薬師アレンとエルフのリズレ 作:ルゥー創作するのは間違っているだろうかー
夜半、雨が止んだ。
静まり返った薬屋の中で、リズレは浅い眠りに沈んでいた。
夢を見ている。
暗い森。
血の臭い。
焼けた木々。
誰かが叫んでいる。
エルフの言葉だった。
逃げろ、と。
振り返った瞬間、黒い影が飛びかかる。
牙。
爪。
裂ける肉。
仲間の喉から血が噴き出した。
「――っ!」
リズレは走った。
息が切れる。
肺が焼ける。
後ろから聞こえる悲鳴を無視して、ただ走るしかなかった。
助けられなかった。
守れなかった。
自分だけが生き残った。
「いや……っ」
夢の中で、誰かが腕を掴む。
敵だ。
反射的に短剣を抜く。
斬る。
殺される前に。
その瞬間――
「リズレ」
低い声が響いた。
彼女ははっと目を開く。
暗い室内。
揺れるランプの火。
荒い息。
そして、自分の手には短剣。
切っ先の先には、アレンの喉があった。
空気が凍る。
リズレの呼吸が止まった。
アレンは椅子に座ったまま動かない。
驚いてはいた。
だが、騒いではいない。
「……夢か」
静かな声だった。
リズレの指先が震える。
自分が何をしたのか理解した瞬間、背筋が冷えた。
「私は……」
声がうまく出ない。
もし少しでも深く振っていたら。
もし本当に斬っていたら。
アレンは死んでいた。
リズレはゆっくり短剣を下ろした。
手が震えて止まらない。
「悪い」
ようやく絞り出した声は掠れていた。
アレンは首元を軽く触る。
薄く赤い線がついている。
それだけだ。
「浅いな」
「そういう問題じゃ……」
「問題にはなってない」
淡々と返され、リズレは言葉を失う。
普通なら怒鳴る。
武器を向け返す。
叩き出されても文句は言えない。
なのにアレンは、まるで熱でも測るみたいな顔をしていた。
「……慣れてるのか」
「怪我人の寝言には」
「短剣向けられるのが?」
「それは初めてだな」
そこで初めて、アレンが少し笑った。
力の抜けるような、小さな笑いだった。
リズレは目を伏せる。
胸の奥が痛かった。
夢の恐怖じゃない。
自分自身への嫌悪だった。
「……出ていく」
ぽつりと呟く。
「これ以上いたら、そのうち本当に――」
「歩けるようになってからにしろ」
即答だった。
リズレが顔を上げる。
アレンは薬瓶を棚へ戻しながら続けた。
「今のお前、階段降りるだけで傷開くだろ」
「でも」
「それに」
アレンは少しだけ視線を向けた。
「起きた時、ここがどこかわかってた」
リズレは息を呑む。
「完全に錯乱してたなら、もう刺してる」
静かな言葉だった。
責めるでもなく、慰めるでもなく。
ただ事実を置くみたいに。
「……だから大丈夫だ」
その一言が、妙に胸に残った。
リズレはゆっくりと短剣を置く。
指先から力が抜けていく。
怖かった。
まだ、夢は消えない。
閉じた瞼の裏には、今でも炎と血が焼き付いている。
それでも。
薄暗い薬屋の中で聞こえる薬草を刻む音が、不思議なくらい現実を引き戻してくれた。
ここには敵はいない。
少なくとも今は。
リズレは膝を抱え、小さく息を吐いた。
そして初めて、自分から言った。
「……少しだけ、ここにいる」