倦怠期夫婦中学生(仮題)   作:全肯定逆張りおじさん

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第七話 妃花ちゃんは看病という大義名分を手に入れた

 朝。

 

 教室に入った瞬間、佐伯さんがワタシを見て、固まった。

 

「……妃花ちゃん」

 

「おはよう、佐伯さん」

 

「お、おはよう」

 

「今日も良い天気ね」

 

「うん。曇ってるけど」

 

「ええ。湿度も適度。気温も悪くない。校舎内の空気も落ち着いているわ」

 

「え、怖」

 

 失礼な。

 

 何が怖いのか。

 

 ワタシはいつも通り、朱色のインテークツインテールを青紐リボンで結び、眼鏡をかけ、制服をきちんと着ている。

 

 鞄も丁寧に置いた。

 

 机も壊していない。

 

 ロッカーも無事。

 

 窓ガラスも無事。

 

 非常に平和な朝である。

 

 ただ一つ、いつもと違うことがあるとすれば。

 

 金田君がいない。

 

 金田君は今朝、熱を出した。

 

 それだけである。

 

「妃花ちゃん」

 

 佐伯さんが、恐る恐る聞いてきた。

 

「金田君、今日休み?」

 

「ええ」

 

「風邪?」

 

「三十八度二分」

 

「詳しい」

 

「朝、金田君のお母様から連絡をいただいたわ」

 

「へえ……心配だね」

 

「ええ」

 

 ワタシは頷いた。

 

 心配だ。

 

 ものすごく心配だ。

 

 金田君が熱を出すなんて、由々しき事態である。

 

 金田君は普段、ワタシの手が赤いとか、ココアが熱いとか、ロッカーが弱いとか、余計なところばかり見ている。

 

 自分の体調管理もそれくらい見なさいという話だ。

 

 まったく。

 

 腹立たしい。

 

 非常に腹立たしい。

 

 そして。

 

 今日、放課後、ワタシは金田君の看病に行く。

 

 合法的に。

 

 堂々と。

 

 正式な理由を持って。

 

 夫の介護を。

 

 いや、夫ではない。

 

 中学生。

 

 でも契約上は。

 

「妃花ちゃん」

 

「なにかしら」

 

「なんか……機嫌いい?」

 

「そう見える?」

 

「めちゃくちゃ見える」

 

 周囲のクラスメイトが、じわじわとこちらを見ていた。

 

 山岸君が、パンをくわえたまま言う。

 

「金田が熱出して休んでんのに?」

 

「だからよ」

 

「だから?」

 

「看病できるでしょう」

 

 教室が静かになった。

 

 佐伯さんが、ゆっくり瞬きをした。

 

「妃花ちゃん」

 

「ええ」

 

「それ、声に出して大丈夫なやつ?」

 

「当然よ。病人を看病するのは人として正しい行いでしょう」

 

「いや、そうなんだけど」

 

「しかも金田君は、日頃からワタシの世話を焼きすぎている」

 

「うん」

 

「今日はワタシが正当に世話を焼く番よ」

 

「正当に」

 

「合法的に」

 

「合法的」

 

「誰にも止められないわ」

 

 山岸君が、隣の男子に小声で言った。

 

「金田、逃げろ」

 

 聞こえている。

 

「山岸君」

 

「はい」

 

「病人に逃げろとは何事?」

 

「いや、なんか危機を感じて」

 

「安心なさい。ワタシは料理ヨシ、洗濯ヨシ、手芸ヨシ、掃除ヨシ、成績ヨシよ」

 

「フィジカルが測定不能なんだよなあ」

 

「病人に暴力は振るわないわ」

 

「病人以外には?」

 

「状況によるわ」

 

「こわ」

 

 佐伯さんが、両手を合わせて言った。

 

「でも妃花ちゃん、移るかもよ?」

 

「それについては対策済みよ」

 

 ワタシは鞄からメモ帳を取り出した。

 

 昨日、いや今朝から作った看病計画である。

 

「マスク、消毒、換気。接触は最低限。ただし必要な介助は行う。食事は消化に良いもの。水分補給。熱が上がるようなら再度ご家族に報告。ワタシは長居しすぎない。以上」

 

「完璧じゃん」

 

「当然よ」

 

「でも、なんでそんなに嬉しそうなの?」

 

 ワタシは眼鏡を押し上げた。

 

「嬉しいわけではないわ」

 

「えっ」

 

「金田君が苦しんでいるのだから、嬉しいはずがないでしょう」

 

「うん」

 

「ただ、金田君が普段ワタシにしている過剰な世話焼き行為を、今日はワタシが正論で返せるだけよ」

 

「嬉しそう」

 

「嬉しくないわ」

 

「顔が」

 

「これは決意よ」

 

「絶対嬉しいやつだ」

 

 教室の空気が、なんとも言えないものになっていた。

 

 引いている。

 

 明らかに引いている。

 

 だが、かまわない。

 

 今日のワタシには、大義名分がある。

 

 病人の看病。

 

 しかも相手は金田君。

 

 普段、ワタシが少し手を赤くしただけで「冷やす?」と言う男。

 

 ココアが少し熱いだけで「気をつけて」と言う男。

 

 ワタシが怒って本家に帰れば、迎えに来る男。

 

 今日は、ワタシが言う番だ。

 

 寝てなさい。

 

 水を飲みなさい。

 

 汗を拭きなさい。

 

 着替えなさい。

 

 薬は飲んだの?

