個性『異生獣(スペースビースト)』~僕とトガちゃんの共犯者物語~ 作:復活のB
人の溢れる都会。雑踏の中を深くパーカーを被った二つの人影が、買い物袋を両手に提げながら並んで歩いていた
フードの隙間から覗く顔は、昆虫を思わせるクチクラ質の外殻に覆われている
一昔前の‘‘個性黎明期,,であれば、人ならざる怪物としか思われなかっただろう異形の姿。しかし、全人口の8割が‘‘
「あ、見て見て。あの人達、双子かな?」
「んー?ああ、‘‘異形型,,の個性持ちか」
「顔そっくりじゃん」
すれ違った女子高生達がそんな会話を交わす
異形型個性の持ち主など、今や特別ではない
不意に顔を見て多少驚くことや、多少目を引くことはあっても、ただそれだけだ
殆どの人間はそう認識し、深く気に留めることもなく通り過ぎていく
ーーーもっとも
その二人は双子でもなければ、ましてや‘‘人間ですらなかった,,のだが
やがて人気のない路地裏へ足を踏み入れ、二つの人影はある程度路地裏を進むと突然立ち止まり、周囲を見回す
互いに頷いて人の気配がないことを確認し合うと、片方が被っていたパーカーを下ろし、ゆっくりと口を開いた
「キシャアァ…」
その口から発せられるのは言葉ではなく、昆虫とも獣ともつかない不気味な鳴き声
「ーーーーーギュオオオオ…!」
その瞬間、その鳴き声に呼応するかのように何処からか不気味な鳴き声が聞こえ、人気のない静かな路地裏に響き渡った
そしてその直後、目の前の空間に波紋が広がり、まるで水面に石を投げ込んだかのように
波紋は瞬く間に大きくなり、やがて青黒い裂け目ーーー‘‘異形の海,,の入り口へと変わる
二つの人影はその
まるで、水面へと沈み込むかのように
二つの人影が入り込んだ数秒後、空間の裂け目は消え、路地裏には誰もいなくなっていた。まるで、最初から誰もいなかったかのように
二つの人影ーーー二体のインセクトタイプビースト バグバズンブルードは、異形の海の中を歩いていく。数分程歩くと、バグバズンブルード達は先程の入り口と同じ空間の歪みのもとへと辿り着く
バグバズンブルードはその中に足を踏み入れ、異形の海から外へ出る
異形の海から出たその先は先程の路地裏ではなく、とある廃ビルの一室だった
廃墟らしく窓は割れ、壁にもヒビが走っていたが、その内部は意外な程に整備されており、明らかに生活感があった
いや、それどころかソファやテーブル、冷蔵庫、テレビといった人の生活に必要なものすら一通り揃っていた
そして
「おっ、ちゃんと帰ってきましたね」
窓際に腰掛けていた少年ーーー綾瀬黒斗はそう言いながら静かに立ち上がる
「おかえりなさーい!」
一方、ソファの上で寝転がっていた少女ーーートガヒミコは勢い良く身体を起こした
バグバズンブルード達は鳴き声を上げながら買い物袋を掲げる。
「キシャァ」
「お、ちゃんと買ってきてくれましたね」
黒斗が買い物袋の中身を確認する。
パンや飲み物、レトルト食品、日用品と…頼んでいた物は一通り揃っていた。
「優秀優秀」
そう言いながら黒斗がバグバズンブルードの頭を軽く撫でる
すると二体はどこか誇らしげに胸を張った
「わぁ、偉いですねぇ」
トガも楽しそうに笑う
その様子はまるでペットを褒める飼い主だった
もっとも、一般人が見れば卒倒しかねない光景ではあるのだが…
「それじゃあ、
黒斗がそう言った瞬間、二体の身体がゆっくりと崩れ始める
そして数秒後には完全に形を失い、脈打つ黒い液体となって黒斗の足元へと吸い込まれていった
着ていた服と買い物袋だけを残して
「やっぱり便利ですねぇ、黒斗くんの個性」
「まあ、こういう時は便利ですね」
そう談笑する黒斗とトガ
そして冷蔵庫へ買い物袋を運びながら口を開く
「そういえば今日の晩御飯、何食べます?」
「オムライス!」
「良いですね。ちょうど材料も揃ってますし」
そんな他愛もない会話が、廃ビルの一室に響く
誰が見ても普通の日常
少なくとも、この瞬間だけは
トガは冷蔵庫から買ってきた卵を取り出しながら、ふと黒斗へ視線を向けた
「黒斗くん、今日は何してたんですか?」
「んー…情報収集ですね」
「またですか?」
「またです」
黒斗は少し苦笑いしながらノート
「警察もヒーローも、思ってた以上に本気で僕達を探してますからね」
「えへへ、人気者です!」
「全然嬉しくない人気者ですね」
二人はそう冗談混じりにやり取りを交わす
トガはケラケラ笑い、黒斗も小さく笑った
それだけで少し空気が柔らかくなる
そしてしばらくして…
