Side スカーレット
「グギャアアアアアッ!!」
「グギギギギギギ…ッ!」
「ギョオオオオオオ…!!」
突如として平和だった日常を引き裂くかのように現れた、正体不明の異形の化物達。
彼等はまるで死を恐れぬ
突然と発生した天変地異に燃え盛る森林、極め付けには目の前の異形達。
何がなんだか理解しがたい状況ではありますが、一先ず奴等を迎撃する為にも人が使われていない砦に身を固めます。
異形達はやはり
リズ様のお側を離れぬ様に最低限の距離を心掛ける中、大地を駆ける蹄の音が我々の耳に届きます。
「──いた! クロム団長!」
「この声……ソワレか!?」
我等が自警団の一員でソシアルナイトのソワレ様、相変わらず男勝りで何よりですわ。
困惑するルフレ様にクロム様が彼女に説明しておられると、彼女の後ろから見慣れない御方が一人…。
「待ち賜え」
「…?」
「人生は長く、恋は短い。そう先を急ぐものではないよ……一つお茶でもどうかね、貴族的にね」
「何なんだ…?」
「ふっ……良く聞いてくれた。私は流離の高貴な弓使い、その名も」
「クロム団長、今其方に!」
「ヴィオール──ってちょ、ちょっと待ってくれ賜え! せめて君の名を教えてくれ賜え!」
「クロム自警団のソワレだ……」
何やら高貴な殿方のようですが、妙に胡散臭く聞こえてソワレ様は青筋を浮かべておられます。
ですがヴィオールと言う貴族の子息などイーリスでは聞いた事がありませんが、もしかするとイーリスの外から参られたかも知れませんね。
そのヴィオール様はソワレ様に求婚してらっしゃいますが、それは逆に精神を逆撫でするようでソワレ様は激昂してしまいます。
ヴィオール様はソワレ様にズタボロにされながらも一緒に連れて行って欲しいと懇願し、御本人はバツ悪そうに許可致します。
行軍しながら異形達を退け、私《わたくし》達は彼女達と合流します。
「ソワレ…!」
「クロム! 副長にリズ!」
「
「いやスカーレット、君は充分強いから心配する必要はないだろう」
確かにそうですが、少し傷つきます。
「ところで其方の彼は?」
「彼はルフレ様、記憶喪失中の軍師ですわ」
「ははは……どうもよろしくお願いするよ」
「記憶喪失とは穏やかじゃないけど……成程、もしイーリス聖王国に軍師として迎えたらボク達も大助かりだね」
一目見ただけでルフレ様に悪意を感じないと察し、微笑みを浮かべてソワレ様は槍を振るって異形達に立ち向かいます。
「俺達も続くぞ!」
「畏まりました……ルフレ様、御指示は如何様に?」
「クロムはリズと共に東から、スカーレットとフレデリクは西から行軍してくれ。ソワレは相手の注意を逸らして欲しい」
指示を出すルフレ様に異形の一体が迫りますが、何処からか飛んできた一本の矢が脳天に刺さります。
矢が飛んできた方向を向いてみると、其方には弓矢を異形共に向けるヴィオール様の御姿がありました。
「聞いてくれ給え諸君、私は高貴な弓の使い手。弓は離れた敵に攻撃出来る……近付かず戦う、それが貴族の戦い方だ」
「近付かず戦うって、痛い思いをするのが嫌なだけじゃないかい?」
ソワレ様の皮肉な言葉に冷汗を流しつつ、ヴィオール様は弓の弦から矢を手放し……放たれた矢は異形共を射抜いていきます。
言動は兎も角、異形共の攻撃から巧みに逃れては弓矢を駆使して戦う彼の勇姿は見事な腕前でありました。
彼の手慣れた弓の扱いに感心しつつ、
「失礼します」
前方ではフレデリク様が剣を振るって捩じ伏せ、周囲を見渡せばリズ様を守りながらクロム様が、ヴィオール様を援護する形で(若干不服そうな顔で)ソワレ様が次々と異形共を蹴散らしていきます。
あれだけ群がっていた異形は残るは一体だけになりましたが、その異形は重々しい
真面に受けてしまえば肉塊にされると言う想像を浮かべつつ、我々はあの
「サンダー!」
ルフレ様が魔導書から雷を放ち、真面に受けて痺れた異形の手から
それを皮切りにクロム様の剣技、フレデリク様とソワレ様の槍術、ヴィオール様の弓矢、そしてルフレ様のサンダーが決まっていきます。
度重なる攻撃に異形は仰向けに倒れ、他の者達と同様に霧散していきました。
まだ異形達が残っているのかと思い警戒しますが、其処へ「化物達はもういないよ」と言う声が掛かります。
