マブラヴガールズガーデン You're Under Arrest 作:マブラマ
アネット・ホーゼンフェルトは、ユーロ・タワー校舎の卒業生らしい誇らしげな笑みを浮かべながら、キラキラと輝く会場を見回した。
彼女の隣には、いつものメンバーが揃っている。
グレーテル・イエッケルン。
シルヴィア・クシャシンスカ。
そして、穏やかな微笑みを浮かべたイングヒルト・ブロニコフスキー。
四人とも、ユーロ・タワーの卒業生だ。
「『ノヴァセレス・エンタメフェス』……! この日をあたしは待っていたのよ!! イベント最高――――――!!」
アネットが両手を大きく広げ、まるで自分の胸が弾けそうなほどの大声で叫んだ。
瞳は期待と興奮で星のように輝いている。
すると、すぐ隣から冷たい声が飛んできた。
「こら。私達は遊びに来たんじゃないわよ。警備の仕事に来ただけだから」
シルヴィアが鋭い視線を向ける。
いつものように、きっちりとした口調で釘を刺す。
「えーーーっ!?」
アネットが即座に悲鳴を上げ、肩を落とした。
グレーテルがため息をつきながら、腕組みをしてアネットの頭を軽く小突いた。
「アネット、貴様目的を忘れたのか? アニメ・漫画のイベントフェス『ノヴァセレス・エンタメフェス』の警備に来たんだぞ。浮かれるのは良いが、サボるなよ」
「少しくらい、いいよね?」
「ダメよ!」
「いいじゃん!」
「クシャシンスカ、言っても無駄だ。発狂するぞ」
シルヴィアは舌打ちを漏らした。
「……チッ。勝手にしなさい」
「わあい! やったあ! イングヒルト! 一緒に行こ!」
アネットは一瞬で表情を明るく切り替え、イングヒルトの腕に絡みつくようにして引っ張った。
イングヒルトは苦笑しながらも、優しく肩をすくめた。
「もう、アネットったら……しょうがないですね」
「給料から天引きしておくから」
シルヴィアが背中で冷たく言い放つと、アネットが振り返って甘えた声を上げた。
「シルヴィア~。意地悪しないでよ~」
「私達はこれから警備の仕事よ。アンタ達は楽しんできなさい」
「ありがとう♪」
アネットはぴょんぴょんと跳ねるように喜び、イングヒルトの手を引いて歩き出した。「何処行きましょうか?」
「そうね~。―――あ」
突然立ち止まったアネットに、イングヒルトが不思議そうに首を傾げた。
「どうしました?」
アネットの視線の先には、巨大なビジョンに映し出される最新アニメのキービジュアルと、色とりどりのコスプレイヤーたちが溢れるフロアが広がっていた。
彼女の頰が、期待で赤く染まっていく。
ユーロ・タワーの誇りある警備担当者たちは、こうして今日も(少々問題を抱えながらも)イベントの喧騒に飲み込まれようとしていた。
数年前、アネット達がユーロ・タワー校舎の生徒だった頃。
アネットは拳を強く握りしめ、目の前の貴族生徒たちを睨みつけた。
――聞いてみると、理由なんて本当に理不尽だった。
気持ち悪いから。不愉快だから。価値観に反するから。ただの感情、印象、主観。
そんな身勝手な理由でも、彼女たちにとっては十分な「排除の理由」になるらしい。
ユーロ・タワーの貴族生徒Aが、鼻で笑うようにため息をついた。
「はぁ、まだ退学してなかったんだ? 目障りなんだけど」
「そうよそうよ。存在するだけで、ユーロ・タワーの品位が下がっちゃう」
「ええ、あんだけみんなから無視されても学園に居座るなんて、その図太さだけは褒めてやるわ」
アネットの声が、怒りに震えた。
「やっぱり、アンタ達だったのね! あたし達のキャバリエを勝手に廃棄するなんて……!」
イングヒルトが、信じられないという表情で訴える。
「こんなの、酷すぎます!」
グレーテルは低く、冷たい声で切り込んだ。
「……貴様等、何故このような事を? 無断廃棄は退学モノだぞ!」
貴族生徒Dが肩をすくめ、当然のように言った。
「なんか『気に食わない』――理由はそれで十分。理解しなさいよ」
「はい、そうですか。分かりました―――って納得すると思うか?」
