讐牟D.C.滅亡都市   作:天音ろっく

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◆エヴァ・ハムリー◆ 渇望

 

 

 

「これを食べておけ」

 

「…………。ありがとう」

 

 

 目の前に差し出されたチョコバーを静かに受け取ると、その袋を破きながらチラリと男の様子を(うかが)う。元からの性格なのか、無口なこの男が何を考えているのかはよく分からない。

 確かに殺してくれると約束したはずなのに、今のところ私を殺す気はないらしい。それどころか、こうして食べ物まで与えてくれる。

 

 

(一体、いつになったら殺すんだろ……)

 

 

 パクリとチョコバーを口に含みながらそんなことを考える。

 役立たずな私では、きっと連れ歩くのでさえ相当な足手まといのはずだ。だとしたら、きっと何か利用する目的があるのだろう。そんなことを考えながら、何故かチクリと胸を痛める。

 

 

「少しこの辺りの様子を見てくる。ここで待ってろ」

 

 

 それだけ告げると、私の返事を待たずして立ち上がった男。

 

 

「……う、うん」

 

 

 こんなところで一人待たされるだなんて、バケモノに喰われる未来しか想像できなくてとても恐ろしい。けれど、そんなことは口が裂けても言えなかった。

 男には何かやるべき目的があるのだろうし、赤の他人である私を守る義務なんてないのだから。

 

 

(ひょっとしたら、このまま戻ってこない気なのかも……)

 

 

 殺すと約束して連れ出してはみたものの、面倒になったのでここに捨てていく判断をしたのだ。このチョコバーは、せめてもの慈悲だったのかもしれない。

 そんな後ろ向きな考えばかりを思い浮かべては、立ち去ってゆく男の後ろ姿を静かに見つめる。

 

 

「やっぱり、私なんて……っ、」

 

 

 誰にとっても価値などない存在なのだ。そんなことはとっくの昔から気づいていたはずなのに、今更ながらに虚しさが込み上げてくる。せめて穏やかに死ねたら──。そんな願いすら、もはやこの世界では叶いそうもない。

 私はゆっくりと立ち上がると、ふらふらとあてもなく彷徨い歩き始める。どうせ死ぬ運命だというなら、せめてそのタイミングだけは自分で決めたい。瓦礫の角を曲がると、少し先に見えた静かに佇んでいる異形の姿をしたバケモノ。そのバケモノに向かってゆっくりと近づいてゆく。

 

 

(やっぱり、喰われる時は凄く痛いのかな……)

 

 

 確かに覚悟を決めたはずなのに、私の頬には大粒の涙が流れ、その全身はカタカタと震え始める。

 おそらく、即死なんて楽な死に方はできないだろう。きっと生きながら喰われるのだ。

 

 

「……ひっ、ぐ……ぐす……っ、」

 

 

 ついに堪えきれなくなった口元から、嗚咽(おえつ)まじりの泣き声が漏れ出る。その音を聞き逃すはずもなかったバケモノは、ぬるりと体を滑らせるようにして一気に距離を詰めてくる。その口は左右に大きく裂けたように開かれ、まるで牛のような咆哮を響かせる。細く鋭い歯を剥き出しにしたバケモノは、迷いなく私に喰らいつこうとする。

 そんな光景が、やけにスローモーションに見えた。

 死ぬ間際には走馬灯が見えると聞いたことがあるけど、どうやらそれは嘘だったらしい。私は静かに瞼を閉じると、この後訪れるであろう痛みに恐怖した。

 

 

「──っ、!?」

 

 

 突然の浮遊感に驚いて反射的に瞼を開くと、そこに見えたのは、先ほどまで自分がいた場所にバケモノが突っ込んでいく姿だった。

 獲物を捕らえ損ねたバケモノはくるりと向きを変え、再び私に向けて咆哮を上げながら突進してくる。それを寸でのところで(かわ)すと、私を片手に抱えたままの男はカチャリと刀を響かせた。

 

 

「……っ、どうして……」

 

 

 私のその声は、きっとあまりにも小さすぎて男の耳には届かなかっただろう。

 その場に私を下ろした男は、両手に構えた刀で勢いよくバケモノに斬りかかってゆく。ガキンと鈍い音を響かせながら火花を散らした刃は、バケモノの身体に傷一つ負わせることはできなかった。

 ぬるりとした体躯と全身に及ぶ魚のような鱗は、その見た目に反して随分と硬いようだ。それでも諦めずに斬りかかってゆく男の姿に、私の心は戸惑いを隠せなかった。

 

 

(戻ってきてくれた──)

 

 

 捨てられたと思っていたのは、どうやら私の勘違いだったようだ。けれど、この男がどうして戦っているのか、その理由はどうしても分からなかった。

 たとえ私に何か利用価値があったとして、それは自分の命を危険に晒すほどの価値があることなのだろうか?