振り返った先には一人の人物がおられました。顔を仮面で隠し、青を基調とした装いに美しい剣を持つ御方。
何処か清廉された雰囲気があり、動きに無駄がないように思えます。
リズ様は彼……或いは彼女?に助けられたらしく、その人物に向けてお辞儀致します。
「俺も礼を言わせてもらう。俺はクロム、あんたの名前を聞いてもいいか?」
クロム様に問われ、その人物は何処か躊躇う様子で名乗ります。
「………マルス。僕の名はマルスだ」
「え…?」
「な、なんだって…!?」
紡がれたその名に
マルス……その名は何百年以上も昔の時代、世界を恐ろしい闇から救った古の英雄王。
そんな偉大な人物と同じ名を持つ彼?はまさに名に恥じない剣の腕前で、あの不気味な異形達に対して臆することなく斬り伏せておりましたわね。
マルス様は我々に対し、何やら予言めいた忠告を告げました。
「この世界に大きな災いが起きようとしている」
今回の件はその予兆に過ぎず、それだけ告げて何処かへと去っていくマルス様。
リズ様が呼び止めるのも聞かず、彼?は森の奥へと消えていきます。彼?の事も気になりますけれど、今は一刻も早く王都への帰還を優先するべきでしょう。
「と言う事はソワレ様、もしかして
「まあそう言う事さ。君達を迎えに行ってこいと命じられて馬を走らせたんだけど、まさかこんな事態に巻き込まれるとはね」
「ふっ……流石はソワレ君、この様な光景に動じないとは……それでこそ私の妻に相応しい──」
「さてと、そろそろ行くよ。今から馬を走らせれば王都には朝までに到着する筈だ」
「ではご同伴致しましょう」
「わーい!」
「ではクロム様、ルフレ様、私の後ろに」
「あ、ちょ、ま、待ってくれ給え〜!!」
ソワレ様の馬にリズ様、フレデリク様の馬にクロム様とルフレ様が跨って走り出しました。
Side ルフレ
晴れやかな青空の下、僕は連れられるがまま人々が通る大きな都を歩く。
此処はイーリス聖王国の王都で、クロム達の後をついていく。
人々が平和に日常を享受する中でリズは王都が無事だった事に安堵、フレデリクはあの天変地異は森の中で限定的に起こったと推測。
「おお……エメリナ様じゃ…!!」
街の人が声を上げ、僕達はその方向へと視線を向けた。
其処には麗しい高貴な女性が街中を歩き、その女性に人々が崇める様に声を上げる。
フレデリク曰く、彼女はエメリナ……イーリス聖王国の聖王──つまりこの国の統治者だ。
何故この国の王が人前に姿を見せるのか、聖王はこの国にとって平和の象徴で、古の時代において世界を破滅させようとした邪竜を神竜の力によって討ち倒した英雄……初代聖王の姿を人々は彼女に重ねているらしい。
ペレジア王国との関係で緊張感が高まり、人々が不安に思う中であのように表に姿を見せて彼等の心を静めているそうだ。
「エメリナ様は慈悲深くて素敵な御方です。同時に我々の心の拠り所でもありますわ」
「そうか……良い王がいてくれて、この国の人々は幸せだね」
「えへへー! でしょー! でしょでしょー? だってわたしのお姉ちゃんなんだもんね!」
「へえ……リズの……ん?」
サラッと零れた言葉に僕はリズとクロム、人々に微笑み掛けるエメリナ様を交互に見る。
確かにリズとエメリナ様の髪色は似ている。クロムとリズが聖王様の弟妹、つまりこの国の王子と王女って事!?
「あら…?
「成程……君らは礼儀を弁えているとは思ったが、そう言う事だったようだね」
「ええ!? だって二人共、自警団だって…!」
「王族が自警団をやって悪い法はない」
今更ながら僕は王族に対してぞんざいな口調で話していた事に気付き取り繕うが、本人達から自然体で構わないと言い渡される。
「あ……フレデリクやスカーレットが丁寧なのはクロム達が王族だから…?」
「いえ、私は誰に対してもこのような感じです」
「
「おい、本人の前でよく言えるな」
丁寧ながらクロムを躊躇なく罵れるスカーレットに冷汗を覚えるが、本人はそれ程気にしていない様子を見ると手慣れているみたいだ。
エメリナ様が王城に戻られる様子だった為、クロムに促されて僕達はイーリスの王城へと向かう。
これはまだほんの序の口に過ぎなかった、これから始まる運命に争う物語の一歩だと言う事に…。