転生した女(オレ)って話【美少女といちゃつきたいのに俺が美少女なせいでイケメンしか寄って来ん】 作:りりらりら
プロローグの注意書きをお読みになった上でご覧ください。
読了後の苦情は受け付けておりません。
第二話「事件は突然に」
・これもある種ご都合展開
あの後、帰ってすぐに寝てしまった俺は、湯浴みに起こされた。
「起こすことないんじゃねぇの…。こういうのって上司の意思第一だろ…」
案の定俺はめちゃくちゃ眠かった。
「そう仰らずに。奥様が、馬に乗ったのなら湯浴みをしなければ不潔だと仰られています」
「ははぁ、上司のさらに上司の命令ってわけね」
そういえば、まだこの屋敷でお嬢ちゃんの家族に会ってないな…。
元から活動圏は狭かったらしいし、食事も部屋。
疲れてたから助かったけど、本当に引きこもりだったらしいな。
ま、流石に家族ともなるとボロが出てバレそうだし、なるべくこのままの方が都合が良い。
「こちらです、お嬢様」
「おお、おおー!?」
俺は感激の声を上げた。なぜなら、思っていた以上に、とても、広くて良い感じの大浴場が広がっていたからだ。
この中世の世界観に似つかわしくない、どう考えても不自然すぎるものでしかないが。まあ異世界だし、そこまで気にすることもないか。
世界史的なタイムスリップをしたわけじゃないんだし。
「お嬢様、そこは浴場です。脱衣室はこちらに…」
「見ろ、アリオ!ライオンの口からお湯が出てる!ローマだ、ローマ!」
予想外の設備に思わずはしゃいでしまう。
「な、何ですか?それは?ろうま…?」
「すごいなー、大浴場があるなんて!」
「お嬢様はいつも身体を拭くだけでしたからね。体力が回復なされたようで何よりです。奥様もそう仰られてましたよ」
「ふーん」
身体は拭くだけって、本当に病人みたいな生活してたんだな。通りで白くて細いわけだ。
「では、身支度ができたらお呼びください」
「は?」
「? なんですか、その目は。お嬢様の体を洗ったり、拭いたりするのも私たちの…」
「いいい、いやいや、その〜、なんだ。そこまでしなくていいっていうか…1人のプライベートな時間も必要というか……」
いやな?俺も大概女好きだし、それなりに身体の関係も持ってたさ。
そしてかなりバリエーションに富んだ行為だってしてきて、抵抗という抵抗がある訳じゃないが、なんというかその…この身体でそういうのはなんというか居た堪れないというか…。
裸になるたびに人の目があるってのはちょっと…。
「そう…ですか。かしこまりました。では、私達は外でお待ちしてますので、何かあったらベルでお知らせください」
「ああ、分かった」
「どうぞごゆっくり」
アリオとその他メイドは、そう言って出て行った。
2回目にして早々に、服を脱がせられたり着せられたり、自分の裸を見ることにも慣れて来た。
とはいえ風呂の時間くらい1人でもいいだろ…。
やっぱり人間、自分の体には欲情しないもんだな。というより、身体がまんま子供すぎて…流石にな…胸もないし…いやあったらどうとかではないが。
まてまて、俺はロリコンじゃないぞ。変なことを考えるのはやめろ。
「はぁ…」
身体を洗うにしても、流石にシャンプーやリンスはない。髪も含めて、全身同じ石鹸を使うしかない。
メイド達が話しているのを小耳に挟んだが、エステ日なるものがあり、サロン室という場所でトリートメントやスキンケアをするらしい。
貴族ってのは優美だな。
シャワーがないといささか不便だが、慣れない原始的な洗浄を終え、ゆっくりと湯船に浸かる。
まぁ、これなら貴族たちが人に身体を洗わせる理由も分からなくはない。
湯船だけは現代的価値観から見ても豪勢で大いに満足だ。湯も清潔そうだし……ぱっと見は。
いや、深く考えるのはよそう。
「………」
俺は…一度死んだんだよな。
そっと、元の体でぶっすりと刺された箇所をなぞる。
今でも鮮明に衝撃も、痛みも思い出せる。俺の最期の瞬間。
「でもこうして生きてる」
傷はなく、跡すらない。自分の身体ではないのだから、当たり前だ。
「二度目の生……」
異常現象というか、非科学的な超常現象に巻き込まれている実感は、あるかと言えばない。
俺だけがこんなことになっているのか、それとも現実に溢れていた物語よろしく、本当に、人間は時たま、死んだら神様に異世界に送られることもある…のか?
