個性『異生獣(スペースビースト)』~僕とトガちゃんの共犯者物語~   作:復活のB

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お待ちしてくださっていた方もそんなに待っていなかった方もお待たせいたしました。第2話です。今回から黒斗の敵名(ヴィランネーム)が出てきます。


第2話『迫る影(ヒーロー)』

第2話『迫る影(ヒーロー)』

 

夜の住宅街

 

パトカーの赤色灯が静かに周囲を照らしている

 

「この付近に連続失血死事件の容疑者二名が潜伏しているとの情報があった!くまなく探せ!」

 

刑事の一人が周囲の警察官達へ指示を飛ばす

 

既に時刻は深夜

 

周囲の住民達も何事かと窓から様子を窺っていた

 

連続失血死事件

 

ここ数ヶ月、警察やヒーロー達を悩ませ続けている凶悪事件である

 

被害者は十数名

 

共通点は多量の失血、そして首筋や腕に残された鋭利な刃物による切創

 

犯人は未だ逃走中

 

しかし、ここ最近になってようやく有力な情報が得られた

 

現在追跡されている容疑者は二名

 

一人は女子高校生

 

もう一人は同年代の男子高校生

 

いずれも未成年である為、氏名や顔写真は一般には公開されていない

 

だが、警察とヒーロー達は既にその正体を把握していた

 

「渡我被身子……か」

 

資料へ視線を落としながら、一人のプロヒーローが呟く

 

そこには少女の顔写真と情報が記載されていた

 


 

本名:渡我 被身子

敵名:トガヒミコ

個性:変身

備考:中学卒業式当日に同級生一名を刃物で襲撃し、失踪。連続失血死事件の主犯格と見られる最重要容疑者。

 


 

「まだ高校生なんだよな……」

 

若いヒーローが複雑そうな表情を浮かべる

 

「だが、だからと言って見逃す訳にはいかん」

 

ベテラン刑事が低い声で返した

 

「既に十数名が犠牲になっている」

 

「それは分かっています」

 

若いヒーローも頷く

 

そして

 

もう一枚の資料へ視線を移した

 


 

本名:綾瀬黒斗

敵名:スペースビースト

個性:異生獣(スペースビースト)

備考:渡我被身子の共犯者。渡我被身子とは同級生であり、彼女が失踪したのと同じ日に失踪。失血死事件への関与が濃厚。召喚型個性と推測されるが、詳細は不明。発見次第、単独での接触は極力避け、応援を要請すること。

 


 

「……」

 

若いヒーローは眉を顰めた

 

この資料を見る度に違和感を覚える

 

綾瀬黒斗

 

児童養護施設出身

 

学校関係者への聞き取り結果は極めて良好

 

成績優秀

 

素行良好

 

教師や同級生からの評価も高い

 

典型的な問題児とは程遠い

 

それなのに

 

何故

 

「何故こんな人間がヴィランに…犯罪者になったんだ……?」

 

思わず零れた疑問

 

しかし答えを知る者はいない

 

少なくとも、ここには

 

「さあな。少なくとも、今は考えるだけ無駄だ」

 

隣に立つベテランヒーローが言う

 

「どんな事情があろうと、奴は既にヴィランだ」

 

「……はい」

 

若いヒーローは資料を閉じた

 

その時だった

 

住宅街の片隅

 

誰も気付かない排水溝の奥

 

そこに

 

一体の生物……ゲル状の身体を持ち、腹部に縦に開いた口や、身体中に触手を持ったナメクジやウミウシに似た生物がいた

 

ブロブタイプビースト ペドレオン・クライン

 

黒斗が情報収集の為に放ったスペースビーストのうちの一体だ

 

『ーーーーー』

 

誰にも聞こえない鳴き声

 

その瞬間、ビースト振動波を通じて情報が共有される

 

警察とヒーローの人数

 

装備

 

捜索範囲

 

その全てが、一瞬でビースト振動波のネットワークへ流れ込んだ

 