グレーテルが一歩前に出る。政治将校出身の彼女の眼光は、鋭く冷えていた。
「この私達が不快に感じているの! あんた達はそれに配慮する義務があるわ!」
「配慮だと?」
「そうよ」
「自分勝手な理由で、私達が運用する予定だったキャバリエを廃棄処分させたのか? 貴様等みたいな『伯爵家』は貴族の恥だ! それを理解してまでやったんだな?」
「何を言おうと答えは同じ」
「……貴様等では話にならない。親を呼べ。政治将校出身の私を敵に回したら痛い目に遭うぞ」
「煩いわね! 平民の癖に!」
「あんた達の意見なんて聞いてない! 私達がどう感じるかだけ考えて生きてりゃいいの!」
グレーテルは静かに、しかしはっきりと吐き捨てた。
「要するに平民は『MGキャバリエに平民出身の生徒が搭乗する資格はない』……差別にも程がある」
イングヒルトの目から、大粒の涙が零れ落ちた。
「酷い……こんな……」
貴族生徒Aが、かつて同じ貴族側だったイングヒルトを冷笑した。
「イングヒルト、先週まではあなた、『貴族』側だったよね? 平民に成り下がった没落貴族の言葉は私達には届かない。聞かない。聞きたくない。黙って怯えて生きてればいい!」
「そんな……うぅ……うぅううう……」
「イングヒルト!」
アネットが叫び、イングヒルトを抱き寄せた。
「よくもイングヒルトを……イングヒルトを泣かせたわね!」
「ほんと、『地主貴族』なんか気に食わなかったのよ。さっさと消えて」
アネットの瞳に、怒りの炎が燃え上がる。
「くっ……! アンタ達、人の心とかないの!? 馬鹿にして……!」
「やめろ。アネット」
グレーテルが制したものの、その声にも抑えきれない苛立ちが滲んでいた。
「……貴様等全員、差別主義者だ」
当時は毎日のように、そんな差別主義者の貴族生徒たちから散々な扱いを受けていた。
周囲からの徹底的な無視。机に刻まれた悪意の落書き。朝になると消えている机と椅子。教師による加害者擁護。
そして、教頭コンラート・エックハルトの冷酷な言葉――
「被害者4人の命と加害者4人の未来、どちらが大切なのか? 馬鹿でも分かる筈だよ。……平民生徒は黙って貴族生徒の言うことを聞いていれば良い。いじめ? 不幸? 自殺? そんなの知ったことではない。私は自分をよりよい人生を送りたいだけだよ。君みたいな不穏分子にMGキャバリエに乗れないのは……自分でも理解してるだろ?」
訴えても握りつぶされ、泣き寝入りするしかなかった日々。
だが、グレーテルは正攻法では何も変わらないと判断した。
彼女たちはユーロ・タワーを離れ、ゾリャー校舎へと向かった。
そこで出会ったのは、校長と教頭、そしてチームクラスナのオルガ・ヴォルコワだった。そして彼女たちが貸与されたのは、ゾリャー校舎が誇る最新鋭のMG〈オベレーグ〉。
――模擬戦の日。巨大な訓練フィールドに、四機のオベレーグが降り立った。
長刀を主武装とし、灰色と緑の迷彩柄を基調とした機体は、洗練された美しさと野性を併せ持っていた。
対するは、最新型キャバリエを揃えた貴族生徒のエリートチーム。
戦いの幕が開いた瞬間、アネットのオベレーグは一気に加速した。
「いくよ、みんな!」
高機動で敵陣に斬り込み、長い刀身を閃かせる。
一閃。
敵キャバリエの肩部を深く斬り裂き、火花を散らしながら機体を回転させて背後に回り込む。
二撃目で関節部を正確に断ち切り、敵機を膝をつかせた。
グレーテルは冷静に援護射撃を重ね、シルヴィアが的確な電子戦で敵のロックを乱す。
イングヒルトは守りの要として前線を支えながら、的確なカウンターを放つ。
「これが……私たちの力よ!」
チーム対抗戦では、連携の妙で数倍の敵を翻弄。
バトルロワイヤルでは、四機だけで最後まで生き残り、華麗に敵機を次々と斬り伏せていった。
長刀が空を裂くたび、観客席から驚嘆の声が上がった。
貴族生徒たちのプライドは、粉々に砕かれていった。
連戦連勝。四人だけの平民チーム『シュヴァルツェスマーケン』は、オベレーグとともにその名をユーロ・タワー全校舎に轟かせた。
