最高傑作、野球をする。   作:苦茶。

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野球未経験のせいで握りとか、変化球とか詳しくわかりません……
あってるか怖い( ;∀;)


最高傑作の対抗戦

 

 

滝川・クリス・優から渡されたメニューは、客観的に見て「地獄」と呼ぶにふさわしい代物だった。

 

通常の全体練習が終わった後、グラウンドの隅で行われるそれは、通常の投球練習を一切禁じ、インナーマッスルの微細なコントロールと、下半身の連動性を極限まで高めるための地味で過酷なステップ、そして心肺機能をわざとショートさせるようなインターバル走の繰り返しだ。

 

だが、オレにとっては単なる「決められた数値の消化」に過ぎなかった。

 

「……97、98、99、100……メニュー終了」

 

グラウンドの泥の上に膝をつくこともなく、オレは呼吸を完全に一定に保ったまま、ストップウォッチを止めた。

 

ホワイトルームで課されていた肉体負荷テストに比べれば、このメニューは実によく練られている。肉体を破壊するためではなく、むしろ「140km/hという出力を、いかに少ないエネルギーで、何百球でも再現し続けられるか」という耐久性を高めるための、極めて論理的なプログラムだ。

 

「……本当に、息一つ乱さないな、お前は」

 

物置小屋の前にパイプ椅子を出し、バインダーにオレのタイムを書き込んでいたクリス先輩が、冷ややかな、しかし僅かに鋭さを増した瞳でオレを見た。

 

「提示された数値を正確になぞっているだけです。これ以上のペースアップは、明日のパフォーマンスに支障をきたすため、意図的に出力を九割に抑えています」

 

「……」

 

クリス先輩は何も言わず、ただオレのデータをペンでチェックした。

 

彼はオレの「ストレートしか投げない」という歪なスタイルをまだ認めたわけではない。

 

だが、オレがそのスタイルを維持するために、どんな地味な泥沼の練習であってもマシーンのように正確にこなしてみせるその姿勢に対して、データとしての『信頼性』を認め始めていた。

  

 

 

◆◆◆

 

 

 

「おい! 待てや綾小路ぃーーー!」

 

夕暮れの渡り廊下を歩いていると、背後から凄まじい足音と共に、大声が響いた。

 

肩に大きなタイヤを引きずり、全身汗だくのままオレの前に立ちはだかったのは、同じ一般組の沢村栄純だ。

 

「何か用か、沢村。オレはこれから寮の食堂に向かうところだ」

 

「用は大ありだ! お前、なんでそんな涼しいツラしてんだよ! オレなんか、あのクリス……先輩って人に『投手とは呼べない』って言われて、毎日毎日地味なトレーニングばかり押し付けられてんだぞ!」

 

沢村の目は、悔しさと、上手くいかない現状への「焦り」で燃えていた。

 

彼は片岡監督からクリス先輩を指導者(パートナー)として実質的にあてがわれながらも、その冷徹な態度に激しく衝突している最中だった。

 

「それはお前が、まだ首脳陣の求める最低限の基礎数値を満たしていないからだろ。クリス先輩の提示するメニューに無駄はない。感情的に反発するだけ時間の無駄だ」

 

「な、何だとぉ!? お前、あの人の味方すんのか! 御幸……先輩の野郎も、最近お前のデータを見てニヤニヤしてやがるし……! わけの分からん冷めきったツラして、野球を馬鹿にしてんじゃねぇ! オレは、お前みたいな奴にも、あの先輩にも、絶対に負けねぇからな!」

 

背中に突き刺さる、沢村の叫び。

 

熱いな、と思う。そして、極めて非効率的だ。

 

だが、彼のその「根拠のない熱量」こそが、この青道高校という巨大なエンジンを駆動させる燃料であることも、オレは理解し始めていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

夜の食堂。

 

青道名物の「茶碗三杯の飯」というノルマの前に、多くの一年生が絶望の表情を浮かべていた。

 

オレは、自分の代謝量と明日必要なカロリーを脳内で逆算し、最も喉を通りやすい咀嚼回数と水分の比率を維持しながら、一定のペースで淡々と箸を動かしていた。

 

「よ、綾小路。隣、いい?」

 

トレイを持った御幸先輩が、案の定、意地の悪い笑みを浮かべてオレの対面に腰掛けた。

 

「拒否する権限はオレにはないようですね、御幸先輩」

 