そして、数キロ先の廃ビル……黒斗とトガの()()()アジト

 

ソファへ腰掛けていた黒斗がゆっくりと目を開く

 

「……なるほど」

 

静かな声だった

 

隣で雑誌を読んでいたトガが顔を上げる

 

「どうしました?」

 

「ヒーローと警察です」

 

黒斗は淡々と答えた

 

「この辺りを本格的に捜索し始めました」

 

トガは一瞬だけ目を丸くし、そしてすぐに笑った

 

「じゃあ、お引越しですか?」

 

「そうなりますね」

 

黒斗も小さく頷く

 

その表情に焦りはない

 

既に次の候補地は幾つか確保してある

 

必要なのは移動(引越し)だけだ

 

「それじゃあ準備しましょうか」

 

そう言って黒斗は静かに立ち上がった

 

そして、虚空の方に掌を向けると、その掌から脈打つ黒い液体が放たれる

 

液体は床に広がり、その中から這い上がるように十体の‘‘異形,,が現れる

 

数秒後、床に広がっていた液体は消え、その場所には十体のバグバズンブルードが立っていた

 

「それじゃあ皆さん…」

 

黒斗が指を鳴らすと同時に、彼のすぐ後ろに異形の海の入り口が出現する

 

「早速お願いしますね」

 

その言葉にバグバズンブルード達は軽く頷き、直後、すぐに作業を開始した

 

「キシャ」

 

一体が冷蔵庫を持ち上げる

 

「キシャ」

 

別の一体がテレビを抱える

 

「キシャア」

 

さらに別の一体はテーブルを解体し始めた

 

その動きに一切の無駄はない

 

冷蔵庫を運ぶ個体

 

食料品を箱へ詰める個体

 

寝具をまとめる個体

 

家電を回収する個体

 

役割分担まで完璧だった

 

しかも、その手際は異常な程に速く、尚且つ正確だ

 

その様子は、まるで何十回も引っ越し作業を経験してきたベテラン業者のようだった

 

「相変わらず手早いですね~」

 

黒斗が小さく呟く

 

その間にも

 

冷蔵庫、テレビ、ソファ、テーブルと…生活用品が次々とバグバズンブルードの手によって異形の海の中へと運び込まれていく

 

僅か数分前まで生活感に満ちていた部屋が、見る見るうちに空になっていった

 

「すごーい!」

 

トガは楽しそうに拍手する

 

「下手な引っ越し業者さんより凄いですね!やっぱり!」

 

「まあ、慣れてますからね」

 

「何回目ですっけ?」

 

「覚えてません」

 

即答だった

 

トガは思わず吹き出す

 

実際、逃亡生活を始めてからアジトを移した回数は当然一回や二回ではなく、その度にバグバズンブルード達は同じ作業を繰り返してきた

 

そのこともあり、もはや熟練の職人である

 

そして、開始から十分も経たない内に部屋の中は綺麗さっぱり何もなくなっていた

 

残されたのは

 

割れた窓

 

ヒビの入った壁

 

そして埃だけ

 

人が暮らしていた痕跡は殆ど残っておらず、まるで最初から誰も住んでいなかったかのようだった

 

「キシャァ」

 

作業完了を報告するように、一体のバグバズンブルードが鳴いた

 

「お疲れ様です」

 

黒斗がそう言って頭を撫でる

 

「えへへ、かわいい」

 

トガが笑う

 

一般人が見れば卒倒しかねない光景だった

 

しかし、黒斗とトガにとっては、これもまた日常の一つだった

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

黒斗が異形の海へ視線を向ける

 

トガも頷く

 

二人の後ろで、十体のバグバズンブルード達が待機していた

 

追われる者達(黒斗とトガ)引っ越し(逃亡)は、いつだって迅速だった

 

なにせ、ゆっくり荷造りをしている時間など、最初から存在しないのだから

 

「それじゃあーーー」

 

異形の海へ足を踏み入れようとしたその時だった

 

「……」

 

黒斗の足が止まる

 

「黒斗くん?」

 

