薬師アレンとエルフのリズレ   作:ルゥー創作するのは間違っているだろうかー

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薬師アレンとエルフのリズレ

雨が降っていた。

 

街外れの石畳を、ひとりの青年が急ぎ足で歩いている。

 

名はアレン。

 

辺境で薬師をしている男だった。

 

背中の革箱には薬草、包帯、乾燥した花、すり鉢、毒消し。剣は持たない。魔法もほとんど使えない。ただ、人を治す知識だけを持っていた。

 

その夜、彼は山道で奇妙なものを見つけた。

 

倒れている女。

 

銀色の長い髪。

泥に汚れた外套。

裂けた耳。

 

アレンは驚く

エルフだった。

 

 

 

しかも、ひどい有様だ。

 

肩は焼け焦げ、腕には獣の爪痕、呼吸は浅い。まるで戦場から這って逃げてきたようだった。

 

アレンは周囲を警戒した。

 

「……魔物は?」

 

返事はない。

 

女は意識を失っている。

 

普通なら関わらない。

エルフは人里を嫌う種族だし、面倒事の匂いしかしない。

 

だが、アレンはため息をついた。

 

「放っておいたら死ぬな、これ」

 

彼は彼女を背負い、小さな薬屋へ連れ帰った。

 

 

翌朝。

 

エルフの女は目を覚ました。

 

木造の天井。

薬草の匂い。

煮込み鍋の湯気。

 

そして、椅子で眠る青年。

 

女は反射的に起き上がろうとして――激痛で崩れ落ちた。

 

「ぐっ……!」

 

「起きるな」

 

アレンが片目を開けた。

 

「縫った傷が開く」

 

女は鋭い目で彼を睨む。

 

「……お前、人間か」

 

「見ればわかるだろ」

 

「なぜ助けた」

 

「薬師だから」

 

「答えになっていない」

 

「死にそうなのを見たら治す。それだけだ」

 

女はしばらく黙った。

 

その沈黙には警戒と、困惑が混じっていた。

 

"この男に身体中触れられたのか"

"あのままでは間違いなく死ーーー"

 

「お前、回復魔法は扱えるのか?」

 

溜息を吐きながら呟く

「そんなの...できるならやってる」

 

 

「そうか。どっちにしろお前、魔力の巡りも悪くなってるし暫くはゆっくりしていけ」

やがて彼女は低く言った。

 

「……リズレ」

 

「ん?」

 

「私の名前だ」

お前と呼ばれるのは、嫌と愚痴るリズレにアレンは微笑む

 

「アレン」

 

短いやり取りだった。

 

だが、それが始まりだった。

 

 

雨は三日続いた。

 

山道はぬかるみ、薬屋の窓を叩く雨音だけが静かに響いている。

 

リズレは寝台に横になったまま、ぼんやりと天井を見つめていた。

 

傷はまだ痛む。

熱も少し残っている。

 

だが、それ以上に落ち着かなかったのは、この場所そのものだった。

 

人間の家。

 

エルフである自分が、こんな狭い空間で誰かに介抱されている。その事実が妙に現実感を持たない。

 

奥ではアレンが薬草を刻んでいた。

 

乾いた葉を砕く音。

鍋の煮える音。

時折、紙に何かを書きつける羽根ペンの音。

 

静かだった。

 

拍子抜けするほどに。

 

「……逃げないのか」

 

不意にリズレが言った。

 

アレンは手を止めずに答える。

 

「誰が?」

 

「私から」

 

「なんで?」

 

「エルフだぞ」

 

「知ってる」

 

「人間を嫌う種族だと」

 

「偏屈って噂は聞くな」

 

リズレは眉をひそめた。

 

普通ならもっと警戒する。

怯えるか、媚びるか、あるいは利用価値を探る。

 

だがアレンは違った。

 

興味はあるのだろうが、踏み込まない。

 

それが逆に調子を狂わせる。

 

「……変な男」

 

「よく言われる」

 

淡々と返され、リズレは口を閉ざした。

 