「相変わらず硬いねぇ。あ、そうだ。クリス先輩からお前のデータ、ちょっと見せてもらったんだけどさ」

 

御幸先輩は飯を口に運びながら、声を少し低くした。その眼鏡の奥の目が、捕手としての鋭い光を帯びる。

 

「お前、あの狂ったメニューをやっておきながら、毎日の心拍数の最大値が『135』で完全にロックされてるんだって? クリス先輩が驚いてたよ。普通、最後のインターバル走の後は180近くまで跳ね上がるはずなのに、お前、わざと途中で力を抜いて数値をコントロールしてるだろ」

 

(チッ……。やはりクリス先輩の眼は誤魔化せなかったか。心肺機能の数値を『並の一年生の優秀なレベル』に偽装していたつもりだったが、その数値が毎日『一定すぎる』ことが、逆にマシーンとしての異常性を際立たせてしまったわけだ)

 

「オレの心肺効率が、人より少し優れているだけです」

 

「はいはい、そういうことにしておいてやるよ。だけどさ、綾小路」

 

御幸先輩は箸を止め、オレを真っ直ぐに見据えた。

 

「ストレートしかないお前が、その絶対防衛ラインをいつまで守れるか、オレは楽しみで仕方ないんだわ。近いうちに、1年生と2・3年生の『対抗戦』がある。監督はお前をマウンドに上げる気だ。……そこでも、その冷たいツラが維持できるといいな」

 

対抗戦。

 

その単語が、オレの脳内のスケジュール帳に新しいタスクとして書き込まれた。

 

2、3年生の実戦組。結城先輩のような化け物がゴロゴロいる打線相手に、オレは「MAX140km/hのストレートのみ」という制限を課せられたまま、マウンドに立つことになる。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「――うがぁーーー! プリン! プリンがない!!」

 

夜の20時。5号室のドアを開けた瞬間、地鳴りのような咆哮が鼓膜を震わせた。

 

部屋の中では、巨漢の3年生、増子透先輩が冷蔵庫の前で頭を抱えて絶望していた。

 

この5号室の絶対的な主であり、オレと小湊の同室の先輩だ。

 

普段は寡黙だが、大好物のプリンが絡むと、その感情の出力は沢村をも凌駕する。

 

「増子先輩、落ち着いてください。ボクの分のプリン、まだ残ってますから……あげるので」

 

「む……! 春市……! すまん……! ぬうう、美味い(泣)」

 

ピンク色の髪を揺らしながら、小湊春市が慣れた手付きで増子先輩を宥めていた。

 

すでにこの部屋のパワーバランスは、春市の繊細な気配りによって絶妙にコントロールされている。

 

「あ、おかえり、清隆くん。今日も遅くまでお疲れ様」

 

小湊は増子先輩にプリンを差し出しながら、オレに微笑みかけた。この5号室という「防空壕」の中で、彼だけはオレのことを「清隆くん」と呼び、最小限の信頼を敷いてくれている。

 

「ああ。ただいま戻った、春市」

 

「おいおいおいー! 何のんびり挨拶してんだよ、1年坊主ども!」

 

ガシャアン! と勢いよくドアを開けて乱入してきたのは、2年生のショート、倉持洋一先輩だった。自分の部屋があるにもかかわらず、毎晩のようにこの5号室にやってきては、テレビ画面をプレステの格闘ゲームで占領していく男だ。

 

「よぉ、綾小路! お前、最近Bグラウンドでクリス先輩にしごかれてんだってなぁ! 御幸の野郎も『面白い1年がいる』ってニヤニヤしてたぞ。ほら、飯食ったならさっさとコントローラー持て! 今日こそその冷たいツラを格ゲーで歪ませてやるからよ!」

 

「倉持先輩。オレはこれから、明日のためのストレッチと座学のスケジュールが――」

 

「あぁ? 先輩の命令が聞けねぇのかぁ? ほら、春市も入れ! 今日は3人まとめてボコってやる!」

 

「あはは、清隆くん、これは諦めて付き合うしかないよ」

 

春市が苦笑いしながら、オレに予備のコントローラーを手渡してきた。

 

増子先輩は後ろで「むう、肉……」と呟きながらプリンを咀嚼している。

 

(やれやれ。騒がしいことこの上ないな。ホワイトルームの張り詰めた監視空間とは、あまりにも対極にある、混沌とした部屋の空気……)

