薬師アレンとエルフのリズレ 作:ルゥー創作するのは間違っているだろうかー
朝、薬屋に焦げ臭い匂いが充満していた。
リズレは眉をひそめながら目を開ける。
「……何」
嫌な予感しかしない。
寝台から身体を起こすと、奥の台所から物音が聞こえた。
鍋が鳴る音。
木匙がぶつかる音。
そして、小さな舌打ち。
リズレはゆっくり立ち上がった。
まだ傷は痛むが、歩けないほどではない。
壁に手をつきながら台所を覗き込み――固まった。
鍋が黒かった。
正確には、中身が。
どろりとした黒い液体が煮えている。
しかも煙まで出ていた。
「……お前、何を作ってるの」
アレンは真顔で答えた。
「スープ」
「嘘つけ」
リズレは即座に言った。
薬ならまだわかる。
毒なら納得できる。
だが、食べ物と呼ぶにはあまりにも終わっている。
アレンは少し不満そうに鍋を見た。
「昨日は普通だったんだが」
「昨日も微妙だったわよ」
「傷にいい薬草入れた」
「それ料理に使う量じゃないでしょ……」
リズレは額を押さえた。
この男、薬の知識は本物だ。
包帯も縫合も驚くほど正確だった。
なのに。
「どうして料理だけ壊滅的なのよ」
「火加減がよくわからん」
「そこから!?」
思わず声が大きくなる。
アレンは真剣な顔で鍋を見つめていた。
その姿が妙におかしくて、リズレは口元を押さえる。
だめだ。
笑う場面じゃない。
こんな黒い物体を前にしているのに、なぜか笑いが込み上げてくる。
アレンが振り返る。
「なんだ」
「いや……その……」
耐えきれなかった。
「ふ、っ……あはは……!」
小さな笑いが漏れる。
そこから止まらなくなった。
肩が震える。
傷が痛むほど笑ったのは、いつ以来かわからない。
アレンは呆れた顔をした。
「そんなに面白いか」
「だって……っ、薬師のくせに……!」
「薬と料理は別だ」
「別すぎるでしょ……!」
涙まで滲む。
リズレは息を整えながら壁にもたれた。
笑ったせいで胸の奥が少し軽い。
ここ数日、ずっと身体の中に張りついていた重苦しさが、ほんの少しだけ剥がれた気がした。
アレンは鍋を見下ろし、少し考える。
「……食うか?」
「絶対嫌」
即答だった。
その反応に、アレンが珍しく吹き出す。
短い笑い声。
リズレは目を瞬いた。
初めて見た。
この男が、こんなふうに笑うのを。
静かな薬屋に、二人分の笑い声が混ざる。
窓の外では、数日ぶりの日差しが差し込んでいた。
雨はもう止んでいる。
リズレはその光をぼんやり見つめた。
まだ傷は治りきっていない。
追手の不安も消えていない。
悪夢だって、また見るかもしれない。
それでも。
この場所にいる時間は、不思議と嫌ではなかった。
「……貸しなさい」
「ん?」
「鍋。見てらんない」
アレンが眉を上げる。
「料理できるのか」
「お前よりはマシ」
リズレは袖をまくった。
アレンは少しだけ場所を空ける。
狭い台所で肩が触れそうになる。
だが今度、リズレは避けなかった。
ただ鍋を覗き込み、深いため息をつく。
「……これ、もう救えないわね」
「そうか」
「諦めが早いのよ」