トガが不思議そうに振り返る

 

しかし黒斗は返事をしない

 

代わりに虚空を見つめていた

 

正確には

 

街中へ散らばるスペースビースト達が共有する感覚情報

 

ーーービースト振動波のネットワークを

 

膨大な情報が脳内を駆け巡る

 

人混み

 

 

雑踏

 

生活音

 

その中に混じる異物

 

規則的な足音

 

無線機のノイズ

 

警察車両

 

そして

 

プロヒーロー

 

「……早いですね」

 

黒斗が小さく呟く

 

想定よりも

 

遥かに

 

「来るのが早い」

 

その声には僅かな驚きが混じっていた

 

トガもすぐに察した

 

「近いんですか?」

 

「ええ」

 

黒斗は頷く

 

「五分……いえ、三分もありません」

 

その言葉にトガの表情が僅かに引き締まる

 

だが慌てる様子はない

 

黒斗がいるからだ

 

彼が大丈夫と言うなら大丈夫

 

そう確信するだけの信頼があった

 

黒斗は数秒だけ考え

 

そして結論を出す

 

「予定変更です」

 

その瞬間

 

異形の海の奥から何かが蠢いた

 

ずるり…ずるり…

 

肉の擦れる音

 

闇の中から現れたのは、十数体のペドレオン・クラインだった

 

「時間を稼いでください」

 

「ギュォォォ……」

 

ペドレオン達が低く鳴く

 

()()()()()構いません」

 

黒斗は淡々と言った

 

それは命令だった

 

そして

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「行きましょう、トガちゃん」

 

「はーい」

 

二人は異形の海へ足を踏み入れる

 

その直後、空間の歪みは閉じた

 

残されたのは

 

空っぽになった廃ビルと

 

十数体の捕食獣だけだった

 

ーーーーー数分後

 

廃ビル前

 

「この建物だ」

 

刑事の一人がそう呟く

 

ヒーロー達も周囲を警戒していた

 

事前情報通りなら

 

連続失血死事件の容疑者

 

敵名『トガヒミコ』

 

そして

 

敵名『スペースビースト』

 

二名の潜伏先である可能性が高い

 

「突入する」

 

刑事が部屋のドアノブへ手を掛ける

 

ゆっくりと開く

 

ギィ……

 

暗い室内

 

誰もいない

 

そう思った

 

次の瞬間だった

 

「ーーーなっ」

 

部屋の天井から巨大な影が落下した

 

ペドレオン・クライン

 

腹部が裂け、人一人軽く飲み込めるであろう口を開く

 

「ぎゃあああああああああああっ!!」

 

悲鳴が響き渡る

 

刑事の身体がそのまま飲み込まれる

 

骨が砕ける音

 

肉が裂ける音

 

鮮血が飛び散った

 

「敵襲!!」

 

「総員戦闘態勢!!」

 

その瞬間

 

廃ビル全体で鳴き声が響き渡る

 

「「「ギュオオオオオオオ!!」」」

 

 

天井

 

階段

 

暗闇

 

あらゆる場所から

 

ペドレオン達が姿を現した

 

一体や二体ではない

 

数十体

 

まるで巣だった

 

「くそっ!」

 

プロヒーロー達が迎撃に移る

 

個性が発動する

 

響き渡る爆音、衝撃、悲鳴、怒号…廃ビル内部は瞬く間に戦場へと変わった

 

だが

 

その頃には既に

 

黒斗とトガの姿はそこにはない

 

場面は変わりーーー人気のない路地裏

 

空間が歪み、異形の海から二人が姿を現した

 

「……始まりましたね」

 

遠くから聞こえる爆音

 

黒斗は振り返らない

 

トガも振り返らない

 

彼らにとって重要なのは、生き残ることだけだ

 

「これで少しは時間を稼げますかね?」

 

「たぶん」

 

黒斗が答えた

 

しかし

 

その直後だった

 

「ーーーいや」

 

黒斗の目が細まる

 

ビースト振動波が新たな情報を捉えた

 