 

 熱は何度?

 

 ワタシがやるから。

 

 大人しくしてなさい。

 

 なんて素晴らしい響き。

 

 いや、嬉しくない。

 

 心配だ。

 

 とても心配だ。

 

「妃花ちゃん」

 

 佐伯さんが、そっと言った。

 

「今、めちゃくちゃ笑ってる」

 

「笑ってないわ」

 

「口元が」

 

「金田君がいないから確認する人がいないだけよ」

 

「そこ金田君の担当なんだ」

 

「夫婦なので」

 

「病欠でも通常運転だ……」

 

     *

 

 昼休み。

 

 ワタシは弁当を開いた。

 

 今日は卵焼きをいつもより少し甘めにしてある。

 

 金田君の好きな味。

 

 だが、金田君はいない。

 

 つまり、この卵焼きを食べる相手がいない。

 

 それは少し寂しい。

 

 少しだけ。

 

 ほんの少し。

 

 ワタシは卵焼きを見つめた。

 

 すると佐伯さんが、向かいに座った。

 

「妃花ちゃん」

 

「なに?」

 

「金田君に写真送る?」

 

「何の?」

 

「お弁当」

 

「……」

 

 それは盲点だった。

 

 ワタシはスマホを取り出し、弁当の写真を撮った。

 

 送信先は金田君。

 

 文面は少し迷った。

 

 甘すぎてはいけない。

 

 病人に負担をかけてはいけない。

 

 しかし、味覚が戻った時の楽しみとして情報共有は必要。

 

 ワタシは文章を打った。

 

『今日の卵焼きはあなた用に甘めでした。体調回復後に再提供します。薬を飲んで寝ていなさい』

 

 送信。

 

 佐伯さんが覗き込んで言った。

 

「業務連絡?」

 

「看病連絡よ」

 

 しばらくして返信が来た。

 

『ありがとう。寝てる。来なくていい。移るから』

 

 ワタシは目を細めた。

 

 来なくていい。

 

 移るから。

 

 なるほど。

 

 予想通りの抵抗である。

 

 ワタシは即座に返信した。

 

『病人に来訪可否の判断能力はありません。金田君のお母様から許可は得ています。マスク着用、短時間、非接触で対応します。寝ていなさい』

 

 送信。

 

 すぐに既読。

 

 少し間が空く。

 

『本当に移る』

 

 ワタシは返す。

 

『感染対策をします』

 

『妃花が熱出したら困る』

 

『その時はあなたが回復後に看病しなさい』

 

『だめ』

 

『契約五番。金田君が困った時は妃花も助ける』

 

『今は助けなくていい』

 

『助けるかどうかは助ける側も判断します』

 

『強い』

 

『寝なさい』

 

 既読。

 

 返信が止まった。

 

 勝った。

 

 ワタシはスマホを伏せた。

 

 佐伯さんが、何とも言えない顔をしている。

 

「妃花ちゃん」

 

「なに?」

 

「金田君、熱で弱ってるのにレスバ負けてる」

 

「病人相手にレスバをしたわけではないわ」

 

「してたよ」

 

「正論による医療的説得よ」

 

「言い方」

 

 山岸君が遠くから言った。

 

「金田、たぶん熱上がったぞ」

 

「山岸君」

 

「はい」

 

「不吉なことを言わない」

 

「すみません」

 

「でも、ありえるわね」

 

 ワタシはスマホをもう一度見た。

 

 追撃はしない。

 

 病人を休ませることも看病である。

 

 我慢。

 

 ワタシは弁当を食べ始めた。

 

 卵焼きは、少し甘かった。

 

 金田君がいないと、少しだけ味が違う。

 

 腹立つ。

 

 熱を出した金田君が悪い。

 

 いや、風邪は悪ではない。

 

 でも腹立つ。

 

 放課後、絶対に寝かせる。

 

     *

 

 放課後。

 

 ワタシは一度自宅に戻り、装備を整えた。

 

 黒マスク。

 

 ではなく、今日は医療用マスク。

 

 消毒液。

 

 体温計の予備。

 

 冷却シート。

 

 スポーツドリンク。

 

 ゼリー飲料。

 

 消化に良い雑炊の材料。

 

 替えのタオル。

 

 猫柄ではない、洗いやすい白いタオル。

 

 それから、金田君が好きな甘めの卵焼き。

 

 食欲があれば、少しだけ食べられるように小さく切ってある。

 

 完璧。

 

 ワタシは玄関で母に言った。

 

「では、金田君の看病に行ってきます」

 

 母は微笑んだ。

 

「妃花」

 

「はい」

 

「嬉しそうね」

 

「心配です」

 

「そう」

 

「非常に心配です」

 

「ええ」

 

「ですが、介護の機会を得たことについては、契約上、重要な進展と考えています」

 

「そう」

 

 母は笑った。

 

 笑いすぎでは?