なぜ俺がそんなことになったのか。
幸運だとか、偶然だとか、そう言う言葉で片付けるのは、どうにも気持ちが悪い。
俺より適任はいなかったのか?俺みたいなクズに二度目の生があるのなら、普通の善人。
例えば俺の両親や友人たちは、どうなのか。
死んだら新しい生があるのか?
死後のことは誰にも分からない。死んだらそれで終わり。寝る時のように、意識はなく、終わったと実感しないまま自我が消えていく。
そう思っていた。実際そうなのだと、今でも信じている。これはあくまで例外なのだと、どこかで感じる。
なら、この場合、本当の意味で死んだのは……。
「オレの方か」
俺ではなく、オレ、つまりこの身体の持ち主。
お嬢ちゃんの意識は、もう無いのか?
いつかまた、戻ってくるのか、だとしたら、もう少し慎重に生きる必要が…?
もしこの身体にお嬢ちゃんが戻ってくるとしたら、できるだけ誰にも恨まれてなくて、友達もいた方が、いいのか。
俺は湯船から上がり、浴場にあった鏡の前に立つ。
そう言えば生前、果たせなかった夢がある。
もしかすると今回は……。
|
「はぁーー、いい湯だった」
「それは何よりです」
「ドライヤーがあればなぁ」
「ど…何です?また変なことを…」
「いや、良いんだ」
湯浴みから上がって、身体を丁寧に拭こうとするメイド達を、なんとか理性が勝って断った。
そして着替えた後、こうして髪を拭いてもらっている。
ありがたいが、めちゃくちゃ時間がかかるし、とてつもなく眠い。
やっぱ家電の力は偉大だったんだなぁ。
俺の舌が肥えてるのか、食事はフレンチっぽくて美味いんだけどな。ま、たまーに地雷もあるけど。
俺が思うに、日本人的には食事がうまくて布団があったかければ最低限何とかなるが。
「お嬢様、終わりましたよ」
「お嬢様…?」
「……眠っていらっしゃる」
「アリオ様、お嬢様はお休みに?」
「ええ、そうみたい。私が運ぶから、あなたたちはもう休んで」
「かしこまりました。おやすみなさいませ、お嬢様、アリオ様」
「お疲れ様」
「……今日一日でこの変わりよう…奥様が不審がるのも無理はない。お嬢様は嫌がるでしょうが、旦那様やお姉様方にも話が伝わるのは遅くないでしょう」
「なんにせよ、この変化が、原因も含めて、良いものだとよいのですが」
|
「はっ」
この天井…ここは、そうか。
「ん……」
俺はゆっくりと身体を起こす。
昨日、湯浴みの後部屋に戻る前に寝てしまったのか。メイド達が運んでくれたんだな。
それにしても、夜好きな時間に、しかも4時間以上寝れるなんて、全くいい生活になったもんだ。
……一夜開けてみると、また違った感覚だな。知らない国のホテルに居るみたいだ。
まぁ、帰国はできないし、そも、もう家に帰れはしないが。
……あー、やめやめ。そういうの柄じゃない。
夜ならまだしも朝からナイーブになるのはな…。
「よし!切り替え完了!」
たとえ知り合いが1人もいない世界でも、可愛い女の子がいるなら生き抜いて見せよう。俺は図太い。なんとかなる。
そうだ、今日やることは…。
「失礼します。お嬢様、体調はいかがでしょうか」
ノックの音で意識がよりはっきりした。
「その声、アリオか?」
「はい。入りますよ」
「おはようございます。お召し物を変えに参りました」
「おはよう。今日、何か予定は入ってるか?」
「いえ…特には、お元気そうでしたら、長らくお休みしていた教養のお勉強や家庭教師を再開させましょうか」
「え"、い、いや、そういうのはまだ無理かも」
ガキの勉強だなんてとんでもない!