「二人来ます」

 

「え?」

 

「ヒーローです」

 

黒斗は静かに振り返った

 

「しかも結構速い」

 

その声に

 

僅かな警戒が混じる

 

どうやら

 

追跡を振り切れた訳ではないらしい

 

そして数秒後、路地裏の入口へ二つの人影が現れた

 

「見つけたぞ、トガヒミコ!スペースビースト!」

 

路地裏の入口に立っていたのは二人のヒーローだった

 

一人は、三十代前半程の男

 

鋭い目付きと引き締まった体躯を持つプロヒーロー『追跡ヒーロー《サーチハウンド》』

 

黒と濃紺を基調としたヒーローコスチュームは、どちらかと言えばヒーローというよりかは特殊調査官に見えるデザインだった

 

全身には軽量な防刃スーツが施され、胸部や腰部には通信機器や各種センサーが搭載されており、両目には高性能ゴーグル、耳には大型の集音ヘッドセットが装着されていた

 

その個性『超感覚』を最大限活かすために設計されたコスチュームであり、実際に彼は多くの凶悪犯やヴィランを追い詰めてきた実績を持つ

 

そしてその隣には、二十代半ば程の若い男が立っていた

 

サーチハウンドの相棒(サイドキック)である『剛腕ヒーロー《ブレイブナックル》』

 

こちらはサーチハウンドとは対照的に一目でヒーローだとわかるコスチュームを着ている

 

赤と青を基調としたヒーローコスチュームは非常に戦闘的なデザインであり、鍛え上げられた肉体を隠そうともしないノースリーブ仕様

 

両腕には鈍く輝く大型ガントレットが装着され、肩部には衝撃吸収用のアーマーが備えられている

 

短く整えられた黒髪に整った顔立ち

 

そして身長は百八十センチを優に超え、無駄のない筋肉に覆われた体躯は、一目見ただけで歴戦の近接戦闘型ヒーローであることを理解させた

 

その姿は、まさしく正統派ヒーローそのもの

 

その姿も相まって市民からの人気も高く、女性ファンも少なくない

 

彼らの視線は、路地裏の奥に立つ黒斗とトガ(ヴィラン)へ向けられていた

 

「ようやく追いついた」

 

「逃さんぞ」

 

二人のヒーローが目の前に現れた瞬間、黒斗の脳内では既に分析が始まっていた

 

歩幅

 

重心

 

筋肉の付き方

 

呼吸

 

視線

 

僅か数秒

 

それだけで十分だった

 

(追跡役と近接戦闘役)

 

(なるほど)

 

(面倒な組み合わせですね)

 

サーチハウンドが一歩前へ出る

 

「綾瀬黒斗、渡我被身子。大人しく投降しろ!」

 

「お断りします」

 

即答だった

 

ヒーローの眉が僅かに動く

 

「お前達がどれだけの人間を傷付けてきたと思っている」

 

「知ってますよ」

 

「ならーーー」

 

「だから何です?」

 

黒斗は首を傾げた

 

その仕草はあまりにも自然だった

 

まるで本当に疑問に思っているかのように

 

「……」

 

サーチハウンドの表情が険しくなる

 

黒斗はそれ以上相手に興味を示さなかった

 

代わりに隣のブレイブナックルへ視線を向ける

 

筋肉量

 

姿勢

 

立ち方

 

かなり鍛えている

 

近接戦闘型だ

 

そして

 

「わぁ」

 

トガが呟いた

 

「?」

 

「かっこいいですね」

 

ブレイブナックルが固まる

 

「……は?」

 

「好きな顔です!」

 

「いや知らねぇよ!?」

 

黒斗は小さくため息を吐いた

 

‘‘やっぱりか,,

 

そう思った

 

長年の付き合いである

 

惚れっぽい性格なトガがどういうタイプを気に入るのかくらい分かる

 

少し胸中にモヤモヤとしたものが過ぎりながらも、黒斗は静かに口を開いた

 

「トガちゃん」

 