 

「長居しすぎないこと。金田君が本当に休みたい時は、ちゃんと引くこと。移らないように」

 

「わかっています」

 

「それから」

 

「はい」

 

「看病は支配ではないわよ」

 

 ワタシは少しだけ黙った。

 

 母は時々、こういうことを言う。

 

 優しい顔で、急所に触れる。

 

「……わかっています」

 

「ならいいわ」

 

「金田君が本気で嫌がることはしません」

 

「ええ」

 

「ただし、病人の判断が明らかに不合理な場合は、正論で封殺します」

 

「ほどほどにね」

 

 ほどほど。

 

 難しい。

 

 だが努力する。

 

 ワタシは金田家へ向かった。

 

     *

 

 金田家に着くと、金田君のお母様が出迎えてくれた。

 

「あら妃花ちゃん、ありがとうね」

 

「お邪魔します。金田君の容態は?」

 

「熱は三十八度ちょうどくらい。薬を飲んで、今は部屋で寝てるわ」

 

「食欲は?」

 

「朝はあまり。昼にゼリーを少し」

 

「水分は?」

 

「飲んでるけど、もう少し飲んでほしいわね」

 

「承知しました」

 

 ワタシは靴を揃え、手を洗い、消毒し、マスクを確認した。

 

 完璧。

 

 お母様は、少し面白そうにワタシを見ている。

 

「妃花ちゃん、頼もしいわね」

 

「当然です。日頃の恩がありますので」

 

「金田、妃花ちゃんが来るって言ったら、移るから帰ってもらってって言ってたわ」

 

「想定内です」

 

「まあ」

 

「説得します」

 

「ほどほどにね」

 

 また、ほどほど。

 

 金田家の大人たちは、ワタシを止めないが、釘は刺す。

 

 賢明である。

 

 ワタシは二階に上がった。

 

 金田君の部屋の前に立つ。

 

 ノック。

 

「金田君」

 

 中から、少し掠れた声がした。

 

「……妃花?」

 

「入るわ」

 

「だめ」

 

「理由」

 

「移る」

 

「感染対策済み」

 

「本当に来なくていい」

 

「あなたに判断能力が十分あるなら、三十八度の熱でスマホを触らないはずよ」

 

「……」

 

「入るわ」

 

「妃花」

 

「入るわ」

 

 返事を待たずに、ゆっくり扉を開けた。

 

 部屋は薄暗かった。

 

 カーテンが半分閉まっている。

 

 机の上には体温計と水のペットボトル。

 

 ベッドには、金田君。

 

 顔が少し赤い。

 

 髪もいつもより乱れている。

 

 目が潤んでいて、明らかにしんどそうだった。

 

 ワタシは胸がぎゅっとした。

 

 嬉しいとか、合法的とか、介護とか。

 

 全部、一瞬だけ吹き飛んだ。

 

「……本当に熱じゃない」

 

「だから言った」

 

「寝てなさい」

 

「寝てる」

 

「喋らない」

 

「妃花が来たから」

 

「ワタシのせいにしない」

 

 ワタシは荷物を机に置いた。

 

 窓を少しだけ開け、換気。

 

 冷えすぎない程度。

 

 手早くタオルを確認し、ペットボトルの残量を見る。

 

「水分が足りないわ」

 

「飲んだ」

 

「残量から見て足りない」

 

「あとで飲む」

 

「今、飲みなさい」

 

「起きると頭痛い」

 

「では、起きなくていいようにします」

 

 ワタシはストロー付きキャップを取り出した。

 

 ペットボトルに装着。

 

 ベッドサイドに置く。

 

「これで飲めるわ」

 

「準備いいね」

 

「当然よ」

 

「……ありがとう」

 

「礼は回復後に受け取るわ。今は飲みなさい」

 

 金田君は、しぶしぶストローに口をつけた。

 

 少し飲む。

 

 よろしい。

 

 ワタシは体温計を手に取る。

 

「熱、測るわ」

 

「さっき測った」

 

「いつ?」

 

「一時間くらい前」

 

「更新が必要」

 

「……」

 

「測りなさい」

 

「はい」

 

 金田君が体温計を脇に挟む。

 

 少しぼんやりしている。

 

 普段なら、ワタシの手が赤くないか見てくるところだが、今日はその余裕がないらしい。

 

 胸が痛む。

 

 だが同時に。

 

 今日の金田君は、弱い。

 