「そうですか…」
「それより、今日は街へ行こう!」
「街…ですか?」
そうそう、すっかり忘れてたが、俺の第一目標、お嬢ちゃんを幸せにする方法はまた後で考えるとして、今日はもう一つの目標。
そう、「女を幸せにする」の手がかりを探りに街へ出る!
時代が違えば価値観が違う、となれば、より効率的に幸せを与えるための研究は必要不可欠!俺ってば頭いいなぁ。
「お嬢様…お勉強も大事なのですよ?以前は自分から…というかほとんどの時間を費やされてましたのに…」
「まぁまぁ、長く外に出てないと、社交界でも遅れをとる。領民との交流だって立派な勉強だ」
「まぁ、本当に口が達者になったようで…」
「…お元気なら、それが一番ですけど」
俺はだるい身支度を以下省略。
朝食を軽く部屋で食べてさっそく街へ繰り出した。
以前の婚約者邸とは逆方向へ進むと、案外近くに少しだけ栄えた街があった。
「ほぉー、結構いい街じゃないか」
「お嬢様…?」
「いや、何でもない。なぁ、このまま行くと目立つかな?」
「そうですね、旦那様…あっ、いえ!他の貴族の方々ですと、事前に告知しない来訪ではお忍びという形になるので、ローブを羽織って旅人を装います」
「? そうか。じゃ、お…私もそうするわ」
なんだか口調が混ざってきたな…自分が自分じゃないって、想像以上に疲れる…。
俺たちは馬車から降りて、ローブを羽織り、大通りに沿って歩くことにした。
今日はこのために、比較的歩きやすそうな靴を選び、比較的軽装の服を選んだ。
比較的、だけどな。貴族ってほんと、重たい服しか着ないみたいだ。
ま、これも撮影用の甲冑やその他コスチュームに比べればまだマシだ。
にしても…想像はしてたが、本当に道行く人が全員中世的な装いをしている。
荷車を引いていたり、馬を連れていたり、路上に物売りがいたり、海外か、昔が舞台のドラマでしか見たことのない世界が、今は現実だと言うことを忘れそうになる。
夢でも見てるみたいだ。
ついつい見つめていると、睨み返されるので、俺はサッとフードの裾を伸ばす。
「お嬢様、お疲れになってはいませんか?少し休憩しましょうか」
「アリオ…まだ歩き始めて5分も経ってないぞ」
心配性だな…いや、ただ仕事に真面目なだけか?
