第七話 探偵は謎を紐解く
◇
__桃源津那美。
鬼を屠ることができる唯一無二の神器名剣【鬼切丸】の正統所有者にして、千年の時を超えて生きる伝説の守護者。
それだけに留まらず、古式魔法はもとより現代魔法すらも遥かに超越した【真なる神の力】をその身に宿す、世界最強の男。
そして__四葉真夜が崇拝し、心酔する永遠の『神さま』。
そんな超規格外の存在である彼は今、本州から遠く離れた南国の地・沖縄にいた。知人から、とある事件の調査および解決を依頼されたからだ。
『桃源津那美どの。貴殿にお頼みしたいことがあるのだ。⋯⋯現在、沖縄の地で奇妙かつ不可解な事件が起きておる。警察組織が捜査に乗り出しておるが、一向に解決の糸口は掴めておらん。__津那美どのよ。儂には、この事件の裏に〝奴ら〟がいるように思えてならん。⋯⋯いや、言い直そう。〝奴ら〟の仕業だと確信しておる。津那美どのも解っておろうが、〝奴ら〟相手では警察はおろか、魔法師も役には立たん。⋯⋯そう、〝奴ら〟の相手が務まるのは、この世で貴殿しかおらぬのだ。報酬はいつも通りだ。【守護者】桃源津那美どの、どうか御身の力を以て、この事件を解決に導いてくださらぬか。心よりお頼み申す』
老いてなお、やたらと覇気のこもった知人の声を脳裏に響かせながら、津那美はその紅き双眸を手元にある報告書の束へと落とした。これは依頼を受けた後、知人の使者を名乗る男から航空券と一緒に手渡されたものだ。
至れり尽くせりな対応に小さく溜め息を漏らしながら、津那美は報告書に記載された事件の概要を読み進めていく。
__2092年7月4日、未明。
すべては、一件の119番通報から始まった。
『女性が、気を失って倒れている。呼びかけても返事がない』という市民からの通報を受け、緊急搬送された一人の患者。当直医師の診断によれば目立った外傷はなく、脳の数値や内臓器官も異常なし。それにもかかわらず、患者の意識が戻ることはなかった。
いま現在も、病床にて眠り続けている。
だが、本当の異常事態はここからだった。
まるで連鎖しているかのように、別の病院、また別の病院へと、全く同じ症状の女性患者たちが次から次へと搬送されたのだ。担当医師たちの診断結果は、どれも一様に『異常なし』。
その最中、患者たちの魔法師適性も検査されたが、誰一人として魔法師の素養を持つ者はいなかった。
原因不明、治療法も見つからぬまま、一方的に増え続ける〈眠り姫〉たち。
その数が十人を超えた時、沖縄県警はこの現状を偶発的ではない連続性のある怪事件と判断し、合同捜査本部を設置した。
だが、被害者たちの間に接点はなく、身元にも不審な点はない。現場周辺の防犯カメラや目撃証言からも、不審人物の影は一切浮上しなかった。あまりにも不可解な事件に、捜査は初動から完全に暗礁に乗り上げる。
行き詰まった公安委員会は、未知のバイオテロや新型化学兵器、あるいは一般人を標的にした大規模な魔法テロの可能性を視野に入れ、[科学捜査研究所]通称・科捜研の専門チームへ調査を命じた。
しかし、最先端の科学技術と魔法知見を以てしても、原因究明はおろか、手がかり一つ掴むことはできなかった。痕跡すら残さない不気味さが、より事件の謎を深めていく。