 普段ワタシを止める金田君が、今日はワタシに止められている。

 

 それは、なんというか。

 

 ものすごく。

 

 ……いや、言葉にしてはいけない。

 

 病人相手に不謹慎だ。

 

 ワタシは真面目な顔を作った。

 

「妃花」

 

「なに」

 

「近い」

 

「体温計を確認するためよ」

 

「移る」

 

「マスクをしています」

 

「それでも」

 

「あなたは普段、ワタシが嫌がっても手を確認するでしょう」

 

「それは怪我するから」

 

「ワタシもあなたの体調を確認しています」

 

「……」

 

「反論は?」

 

「ない」

 

「よろしい」

 

 体温計が鳴った。

 

 三十八度三分。

 

「上がっているわね」

 

「妃花が来たから」

 

「それは発熱ではなく動揺よ」

 

「動揺させないで」

 

「無理ね」

 

「なんで」

 

「ワタシが看病しているから」

 

 金田君は、熱で赤い顔のまま、少し眉を寄せた。

 

「妃花、機嫌いい?」

 

「心配よ」

 

「いや、機嫌いい」

 

「心配しているわ」

 

「でも、なんか……楽しそう」

 

「誤解ね」

 

「本当?」

 

 ワタシは少しだけ目を逸らした。

 

「……合法的に看病できる機会は、そう多くないわ」

 

「合法的」

 

「ご家族の許可あり。感染対策あり。病人本人の意思も尊重」

 

「俺、来ないでって言った」

 

「病人の不合理な遠慮は尊重対象外」

 

「強い」

 

「正論よ」

 

「妃花」

 

「なに」

 

「本当に移したくない」

 

 声が、少し真面目になった。

 

 ワタシは黙った。

 

 金田君は、布団の中からこちらを見ている。

 

 普段よりずっと弱い顔。

 

 でも、目だけはいつもの金田君だった。

 

「妃花が熱出したら困る」

 

「ええ」

 

「妃花、熱ある時でも無理しそうだから」

 

「あなたに言われたくないわ」

 

「俺は寝てる」

 

「ワタシが寝かせているの」

 

「うん」

 

「だから、ワタシが熱を出したら、あなたが寝かせなさい」

 

「……」

 

「契約五番」

 

「俺が困った時は妃花も助ける」

 

「逆も当然よ」

 

「書いてない」

 

「更新するわ」

 

「今?」

 

「回復後」

 

「……そっか」

 

 金田君は目を閉じた。

 

 少し苦しそうに息をする。

 

 ワタシは声を落とした。

 

「金田君」

 

「うん」

 

「嫌なら、帰るわ」

 

 金田君の目が少し開いた。

 

「ただし、水分、薬、体温、換気を確認してから」

 

「条件多い」

 

「最低限よ」

 

「……嫌じゃない」

 

 ワタシは瞬きをした。

 

「移したくないだけ」

 

「……そう」

 

「来てくれたのは、嬉しい」

 

「っ」

 

「でも近いと困る」

 

「熱があるのに刺すな」

 

「刺した?」

 

「刺したわ」

 

「ごめん」

 

「謝るな」

 

「うん」

 

 ワタシは椅子をベッドから少し離した。

 

 金田君が、わずかに安心した顔をする。

 

 その顔を見て、少しだけ反省した。

 

 看病は支配ではない。

 

 母の言葉が頭に浮かぶ。

 

 そうだ。

 

 ワタシは金田君を看病したい。

 

 近くにいたい。

 

 世話を焼きたい。

 

 でも、金田君は本気で移したくないと思っている。

 

 なら、距離を取るのも看病だ。

 

 嫌だけど。

 

 かなり嫌だけど。

 

「この距離でどう?」

 

「うん」

 

「必要な時だけ近づくわ」

 

「うん」

 

「でも、必要と判断したら近づく」

 

「わかった」

 

「水分補給は十分ごと」

 

「多くない?」

 

「少量ずつよ」

 

「うん」

 

「食べられそう?」

 

「あまり」

 

「ゼリーは?」

 

「少しなら」

 

「よろしい」

 

 ワタシはゼリー飲料を取り出し、蓋を開ける。

 

 金田君に渡す。

 

「自分で持てる?」

 

「持てる」

 

「本当に?」

 

「持てる」

 

「落としたらワタシが介助するわ」

 

「持つ」

 

「残念」

 

「妃花」

 

「冗談よ。半分」

 

 金田君は、少しだけ笑った。

 

 弱々しい笑い方。

 

 胸がまた痛くなる。

 

 金田君がゼリーを少し飲む。

 

 ワタシはそれを確認する。

 

 よし。

 

「学校」

 

 金田君がぽつりと言った。

 

「どうだった?」

 

「あなたが休んだせいで、佐伯さんたちにドン引きされたわ」

 

「なんで?」

 

「ワタシの機嫌が良かったから」

 

「……」

 