「できましたー!」
トガが得意げにオムライスをテーブルへ置く
「おお」
「ふふ~ん♪」
「なんですかその反応」
「今日は上手くできたんですよ」
「いつもより自信満々ですね」
二人は向かい合って席につく
「いただきます」
「いただきまーす!」
スプーンを手に取り食べ始める
数秒後
「美味しいですね」
「ですよね!」
トガは満面の笑みを浮かべる
その姿はどこにでもいる普通の女子高生そのものだった
少なくとも、今だけは
「黒斗くんもっと食べます?」
「いや、自分の分ありますから」
「遠慮しなくていいですよ?」
「トガちゃんが食べるでしょう」
「バレました」
「知ってました」
そう他愛のない会話をしていると…
「……ん?」
黒斗が不意に視線を上げる
「どうしました?」
「いや」
そう言いかけて止まる
その時だった
「?」
トガの口元に赤いケチャップが付いているのが見えた
本人は気付いていない
黒斗は数秒沈黙しーーー
「トガちゃん」
「はい?」
「動かないでください」
「?」
黒斗はティッシュを取り、そのまま彼女の口元へ手を伸ばす
「ケチャップ」
「へ?」
軽く拭き取る
ほんの数秒
それだけ
しかし
トガは完全に固まった
「……」
「取れましたよ」
「……」
「トガちゃん?」
「……え?」
「どうかしました?」
「な、何でもないです!」
頬を赤く染めながら勢いよく視線を逸らす
黒斗は理由が分からない
本当に分からない
「?」
首を傾げる
そんな黒斗を見て、トガは余計に頬を赤くした
そんなやり取りもありながら、オムライスを完食し、食事を終えた黒斗とトガはそれぞれ時間を潰していた
そして時刻が20時を回った頃、黒斗が本を読んでいると…
「黒斗くーん」
「なんです?」
ソファに腰掛けて本を読んでいた黒斗が顔を上げる
すると目の前には、いつの間にかトガが立っていた
「ちょっと血ください」
「またですか」
「またです」
即答だった
黒斗は数秒だけ考えた後、本を閉じる
そしてナイフを取り出し、慣れた手付きで指先を僅かに切る
じわりと赤い血が滲んだ
「はい、どうぞ」
そう言って指を差し出した瞬間、トガの目が嬉しそうに輝いた
「いただきます!」
そして迷いなく黒斗の手を両手で掴む。
「……」
「……♪」
ちう…ちう…
嬉しそうな表情で血を吸うトガ
黒斗は無言だった
慣れているからだ
小学一年生の頃から見慣れた光景だった
だから今更驚きもしない
しないのだが……
「黒斗くんの血、やっぱり好きです」
「そうですか」
「はい!」
満面の笑みで言われると、少しだけ反応に困る
黒斗は小さく視線を逸らした
そんな彼の様子に気付くことなく、トガは彼の血を吸いながら上機嫌で鼻歌を歌い始める
「………」
小学一年生の頃から続いている、いつもの光景
今更特別なものではない
事実、昔は何も思っていなかった
だけど、最近は
理由はわからない。わからないのだが…
こうしてトガが嬉しそうにしていると、何故だか少しだけ安心する
逆に、彼女が落ち込んでいたり、傷付いていたりすると、妙に気になってしまう
「……?」
黒斗はそのことに対し、小さく首を傾げる
考えてみても答えは出ない
だからすぐに思考を打ち切った
ーーー相変わらずトガちゃんは距離が近いな
そして、結局いつもの結論に落ち着く
そんなことを考えながら、黒斗は無意識に口元を緩めた
「……?」
その表情に気付いたトガが不思議そうに首を傾げる
「どうしました?」
「いえ、別に」
「絶対何か考えてましたよね?」
「考えてませんよ」
「嘘です!」
トガはそう言いながら黒斗の隣へと腰を下ろした
距離が近い
肩が触れそうな程に
だが、本人は全く気にしていないらしい
「トガちゃん」
「なんです?」
「近いです」
「そうですか?」
「そうです」
「でもいつもこんな感じですよ?」
「それはそうなんですけど」
黒斗は反論できなかった
事実、昔からこんな距離感だったからだ
するとトガは満足したのか、そのまま黒斗の肩へ頭を預ける
「……」
「ふふーん♪」
完全にくつろぎ始めた
黒斗は一瞬だけ固まったが、数秒後には諦めたように小さく息を吐く
今更引き剥がそうとも思わない
むしろ、そうした方が面倒なことになるのを知っている
………黒斗自身、無自覚に満更でもなく思っていることも彼女を引き剥がさない理由にあるが
「重くないですか?」
「別に」
「優しいですねぇ」
「普通です」
「優しいです」
「そうですか」
「そうですよ」
トガはどこか嬉しそうに笑った