 

だが、画面の中で飛び跳ねるキャラクターを、オレは一切の無駄のないフレーム単位の操作で処理しながら、不思議とこの空間に拒絶反応を起こしていない自分に気づいていた。

 

御幸先輩の仕掛ける実戦の罠。

 

沢村がクリス先輩の下で足掻く、泥臭い熱量。

 

そして、この5号室の騒がしくも、妙に落ち着く境界線の内側。

 

「ストレートだけ」という歪な牙を隠し持ち、MAX140km/hの計算式を崩さないまま、オレはこの青道高校という狂熱の渦をどうハッキングしていくか。

 

近づく二・三年生との対抗戦を前に、精密機械の歯車は、周囲のノイズを吸収しながら静かに加速を始めていた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

数日後

 

「集まれ!!」

 

片岡監督の地鳴りのような怒号が、五月の青空が広がるAグラウンドに響き渡った。

 

整列した部員たちの前に、圧倒的な威圧感を持って立つグラサンの指揮官。その鋭い視線が、オレたち一年生の集団を一瞥する。

 

「これより、新入生対2・3年生の上位・控え合同チームによる対抗戦を行う! 1年生にとっては、己の実力をアピールする最大の、かつ唯一のチャンスだ。ここで形を示せぬ者は、二軍への昇格すら認めん!」

 

グラウンドの空気が、一瞬で張り詰めた戦場へと変貌する。 

 

隣では沢村が「しゃあおらぁぁぁ!」と拳を突き上げて咆哮し、降谷はすでにオーラのような熱気を体から立ち上らせている。

 

周囲の一年生たちも、ギラついた目を先輩たちに向けていた。

 

「なお、1年生の先発は降谷。……そして、五回からは綾小路、お前にマウンドを任せる」

 

「……了解しました」

 

オレは感情を挟まず、淡々と頭を下げた。

 

その瞬間、周囲の1年生から、羨望と、それ以上に「なぜ特待生でもないあいつが」という強い猜疑の視線が突き刺さる。

 

入部テストで140km/hを出したとはいえ、変化球も投げられない一般組の男だ。

 

だが、バックネット裏でスコアブックを広げるクリス先輩、そして一塁ベンチでニヤニヤとこちらを見ている御幸先輩の視線だけは、周囲のそれとは全く異なる意味を持っていた。

 

(片岡監督の意図は明確だ。降谷の『圧倒的な力』で上級生の度肝を抜き、その後、オレの『歪な最適化』をマウンドに放り込むことで、2・3年生の対応力と、オレという歯車の耐久値を同時にテストする気だろう)

 

  

 

◆◆◆

 

 

 

試合が始まると、グラウンドは「名門の現実」を容赦なく一年生に突きつけた。

 

先発の降谷は、その圧倒的な球速――140km/前後の剛速球で最初の数イニングこそ上級生をねじ伏せたものの、回が進むにつれて制球を乱し、甘く入った球を2・3年生の鋭いスイングで捉えられ始めた。

 

どれほど球が速くとも、一本調子になれば名門の打線は確実にアジャストしてくる。

 

それが野球という確率のスポーツだ。猛攻を浴び、グラウンドの砂を噛む1年生野手陣。

 

「おい、綾小路」

 

四回の裏、ブルペンでパチン、パチンと軽いキャッチボールをしていたオレの背後に、影が差した。

 

プロテクターを装着した御幸先輩だった。今日は2・3年生側の捕手として出場しているはずの彼が、わざとらしくこちらの様子を覗き込んでいる。

 

「もうすぐお前の番だけどさ、本当にストレートだけで行く気? 向こうのバッター陣、さっきの回で降谷の145km/h超えに完全に目が慣れてきてるぜ。そこにお前の『140km/hジャスト』のストレートを投げたら、格好の餌食だと思うんだけどなぁ」 

 

「問題ありません。オレのストレートは、降谷のそれとは『構造』が違いますから」

 

「へぇ……言ってくれるねぇ」

 

御幸先輩はニヤリと不敵に口元を歪め、マスクを被り直した。

 

「じゃあ、お前がどれだけ正確な機械なのか、俺のミットで、あるいは俺のバットで、徹底的に解剖してやるよ」

 

 

 

◆◆◆

  

 

 

「ピッチャー、降谷に代わりまして、綾小路」

 