「正確には、看病できることについて前向きな姿勢を示したら、周囲に誤解されたの」

 

「誤解かな」

 

「金田君?」

 

「ごめん」

 

「謝るな」

 

「うん」

 

「でも、あなたがいない昼休みは少し静かすぎたわ」

 

「うん」

 

「卵焼きも余った」

 

「写真見た」

 

「回復したら作るわ」

 

「甘め?」

 

「あなた用だから」

 

「嬉しい」

 

「だから熱で無防備に刺すな!」

 

「大きい声出すと喉に悪い」

 

「あなたの喉でしょう!」

 

 金田君は、また少し笑った。

 

 ワタシは眉を寄せる。

 

「笑う元気はあるのね」

 

「少し」

 

「よろしい」

 

 ワタシは机の上を片付けた。

 

 使ったティッシュを袋に入れる。

 

 ペットボトルを近くに置く。

 

 冷却シートを確認する。

 

「冷却シート、替える?」

 

「まだいい」

 

「汗は?」

 

「少し」

 

「タオル」

 

「自分で」

 

「できる?」

 

「できる」

 

「では自分で」

 

 ワタシはタオルを渡す。

 

 金田君が額や首元を拭く。

 

 ワタシは横を向いて待つ。

 

 見ない。

 

 病人にも尊厳がある。

 

 ただし、様子は音で確認する。

 

「終わった」

 

「よろしい」

 

「妃花」

 

「なに」

 

「見ないんだ」

 

「介護は尊厳を守るものよ」

 

「うん」

 

「何よ」

 

「ちゃんとしてる」

 

「当然でしょう」

 

「ありがとう」

 

「礼は回復後」

 

「うん」

 

 金田君は、少しずつ眠そうになってきた。

 

 薬が効いてきたのかもしれない。

 

 ワタシは部屋の灯りを少し落とした。

 

「寝なさい」

 

「妃花、帰る?」

 

「あなたが寝たら帰るわ」

 

「ずっと見てる?」

 

「見守りよ」

 

「恥ずかしい」

 

「では壁を見ているわ」

 

「そういう意味じゃない」

 

「難しいわね」

 

「……椅子、そこならいい」

 

「ここ?」

 

「うん」

 

「よろしい」

 

 ワタシは椅子に座った。

 

 ベッドから少し離れた位置。

 

 近くない。

 

 でも、何かあればすぐ届く距離。

 

 金田君が、目を閉じる。

 

 呼吸が少しずつ落ち着いていく。

 

 ワタシは静かに、その様子を見ていた。

 

 普段なら、金田君がワタシを見る。

 

 ワタシが壊さないか。

 

 怪我していないか。

 

 怒りすぎていないか。

 

 今日は逆。

 

 ワタシが金田君を見る。

 

 熱で苦しくないか。

 

 水分は足りているか。

 

 布団は暑すぎないか。

 

 ちゃんと眠れそうか。

 

 それは、思っていたよりも嬉しいだけではなかった。

 

 怖い。

 

 金田君が弱っているのが怖い。

 

 ワタシの手ではどうにもできない熱が、金田君の中にあることが怖い。

 

 ワタシは強い。

 

 でも、風邪のウイルスを殴ることはできない。

 

 熱を握り潰すこともできない。

 

 できるのは、水を飲ませて、タオルを替えて、寝かせることだけ。

 

 それが、こんなに心細いとは思わなかった。

 

「……金田君」

 

 小さく呼ぶと、金田君が薄く目を開けた。

 

「うん」

 

「早く治しなさい」

 

「うん」

 

「ワタシ、あなたがいない教室は嫌よ」

 

「……うん」

 

「卵焼きも余るし」

 

「うん」

 

「佐伯さんたちに引かれるし」

 

「それは妃花が」

 

「黙りなさい。病人は寝なさい」

 

「うん」

 

 金田君は、また目を閉じた。

 

 今度こそ、しばらくして寝息が聞こえてきた。

 

 ワタシは立ち上がり、そっと近づく。

 

 近づきすぎない。

 

 額に触れたい。

 

 触れない。

 

 移るから。

 

 金田君が嫌がったから。

 

 代わりに、布団の端を少しだけ整えた。

 

「……普段、ワタシにこれをやっているのね」

 

 小さく呟く。

 

 腹立つ。

 

 嬉しい。

 

 心配。

 

 全部混ざっている。

 

 ワタシは机にメモを置いた。

 

『水分補給。起きたら一口。熱を測る。無理に返信しない。明日も休むなら連絡すること。卵焼きは回復後』

 

 その下に、少し迷ってから書き足す。

 

『早く元気になりなさい。ワタシが困ります』

 

 よし。

 

 完璧な看病メモである。

 

     *

 

 翌日。

 

 金田君はまだ休みだった。

 

 熱は少し下がったが、大事を取って休むとのこと。

 

 ワタシは朝から、非常に冷静だった。

 

 冷静に、登校し。

 