「はい?」

 

「あっちのサイドキックの方、お願いできますか?」

 

トガの顔がぱっと明るくなる

 

「いいんですか!?」

 

「ええ」

 

「やったー!」

 

まるで遊園地へ連れて行ってもらう子供のような反応だった

 

ブレイブナックルは若干引いていた

 

「おい待て、俺を何だと思ってーーー」

 

「強そうですし」

 

黒斗は淡々と言った

 

「トガちゃんの相手には丁度良いでしょう」

 

その言葉に、ブレイブナックルの額へ青筋が浮かぶ

 

一方、サーチハウンドは静かに黒斗を睨んでいた

 

「随分余裕だな」

 

「余裕ではありませんよ」

 

黒斗は答える

 

そして

 

ゆっくりと口元を吊り上げた

 

「ただーーーあなた達程度なら問題ないと判断しただけです」

 

その瞬間

 

空気が張り詰める

 

ヒーロー達の殺気

 

トガの笑顔

 

黒斗の無表情

 

そして

 

戦闘が始まった

 

まず、最初に動いたのはーーーブレイブナックルだった

 

「はあああぁっ!!」

 

地面を蹴り砕く勢いで突進する

 

強化された脚力

 

肉体強化系個性による圧倒的なフィジカル

 

一直線にトガへ向かう

 

「危ないですよ!」

 

しかし

 

トガは慌てなかった

 

むしろ嬉しそうに笑う

 

「えへへ♪」

 

身体を半歩だけ捻る

 

拳が頬の横を通過する

 

紙一重

 

そしてそのまま相手の死角へ滑り込んだ

 

「なっ!?」

 

ブレイブナックルの目が見開かれる

 

トガは昔のトガヒミコではない

 

黒斗と共に逃亡生活を続ける中で

 

彼女は学んだ

 

生き残るために

 

黒斗の隣に立つために

 

足手まといにならないために

 

格闘術を

 

戦い方を

 

そして何より

 

相手を観察することを

 

「黒斗くんに教えてもらったんです!」

 

明るく言いながら

 

トガは相手の膝裏を蹴る

 

バランスが崩れる

 

その瞬間

 

首筋へナイフが迫った

 

「っ!!」

 

ブレイブナックルは咄嗟に後退する

 

だが

 

トガは追う

 

まるで獲物を追う小動物のような軽快さで

 

「わぁ、やっぱり強いですね!」

 

楽しそうだった

 

戦闘そのものを楽しんでいるかのように

 

一方、黒斗とサーチハウンドも激突していた

 

「ヴィランが……!」

 

サーチハウンドの拳が放たれる

 

鋭い

 

速い

 

プロとして十分優秀な一撃

 

だが

 

黒斗はその軌道を見切っていた

 

最小限の動きで回避する

 

そして、反撃

 

中国拳法特有の流れるような掌打

 

サーチハウンドは即座に防御姿勢を取った

 

しかし、その瞬間だった

 

黒斗の動きが変わる

 

「っ!?」

 

掌打が来ると思った

 

だが違った

 

 

喉元

 

急所

 

クラヴマガ

 

実戦に特化した攻撃へ切り替わっていた

 

「ぐっ!」

 

防御が間に合わない

 

サーチハウンドが後退する

 

だが

 

黒斗は止まらない

 

拳法

 

クラヴマガ

 

ジークンドー

 

次々と変化する

 

流派が変わる

 

間合いが変わる

 

リズムが変わる

 

まるで複数人の格闘家と同時に戦っているかのようだった

 

「なんだ……その動きは!」

 

サーチハウンドの額に汗が滲む

 

対応できない

 

読めない

 

次に何が来るのか分からない

 

それほど異質だった

 

「別に大したことじゃありませんよ」

 

黒斗は静かに答える

 

「ただ色々覚えただけです」

 

言葉とは裏腹に

 

攻撃は一切緩まない

 

そして

 

サーチハウンドは気付く

 

この少年は危険だと

 

異常だと

 