(そして、埒が明かないと悟った公安が、警察庁を通じて[国立感染症研究所]へさらなる調査依頼を検討中、か__)
そのまま、速読にて報告書を最後まで読み終えた津那美は、その手に持つ書類の束を無造作に手放した。
次の瞬間、ヒラヒラと宙に舞うはずだった紙束は、重力に従うよりも早く、一瞬で跡形もなく燃え尽きて灰へと変わる。津那美は足元に散った灰など気にも留めず、悠然と歩きだした。
彼の脳裏には、自分にこの依頼を持ち込んできた知人の姿が浮かんでいた。
(まったく、彼の情報の目利きと直感の良さは折り紙付きだな。⋯⋯まあ、それほどの傑物でもなければ【元老院】の上位の座など着けはしないか。ましてや、彼らの命題の一つに【異形討滅】が組み込まれているからな)
幼少期、異形の怪物に襲われたところを津那美に救われて以来、かの知人は津那美に絶対の信頼を預け、生涯をかけてその大恩を返そうとしてくる。
探偵事務所の用意から定期的な依頼の斡旋など、多岐に渡る支援や便宜を図ってくれる行動に、その並々ならぬ執念が表れていた。
津那美としては、少々過剰すぎる恩返しに苦笑しつつ、持ち込む依頼の何割かに、自身の天命である【鬼狩り】に直結するものも含まれていたため、無下に断る理由もなかった。
(⋯⋯互いの利が一致している、という意味では悪くない関係だ。まあ、今のところ実害もない。ならば、このまま関係性を維持してもいいだろう)
津那美は内心でそう結論付けて、美しい唇をわずかに吊り上げるのだった。
◇
沖縄に到着してまだ間もない津那美だったが、休息を挟むことなく、早々に事件の調査へ乗り出した。
まず、彼が最優先で向かった先は、那覇市内にある被害者が搬送された病院だった。
その玄関口で、津那美は周辺に素早く視線を走らせると同時に、自身の超常的知覚を解放。不穏な気配がないかを走査する。
(報告書の記述通り、情報統制が敷かれているのかマスコミの類は見当たらないな。まあ、観光最盛期の沖縄だ。この手の事件は経済に直撃する。躍起になって隠蔽する意味はあるのだろう。⋯⋯だが、妙だな)
津那美は、自身の体内に意識を集中させる。
(【鬼切丸】が静かすぎる。鬼気(きき)の残留も、それほど感じられない。本当に鬼の仕業か?)
奇妙な違和感を覚えつつ、津那美は玄関口を抜け、病院内へと足を踏み入れた。
◇
受付窓口にいた女性事務員に用件を伝え、津那美はコートの内ポケットから一通の紹介状を取り出す。これも、知人の使者が渡してきたものだった。
声を掛けられた事務員は、神懸かった彼の美貌に目を奪われて呆然としていたが、ハッと我を取り戻すと、差し出された紹介状を慌てて受け取る。
そして、中身を検めた事務員は、みるみる顔色を変えて内線を繋いだ。
通話を終えた事務員は、ロビーにある長椅子を示し、「どうぞ、あちらでお掛けになってお待ちください」と津那美に向けて丁重に告げるのだった。
言われた通り、待合席に腰掛ける津那美。当然のように、ロビーにいた人々の視線が、彼の美貌に惹かれ収束していく。
__もっとも多いのは好奇と羨望の視線。その大半が女性で、津那美の顔をチラチラ見ては頬を染め、吐息を漏らしている。
続けて多いのは奇異の視線。これは彼の服装に理由があった。津那美は白のワイシャツに黒のスラックス、ジャケットは身に着けずに、直接黒のロングコートを羽織っている。