 冷静に、席に着き。

 

 冷静に、佐伯さんに言った。

 

「今日も放課後、看病に行くわ」

 

 佐伯さんは、昨日よりさらに引いた顔をした。

 

「妃花ちゃん」

 

「なに?」

 

「声が弾んでる」

 

「心配しているのよ」

 

「昨日も言ってた」

 

「看病は継続が大事なの」

 

「なんか……楽しそう」

 

「楽しいわけではないわ」

 

「じゃあ何?」

 

「必要とされている実感があるだけよ」

 

 言った瞬間、佐伯さんが黙った。

 

 ワタシも黙った。

 

 あ。

 

 今、少し本音が出た。

 

 佐伯さんは、からかわなかった。

 

 ただ、少し柔らかい顔をした。

 

「そっか」

 

「……ええ」

 

「妃花ちゃんも、金田君のお世話したいんだね」

 

「世話という言い方は」

 

「看病」

 

「そう」

 

「金田君、いつも妃花ちゃんのこと見てるもんね」

 

「ええ」

 

「今日は妃花ちゃんが見る番なんだ」

 

「……そうよ」

 

 山岸君が後ろから言った。

 

「でも顔はめちゃくちゃ嬉しそう」

 

「山岸君」

 

「はい」

 

「病人回復祈願として、今日の掃除当番を代わりなさい」

 

「なんで!?」

 

「徳を積めるわ」

 

「横暴!」

 

 教室が笑った。

 

 ワタシは少しだけ笑った。

 

 昨日より、クラスメイトの引き具合はやや緩んでいた。

 

 たぶん、彼らも少しわかってきたのだ。

 

 ワタシが金田君の熱を喜んでいるわけではないと。

 

 いや、看病できることにはかなり前向きだが。

 

 それは別問題。

 

 放課後、金田家に行く前に、金田君からメッセージが来た。

 

『今日は来なくてもいい。昨日より楽』

 

 ワタシは返信した。

 

『楽ならなおさら油断する頃です。行きます』

 

『移る』

 

『感染対策済み』

 

『妃花、昨日ずっとちゃんとしてたから疲れたでしょ』

 

『疲れていません』

 

『本当?』

 

 ワタシは少し止まった。

 

 本当は、少し疲れた。

 

 心配で。

 

 触れないようにするのが。

 

 近づきすぎないようにするのが。

 

 金田君が寝るまで、何度も呼吸を確認してしまうのが。

 

 だから、正直に返した。

 

『少し疲れました』

 

 すぐ既読がついた。

 

『じゃあ今日は休んで』

 

 ワタシは返した。

 

『だから短時間にします』

 

『妃花』

 

『看病は支配ではないので、あなたの希望も聞きます。でもワタシの希望も言います。顔を見て安心したいです』

 

 しばらく返信がなかった。

 

 やがて、短く来た。

 

『じゃあ少しだけ』

 

 ワタシはスマホを握った。

 

 少し力が入り、ケースがみし、と鳴った。

 

 危ない。

 

『よろしい』

 

 送信。

 

 今日は、少しだけ。

 

 でも行く。

 

 顔を見る。

 

 水分を確認する。

 

 卵焼きはまだ早いかもしれないから、雑炊にする。

 

 金田君が本気で寝たがるなら、帰る。

 

 そう決めて、ワタシは歩き出した。

 

 かなり機嫌が良かった。

 

 心配もしていた。

 

 両方、本当だった。

 

     *

 

 その日の看病は、昨日より穏やかだった。

 

 金田君の熱は三十七度台まで下がっていた。

 

 顔色も少し良い。

 

 声も昨日より出る。

 

 ただし、油断は禁物。

 

「金田君」

 

「うん」

 

「水分」

 

「飲んだ」

 

「何分前?」

 

「……二十分?」

 

「一口」

 

「はい」

 

 金田君は素直に飲んだ。

 

 昨日より抵抗が少ない。

 

 よろしい。

 

「雑炊、食べられそう?」

 

「少し」

 

「少しでいいわ」

 

「妃花が作った?」

 

「ええ」

 

「じゃあ食べる」

 

「病人がそういう刺し方をするな」

 

「刺した?」

 

「刺したわ」

 

 金田君は、薄く笑った。

 

 ワタシは雑炊を器によそった。

 

 熱すぎないように冷ます。

 

 金田君はベッドに体を起こそうとする。

 

「手伝う?」

 

「自分で」

 

「無理しない」

 

「うん」

 

 金田君は少し体を起こした。

 

 ワタシは近づきすぎないようにしつつ、枕の位置を整える。

 

 触れない。

 

 でも支える。

 

 難しい。

 

 けれど、昨日より上手くできた。

 

「妃花」

 

「なに」

 

「上手い」

 

「褒めるところ?」

 

「うん」

 

「当然よ」

 

「看病、向いてる」

 

「……」

 

 ワタシは器を持ったまま固まった。

 