「ですが…」
「大丈夫だって、今日は軽装なんだし」
比較的、な。そういえば、新しい服を買うのもありだな。
「そうですか。何かお変わりになりましたらすぐにお伝えください」
「分かった分かった」
過保護にされるのは生前から慣れてるけど、これとはまたベクトルが別だな。なんというか、対等さが一切ない悪い意味でなんとでもできてしまう人間が近くにいるってのは落ち着かない。
俺の道徳的良識がそう言っている。
マネージャーは従者ではないし。あくまで契約してる従業員というか。スタッフの人には猫被ってたし、俺と関係のあった数多の女だって、そういうタイプはいなかった。
俺がそういうガチになるようなタイプを避けてたからな。
ま、結局は俺の安全運転に関わらず、唐突な逆走車に追突されてここにいるわけだが。やっぱりクズには報いがあるってもんだ。
ま、反省はしても、後悔はしてないがな。
……反省もしてないかも。
ま、それは置いといて、情報収集のために来たとはいえ、この感じで聞き込みをするわけにもいかないし、どうしたものかな。
なんて思って歩いていると、ふとある店が俺の目を引いた。
「アリオ、アリオ、あの店は?」
「? 日用品店のようですが…」
「よし、入ってみよう」
「えっ、あ、ちょ、お待ちください!」
混乱するアリオを置いて、俺はこれまたヨーロピアンな外観のおしゃれな店に入った。文字は英語ともフランス語とも読めない不思議な文字だったが、案の定何故か意味は分かった。
フランク 生活雑貨
それがこの店の名前。そして、何故俺がこの店に惹かれたかと言うと。
「ビンゴ!カレンダーらしきものに、時計っぽい物もある!」
そう、明らかに“情報“なるものがあったからだ。これでこの世界の輪郭となる常識を少なからず手に入れることができる。
というか、今思ったけど、言語能力を与えてくれるくらいなら、予備知識くらいくれよ!婚約者の名前とかさ。
カレンダーも時計も、部屋にないのはほんと困る。お嬢ちゃんが捨てたのか?せめて時計くらい置いといてくれよ。
俺は手に取ったそれらをじっくりと観察し、商品の説明もしっかり読んで、どういうものなのか、この世界の暦を考察した。
その結果…。
「まっったく同じだ!?」
全く同じだった。これが…ご都合とかなんとかってやつか。
助かるけど、なんとなく違和感が残る。なんだろうか、この感じ。
「お嬢様!急に走り出さないでください!って、そんなものを手に取ってどうなさったんですか?」
「あ、いやこれは…なんとなく、物珍しくて」
やば、変なこと言ったか?
「ああ、そうですね。私には馴染み深い形ですが、屋敷にある豪勢な作りのものとはずいぶんと、あしらいが違いますから。無理もありません」
「これはお嬢様が普段使う暦の表と時計ですよ」
「そ、そうなんだ」
名称まで同じだなんて。ますます変な感じだ。
…まぁ、一旦は無視するとして、他のものはどうなんだ?
それから俺はその店の様々な物を手に取ってはアリオに訊ねたりして、さらなる考察を深めていった。
結果…。
「全く……同じなのか?……」
いや助かる、助かるんだけど…なんか変じゃないか?
ここって異世界とは言うけど、なんで世界の、国の常識が変に現代的と言うか、日本的なんだ?
これが神の加護、なのか?ああもう!気味悪いな。
俺はそこで深く考えるのをやめた。人間、時に考えすぎないことも重要だ。少なくとも今の俺にとってはなおさら。
こうして、店主に悪いので懐中時計を一つ買い、ついでに靴屋と服屋の場所を教えてもらって、俺たちは店を出た。
「どうです?たまには私達の、庶民の暮らしを見ていかがでしたか」
「ああ、そうだな…」
「? お嬢様、顔色が…」
アリオが俺の顔に手を伸ばす。咄嗟に、俺はその手から逃げるように頭を引いた。
「だ、大丈夫。大丈夫。何でもないから」
まずい、上手く笑えてる自信がないぞ。俺は仮にも人気俳優で有名だったのに。
「すみません…お気を悪くしましたよね。やはり靴や服も街で買うなんて仰らず、いつもの仕立て屋を屋敷にお呼びした方が…」
「はっ、いやいや!そうじゃなくて、えっと…」
違う、そんな顔させたいんじゃないんだ。ああ、ダメだ。こんなんじゃ。
身近にいるメイド1人笑顔に出来やしないのに、どうやって他人の女を幸せにできる?しっかりしろ!俺。
「アリオ!その…」
「は、はい。どうしました、急に大きな声を出して…」
「今日、いや、今日だけじゃない。昨日だって、一番側に居てくれて、気にかけてくれて、私がどんなに変わっても、支え続けてくれる…私はアリオに感謝してる。ちゃんと、嬉しいって思ってる…だから、えっと」
「庶民だとか、そんな風に区切らないで、これからも側にいてほしい。お…私の、一番のメイドとして」
ちょ…っと言いすぎたか?いや、これくらい大袈裟な方が響く…はずだ。多分。
俺は恐る恐るアリオの顔を見た。
アリオは少し固まって、俺を見つめていたが、すぐに咳払いをして、またすぐに取り繕った。
「どうしたんですか、突然。そんなこと、カーネストに仕えるメイドとして、カーネスト家のメイド長補佐として、当然のことです」
「分かりました。たまには街の仕立て屋で服を買いたいんですね?なら行きましょう」
………あ、あれー??ぜんっぜん響いてない感じー?
