個性『異生獣(スペースビースト)』~僕とトガちゃんの共犯者物語~ 作:復活のB
人気のない、港の倉庫前……そこに、二人の人物が立っていた
夜の海風が静かに吹き抜け、遠くから波の音が聞こえる
コンテナが整然と並ぶ埠頭
そんな静かな港に、場違いなほど自然な様子で立っている二人
一人は金髪の少女
そしてもう一人は黒髪の少年
「うー……暇です」
トガヒミコがそう言いながら大きく伸びをする
その隣では、綾瀬黒斗が無言で海を眺めていた
「もう少しで来ると思いますよ」
「本当ですかー?」
「たぶん」
「たぶんですか」
「たぶんです」
適当だった
しかし、トガも今更気にしない
そんなやり取りをしていると、不意に港の奥から足音が聞こえてきた
コツ
コツ
コツ
ゆっくりと近付いてくるその人物を見て、トガが小さく手を振る
「あ」
「来ました」
現れたのは一人の男だった
腸のようにも見えるマフラー
丸メガネ
そして胡散臭さを隠そうともしていない笑みを浮かべた、右前歯の欠けた男
裏社会では知らぬ者のいない裏のブローカー‘‘義爛,,だった
「よう。待たせたな」
「別に」
黒斗はそう答える
義爛は肩を竦めた
「相変わらず愛想がねぇなぁ」
「商売相手に愛想を振り撒く必要はないでしょう?」
「違いねぇ」
義爛は笑いながら黒斗へと一つのケースを投げ渡した
黒斗は片手で受け取る
中身を確認する
札束だった
金額も事前の契約通りで、不足はない
「確かに」
黒斗はケースを閉じた
「毎度ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだ」
義爛は苦笑しながら言う
「それにしても、相変わらず仕事が早い上正確だな~、お前は」
「まあ」
黒斗は僅かに肩を竦めた
「僕みたいな便利屋は信頼が命ですから」
その言葉に義爛は思わず笑う
確かにその通りだった
綾瀬黒斗
ヴィラン『スペースビースト』
裏社会で最近、急速に名が広がり始めているヴィランである
情報収集
護衛
潜入
探索
運搬
回収
時には
依頼内容は多岐に渡る
そして何より、依頼の成功率が異常な程に高い
失敗が少ないどころではない
義爛の知る限りでは、黒斗が請け負った仕事で失敗したものは何一つ存在しなかった
その理由は単純
彼の個性『
もっとも、彼の資金源は便利屋だけではないのだが……
「そういや」
義爛が思い出したように口を開く
「最近また派手にやったらしいな」
「?」
「ヒーロー二人」
「ああ」
黒斗は納得したように頷く
「その件ですか」
「その件ですか、じゃねぇよ」
義爛は呆れたように笑った
「今、裏社会じゃ結構話題になってんだぞ?」
「嬉しくないですね」
「だろうな」
黒斗は本気で面倒そうな顔をした
有名になるということは、それだけ目立つということだ
目立てば追われる
追われれば面倒が増える
黒斗にとってはデメリットしかない
「まあ安心しろ」
義爛は笑う
「お前らに興味持ってる奴は裏社会にも結構いる」
「それは安心材料になるんですか?」
「ならねぇな」
「ですよね」
二人はそんな会話を交わす
すると、今まで黙っていたトガが楽しそうに笑った
「えへへ、黒斗くん有名人ですね」
「全然嬉しくありません」
「私はちょっと嬉しいです!」
「そうですか」
「はい!」
満面の笑みだった
黒斗は小さく息を吐く
その様子を見ていた義爛は、ふと口元を吊り上げた
ーーーなるほど
確かにこれは面白い
裏社会でそう思われていることなど
当の本人達は知らなかった