「やはり…怪物か……っ!」

 

思わず漏れた言葉

 

その瞬間

 

黒斗の動きが僅かに止まった

 

ほんの一瞬

 

だが確かに

 

「怪物……ですか」

 

黒斗は否定しない

 

怒りもしない

 

実際その通りだと思っているからだ

 

自分は普通ではない

 

それは理解している

 

だから

 

自分が怪物と呼ばれること自体は別に構わない

 

だが

 

「お前も、トガヒミコも同じだ!社会に仇なす危険な怪物だ!」

 

その言葉だけは

 

駄目だった

 

黒斗の瞳から感情が消える

 

完全に

 

「……」

 

脳裏を過る

 

否定され続けた少女

 

好きなものを好きと言えなかった少女

 

普通になれと言われ続けた少女

 

苦しそうに笑っていた少女

 

理解しようともされなかった少女

 

黒斗は思う

 

理屈ではない

 

合理性でもない

 

ただ単純に

 

ーーーお前達が、あの子の何を知っている

 

 

そう思ったのだ

 

「……トガちゃんは、怪物じゃありませんよ」

 

静かな声だった

 

だが

 

先程までとは明らかに違った

 

冷たい

 

どこまでも冷たい声

 

「少なくとも」

 

黒斗は一歩踏み出す

 

「理解しようとすらしなかった人達に、そう呼ばれる筋合いはないでしょう」

 

その瞬間

 

路地裏の空気が変わった

 

サーチハウンドもそれを感じ取る

 

目の前の少年は変わらず無表情

 

だが

 

先程までとは何かが違う

 

「……っ!」

 

本能が警鐘を鳴らす

 

危険だと

 

逃げろと

 

しかし

 

プロヒーローである彼は退かなかった

 

「『超感覚』ーーー最大出力!」

 

瞬間

 

世界が変わる

 

遠くの足音

 

風の流れ

 

呼吸音

 

心拍

 

全てが鮮明になる

 

そして

 

黒斗を捉える

 

「見えた!」

 

踏み込み

 

拳を放つ

 

今度こそ当たる

 

そう確信した

 

だが、当たらない

 

「なっ……!?」

 

黒斗は既にそこにいなかった

 

視界の外

 

死角

 

そして

 

「遅いですよ」

 

背後

 

サーチハウンドの表情が凍る

 

肘打ち

 

体勢が崩れる

 

振り向く

 

だが

 

そこにはもういない

 

 

 

後ろ

 

 

攻撃の方向が読めない

 

まるで複数人の格闘家達に囲まれているかのようだった

 

「ぐっ!っ!がっ!?」

 

防御する

 

だが次の瞬間には別方向から攻撃が飛んでくる

 

受ける

 

崩される

 

立て直す

 

さらに崩される

 

反撃する隙どころか、防御する隙すらない

 

サーチハウンドは理解し始めていた

 

技術の差

 

経験の差

 

才能の差

 

そんな生易しいものではない

 

根本的に戦闘能力そのものが違う

 

目の前の少年(ヴィラン)は、戦うことに異常なほど適応していた

 

それだけではない

 

戦闘中でありながら、常に冷静に周囲を観察し

 

路地裏の構造を利用し

 

こちらの動きを読み

 

最適解だけを選び続けている

 

まるで長年第一線で活動してきたベテランヒーローのようだった

 

いや、違う

 

それ以上だ

 

もし

 

もしもこの少年がヒーローになっていたなら

 

きっと多くの人間を救っていた

 

多くの命を守っていた

 

自分等よりも、遥かに優秀なヒーローになっていたかもしれない

 

だからこそ、理解できなかった

 

何故だ

 

何故こんな人間が

 

何故こんなにも‘‘力,,を持った人間が

 

よりにもよって犯罪者に、ヴィランになった

 

「どうしてだ……!」

 

思わず叫ぶ

 

「どうしてお前程の人間がヴィランなんだ!」

 

黒斗の動きが僅かに止まる

 

だが

 

それは迷いではない

 