戦いの後、オルガ・ヴォルコワは穏やかでありながら力強い声で言った。
「よくやりましたね。あなた達。これでユーロ・タワーの平民チームとしての地位を築いたのも当然です。このオベレーグは、あなた達のものです。ゾリャー校舎はあなた達の事を同志として迎え入れます。レドフカのために、ユーロ・タワーのためにも――あなたの今後の活躍を期待しています。――――よく頑張りましたね、アネット・ホーゼンフェルト。いいパイロットです」
アネットはオルガの言葉を聞き、堪えきれずに号泣した。
「オルガさん……あたしは、本当にあの連中を見返したかっただけです。その結果が……あたし達の勝利を導いた。オベレーグ、凄くいい機体だよ。頑張って良かったぁ……うぅ……ぐすん……」
「よく頑張りましたね。その苦しみを涙に変えて、次の戦いに備えて鍛えてくださいね」「はい! 本当に、ありがとうございます!!!」
あの屈辱の日々を乗り越え、四人はようやく自分の居場所と、誇りを取り戻したのだった。
そして現在――――。
アネットは足を止め、遠くを見つめたまま微かに目を細めた。
「どうしたんですか? アネット」
イングヒルトが優しく尋ね、彼女の顔を覗き込んだ。
柔らかな金色の髪が、会場の照明を受けて淡く輝いている。
「……ちょっと昔を思い出しちゃって」
アネットは苦笑しながら、頭を軽く掻いた。
瞳の奥に、懐かしくて、どこか痛い記憶の欠片がよぎっていた。
「また……あの時のことですか?」
「うん。あの貴族どもが、平民のあたしたちを『目障り』って言ってキャバリエを勝手に廃棄した話。……今でも腹が立つけど、同時に、ゾリャーに行ってオルガさんに会えたからこそ、今のあたしたちがあるんだよねって、ふと思ったの。―――今はこうしてイベントの警備に来てるのに、結局楽しんじゃってる自分がいてさ。昔のあたしだったら、絶対に『遊びに来たんじゃない!』って自分に言い聞かせて、意地張ってたと思う。でも今は……少しくらい、いいよね?」
アネットの声は少し遠く、けれど確かに前を向いていた。
過去の屈辱と、それでも得た絆を嚙みしめるような、穏やかな響きだった。
イングヒルトは優しく微笑み、アネットの手をそっと握った。
「ええ、いいと思いますよ。アネットが笑ってる顔が、一番好きです。私も……あの頃を思い出すと胸が苦しくなりますけど、今こうして一緒にいられることが幸せです」
その言葉に、アネットの表情がぱっと明るくなった。
まるで暗い雲が一瞬で晴れたかのように。
「よし! イングヒルト、行こ! メイドコスプレのステージがあるらしいよ。あと、限定グッズもチェックしないと!」
「ふふっ、はい。一緒に行きましょう」
イングヒルトがくすっと笑い、二人は再び手を繋いだまま、賑やかな会場を駆け出した。周囲には色とりどりのコスプレイヤーたちが溢れ、最新アニメの主題歌が大音量で流れ、限定フィギュアやアクリルスタンドを求める人々の熱気が渦を巻いている。
アネットは時折後ろを振り返り、遠くで警備に当たっているシルヴィアとグレーテルの姿を探しては、小さく舌を出し、すぐに前を向いて笑った。
過去の傷はまだ完全に消えたわけではない。
けれど今は、その傷さえも彼女たちを強くし、こうして笑い合える理由の一つになっている。
「イングヒルト、ほら! あのメイドさん、超かわいいよ! あたしも今度あんなコスプレしてみようかな!?」
「アネットが着たら、きっと似合いますよ。でも……警備の最中に言わないでくださいね?」
「えへへ、ばれなきゃいいんだよ!」
二人の笑い声は、ノヴァセレス・エンタメフェスの華やかな喧騒に溶け込んでいった。シュヴァルツェスマーケンの誇りある卒業生たちは、今日も少しだけ、過去を胸に抱きながらも、未来に向かって軽やかに歩を進めていた。
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