しばらくして、アレンが椀を持って近づいてくる。

 

「飲め」

 

薬湯だった。

 

鼻を刺す苦味の匂いに、リズレの耳がぴくりと動く。

 

「毒じゃないでしょうね」

 

「毒ならもっと高く売る」

 

「冗談に聞こえない」

 

「薬師だからな」

 

リズレは渋々それを受け取った。

 

指先が触れかけて、ほんの一瞬だけ止まる。

 

アレンの手は温かかった。

 

その感触に、なぜか妙に意識が引っ張られる。

 

戦場では何度も誰かに触れられてきた。

傷を押さえられ、引きずられ、血まみれの手で掴まれた。

 

だが、こんなふうに穏やかに触れられた記憶は少ない。

 

リズレは無言で薬湯を飲んだ。

 

苦い。

 

顔をしかめると、アレンが少し笑う。

 

「効くだろ」

 

「まずい」

 

「効く薬は大体まずい」

 

「最低ね」

 

「知ってる」

 

またそれだ。

 

この男は、妙に受け流す。

 

怒鳴られても動じず、睨まれても距離を変えない。

 

まるで野良猫でも相手にしているみたいだった。

 

リズレは椀を返しながら、小さく息を吐いた。

 

「……ねえ」

 

「ん?」

 

「どうしてそんなに平然としてる」

 

アレンは少し考えてから答えた。

 

「怪我人だから」

 

「は?」

 

「今のお前、牙剥く元気もないだろ」

 

リズレは反射的に睨み返した。

 

だが否定できない。

 

その沈黙を見て、アレンは肩をすくめる。

 

「安心しろ。いくらエルフだからって怪我人を襲ったりしないし治るまでは追い出さない」

 

「……恩着せがましい」

 

「ちゃんと恩人だからな」

 

その言葉に、リズレは視線を逸らした。

 

胸の奥が妙にざわつく。

 

助けられた。

 

守られた。

 

それを認めるのが、少しだけ悔しかった。

 

 

 

数日後。

 

リズレは店の窓辺に座り、外を眺めていた。

 

包帯だらけの身体。

それでも美しかった。

 

エルフ特有の整った横顔は、どこか疲れている。

 

アレンは薬を調合しながら聞いた。

 

「何と戦った?」

 

リズレは沈黙した。

 

やがて答える。

 

「ケルベロス」

 

アレンの手が止まる。

 

「……冗談だろ」

 

「冗談ならよかった」

 

リズレは淡々としていた。

 

だが、その目には焼きついた恐怖が残っていた。

 

「封印は壊れた。私は止めに行った」

 

「一人で?」

 

「他は死んだ」

 

部屋が静かになる。

 

薬草を煮る音だけが響いた。

 

アレンは頭を掻く。

 

「可愛くて綺麗なエルフってもっと優雅に生きてるもんだと思ってた」

 

「偏見だな」

 

「否定は?」

 

「しない」

 

リズレは少しだけ笑った。

 

初めて見せた表情にアレンはドキッとした。

本気で可愛いんだけど...

 

その夜。

 

リズレは悪夢で目を覚ました。

 

炎。

咆哮。

仲間の悲鳴。

 

身体が震える。

 

呼吸が乱れる。

 

すると、机の向こうから声がした。

 

「飲め」

 

アレンが温かい薬湯を差し出していた。

 

「眠り草と蜂蜜を入れた。少し楽になる」

 

リズレは黙って受け取る。

 

湯気が冷えた指を温めた。

 

「……お前は変な人間だな」

 

「よく言われる」

 

「見返りも求めない」

 

「薬師だからな」

 

「またそれか」

 

アレンは笑った。

 

「じゃあ訂正する。困ってるやつを放っておくと後味が悪い」

 

リズレは薬湯を飲み、静かに目を閉じた。

 

温かかった。

 

戦いの後、こんな風に誰かに世話をされたことなど、一度もなかった。

 

だから少しだけ困った。

 

胸の奥が、妙に静かになる。

 

それが何なのか、彼女にはまだわからなかった。

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