「別に」

 

静かな声

 

「大した理由じゃありませんよ」

 

再び踏み込む

 

サーチハウンドは迎撃する

 

だが

 

その拳は空を切った

 

気付いた時には

 

黒斗の手が首元へ伸びている

 

「っ!」

 

身体が浮いた

 

首を掴まれていた

 

壁へ叩きつけられる

 

「がっ…!?」

 

衝撃

 

息が詰まる

 

動けない

 

振り払えない

 

サーチハウンドは、この時初めて理解した

 

負けたのだと

 

完全に、圧倒的に

 

「……最後に一つだけ」

 

黒斗が静かに言う

 

その左手が変化を始める

 

異形の組織が腕を覆い、鋭い鉤爪を持つ、生皮を剥がされたような異形の手を形成していく

 

人間のものではない腕

 

怪物(ビースト)ーーーフィンディッシュタイプビースト ノスフェルの腕

 

「………っ!」

 

サーチハウンドはそれを見つめる

 

そして

 

黒斗は続けた

 

「あなたは最後まで勘違いしていました」

 

感情のない声だった

 

怒りも

 

憎しみも

 

何もない

 

ただ事実を告げるような声音

 

「怪物は……」

 

一瞬だけ視線が伏せられる

 

脳裏を過ったのは

 

笑うトガヒミコだった

 

血を好きなだけで否定され続けた少女

 

それでも普通になろうとし、笑おうとしていた少女

 

「……」

 

そして

 

黒斗はゆっくりと言い切る

 

「ーーーーー()()()です

 

ーーーーーグシャァッ

 

静かな路地裏に、鈍い音が響いた

 

そして、その音は

 

少し離れた場所で戦うブレイブナックルの耳にも届く

 

「……っ?」

 

戦闘の最中

 

ほんの僅かな違和感

 

だが

 

何故か嫌な予感がした

 

反射的に音のした方向を見る

 

そして

 

「ーーーーーーなっ」

 

目を見開く

 

路地裏の向こう

 

そこには黒斗が立っていた

 

静かに

 

何事もなかったかのように

 

その足元には

 

倒れたサーチハウンドの姿

 

建物の影になっているせいで様子までは見えない

 

だが

 

立っている者と

 

倒れている者

 

ーーーーそして、地面に広がる、大量の()

 

どちらが勝ったのか等、考えるまでもなかった

 

「サーチハウンドォ!!」

 

思わず叫ぶ

 

長年共に活動してきた相棒だった

 

何度も命を預け

 

何度も命を救われた

 

その相棒が倒れている

 

冷静でいられるはずがなかった

 

そして

 

その一瞬こそが

 

致命的だった

 

「ーーーーーあ」

 

ブレイブナックルが気付いた時には遅かった

 

目の前からトガヒミコの姿が消えている

 

視界から

 

完全に

 

「どこ見てるんですか?」

 

耳元

 

少女の声

 

背筋が凍る

 

反射的に振り向こうとする

 

だが

 

その前に

 

トガの足が地面を蹴った

 

黒斗から教わった体重移動

 

重心崩し

 

そして急所への正確な一撃

 

「がっ……!」

 

視界が揺れる

 

膝が崩れる

 

しまった

 

そう思った時にはもう遅い

 

トガは止まらない

 

一歩

 

二歩

 

三歩

 

流れるような連撃

 

まるで踊るように

 

まるで獲物へ飛び掛かる捕食者のように

 

ブレイブナックルを追い詰めていく

 

「黒斗くんの足手まといにはなりたくないんです」

 

楽しそうに笑いながら

 

トガは言った

 

「だから、い~っぱい教えてもらいました」

 

その笑顔は

 

無邪気で

 

残酷だった

 

「強かったですよ?」

 

トガは首を傾げる

 

「でも」

 

そして

 

ゆっくりと笑う

 

脳裏に浮かぶのは

 

いつだって一人の少年だった

 

自分を否定しなかった人

 

自分を受け入れてくれた人

 

誰よりも強くて

 