ーーーーー港での取引を終えた黒斗達は、人目のない路地裏へと移動していた
周囲に人影はなく、監視カメラもない
黒斗は確認すると、静かに右手を前へ差し出した
直後
空間が揺らぐ、まるで水面のように歪む
異形の海
スペースビーストの一種“フィンディッシュタイプビースト クトゥーラ,,が根城とする異空間である
「帰りますか」
「はーい」
慣れた様子でトガが飛び込み、彼女に続いて黒斗も足を踏み入れた
◇
数分後
二人は現在のアジトである廃アパートへ帰還していた
築年数がどれ程なのか等、最早誰も分からない程に古い建物
外壁はひび割れ、階段は錆び付き、人の気配など存在しない
しかし
二人にとっては十分すぎる住処だった
「ただいまですー!」
誰もいない廊下に向かってトガが言う
当然返事はない
だが
部屋の奥から二体のバグバズンブルードが顔を出した
「ギュルル」
「お留守番ありがとうございます!」
トガが嬉しそうに頭を撫でる
黒斗はそんな光景を横目で見ながらテーブルに報酬のケースを置く
パチン
鍵を外し、もう一度中身を確認する
中には大量の札束
今回の仕事の報酬だ
不足はない
「問題なしですね」
そう呟きながらケースを閉じる
一方その頃
トガは冷蔵庫を開けていた
「プリンありました!」
「昨日買いましたからね」
「えへへ」
嬉しそうに取り出す
完全に自宅だった
黒斗はソファへ腰を下ろした
依頼も終わった
差し迫った問題もない
ビースト振動波ネットワークにも異常なし
珍しく平和な夜だった
だからこそ
二人はそれぞれ好きなように時間を過ごしていた
黒斗は情報端末を操作しながら裏社会の情報を確認する
トガはプリンを食べながらネットニュースを眺める
静かな時間
穏やかな時間
逃亡生活を続ける二人にとっては、何より貴重な時間だった
そして
そんな平穏を最初に破ったのはトガだった
「あっ」
不意に楽しそうな声が響く
黒斗は視線だけ向けた
「どうしました?」
すると、トガは目を輝かせながらタブレットの画面を黒斗に見せる
「黒斗くん!」
「はい」
「ステ様です!」
「…………」
黒斗は一瞬だけ思考を停止した
視線の先
タブレットの画面には一人の男が映っている
ヒーロー殺し《ステイン》
本名:
各地でプロヒーローを襲撃し、最近裏社会でも話題になっているヴィランだった
だが、黒斗が引っ掛かったのはそこではない
(……ステ‘‘様,,?)
思わず心の中で復唱する
様
様である
‘‘さん,,でもない
‘‘氏,,でもない
‘‘様,,だった
「見てください!」
トガは嬉しそうにタブレットを掲げる。
「かっこよくないですか!?」
「そうですか?」
「そうです!」
即答だった
トガは目を輝かせながら記事をスクロールしていく
「この目とか!」
「はい」
「この雰囲気とか!」
「はい」
「強いところとか!」
「はい」
「ステ様!」
「はい」
「ステ様!」
「はい」
「ステ様!」
「…………」
まただ
胸の奥に何かが引っ掛かる
小さな棘のような、言葉にできない違和感
黒斗は無意識に眉を寄せた
(ん?)
モヤ?
なんだこれ
妙だ
別におかしな話ではない
トガが誰かを気に入ることなど今に始まった話ではない
むしろ昔からそうだ
強い人
面白い人
自分らしく生きている人
そういう相手に興味を持つことは知っている
だから、何もおかしくない
何も問題ない
なのに
(……なんでこんなにモヤモヤしてるんだ自分……?)
黒斗は内心で首を傾げる
(誰を好きになるかはトガちゃんの自由だし、第一僕もトガちゃんが惚れっぽいことは知ってるだろ?)
