薬師アレンとエルフのリズレ 作:ルゥー創作するのは間違っているだろうかー
昼過ぎ、薬屋の扉が強く叩かれた。
コン、コン、コン――ではない。
乱暴な音だった。
リズレの手が止まる。
鍋をかき混ぜていた木匙がわずかに震えた。
アレンは平然と立ち上がる。
「客だろ」
「……違う」
リズレは低く言った。
空気でわかる。
追う側の音だ。
規則的で、遠慮がない。
森で何度も聞いた。
獲物を探す足音。
再び扉が叩かれる。
「薬師! いるか!」
男の声だった。
リズレの背筋が凍る。
知っている声ではない。
だが、同類だ。
彼女を探している側の人間。
反射的に腰へ手を伸ばし――武器がないことを思い出す。
傷もまだ完全じゃない。
逃げ切れない。
アレンはそんな彼女を一瞥した。
「奥行ってろ」
「でも」
「患者だろ」
静かな声だった。
リズレは唇を噛む。
こんな時まで、こいつは変わらない。
アレンは扉を開けた。
外にいたのは三人。
革鎧を着た男たちだった。
傭兵か、狩人か。
腰には剣。
泥だらけの靴。
目だけが妙に鋭い。
「何の用だ」
アレンが聞く。
男のひとりが紙を広げた。
描かれているのは、銀髪の女。
雑な似顔絵だが、リズレだとわかる。
「この女を見なかったか?」
奥で息を殺していたリズレの指先が強く握られる。
やはり来た。
思ったより早い。
アレンは紙を見て、それから男を見る。
「知らん」
即答だった。
男は目を細める。
「本当に?」
「うちは薬屋だ。怪我人なら来るが、エルフは見てない」
嘘をつくのが上手かった。
声も顔色も変わらない。
男たちは店の奥を覗こうとする。
その瞬間、アレンが半歩だけ前へ出た。
さりげない動き。
だが通さない意思は明確だった。
「勝手に入るな。薬品がある」
「怪しいな」
「怪我でもしたか? なら診るが」
アレンは淡々と続ける。
調子が変わらない。
挑発も怯えもない。
それが逆にやりづらいのか、男たちは顔を見合わせた。
やがて舌打ち。
「……行くぞ」
三人は去っていく。
足音が遠ざかるまで、アレンは扉を閉めなかった。
完全に静かになってから、ようやく息を吐く。
「もういいぞ」
リズレはゆっくり奥から出てきた。
顔色が悪い。
自分でもわかるくらい、身体が冷えていた。
「……どうして」
「ん?」
「どうして庇った」
アレンは不思議そうな顔をする。
「追われてるんだろ」
「だからよ」
リズレは睨むように言った。
「面倒に巻き込まれるってわかってるのに」
アレンは少し考える。
そして肩をすくめた。
「今さらだな」
「は?」
「最初に拾った時点で遅い」
あまりにも自然に言われ、リズレは言葉を失う。
アレンは棚から薬瓶を取り出す。
「それに、お前」
「……何」
「逃げる時の顔してなかった」
リズレの胸が小さく詰まった。
あの時、自分は怖がっていた。
戦う覚悟でも、逃げる覚悟でもなく。
ただ、この場所を失うのが怖かった。
それを見抜かれた気がした。
アレンは薬瓶を机へ置く。
「だから残れ」
短い言葉。
けれど不思議なくらい真っ直ぐだった。
リズレは視線を落とす。
胸の奥が、また静かにざわついていた。