薬師アレンとエルフのリズレ   作:ルゥー創作するのは間違っているだろうかー

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英雄

 

雨は止んでいた。

 

けれど山の空気はまだ湿っていて、薬屋の戸の周りだけが静かに重たく沈んでいる。

 

戸が叩かれた。

 

「開けるわよ」

 

落ち着いた声。

 

アレンが立ち上がるより早く、リズレの耳が反応する。

 

知っている気配だった。

 

扉が開く。

 

入ってきたのはシェリアだった。

 

外套は整っていて、無駄のない動きで室内へ入る。視線はまずリズレ、次にアレン、そして薬屋全体へと流れる。

 

「生きてたのね」

 

それが第一声だった。

 

アレンは短く答える。

 

「見ての通りだ」

 

リズレは寝台から視線を上げる。

 

「……何しに来た」

 

「治療と確認」

 

シェリアは迷いなく言う。

 

アレンが静かに眉をひそめる。

 

「まだ治療が必要か?」

 

「必要」

 

一言で終わらせるように言って、シェリアはリズレのそばへ歩く。

 

リズレは身構える。

 

「もう動ける」

 

「動けるだけで治ってはいない」

 

シェリアはそう言うと、手を軽く上げた。

 

次の瞬間、空気が変わる。

 

淡い光が指先から落ちるように広がり、静かに部屋を満たしていく。

 

派手さはない。ただ“整える”だけの力。

 

焼けた肩の奥に残っていた違和感が、少しずつほどけていく。

 

裂けた筋肉の痛みが薄れていく。

 

呼吸が自然に深くなる。

 

リズレの喉が小さく鳴る。

 

「……これは」

 

アレンが目を細める。

 

「高位の回復魔法か」

 

「そう」

 

シェリアは短く答える。

 

余計な説明はない。

 

光はしばらく続き、やがて静かに消える。

 

部屋にはいつもの薬草の匂いだけが戻った。

 

リズレは腕を動かす。

 

明らかに軽い。

 

だが完全ではない。

 

「全部は治ってない」

 

「当たり前」

 

シェリアは即答する。

 

「戦場の損傷を一度で全部戻すのは、身体が耐えない」

 

アレンが小さく息を吐く。

 

「それでも十分だな」

 

シェリアは頷いた。

 

そして視線を変える。

 

「それで本題」

 

空気が少し変わる。

 

リズレが目を細める。

 

「何だ」

 

シェリアは淡々と言った。

 

「封印の件、結論が出た」

 

アレンが反応する。

 

「どうなった」

 

シェリアは一拍置く。

 

「“封印を止めたのはリズレ”として公式記録になった」

 

沈黙。

 

鍋の火が小さく鳴る。

 

リズレの声は低い。

 

「私は止めていない」

 

シェリアは否定しない。

 

ただ事実だけを積み上げる。

 

「でも封印は崩壊しなかった」

 

「その瞬間、現場にいたのはあなた」

 

アレンが静かに言う。

 

「結果だけが残ったか」

 

「そう」

 

シェリアは頷く。

 

「現場で観測されたのは、“崩壊の流れが一瞬だけ収束した現象”」

 

リズレの眉がわずかに動く。

 

「私は何もしていない」

 

「知ってる」

 

シェリアは即答する。

 

「でも傭兵3人の証言と似顔絵つきで記録はそうなっている」

 

沈黙。

 

アレンが低く言う。

 

「ここに来たのはそいつらか、厄介だな」

 

「うん」

 

リズレも短く同意すると視線を落とす。

 

戦場では何度も理不尽を見た。

 

だがこれは違う。

 

自分の行動ではなく、自分の“結果だけ”が固定されていく感覚。

 

シェリアは静かに続ける。

 

「もう訂正はできない。公式記録が出てる」

 

アレンが小さく息を吐く。

 

「英雄扱いか」

 

「そう」

 

リズレは低く言う。

 

「私は英雄じゃない」

 

シェリアは否定しない。

 

ただ事実を置く。

 

「でも、そう記録された」

 

外では、雲の切れ間から光が差し始めていた。

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