俺の方がちょっと面食らってるんだが。
いや、実はこれ内面では超ウキウキで、俺にだけは面子を保ってる…とかだったりして…。
俺はわずかな期待を込めて少し後ろを振り返った。
しかし、アリオは先程と全く変わらず、いつも通りのメイドらしい振る舞いに徹していた。
どうやら本気でそんなことはないらしい。
例えどんなに上下関係があろうと、女を幸せにするというのはこんなにも難しい。
だと言うのに。
「…悲しませるのはこんなにも簡単なんだな」
生前では思いもしなかったことだ。他人の感情を考えるなんて。
俺は小さくそう呟いた。
そうして暗い雰囲気の中、教えてもらった靴屋に向かっていると、背後で悲鳴が聞こえた。
「キャーーー!だ、誰か!誰かぁー!!」
「助けて!助けて!助けてぇー!」
振り返ると、謎の黒いローブの何者かが、金髪の少女の手を捻り上げて宙に持ち上げていた。
少女は地面から浮いた足を必死にジタバタとさせ、もう片方の手で必死に男の指を剥がそうとしているが、全く効果はない。
そうこうしているうちに手首が限界になったのか、ギリギリという音を立てて捻られている痛みに耐えられなくなったのか、より悲痛な叫びを上げながら涙を流して、目を剥いて泣き喚いている。
その間に人々は助けるでもなく逃げ惑い。あっという間にその付近から人が消えた。
俺たちも危うく人の波に押し流されそうになったが、アリオが俺を覆うように抱きしめながら、路地に移動してくれたおかげで、そうならずに済んだ。
「ア、アリオ…あれは?あいつは何をしている?」
「お嬢様、見てはいけません」
「すぐに治安部隊が来ます。それまでは…」
アリオが覆い被さる傍から僅かに見える景色では、謎の黒いローブの奴が、少女から何か白い光のようなものを吸収…?取り込んでいたように見えた。
現実のこととは思えないその光景に、俺はようやくはっきりとした恐怖を覚え、ギュッとアリオの服の裾を握った。
あれは一体なんなんだ?非科学的現象にも程があるだろ…なんなんだよ!あいつも、あいつがしてることも!
俺が頭でそう叫んだ時、そっと、でも確かに、アリオが俺を抱きしめてくれた。さっきよりも強く、優しく。
不意に、はっとしたような、もやがなくなったような感覚になった。
不安が消えていた。これも、何かの力?いや、違う、これは。
俺は上を見上げた。
アリオがそこにいた。
俺を見下ろして、微笑みかけている。
「大丈夫ですよ。私がここにいます。大丈夫です」
それも、仕事のうちだから?
俺は前世のことを思い出していた。
仕事に情熱的になれる人間なんて、世界にどのくらいいるだろうか。
仕事に真面目な人はいれど、命までかけられるのか?かけたとして、何のために?