空調が効いているとはいえ、夏真っ盛りのこの時期の沖縄だ。そんな季節外れの暑苦しい格好をしていれば、奇異の目が集まるのも無理からぬことだろう。
だが、当の津那美は汗一つ浮かべることなく、周囲の視線など一向に気にも留めない。ただ悠然と腰かけ、その長い足を組み、案内を待ち続けるのだった。
◇
それから暫くして、エレベーターから白衣を着た恰幅の良い年配の男性が、転がるように飛び出してきた。ロビーを慌てた様子で見渡すと、目的の人物である津那美の姿を捉え、足早に近付いていく。
男性は、行き着くなり津那美に向けて深く頭を下げ、「お待たせして申し訳ございません!」と大声を絞り出した。その額からは滝のように汗が流れ落ち、さぞ急いで馳せ参じたことが一目で窺えた。
(あの御老体、紹介状になんと書き連ねたのだ。⋯⋯目の前の御仁の様子から察するに、相当な脅し文句が書かれていたのは間違いないな)
男性の仰々しい対応に、津那美は内心で知人の過剰な根回しに溜め息を吐きたくなった。だが、そんな感情は微塵も表に出さず、彼は目の前で冷や汗を流す男性に柔らかな微笑みを浮かべ、静かに名乗りを上げる。
「はじめまして。私は桃源津那美という。さる人物からの紹介で、この病院に足を運ばせてもらった。⋯⋯それで、貴方はどちら様かな?」
津那美の名乗りに、男性は慌てて「当病院で院長を務める金城(きんじょう)と申します」と、再び深く頭を下げながら自己紹介に応じた。
すると、にわかに周囲が騒がしくなる。ただでさえ目立つ美貌の青年に、院長を名乗る男性がペコペコと頭を下げているのだ。ロビーにいる人々の関心を集めてしまうのも道理だった。
騒ぎを好まない津那美は、場所を変えるべく金城に用件を切り出す。
「では、金城院長。私が何の用で訪れたかは、紹介状でご理解いただけていると思う。さっそく案内してもらおうか?⋯⋯それに、ここは病院だ。騒ぎを大きくするのは、貴方としても本意ではないだろう?」
そう告げた津那美に、金城は何度も首を縦に振り、彼を案内すべく先頭に立って歩き出した。
「お騒がせしてしまい、申し訳ない」
津那美はロビーにいた人々に向けて、優雅に微笑みながら軽く頭を下げると、前を歩く金城に続いてその場を後にするのだった。
__彼が立ち去ったあと、ロビーでは感極まる女性たちの悲鳴が響き渡り、結局は大騒ぎになるのだが、すでに背を向けた津那美の知るところではなかった。
◇
金城の先導に従って、清潔に保たれた病院の廊下を歩く津那美は、脳裏で報告書の記述を思い返していた。
(確か、被害者は現在までに十五人だったか。そして、全員が同一症状であることを理由に一括で経過観察を行うため、この病院に集められたと記載されていたな。__それにしても、最初の被害発生が7月4日で、今日は8月4日。およそ一ヶ月で十五人、か。ずいぶんと〝少食〟だな。いや、それ以前に肉体を残していることが奇妙か。これが通常の〝鬼〟の仕業なら、わざわざ肉体を喰らわない理由はないはずだ。⋯⋯それとも、なにか意図があるのか?)