「どうしたの?」

 

「今のは、非常に良い評価ね」

 

「うん」

 

「もう一度」

 

「看病、向いてる」

 

「よろしい」

 

 ワタシは満足して雑炊を渡した。

 

「自分で食べられる?」

 

「食べる」

 

「食べられなければ」

 

「自分で食べる」

 

「そう」

 

「残念そう」

 

「誤解よ」

 

 金田君は少しずつ雑炊を食べた。

 

 ワタシはその様子を見守る。

 

 ちゃんと噛んでいるか。

 

 熱すぎないか。

 

 咳き込まないか。

 

 金田君が半分ほど食べたところで、器を置いた。

 

「おいしい」

 

「当然よ」

 

「卵、甘くない」

 

「雑炊だからね」

 

「回復したら卵焼き」

 

「約束するわ」

 

「うん」

 

 金田君は、少し眠そうに目を細めた。

 

 ワタシは器を下げる。

 

「寝なさい」

 

「妃花、帰る?」

 

「もう少しだけ」

 

「少し?」

 

「あなたが寝るまで」

 

「昨日もそう言った」

 

「契約継続中よ」

 

「移る」

 

「距離は取る」

 

「……うん」

 

 ワタシは椅子に座った。

 

 金田君は布団に戻る。

 

 昨日より苦しそうではない。

 

 それだけで、胸の奥が少し軽くなった。

 

「妃花」

 

「なに」

 

「学校、どうだった?」

 

「あなたがいないせいで、山岸君が掃除当番を代わる羽目になったわ」

 

「なんで?」

 

「徳を積ませた」

 

「妃花」

 

「何よ」

 

「横暴」

 

「病人に言われたくないわ」

 

「病人関係ない」

 

「うるさい。寝なさい」

 

 金田君は笑った。

 

 昨日より、少しだけ普通の笑い方だった。

 

 それが嬉しくて、ワタシは口元を引き締めた。

 

 油断すると笑ってしまう。

 

「明日」

 

 金田君が言った。

 

「行けるかも」

 

「無理は許可しない」

 

「熱下がったら」

 

「朝の体温、食欲、喉の状態、倦怠感で判断」

 

「医者?」

 

「妻よ」

 

「中学生だけど」

 

「病人でも禁止」

 

「うん」

 

 金田君は、目を閉じた。

 

「妃花」

 

「なに」

 

「来てくれて、ありがとう」

 

「礼は回復後」

 

「今も言う」

 

「……受け取るわ」

 

「うん」

 

「でも、次からは熱を出す前に体調不良を報告しなさい」

 

「うん」

 

「隠したら怒るわ」

 

「わかった」

 

「ワタシも」

 

 言ってから、少しだけ迷った。

 

 でも、続けた。

 

「ワタシも、体調が悪い時は言うわ」

 

 金田君が目を開けた。

 

「本当?」

 

「本当よ」

 

「無理しない?」

 

「努力する」

 

「言い方」

 

「契約更新ね」

 

「うん」

 

 金田君は、安心したように目を閉じた。

 

 しばらくして、寝息が聞こえる。

 

 ワタシは静かに立ち上がった。

 

 昨日と同じようにメモを書く。

 

『雑炊は半分食べました。水分補給。起床後に体温。明日の登校は朝の状態で判断。無理は不可』

 

 少し考えて、また書き足す。

 

『回復後、卵焼き。甘め』

 

 そしてもう一行。

 

『看病させなさい。ワタシが安心します』

 

 書いてから、少し恥ずかしくなった。

 

 でも消さない。

 

 今日は、そういう契約更新の日だから。

 

     *

 

 翌々日。

 

 金田君は登校してきた。

 

 完全復活ではないが、熱は下がり、マスクをして、少しゆっくり歩いていた。

 

 教室に入った瞬間、ワタシは立ち上がった。

 

 周囲が一斉にこちらを見た。

 

「金田君」

 

「おはよう」

 

「体温」

 

「三十六度八分」

 

「喉」

 

「少し痛い」

 

「食欲」

 

「ある」

 

「倦怠感」

 

「少し」

 

「体育は見学」

 

「うん」

 

「水分」

 

「持ってる」

 

「薬」

 

「飲んだ」

 

「よろしい」

 

 金田君は自分の席に鞄を置いた。

 

 ワタシはさらに言う。

 

「今日一日、無理は禁止」

 

「うん」

 

「昼は消化の良いもの」

 

「母さんが弁当作ってくれた」

 

「よろしい」

 

「妃花」

 

「なに」

 

「近い」

 

「学校では感染期間はほぼ終わりよ。ただし念のため距離を」

 

「もう近い」

 

 ワタシは一歩下がった。

 

 佐伯さんが、横からにやにやしている。

 

「妃花ちゃん、金田君が来て嬉しそう」

 

「当然でしょう」

 

 教室が静かになった。

 

 ワタシは少し考えた。

 