そうだ
自由だ
トガはトガだ
自分が口を出す話ではない
そもそも裏社会で名が広まっているとはいえ、ステインは会ったことすらない相手だ
比較する意味もない
なのに
「ステ様!」
「はい」
また言った
何故だろう
少しだけ面白くなかった
本当に少しだけ
理由は分からない
論理的に考えれば気にする必要など一切ない
だから黒斗は結論付ける
(……疲れているんでしょうか)
それしか思い付かなかった
近頃は依頼続きで、最近は引っ越しもあり、ヒーローとの戦闘もあった
疲労が溜まっているのかもしれない
うん
きっとそうだ
そういうことにしておこう
黒斗はそう思うようにし、半ば無理やりに思考を打ち切る
しかし
「えへへ」
トガは嬉しそうに笑った
タブレットの画面を抱きしめるようにしながら、
「やっぱりステ様かっこいいなぁ」
と呟く
その瞬間
胸の奥のモヤモヤは、何故か少しだけ大きくなった
「だってステ様って凄いじゃないですか!」
トガは楽しそうに画面を指差した
「ボロボロなのに戦って!」
「自分の好きなことを貫いて!」
「誰にも曲げられなくて!」
「すっごくかっこいいです!」
なるほど
黒斗は納得した
確かにトガらしい
昔から彼女はそうだった
自分らしく生きている人間を好む
だからステインに興味を持つこと自体は不思議ではない
「好きなんですね」
黒斗がそう言うと、トガは即座に頷いた
「好きですよ!」
やっぱりそうか
胸の奥がまた少しモヤつく
だが次の瞬間
トガは不思議そうな顔をした
「でも、
「?」
黒斗が首を傾げる
トガは当然のことのように言った
「だって私が一番好きなのは黒斗くんですもん」
「…………」
黒斗は黙った
トガは気付かない
プリンを食べながら続ける
「ステ様はかっこいいですけど、黒斗くんは黒斗くんですし」
意味が分からない
何が違うのか説明になっていない
しかし、トガの中では明確な違いがあるらしい
「黒斗くんが一番です」
当たり前のように言われた
まるで空は青いと言うくらい自然に
だから黒斗も自然に返す
「そうですか」
「はい!」
満面の笑みだった
黒斗は小さく息を吐く
胸の奥にあったモヤモヤが、何故か少しだけ薄くなっていた
なぜモヤモヤが消えたのか、その理由はわからなかった
ーーー少なくとも、この時の黒斗には
◇
「黒斗くーん」
「なんですか」
「暇です」
「そうですか」
いつものことだった
ステイン談義が終わった後
トガはソファの上でごろごろ転がっていた
対して黒斗はテーブルで端末を操作している
依頼の整理
情報の確認
ビースト振動波ネットワークの監視
やることは多い
しかし
「暇です」
「聞きました」
「暇です」
「二回目ですね」
「暇です」
「三回目です」
会話になっていなかった
トガはむぅと頬を膨らませる
そして
ごろん
ソファから転がり落ちた
そのまま床を這う
ずりずりずり
「……」
ずりずりずり
「……」
ずりずりずり
「トガちゃん」
「はい」
「何をしてるんですか」
「黒斗くんのところに行ってます」
意味が分からなかった
だが本人は大真面目だった
数秒後、トガは黒斗の足元へ到着し、そして当然のように膝へ頭を乗せた
ぽすん
「…………」
「えへへ」
満足そうだった
黒斗は一瞬だけ手を止めるが、すぐに作業を再開した
いつものことだからだ
昔からこうだった
トガが寄ってきて、黒斗が受け入れる。それだけだ
「黒斗くん」
「なんですか」
「頭撫でてください」
「いいですよ」
即答だった
数秒後
黒斗の手が自然に動く
ぽん
ぽん
ぽん
「えへへ…♪」
トガが嬉しそうに笑う
黒斗の膝の上は落ち着く
昔からそうだった
嫌なことがあった時も、嬉しいことがあった時も、気付けば隣にいた
それは今も同じだ
「黒斗くん」
「なんですか?」
「血ください」
「はいはい」
即答だった
そして数秒後
黒斗は慣れた手付きで小さなナイフを取り出し、指先を僅かに切る
指先から赤い雫が浮かび、トガは嬉しそうにその手を取った
ちう…
ほんの少しだけ血を舐め取る
満足そうな顔
黒斗はその様子を見て小さく息を吐いた
最近気付いたことがある
トガが嬉しそうだと安心する
理由は分からない
昔からそうだっただろうか