思索を巡らせているうちに、患者たちが収容されている病室の前へと到着した。
__〈面会謝絶:NO VISITORS〉
プレートに赤色で表示されたその無機質な文字列が、妖しげな緊張感を周囲に漂わせている。
金城は若干緊張した面持ちでスライド式扉の前に立ち、かすかに震える手でそっと静かに扉を横に引いて入室を促す。津那美は躊躇なく、被害者たちの入院する室内へと足を踏み入れる。
わずかに残る消毒液の匂いと、医療機器が規則正しく刻む電子音。その静謐な空間を占拠するように設置されたベッドの上には、十五人の〈眠り姫〉たちが横たわっていた。
津那美に続いて室内に入った金城は、やはり静かに扉を閉めると、そのまま壁際に身を寄せ、息を潜めるようにして待機する。
眠り続ける患者たちを一目見た瞬間、津那美はその美しい紅き瞳をわずかに細めた。
彼女たちがなぜ眠り続けているのか、その真相を彼の超常的知覚が容赦なく見通したからだ。
(なるほどな、彼女たちの肉体を喰らわなかった理由がこれか。⋯⋯食欲ではなく、繁殖欲に突き動かされた〝色狂い〟の仕業だったわけだ)
彼の知覚は、患者たちの下腹部に宿る忌むべき存在__〝鬼児(おにご)〟の無邪気で禍々しい気配を、明確に捉えていた。
津那美は静かな足取りで室内を歩き、患者たち一人ひとりを観察、その身体の現状を確認していく。
(ふむ。私の眼で見ても、彼女たちの脳や臓器に異常は見当たらないな。その胎内に、忌むべき赤児を宿していること以外はだが。⋯⋯しかし、妙だ。なぜ未だ〝受肉〟を果たしていない?それだけの時間は経過しているだろう。__っ、そういう事か)
ある閃きに至った津那美は、一人の患者の前で足を止めた。
そして、その紅い眼を獲物を射抜くように鋭く細めていく。彼の知覚は掛け布団などの障害をものともせず、より克明に女性の胎内を見通し、蠢く鬼児に焦点を当てた。
(やはり、そうか。道理で【鬼切丸】が静かなわけだ。⋯⋯コレはいわば〝精神寄生体〟だ。上位の鬼ともなれば精神体であっても苛烈な鬼気を発するが、この程度の下級の鬼では、そのような芸当はできんか。__そして、純粋な精神体であるがゆえに、現代医学の検査はおろか、現代魔法の観測機器にすらその姿が映ることはないわけか。まあ、逆にその姿が捉えられていた場合、余計な混乱をもたらしただろうが⋯⋯)
津那美の脳裏で、まるでパズルのピースが組み合わさるように、全容が不透明だった事件の謎が解明されていく。
(さて、彼女たちの現状は解明できた。あとは⋯⋯この事件を起こした犯人の正体か)
一人の患者の胎内を見通していた眼を閉じて、津那美は思索に耽る。
やがて、壁際に立っている金城へ向けて、眼を閉じたままで問い掛けた。
「金城院長。患者の額に指先を当てたいのだが、構わないか?」
問われた金城は、額に浮き出た汗をハンカチで拭いながら、おそるおそる口を開いた。
「えっ、いや、あの、それはさすがに医師として容認できないというか⋯⋯。しかし、あの紹介状には⋯⋯」
口ごもる言葉の端々には、医師としての倫理観と、紹介状が示す圧倒的権威への怯えが滲み出ていた。
そんな彼の焦燥を、津那美は瞼を閉じたままで正確に察する。そして、事を容易に運ぶため、あえて一芝居打つことにした。
「ん?ああ、私がなにか不埒な真似をするのではと考えているのか?フフ、随分と見くびられたものだ。無抵抗な人間に一方的に暴威を振るうほど、私は愚かではないつもりだが⋯⋯」
ゆっくりと瞼を開き、その紅い瞳にかすかな苛立ちを込めて金城を睨みつける。加えて、さらに彼の焦りを促すような言葉を重ねた。
「それとも、金城院長。君はそんな愚かな行為をはたらく者に、かの紹介状を持たされる資格があると本気で思っているのか?__いま一度、言おう。私を見くびるな」
そう告げた瞬間、津那美は金城へ向けて、極々わずかな威圧を注ぎ込んだ。
彼の身体から発せられた不可視の圧を受け、病室の窓ガラスがキシキシと小さな悲鳴を上げて軋む。
津那美としては、大したことのない圧は放ったつもりでいた。しかし、ただの一般人である金城にとって身に浴びるソレは、心臓を直接鷲掴みにされたと感じるほどに強大で、暴力的な代物だった。
無言の圧に晒された金城は完全に萎縮し、壁に身を預けるようにしてその場にうずくまってしまう。彼の顔には大量の脂汗が浮かび、その身体はガタガタと無様に大きく震えていた。
(少し脅しすぎたか?)