マネージャーの澄んだ声がグラウンドに響く。 

 

マウンドへ向かうオレとすれ違いざま、降谷が肩を大きく上下させながら、鋭い視線を送ってきた。

 

「負けない」という無言のメッセージ。

 

彼は、オレがクリス先輩から特別メニューを渡されていたことに、独自の対抗心を燃やしていたらしい。

 

オレはマウンドの土を踏みしめ、軽く周囲を見渡した。

 

バッターボックスに入ったのは、2年生の曲者打者。

 

バックネット裏からはクリス先輩が、ベンチからは片岡監督が、じっとオレの指先を凝視している。

 

(ホワイトルームにおける身体能力テストと、本質的には何も変わらない。風向、マウンドの傾斜、打者の体格、重心の位置、テイクバックの始動タイミング……すべてを網羅し、最適な1球を出力するだけだ)

 

オレはセットポジションに入り、捕手(1年生控えの捕手)のミットを見つめた。サインは、もちろんストレートのみ。

 

(球速は140km/h。コース:アウトロー、ボール半個分の出し入れ)

 

シュッ、と腕がしなる。

 

オレの手から放たれた白球は、降谷のような爆音を立てることもなく、静かに、しかし寸分の狂いもなくキャッチャーミットの真芯へと吸い込まれた。

 

 

「ストライク!!」

 

 

バッターが、ピクリと眉を動かした。

 

降谷の145km/hを見た後だ。数値上は140km/hのオレの球は「遅く」感じるはず。しかし、打者のスイングは完全に空を切った。

 

(当然だ。確かに降谷の球もオレと同じノビのあるストレートだ……しかし降谷のコントロールの悪さ、そしてオレと違い意図して行っていないノビ……この2点でオレと降谷には圧倒的な差が存在する)

 

「ストライク! バッターアウト!!」

 

二者連続の三振。

 

いずれも、ストレートのみ。球速はすべて、140km/hジャスト。

 

グラウンドに、奇妙な静寂が広がり始めていた。派手さはない。

 

だが、打者がなぜか気持ち悪そうに、タイミングを外されて凡退していく。

 

「……なるほどな」

 

ベンチの前で、クリス先輩がスコアブックから目を離し、小さく呟いた。

 

「球速を140km/hに固定しているんじゃない。どんなフォームの乱れ、どんなマウンドの足場の悪さがあろうとも、出力を『140km/h』に正確に制御して再現し続けているんだ。だから打者は、狂いがないがゆえに、自分の感覚のズレを修正できない……。お前が言っていた『最適化』とは、こういうことか、綾小路」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

そして、二死走者なし。

 

ネクストバッターズサークルから、ゆっくりと立ち上がる男がいた。

 

スポーツ眼鏡の奥の目をギラリと光らせ、不敵な笑みを浮かべた男――御幸一也。

 

「あーあ、味方の一年生をいじめるのはその辺にしてくれよ、綾小路」

 

御幸先輩はバットを肩に担ぎ、打席に入ると、オレに向かって明確な挑発の視線を送ってきた。

 

最強の捕手であり、青道屈指の「狙い打ち」の天才。

 

オレの計算式(ストレートしか投げない)を完全に把握している男が、ついに打席に立つ。

 

「すべて140km/hのストレート。コースの出し入れだけで、どこまで俺に通用するか、試してみようじゃねぇか」

 

オレはグローブの中でボールを転がしながら、御幸先輩の構えをスキャンした。

 

ステップの位置、バットの角度、そして何より、オレの「インコース」を完全に狙いきっている微細な筋肉の緊張。

 

彼は、オレが打者を打ち取るために、最もシビアなインハイ(内角高め)を突いてくると踏んでいる。

 

オレはセットポジションに入り、腕を振った。

 

放たれた1球目は、御幸先輩の予測通り、インコース高めへ鋭く突き刺さる。

 

 

パキィィィン!!