誰よりも優しくて

 

誰よりも頼れる共犯者

 

だから

 

トガは迷わない

 

「黒斗くんの方が、ずっと強いです」

 

そう言って

 

手に持つナイフを振り下ろした

 

ーーーーー数分後

 

夜風が吹く

 

路地裏には静寂だけが残った

 

少し離れた場所で

 

黒斗が静かに歩いてくる

 

トガはそんな彼を見るなり

 

ぱっと表情を明るくした

 

「黒斗くん!」

 

「終わりました?」

 

「終わりました!」

 

まるで学校帰りに友達へ話しかけるような声

 

数分前まで戦闘をしていたとは思えないほど自然だった

 

「そうですか」

 

黒斗は小さく頷く

 

そして

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

「はーい!」

 

二人は並んで歩き出す

 

夜の路地裏を

 

まるで散歩でもするかのように

 

背後に残されたものへ

 

一度も振り返ることなく

 

ーーーー数時間後

 

赤色灯が夜の路地裏を照らしていた

 

規制線

 

警察

 

鑑識

 

そして

 

複数のプロヒーロー達

 

現場は騒然としていた

 

「こちらも異常なし!」

 

「周辺に容疑者の痕跡はありません!」

 

無線が飛び交う

 

だが

 

その場にいる誰もが理解していた

 

もう遅い

 

犯人達は既に逃走している

 

そして

 

規制線の奥

 

ブルーシートを被せられた二つの骸の前に立つ男がいた

 

相澤消太

 

抹消ヒーロー《イレイザーヘッド》

 

「……」

 

無言のまま現場を見下ろす

 

まず目に入るのはブレイブナックルだった

 

激しい戦闘の痕跡

 

地面の損傷

 

壁の亀裂

 

そして、首筋に刻まれた切創

 

最後まで抵抗したことが分かる

 

だが

 

問題はその奥だった

 

「……ブレイブナックルも酷いが」

 

相澤が低く呟く

 

そして

 

視線をもう一人へ向ける

 

「サーチハウンドはさらに酷いな」

 

その声には珍しく僅かな苦味が混じっていた

 

周囲の警察官達も顔を強張らせる

 

サーチハウンド

 

追跡専門のプロヒーロー

 

数々の事件を解決してきた男

 

その彼が

 

この場所で敗北した

 

しかも

 

ほとんど一方的に

 

現場に残された戦闘痕、そして、変わり果てた彼の()がそれを物語っていた

 

「……」

 

相澤は静かに目を細める

 

資料では見ていた

 

綾瀬黒斗

 

敵名『スペースビースト』

 

だが、報告書を読むのと、実際の現場を見るのとでは話が違う

 

「警察の推測は正しいかもしれないな」

 

近くにいた刑事が顔を上げる

 

「推測?」

 

「ああ」

 

相澤は短く答える

 

そして

 

地面に残された痕跡を見ながら続けた

 

「こいつは、単なる逃亡犯じゃない…」

 

「……」

 

「極めて危険なヴィランだ」

 

その言葉に

 

周囲の空気がさらに重くなる

 

夜風が吹く

 

規制線が揺れる

 

だが

 

その頃には既に

 

二人のヴィランは遠く離れた場所にいた

 

警察も

 

ヒーローも

 

まだ知らない

 

彼らがこれから相手にするのが

 

ただの連続失血死事件の容疑者ではなく

 

社会そのものを揺るがす存在であることを

 

そして

 

その怪物が

 

たった一人の少女のためなら

 

どこまでも牙を剥くことを

 

To be continued……




いかがでしたでしょうか?流石に黒斗のヴィラン名そのまんますぎましたかね?だって良いの思い浮かばなかったんだもん…あとトガちゃんを原作より強化してみました

ちなみに、黒斗は当初サーチハウンドを殺すつもりはなく、ヒーローを引退する程度のダメージを与える程度に留めておくつもりでしたが、サーチハウンドが黒斗の地雷を踏んでしまった結果、こうなりました
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