 

 

(一体、何の為に……)

 

 

 考えても答えなど出ない疑問に、ただただ戸惑うばかり。確かなことは、男が戻ってきてくれたことに安堵してしまっている自分がいることだった。

 目の前で繰り広げられている壮絶な攻防戦を眺めながら、この男が無事でいられることを切に願う。

 

 

「──ぼうっとするな。死にたいのか」

 

 

 そう言いながら、私を抱えてバケモノからの攻撃を(かわ)した男。「死にたいのか」だなんて、私を殺す約束をしているはずなのに随分と矛盾した台詞だ。

 再びバケモノに向かってゆく男の背中を見つめながら、地べたに座り込んだまま地面を固く握りしめる。

 

 

「……っ、危ない!」

 

 

 攻撃を(かわ)したばかりの男の背中に向けて、バケモノの鋭く尖った爪が宙を掻く。それを両手の刀で受け止めるも、その強すぎる衝撃に押されてズリズリと後退する男の身体。そんな手に汗握る戦いを前に、私の心拍数は驚くほどに跳ね上がってゆく。

 戦闘知識など全くない私でも分かる。おそらく、この戦いは圧倒的に不利だ。それほどに力の差があり過ぎる。いくら政府施設を壊滅させた男とはいえ、このバケモノに勝つのは難しいだろう。

 

 

「……っ、なんで……。なんで戻ってきたの……」

 

 

 いっそのこと、私のことなど見捨てて逃げてしまえばいいのだ。きっとこの男なら、戦わずにこの場から逃げることなど容易いだろう。でも、そうしないのは私がいるから──私を守るために戦っているのだ。

 その事実に、顔を歪めた私は涙を流した。助けてもらう価値などないのに、こうして誰かが自分のために戦ってくれている。たとえその理由がなんであろうと、私の存在を認めてもらえているようで嬉しかった。

 

 

(お願い……っ、死なないで)

 

 

 祈るような気持ちで男の姿を見つめる。その姿は、初めて施設で見た時と同じく静かな表情で、どこか退廃的な儚さがある。おそらく、私がこの男を美しいと感じたのもそのせいなのだろう。

 きっとこの男は、私と同じく生きることに何の価値も感じていない──。

 

 無謀ともいえる戦いに身を投じる男を見て、チクリとした胸の痛みに眉をひそめる。

 

 

「────!」

 

 

 バケモノに弾き飛ばされた男を見て、思わず前のめりになる私の身体。すぐさま体勢を整えたものの、防戦一方の今のままでは確実に男はやられてしまうだろう。

 

 

(せめて、あの硬い鱗さえ何とかできれば……)

 

 

 とはいえ、戦うことのできない私ではどうすることもできない。下手に動こうものなら、むしろ邪魔になってしまう可能性だってある。祈ることしかできない状況に、やきもきとしたまま固唾を呑む。

 バケモノの攻撃を(かわ)しながらも、その両手に持った刀で何度も硬い鱗を斬りつける。ここからではよく見えないものの、きっとその鱗は傷一つ付いていないだろう。

 そんな絶望的な状況の中でさえ、男の顔色は何一つ変わらなかった。

 

 

「────!!」

 

 

 それは一瞬の出来事だった。

 上空に飛び跳ねてバケモノからの攻撃を回避した男は、マントを(ひるがえ)しながら背後へと着地する。それを追いかけるようにして、鋭く尖ったバケモノの口が牙を剥く──。

 

 

「うそ……っ、」

 

 

 小さく零れ出た私のその声は、生暖かい風に吹かれて静かにその場に響いた。

 一瞬にして訪れた静寂の中。私の視線の先にあったのは、バケモノの口に男の腕が飲み込まれている姿だった。

 

 

 

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