 

 

鋭い金属音がグラウンドに響くが、打球は一塁側スタンドへ大きく外れるファウル。

 

御幸先輩はバットをあやしながら、不敵な笑みを深くした。

 

「いいね。完璧に捉えたと思ったけど、やっぱりギリギリでホップしてやがる。だが、今のファウルで軌道は完全にインプットしたぜ?」

 

(読み通り。彼はオレのホップ成分の数値を、今の1球で正確に補正した。次、同じコースに投げれば、確実にスタンドへ運ばれる)

 

2球目。1年生の捕手は、外角低めにミットを構えた。安全圏への要求。

 

だが、オレはあえてそのサインを否定し、再びインコースを要求する。

 

球速は140km/hジャスト。

 

「もらった!!」

 

御幸先輩の目が歓喜に跳ね上がる。バットが完璧な軌道で、インコースの白球を迎え撃つ。

 

 

――しかし。

 

 

スカッ……。

 

空を切るバット。それとほぼ同時に、捕手のミットが乾いた音を立てた。

 

御幸先輩の体が、スイングの勢いのまま僅かに泳ぐ。彼の眼鏡の奥の目が、驚愕に大きく見開かれていた。

 

「な……に……!?」

 

今のはインコースではなかった。インコースから、ほんの数センチだけ「真ん中寄り」にズレた、言わば打者にとって最も絶好球に見えるコース。

 

だが、御幸先輩の脳は、オレが「インコースに完璧なコントロールで投げてくる」という先入観をハッキングされていた。完璧なコントロールの持ち主だと知っているからこそ、僅かな「コースの甘さ」を、自分の感覚のブレではなく、オレの失投だと誤認し、スイングの軌道を自ら歪めてしまったのだ。

 

 

「ストライクツーーー!」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「あはは……やってくれるじゃん、綾小路」

 

御幸先輩はヘルメットの位置を直しながら、低く笑った。その顔からは完全に余裕が消え、一人の純粋な「打者」としての執念が剥き出しになっていた。

 

「わざとコントロールの精度を下げて見せたのか……? いや、違うな。お前は俺の『狙い』を逆手にとって、あえて外したコースに精密に投げ込んだんだ。……恐ろしい1年生だわ、本当に」

 

3球目。

 

追い込んだオレは、静かに呼吸を整える。

 

バックネット裏では、クリス先輩がペンを握ったまま硬直しており、一塁ベンチの片岡監督は、グラサンの奥の目を細めてオレの挙動を凝視している。

 

(最後……140km/hのストレート。これ以上実力を出すのは、オレの『ちょっと出来る一般組』という擬態を完全に崩壊させるリスクがある。だが、ここで御幸先輩に打たれれば、今後の部内での発言権や生存確率が低下する。ならば――)

 

オレの指先が、白球の()()()()沿()()()深くかける。

 

セットポジションから、本日最も美しい連動性を持って腕がしなった。

 

放たれたのは、ど真ん中のストレート。

 

140km/hジャスト。

 

「そこかぁぁぁ!!」

 

御幸先輩が咆哮と共にバットを振り抜く。狂いのないど真ん中。狙い打てないはずがない。

 

バットの芯が、確実に白球を捉える――その直前。

 

ボールが、僅かに「沈んだ」。

 

 

ガキィィィッ!!

 

 

鈍い音が響き、打球は力なくピッチャーマウンドのオレの正面へと転がった。

 

オレは一歩も動かずにそのゴロをグローブで捕球し、一塁手へと軽く送球した。

 

「アウト!! スリーアウト、チェンジ!!」

 

御幸先輩はバットを持ったまま、一歩も走れずにマウンドのオレを凝視していた。

 

「お前……今、握りが違ったな……。変化球じゃない。ただの、意図的な『ツーシーム気味のストレート』だ……!」

 

球種はストレートだけ。球速は140km/hジャスト。

 

だが、オレはその制限の中で、指先のリリースポイントの数ミリの操作だけで、打者の手元で僅かに軌道を変化させる技術を有していた。

 

ホワイトルームで叩き込まれた、弾道力学の極致。

 

「偶然です、御幸先輩。手が滑りました」

 

オレはマウンドを降り、すれ違いざまにそう告げた。

 

御幸先輩は呆然とした後、不敵に、しかし戦慄を隠せない様子でフッと笑った。

 

「嘘をつけ、清隆……。お前、とんでもない化け物だな」

 

ベンチに戻るオレを、片岡監督の鋭い眼光が出迎える。

 

140km/hの絶対防衛ライン。それを1ミリも超えることなく、青道最強の捕手を完璧に手玉に取ってみせた精密機械。

 

熱狂渦巻くグラウンドの片隅で、オレの生存戦略のための計算式は、完全にその正当性を証明していた。

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございます!!

ストックが結構残ってるので、手直ししつつちょこちょこ出していきたいと思ってます
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