黒斗は再び本へ視線を戻す
廃ビルの一室での、静かな夜
遠くから聞こえる車の走行音
ページをめくる音
そして隣から聞こえる上機嫌な鼻歌
そんな穏やかな時間が数分ほど流れた
ーーーその時だった
「……ん?」
黒斗の手が止まる
本のページをめくろうとしていた指先がぴたりと静止した
「黒斗くん?」
トガが顔を上げる
しかし黒斗は返事をしない
代わりに視線を虚空へ向けた
正確には、自身の操るスペースビーストが発する波動‘‘ビースト振動波,,のネットワークへ
街中に散らばる数百体のビースト達から送られてくる情報が脳内を流れていく
人混み
車
雑踏
テレビの音
飲食店の匂い
その膨大な情報の中に
僅かな
黒斗の表情から穏やかさが消える
「……近いですね」
静かな声だった
しかし、トガはその一言だけで理解した
先程までの空気が消え失せる
「ヒーローですか?」
「はい」
黒斗はゆっくり立ち上がる
窓際へ歩き、割れた窓の向こうを見つめた
夜の街が広がっている
そのどこかに
「警察もいますね」
「見つかったんですか?」
「まだです」
黒斗はそう答えながらも視線を逸らさない
そして静かに続けた
「でも、思ったより近い」
その声には、僅かな警戒が
トガもソファから立ち上がる
先程までの緩い空気はもうない
「移動します?」
「いえ」
黒斗は首を横に振った
「まだ大丈夫です」
その言葉と同時に、脳内へ流れ込む情報を整理する
ビースト達が見ている光景
聞いている音
感じ取っている気配
それらを一つ一つ繋ぎ合わせていく
やがて
「……なるほど」
黒斗は小さく呟いた
「どうでした?」
「この辺り一帯を捜索しているだけみたいですね」
「じゃあ、まだバレてない?」
「ええ」
少なくとも今のところは、こちらを特定した訳ではない
恐らくは、連続失血死事件の捜査の一環
この周辺を虱潰しに調べているだけだろう
だが、それでも自分達のいる
「流石にそろそろアジトも変えた方がいいかもしれませんね」
「えぇ〜」
トガが露骨に嫌そうな声を上げる
「ここ結構気に入ってるんですけど」
「僕もです」
「じゃあそのままで」
「却下です」
「むぅ〜」
頬を膨らませるトガ
黒斗は小さく苦笑した
本当に緊張感がない
だが
その様子を見ると少しだけ肩の力が抜ける
「まあ、すぐに移動する訳じゃありません」
「本当ですか?」
「もう少し情報を集めてからです」
「やったー!」
トガは嬉しそうに両手を上げ、軽くジャンプする
普通ならば、ヒーローや警察が近くを捜索していると知れば少なからず緊張するだろう
事実、トガも状況の危険性を理解していない訳ではない
ただ
彼女は知っている
綾瀬黒斗という少年がどれだけ優秀なのかを
どれだけ状況分析に長けているのかを
そして、どれだけ頼りになるのかを
小学一年生の頃から、ずっとそれを隣で見てきて、誰よりもそのことを知り、理解していた
だからこそ
黒斗が「まだ大丈夫です」と言ったのなら、本当にまだ大丈夫なのだろうと信じていた
無論、それは決して彼女が楽観的だから、という訳ではない
‘‘
絶対的と言ってもいいほどの
そして、黒斗は再び窓の外へと目線を向けた
夜の街
光に溢れた社会
ヒーロー達が守る世界
そして
自分達が
「……」
ふと、黒斗は思う
もしも
自分達が
もしも
トガヒミコが
今頃どんな人生を送っていたのだろうか
そんな考えが頭を過ったが
すぐに消した
考えても意味はない
今更戻れもしない
自分達は既に
「黒斗くん」
「なんです?」
「明日も一緒ですよね?」
不意の問いだった
黒斗は一瞬だけ目を瞬かせる
そして
「当たり前じゃないですか」
そう答えた
トガは満足そうに笑った
「えへへ」
その笑顔を見て、黒斗も僅かに口元を緩める
外ではヒーロー達が自分達を探している
警察も動いている
明日にはまた逃げなければならないかもしれない
それでも
今だけは
この時間だけは
悪くないと思えた
廃ビルの一室
追われるヴィラン二人の
少しだけ穏やかな夜
そしてその頃ーーー二人がアジトにしている廃ビルから数キロ先
「この周辺も調べろ!」
「連続失血死事件の容疑者が潜伏している可能性がある!」
警察無線が飛び交う
プロヒーロー達も周囲を警戒していた
しかし
彼らはまだ知らない
探している二人が、すぐ近くで笑っていることを
そして、その片方が
いずれ社会そのものを揺るがす
怪物であることを
いかがでしたでしょうか?次回はヒーローとの戦闘回になる予定です。あまりご期待はせずにお待ちください