金のために仕事をする。当然だ。金のために命をかける。分からなくはない。
それでも、命がなければなんの意味もない。
猫は好きだ。でも車道に飛び出した猫を咄嗟に助けに行けるかと言われればそうではない。
マネージャーには恩がある。数少ない素を見せれる人だ。だが、マネージャーのように、人生を削ってまで、この仕事にかける情熱が、俺にはなかった。
生きる意味を仕事だけに見出すなんて、俺には無理だった。
今、目の前にいるこいつは、確かに怖がっている。俺と同じ恐怖を感じている。
なのに、なのにどうして、足が震えても俺を守り続けられる?明らかな危険に背を向けてまで俺を庇える?
今後ろからあの黒ローブが走ってきたら、そしたら、最悪助かるのは俺だけだ。なのに…。
俺が思考に囚われている間に、少女はついに力尽きて、ぶらん、と力なく吊り下がった。
今度は手首ではなく、首を持ち、そいつは少女の息の根を止めにかかった。
俺はアリオを突き飛ばし、そいつに向かって走った。
「お嬢様!?お嬢様!!」
俺はなんでこんなに必死に走ってるんだ?
分からない。あの女の子がタイプなのか?だとしても、命までかけたくはない。なら女を救えと言われたからか?それもあるかもしれない。
でも、それだけじゃない。もっと何か、訳のわからないものに突き動かされて、俺は走った。
女のために走るなんて、ヒーローさながらだ。
なんとでもなれ。今この瞬間、俺は後のことも、先のことも、前のことだって考えてはいない。
ああ、そうだな。俺は馬鹿だ。難関大に合格しようが、芸能界で生き残ろうが、それに必要な知識とこの世界で生き抜く術は全くの別物だ。
この世界では、俺はただの人間である他には何もない。前世の記憶でチートとか、恥ずかしくてやってらんねぇよ!この野郎!!
こちとら現世に転生ラノベが溢れた世界から来てんだよ!しかもいい年した大人がなぁ!
高校生くらいなら、恥ずかしげもなくそういうことができたかもな。でも、俺は、大人なんだよ!!
「その子から……離れろ!!」
だったら悪い大人から子供を守るくらいしなきゃだろ!
思いっきりローブにタックルをかました俺は、来るべき衝撃に備えた。
しかし、呆気なくそいつは倒れた。というか、軽すぎて勢いよく、俺がそいつの上に倒れ込むことになった。
カランカラン、という軽い音と共に、「それ」は崩れ去った。
ドサッと少女が地面に落ちる。慌てて受け止めた。でなきゃ頭を打つかもしれないだろ。
そして恐る恐る、ただの布切れのようになったローブをはぎ取る。
そこにあったのは、倒れた人…ではなく、細く長い木の棒を紐で繋ぎ合わせた、操り人形の人形部分のようなもの。
ゾッとした。全身から血の気が引いた。
なんなんだこれは?さっき確かに、人の手の形をして、少女の手を捻り、首を絞めていただろう。
しばらくして、落ち着いたのか、逆に冷静になったことで、抑え込まれていた恐怖が一気に襲ってきた。
俺は何に立ち向かった?もし上手くいかなかったら、死んでいた?