金城の様子を見た津那美は、即座に圧を霧散させた。そして、今度は恐怖を払拭するような優しさに満ちた、だがどこか蠱惑的な声音で語りかけた。
「これは申し訳ない事をしてしまった。貴方を怯えさせるつもりはなかったのだが⋯⋯。しかし金城院長、私がこの病院を訪れた意図を、しかと汲み取っていただきたい。__この、十五人の患者。最初の患者に到っては、はや一ヶ月、か。一向に目覚める兆しはなく、治療法すら定かではない。そして、おそらくだが⋯⋯金城院長。貴方は、患者たちの親族から謂れなき言葉を浴びせられているのではないか?」
津那美の言葉に、金城はビクッと大きく肩を震わせた。その脳裏に、患者たちの親族から浴びせられた理不尽な暴言の数々が蘇り、耐えかねたように頭を抱えてしまう。
金城の様子から、自身の発言が的を射ていたことを確信した津那美は、彼を苦境から解放するための言葉を、静かに投げかけた。
「金城院長。私は、この〝案件〟を解決するために、紹介状を持ってこの場に現れたのだ。どうか、私を信じてはいただけないか?」
津那美の真摯な言葉を受け、慈悲の光を宿したその紅き瞳を見つめた金城は、頭を抱えていた両手を下ろした。そして、リノリウムの床に両膝を突き、深々と頭を下げる。
「よろしく⋯⋯お願いいたします!」
金城の口から漏れでた決死の懇願に、津那美は優しく頷き返す。
「感謝する」
許可を得た津那美は、そのしなやかな右手の指先を、そっと患者の額へと押し当てた。
その指先が、淡い燐光を宿していたことは、病室のカーテンが作りだす濃い陰影が幸いし、金城の目に映ることはなかった。
津那美は、指先を通じて患者の脳へ、その精神へと干渉を始める。記憶中枢の海馬を中心にして精神状態を読み解き、事件当日の被害者の状況を、克明に紐解いていく。
(さて、強い恐怖の感情に紐づいた記憶があるはずだ)
彼は慎重に、患者の脳と精神へ触れていく。人の肉体や精神というものは、一見頑丈そうに見えて、その実とても脆いものだと理解しているからだ。
__現在、津那美が発現している能力は、現代魔法というよりは超能力としての認知が強い【サイコメトリー】と呼ばれるものに酷似していた。
それは有機無機問わず物体に触れ、刻まれた情報や過去の記憶を読み取る能力だ。犯罪捜査などでは重宝されるものの、攻守の優劣を競う現代魔法の観点から見れば、どうしても地味で見劣りする能力と言わざるを得ない。
しかし、それはあくまで一般的な【サイコメトリー】の話だ。
津那美が行使する能力は、その規模も出力も、根本に備わった意義からして桁違いの領域にあった。彼がその気になれば、対象に一切触れることなく、『世界という概念』そのものから直接、任意の情報や記憶を引っ張り出すことが可能なのだ。
この世のありとあらゆる事象は、世界と呼ばれる器の内側に存在している。ならば、世界そのものに触れることは、その内にある全てを識ることと同義であった。
まさに理不尽の権化。神のみが手にすることを許された『全知の力』。
それこそが、津那美が所有する超常の力【界の記憶(かいのきおく)】と呼ばれるものの正体であった。
だが、この能力は人の尊厳を著しく踏み躙るものでもある。【界の記憶】の前では、あらゆる秘め事が無意味と化す。ゆえに津那美は、この能力の乱用を自身に厳しく禁じていた__
よって現在、津那美が行使しているのは、通常のサイコメトリーの範疇に収まる限定的な事象干渉に過ぎない。
やがて、彼の意識の手は該当する記憶を見つけ出し、壊さぬように優しく救い上げた。
(これか。⋯⋯すまないな、お嬢さん。少し、君の記憶を見せてもらう)