 だが、訂正しなかった。

 

「いないと困るもの」

 

 金田君が、少し目を開いた。

 

 佐伯さんが口元を押さえた。

 

 山岸君が「うわ」と言った。

 

「山岸君」

 

「はい」

 

「何がうわなの?」

 

「いや、朝から夫婦すぎて」

 

「正しい認識ね」

 

「否定しないんだ」

 

「病み上がりの金田君に負担をかけたくないので、今日は否定の手間を省くわ」

 

「効率化の方向がおかしい」

 

 金田君が、小さく笑った。

 

 笑う元気がある。

 

 よし。

 

 ワタシは鞄から包みを取り出した。

 

「金田君」

 

「うん」

 

「卵焼き」

 

「今日?」

 

「約束したでしょう」

 

「ありがとう」

 

「甘めよ」

 

「うん」

 

「昼に食べなさい。ただし無理はしないこと」

 

「うん」

 

「あと」

 

 ワタシは、少し声を落とした。

 

「治ってよかったわ」

 

 金田君は、静かに頷いた。

 

「うん」

 

「本当に」

 

「うん」

 

「あなたがいない教室は、落ち着かなかった」

 

「うん」

 

「でも看病はできたので、そこは評価するわ」

 

「妃花らしい」

 

「何よ」

 

「ありがとう」

 

「礼はもう受け取ったわ」

 

「もう一回」

 

「……受け取るわ」

 

 周囲が、なんとも言えない顔をしていた。

 

 ドン引き。

 

 呆れ。

 

 微笑ましさ。

 

 全部混ざっている。

 

 佐伯さんが言う。

 

「妃花ちゃん、金田君が熱出してる間、ずっと機嫌よかったよ」

 

「佐伯さん?」

 

「でも、ずっと心配もしてた」

 

「……」

 

「変だった」

 

「最後」

 

「ごめん。でも、妃花ちゃんらしかった」

 

 金田君がこちらを見る。

 

「機嫌よかったの?」

 

「看病できたからよ」

 

「そっか」

 

「誤解しないで。熱を喜んだわけじゃないわ」

 

「うん」

 

「あなたが弱っているのは嫌だった」

 

「うん」

 

「でも、あなたの世話を焼けるのは、少し」

 

 ワタシは眼鏡を押し上げた。

 

「かなり、悪くなかったわ」

 

 金田君は、マスク越しでもわかるくらい、少し笑った。

 

「また熱出す?」

 

「出すな!」

 

 ワタシは机を叩きかけた。

 

 寸前で止めた。

 

 偉い。

 

 非常に偉い。

 

「二度と不用意に熱を出さないこと」

 

「うん」

 

「体調不良は早めに報告」

 

「うん」

 

「ワタシも報告する」

 

「うん」

 

「看病は、相手の希望も聞く」

 

「うん」

 

「でも不合理な遠慮は正論で封殺する」

 

「ほどほどに」

 

「努力するわ」

 

「契約更新?」

 

「ええ」

 

 ワタシはノートの端に書いた。

 

 一、体調不良は隠さない。

 

 二、看病は支配ではない。

 

 三、でも不合理な遠慮は説得する。

 

 四、金田君は水分補給を怠らない。

 

 五、妃花ちゃんは看病できて嬉しそうな顔をしすぎないよう努力する。

 

 五番は不本意だ。

 

 非常に不本意。

 

 でも、クラスメイトにドン引きされるのは少し面倒だ。

 

 だから、努力はする。

 

 金田君が隣で、そのノートを覗き込む。

 

「五番」

 

「なに」

 

「無理しなくていい」

 

「……」

 

「妃花が来てくれて、嬉しかったから」

 

 ワタシは、ノートを閉じた。

 

 危険だった。

 

 握力が上がるところだった。

 

「金田君」

 

「うん」

 

「病み上がりでそういうことを言うのは禁止」

 

「うん」

 

「昼休み、卵焼きを食べた後なら許可するわ」

 

「わかった」

 

「本当に言う気ね?」

 

「うん」

 

「……よろしい」

 

 チャイムが鳴った。

 

 授業が始まる。

 

 金田君は席に着く。

 

 ワタシも前を向く。

 

 教室に、いつもの空気が戻っていく。

 

 金田君がいる。

 

 それだけで、少し落ち着く。

 

 看病は楽しかった。

 

 心配だった。

 

 怖かった。

 

 嬉しかった。

 

 全部、本当。

 

 だから、次に金田君が熱を出したら。

 

 いや、出してほしくはない。

 

 出してほしくはないけれど。

 

 もし出したら。

 

 ワタシはまた、マスクと消毒液とゼリーと雑炊を持っていく。

 

 距離は取る。

 

 希望も聞く。

 

 でも、正論で封殺するところは封殺する。

 

 だって。

 

 契約五番。

 

 金田君が困った時は、妃花ちゃんも助ける。

 

 夫婦なので。

 

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