段々と荒い息になっていく。その時。
「お嬢様!」
アリオが一番に駆けつけてくれた。
「アリ…オッ!」
顔を見た瞬間に安心して、名前を呼ぼうとしたが、苦しいくらいに抱きしめられて、上手く言えなかった。
「お嬢様…やめてください。もう…。お嬢様が死んだら、私の首が飛びます…本当に、何をしてるんですか」
アリオは泣いていた。それほどまでに俺が死んで、そのせいで自分が死ぬかもと気が気ではなかったのだろうか。
もう一度、俺はアリオの顔を見た。そして笑った。
いや、流石にそんなわけない。これは、安心しきってから出た涙だ。
俺はアリオの涙を指でそっと拭った。
「大丈夫。ここにいる。ちゃんと居るから」
「アリオの首は飛ばないよ。だって守ってくれたろ?」
命をかけて。俺なんかの、クズのために。
「ありがとう。アリオ。側にいてくれて」
アリオは泣いていた。ぶっちゃけ、アリオがどんな人なのか、俺には分からない。感動的にしようと思っても、結局は昨日今日の付き合いでしかない。だから、俺は泣けない。
お嬢ちゃんと長い付き合いなのか、そうでないのか、いい関係だったのか、良くなかったのか。
それでも、この、俺にとっては濃い2日の中で、一番近くにいて、支えて、守ってくれたから。だから。
なんか今、心から笑えてる気がする。
「お嬢様…ずっと側にいます……。噂なんてどうだっていい。今目の前で見たことが、私の信じる全てです」
「うん。そっか」
俺はアメリアとしてではなく、ただの俺として、藤咲として、目の前の彼女の頭を撫で、優しく慰めた。何か不穏な言葉が聞こえた気がしたが、気に留めなかった。
下心なしで、心から慰めるなんて本当に久しぶりかもしれない。なんて最低なことを思いながら。
「…アリオ、この子、全然起きないな」
「ええ。確かに」
もしやと思って脈を測ると、まだ息はあった。なら、なぜ起きないのか。
思い出されるのはあの光を吸う光景。…トラウマになりそうだ。
「この人形らしき物を見るに、黒魔術かもしれません」
「黒魔術…」
まぁ、薄々予想はついてたが、この世界には魔法とやらがあるんだな。
それがどんなルールの元にあるのかはさておき、実際に見ると、映画とは違う。現実の銃や兵器を見てるのと同じ恐怖があった。
あれは簡単に人の命を奪える術なのだと、直感できた。
「どうやったら、目が覚めるんだ?」
「それはあんたが知ってるはずだ」
「!?」
突然、頭上から声がした。
見ると、そこに居たのは、金の刺繍が施された上等な黒マントを着た青年だった。あと、ムカつくほど顔が良かった。どうでもいいけど。
黒い蔦のような模様が頬に走っていることを除けば、白い肌に、吸い込まれるような紫の瞳、スラットした背丈。髪色は見えないが、充分すぎるほどイケメンの要素を持っている。
ま、俺ほどじゃないけどな。いや、それは今どうでもよくて。
「だ、誰だあんた」
俺は思わず横に抱いていた少女をぐっと、身体に抱き寄せる。
「あんたこそ…何か、変わった…?」
「は?」
急に顔を近づけて、そいつは俺の目を覗き込んだ。俺はドン引きしつつ、思いっきり顔を顰めた。
「…まぁいい。仮にも聖女候補なら、そのくらい簡単だろ。やったら」
「こいつは俺が引き取る。騒ぎにならないように。文句言うなよ。俺だって伯爵様は怖い」
そいつは下に目線を移すと、俺の傍らに転がる木の棒とローブを手の中に引き寄せた。
そしていつの間にか消えた。
「お嬢様…?今、誰とお話をなさっていたのですか」
「は!?」
嘘だろ…そんなの俺が聞きたいわ。
「アリオ、見えてなかったのか」
「はい」
嘘だろ…じゃあ…。
考える暇もなく、騒ぎが収まったのを聞きつけて、段々と人が戻り、俺たちの周りに群がってくる。
つまり、この状況…。
俺が一番怪しいじゃないか!?!?
|
今日の成果
一人 : 街の金髪三つ編みの少女。
大体一話一万字くらいで全35〜50話を予定してます。あくまで目安ですが。
キャラ増えるのが遅くてすみません。
|おまけ
・イースト街
カーネスト家領地の中で最も栄えた街。事件が起きたのはその中でも人通りの多い大通りの一つ、ドライ通り。ちなみにルーベルハインツ家の邸宅があるのはウェスト地区。
カーネスト家の領地は国の中でも田舎寄りだが、そこまで王都から遠くはない。カーネスト伯爵が有能で忙しく、王都に頻繁に用があるため。