したことになる。
でもそれってARGOにとっくに見抜かれてるって事でもあるんじゃないか?
それはまぁ…今考えても仕方ないか
「…で、ユウはこれからどうするの?」
エリサは僕を心配した。
「それはもう決まってる。ARGOにケンカ売って、勝利して、全員救って、」
「救って?」
「絶対エリサを抱きしめる。」
「ー犯罪者。」
僕は赤面した。
「は、犯罪者ってそんな…。」
エリサはイタズラっぽい顔をした。
「考えてもみて?ユウが見た自分は3歳は若かったんでしょ?だとしたら2年半後あなたは24歳でも現実にいる私はまだ14歳よ笑。」
僕は精一杯反論した。
「ーだったら僕も現実では17歳でギリ…ダメかぁ…。」
エリサが大笑いした。
「考えといたげる笑。なかなか微妙なラインですから笑」
ひと通り2人で笑ったあと、僕は少し真面目な質問をした。
「今となってはこれも”設定の上での話”なんだけど、なんでミラージュ…ミラバースに住んでるの?」
エリサも真面目に返してくれた。
「パパのビジネスが失敗して身体パーツ揃えるどころじゃなくなったの。ママと、弟が1人居るんだけど、結局順番に全員ミラバースに移ったわ。…パパがミラバースに送られた後、家のドアにはスプレーでホログラムを指す”H”の字が書かれて、差別が始まったわ。窓を割られたり…買い物を拒否されたりね。…前はみんないい人達だったのに。その後パパはおかしくなってしまって第3層に療養の名目で収容された。今もそこにいると思う…現実でも私パパの仕事内容知らないの。ビジネスって言ってたけど、もしかしたら科学者だったのかもね。元々つくばには呼ばれて引っ越したし。で、逆らったから家族ごとデータにされた…ってとこじゃないかしら。こんなことならもっと良く話しておくんだった。パパと。忙しくてあまり家にいなくてよく話せなかったんだ。」
ミラバース生活は設定とはいえ、受けた差別や心の傷は一生残る。黒い感情に囚われるのは危険だけど、やはりARGOは許せないと思った。
「絶対お父さんも助けなきゃね。」
僕は心底そう思った。
エリサがうん、としっかり頷いて、そして笑った。
「ところでなぜ3日間なの?実験は。」
なんでも答えられるように僕は見たことと調べたことをある程度まとめていた。
「つくば市民の身体をARGOはかなり雑に管理しているんだ。現実で。だからその…。」
「…だから?」
僕は下を向いて言った。
「(身体が)持って3日、…という意味だと思う。」
エリサは一度目を見開いた。
「ひどい…ひどすぎる…何かできることないの?」
僕は心苦しかった。
「今すぐってのは現実的に、不可能だと思う。ARGOは最も完璧に近い存在だから。実際今は僕らもアルゴリズムだから、その気になれば全部奴に筒抜けさ。でもそれはもう考えてもしょうがない。彼のシステムに繋がっている以上は。今できるのは2年3カ月後に向けてコツコツ準備することだけだよ。」
エリサは悔しそうにグッと唇を噛んだ。
「…わかった。では何をすれば良い?」
僕は言った。
「そうだね…僕はARGOの真の目的を探る。だから、君は…」
その時エリサが神妙な顔をしているのに気がついた。
「ーどうしたの?」
エリサが何かを言いかけた。
「あのね、私ね、こんな時に大した話じゃ…やっぱりやめとく!ごめん。」
…気になるな。
「いや、エリサ。僕にはエリサの話で大した話じゃない話なんてないんだよ。…え、あの、もしかして他に好きな人ができた…。」
「…バカなの!…そんなわけないじゃん…。」
エリサは照れくさそうに言ったあと少し髪をいじった。
僕もそんなことを言わせてしまった事にちょっと恥ずかしくなった。
「あぁもう!本当に大した話じゃないのに!わかったよ。話すわ。私ね、αバースに出て来るようになってから、何度も嫌な目に遭ってきた。見てたでしょ?投影を邪魔されたり、罵られたり、他にもドアを閉められて監禁されたり、干渉しないのをいい事にわざと車で轢いて行かれたり…。」
僕の知っているエリサの日常がほんの一部だったことに突然気付かされる。
「あの…。」
口を挟もうとした僕の口をエリサが人差し指で押さえるジェスチャーをした。
「待って。聞いて。今それはどうでもいい事なの…ええと、いえ、良くはないんだけど…とにかくそういう世界なの。私の現実は。…だけど一つだけ気付いたことがあって、この間の磁気嵐の日にちょっとした実験をしてー。」
(…この間のって…)
「あぁ、”することがある”って言ってた日。」
エリサは頷いた。
「そう、あの日。…あの日私帰らなかったんだ。」
僕は驚いた。
「えぇ!? そんなことしたら停電で記憶が…。」
エリサはため息をついた。
「そう。そう思ってた。そう言われてきたから。でも私今までリセットしたことがないのよ。一度も。だからこっちで停電になったらどうなるのか試したわけ。」
(…ムチャするなぁ。一応”磁気の嵐”なのに。データごと吹き飛んだらどうなっていたか…。)
「…あの…結果はどうだったの?」
エリサは真剣に応えた。
「停電になった間は消えてたけど、電気が復旧したら元の場所にいた。記憶も残ってた。記憶が飛んだのはわずかな時間だけ。…時間は2週間も経ってたけど。」
…僕が体験したのとまったく同じだ。
「…で、どうなったの?」
「嵐が終わってたからミラバースに戻って、それとなく家族や友人に聞いてみたんだけど、みんな昔から何度もリセットを経験してて、一度もした事ないのはどうやら私だけで…。それとまだあって、私、三上博士のこと知ってたでしょ?あとで調べたら彼、メディアに一度も出たことがなかったの。なのに知っていた…。どこかで会ってるの、私。だからもしかしたらパパも科学者で、その友人だったのかもなって…。どう思う?」
僕はしばらく考えた。あの日、磁気嵐を利用して三上博士は階層を上がってきた。ただ逃げたんじゃない。
僕に会うため…?
違うな…。
ーエリサに会うためだ!
で、僕がどんなヤツかわからないから浮浪者のふりをして…というより誰にとっても都合のいい格好だったからだろう…でエリサに近づこうとしたけど、エリサは博士を名前程度しか覚えていなかった。そしてNSKもそばいることに気付いて…。
「だから僕にコードを渡したんだ。でも…そうか本当は…本当はエリサに渡したかったんだ。」
「え!?」
エリサはαメタバースではリセットされない。物理干渉も受けない。記憶を奪えない。シルフとしてあらゆる他のメタバースを自由に生き来できる。(…僕も一応データなのにアルファの「肉体」に釘付けだ…。)…そうか。ーそうだったんだ。HERO(ヒーロー)は僕じゃなかったんだ…。
以前の僕なら何か割り切れないものを抱えていただろう。…でももうそんなことはどうでも良かった。僕は彼女で良かった、と本当に心から思えた。そしてその事実を告げる存在で居れることに。
僕はエリサに向き直った。
「…エリサ、君だったんだよ。君こそがこの世界を終わらせるための”鍵”だったんだ!」
エリサはポカンとしている。
「いいかい、君はあらゆるー」
僕の説明が進むほどに、彼女の顔は上気し、頬は赤くなっていった。
ー 第一部 完 ー