少し考えるが、いつものように答えは出ない
「?」
そんな彼の様子を見て、トガが首を傾げる
「どうしました?」
「いえ」
黒斗は静かに頭を撫でた
「なんでもありません」
「変な黒斗くんです」
「そうですか」
「そうです」
トガは笑う
黒斗も僅かに口元を緩めた
廃アパートの一室
世間から見ればヴィランの隠れ家
しかし二人にとっては違う
ここだけが
唯一落ち着ける場所だった
ーーーそのはずだった
不意に、ビースト振動波のネットワークへ異常が走る
「!」
黒斗の表情が変わった
直後
立ち上がる
「黒斗くん?」
トガが首を傾げる
その瞬間だった
何もなかった空間に、
まるで闇そのものが渦を巻くように
異常な現象
未知の個性
認識した瞬間、黒斗の身体は考えるよりも先に動いていた
トガの肩を掴んで引き寄せ、そして自分の後ろへ押しやった
もし攻撃が来るのなら、まず自分が受けられるように
そして、すぐに彼女を守れるように
それは黒斗にとって、あまりにも自然な行動だった
「黒斗くん?」
トガが小さく瞬きをする
「下がっていてください」
声は静かだった
だが、完全に戦闘態勢だった
腰が落ちる
重心が整う
視線は目の前の異常現象から一切逸れない
もし自分達の敵だったのならば、すぐに対応できるように
それが当然だった
後ろから小さな笑い声が聞こえる
「えへへ」
トガだった
「なんですか」
「いえー?」
楽しそうだった
いつものことだったからだ
危険が現れれば、黒斗は真っ先に自分を庇い、守ろうとする
自分より先に前に出る
まるでそれが当たり前かのように
トガはそれが嬉しかった
自分のことを何よりも大切にしてくれる。守ろうとしてくれる。自分を選んでくれる
そんな相手は、世界中を探しても一人しかいない
だから、自然と笑ってしまった
しかし、その理由は黒斗には言わない
理由を言ったところで、きっと黒斗は気付いてくれないから
それに、流石に面と向かって口にするのは、少し恥ずかしかったから
実際、黒斗は彼女の笑った意味を理解できていなかった
だが、今はそれどころではない
黒い霧が広がり、渦を巻く
やがて、その中心から一人の人影が現れた
まるで黒い霧が服を着たかのような風貌
その顔?には黄色い目を光らせ、首周りには金属製のガードを装着している
見たことのない男だった
しかし、だからこそ黒斗は警戒を解かず、警戒を強める
ビースト振動波のネットワークにも反応がなかった
つまり、この男は
広範囲に配置しているビースト達の監視網を突破し、現れたことになる
もし自分達の敵だとすれば、危険度は高い
「初めまして」
男は落ち着いた声、かつ紳士的な口調でそう言った
敵意は感じないが、かといって得体の知れない相手。信用もできない
「突然の訪問をお許しください」
黒斗は答えない
代わりに
部屋の隅
床下
廊下
そして、アジト周辺に配置しているビースト達へ命令を飛ばす
もし、この男が敵であるのならば、いつでも動けるように…そして、いつでも殺せるように
男はそれに気付いているのかいないのか、ゆっくりと一礼した
「まずは自己紹介を…」
そして、静かに口を開く
「私はーー」
黒い霧が揺れる
「ーーーー‘‘ヴィラン連合,,の、黒霧と申します」
その瞬間
廃アパートの一室に静寂が落ちた
新たな‘‘出会い,,は
あまりにも突然だった
いかがでしたでしょうか?若干テンポが早いかなとも思いましたが、個人的に話がグダるのは避けたかったので…それと、本作ではトガちゃん(と黒斗)のヴィラン連合加入タイミングを原作より少し早めにしてみました。
理由としては、黒斗が裏社会で便利屋をしており、尚且つその実力や仕事の正確さが既にある程度知られている状況なら、死柄木やAFOがその存在を放置するとは考えにくかったからです(まあ、黒斗をUSJ襲撃編に入れてみたかったという個人的な理由もありますが…)。自分で言うのもなんですけど、黒斗ってただ戦闘能力が高いだけじゃなくて、情報収集・索敵・運搬・潜入等もこなせるっていうかなり有用な人材ですし。
ちなみに現時点でのヴィラン連合の時系列は『USJ襲撃編』の前な為、ステインとはまだ接触していません。
それでは、次回もよろしくお願いします。