眠る患者に内心で謝罪をして、津那美は手にした記憶を自身の脳内で再現していく。それは、彼の身体を病室に残したまま、意識だけが被害現場に飛んだかのような、非常に鮮明な映像として再生された。
(ふむ、夜道を一人で歩いている所か。さて、何が出るか。__暗闇から誰か声を掛けてきたな。⋯⋯男、か。
なるほど、立ち位置が監視カメラの死角になるよう調整している。中々、頭が回るな。そのままカメラに映らぬよう、彼女に話しかけていくが⋯⋯あえなく袖にされ、彼女は立ち去ろうとする。
怒りに駆られた男は__鬼化したか。だが、妙だ。鬼にしては在るべき角を持たず、まだ人間味が残り過ぎている。何より、この鬼は理性を保持しているように見えるな。上位の鬼ならいざ知らず、明らかに下位の鬼だ。そこまでの力を持つようには、見えないが⋯⋯)
津那美は、新たに湧き出た謎に眉をひそめるが、映像の再現は容赦なく続いていく。
(__ん?何だ?彼女が唐突に倒れたが、何をした?⋯⋯魔法か?魔法を放ったのか?しかし、CADを操作した形跡はない。となると、確かBS魔法、だったか。あれは魔法というよりは、先天的な異能力という扱いだが。__なるほど、その能力を用いて、彼女に精神感応をしたわけか。そして、自身の精神の一部を植え付けた、と。
その後は強化された脚力を使い、民家の屋根伝いに逃亡したわけか。またもや、カメラの死角を突いたわけだ)
犯人の正体と手口を完全に理解した津那美は、患者の額に当てた指を外して干渉を切断した。
(まさか、犯人がBS魔法師とはな。しかも、鬼化とも呼べない半端な変化のおまけ付きだ。一体なにが起きているのか。この場では見当がつかんな。直接、犯人に聞くほかあるまい。⋯⋯だが、患者たちが、物理的に凌辱されたわけではない。この事実が判明できたことは、僥倖だったな)
津那美は眠り続ける患者たちを見渡して、一つ溜め息を漏らすのだった。
(さて、患者たちを覚醒させるには、胎内の異物を排除すればいいわけだが⋯⋯コレが犯人の精神分体である以上、無闇に消去すれば彼女たちの精神へ何らかの悪影響をもたらす可能性がある。ならば、やはり本体である犯人を直接叩くのが、もっとも安全で確実な手段か)
今後の方針を決定した津那美は、患者の傍を離れ、静かな足取りで病室の扉へ歩を進める。
何が起きたのか、未だに理解が追いつかない金城は、床に両膝を突いたまま無言で津那美を見つめていた。そんな彼へ向けて、津那美は優しい笑みを浮かべて語りかける。
「安心してくれ、金城院長。患者たちは、近日中に必ず目を覚ます。約束しよう。目覚めたあとは、軽い問診をして、そのまま帰ってもらう__というのは、些か不味いのか。警察からの事情聴取もあるだろうからな」
津那美はしばし思案した後、少々愉しげな口調でさらに言葉を重ねた。
「その辺りの事後処理は、金城院長。貴方に一任する。人々の健全な日常を守る一人の医師として、上手く応対してあげてくれ。私の期待を裏切らないで貰えると嬉しいのだがな。フッ、では、私はこれで失礼する」
スライド式の扉を横に引き、悠然と病室を出ていく津那美。そんな彼の背中を呼び止めることすらできず、金城はただ呆然と見送るしかなかった。
扉がピシャリと、静かに閉まるその直前。
「もっとも、彼女たちは事件の事など、何も覚えてはいないだろうがな」
そう漏らされた津那美の微かな呟きは、完全に閉ざされた扉の向こう__残念ながら、金城の耳に届くことはなかった。
如何でしたか?次話は、いよいよ津那美と司波家との対面予定です。楽しみにお待ちいただけると、嬉しいです。