マブラヴガールズガーデン You're Under Arrest 作:マブラマ
ステージの片隅で、ドロテアはまだ泣きじゃくる貴族生徒1の少女を優しく抱きしめ続けていた。
彼女の細い指が、少女の金色の髪を何度も優しく梳き、震える背中を温もりを込めて撫でる。
やがて、ドロテアは静かに顔を上げ、穏やかな声で言った。
「夏実、ありがとう」
リュシーが少し離れた場所で腕を組み、照れくさそうに肩をすくめた。
「いいって事よ。美幸は優しいんだから」
すると、貴族生徒1がドロテアの胸から顔を少しだけ離し、腫れた目でハリエットたちを見た。
「あ、あの……」
ハリエットが静かに応じた。
「……何ですか?」
貴族生徒1は唇を震わせながら、掠れた声で言った。
「……その、友達がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」
指揮官は内心で思った。
「(騙されてもなお『友達』か……)」
ドロテアが優しく、しかしはっきりと言った。
「……あなたは何も悪くないわ。そんな騙すような人は『友達』ではないわ」
貴族生徒1は力なく笑い、目を伏せた。
「……本当に浅はかでした。面目ありません」
ハリエットが一歩前に出た。
「ちょっといいですか?」
「う、うん……」
ハリエットは深く息を吸い、仲間たちに視線で確認を取った。
「こんなときになんですが、私達からも話があります。きっと、私達が話す最後の機会になると思うので」
ドロテアが少し心配そうに声をかけた。
「ハリエット…あなた」
リュシーが静かに言った。
「……言わせときなさい。美幸。―――彼女、言っても聞かないんだから」
ドロテアは小さく頷いた。
「そうね……」
ケイトが不安げにハリエットを見た。
「ハリィちゃん……」
ミリアムも静かに頷いた。
「ハリィ……」
ハリエットは三人に向かって穏やかに微笑んだ。
「みんな、いいよね?」
ドロテアが静かに言った。
「……わかった。気が済むまで全部話しなさい」
リュシーが腕を組んだ。
「いいも何も全てぶちまけちゃえばいいわ」
ミリアムが力強く頷いた。
「勿論!」
ケイトも覚悟を決めたように頷いた。
「……うん!」
貴族生徒1は覚悟を決めた表情でハリエットを見つめた。
「……わかった。全部受け止めるよ」
グレーテルが背後から低い声で言った。
「今日で最後の機会になると思うから全部正直に話して受け止めろ」
貴族生徒1が小さく頷いた。
「……わかった」
ハリエットは静かに、しかしはっきりと口を開いた。
「まずは、ありがとうございました」
貴族生徒1が驚いた顔をした。
「え…? 私、何もしてないけど…」
「あなたが正直に謝罪したからです」
「……その話だけじゃ、ないんだよね?」
ハリエットは静かに頷いた。
「そうですね……昨日していた過去の嫌がらせの『謝罪』の件です」
貴族生徒1が唇を噛んだ。
「………うん」
ハリエットは淡々と、しかし胸の内を正直に言葉にした。
「正直言えば、もうお前達のことを怒っても恨んでもいません」
貴族生徒1が息を呑んだ。
「……!」
ケイトが静かに続けた。
「でも、『許す』ことは、きっと一生しません」
「えっ……」
ミリアムが寂しげに微笑んだ。
「……納得、できてないからね」
貴族生徒1が震える声で言った。
「納得……」
グレーテルが厳しく言った。
「そうだ。自分は納得しても相手は納得してくれない。当然だろう。貴様は其程まで彼女達を追い詰めたんだ。一生許さないのも『現実』の一つに過ぎない」
ハリエットが静かに続けた。
「その謝罪が本気なことも、心が変わって過去を反省していることもすべて理解しています。その上でやはり私達はあなたを許しません」
グレーテルが補足した。
「人間は感情の生物だ。誰にだって納得しないだろう……加害者は傷一つ負わないが、被害者は心の傷が一生残る。『気に食わない』というのもハリエット達の答えの一部だ」
アネットが遠くから静かに言った。
「結果論に過ぎないの。今のあたし達やハリエット達は、ツヴァイクレ先生、オルガさん、グレーテル、シルヴィア、イングヒルトがいたからこそ救われたの。ドロテア、リュシー……そして指揮官、アンタのおかげでハリエット達は救われてるのよ」
ケイトが目を伏せながら言った。
「アークトゥルスという名誉も贈り、日々に不満はありません………それで怒りとか憎いって気持ちは……薄れました」
ミリアムが小さく頷いた。
「でも、そうならなかったら?って思うんだ。そうならなかった場合、ボク達は許せたかどうか……って」
グレーテルが静かに言った。
「私は許せないな。一生とまではいかないが、貴様の謝罪を聞いたとき、『許す』気持ちは伝わったよ」
ハリエットが最後に、穏やかでありながらもはっきりと言った。
「そうですね……答えは、当然『許せない』でした。お前の関係ないところで運良く救われたからって、お前のやったことを水に流せるかどうかは別問題だと思ったんです。私達がきっと許せるのって、過去やられたことをすべてその事実ごと過去改変してなくしたときです。それが私達にとっての『終わり』です」
グレーテルが重く言った。
「だが、それは物理的には不可能だ。ドラえもんなら何とかしてくれるが残念ながらそんな便利な道具はない。許す条件が全てなくなったら、それは『詰み』だ。『ごめんなさい』『申し訳ありません』『許して下さい』……それだけで『終焉』というのは納得出来ない」
ハリエットが静かに締めくくった。
「私達の痛みを置いて、過去を『終わらせて』……そこから解放されようなんて、納得出来るはずがありません」
貴族生徒1が震える声で聞いた。
「じゃ、じゃあ、どうすればいい? 贖罪なら――」
ハリエットが首を横に振った。
「別に贖罪なんて求めていません。消えて欲しいとかそんな気持ちも微塵もありません。ただ私達が勝手に許さないだけです」
ケイトが静かに言った。
「さっきグレーテルさんも言ってましたが……わたし達が許せるのって、過去が変わって全部なかったことになったときだけだから……」
ミリアムが小さく微笑んだ。
「うん……だから多分、やる意味はないと思う」
グレーテルが最後に言った。
「ここまで言われる程、貴様は彼女達を苦しめさせた。贖罪するのは勝手だが、答えは『NO』だ。三人の気持ちを考えてそう結論付けたんだ」
ハリエットが静かに告げた。
「昨日お前は言いました。『あのときのことを謝って、精算したい』と。ここまで言えばわかると思いますが、本当の意味で過去を清算できるのは傷付けた側だけだと思います」
ケイトが最後に言った。
「つまりは……謝罪って、あなたが心を入れ替えたことで産まれた罪悪感という負債を、早く解消したいだけだと……思います」
貴族生徒1が大きく目を見開いた。
「……!!」
ハリエットが静かに続けた。
「無自覚だったと思います。誠意も改心も反省も本物だと思います。でもどこかで、罪悪感を――早く過去を切り離して楽になりたい……自分の心から風化させて……悩みの種をひとつ消しておきたい……そう思ってはいませんでしたか?」
グレーテルが問いかけた。
「どうなんだ?」
貴族生徒1は長い沈黙の後、弱々しく微笑んだ。
「……それは……あったかもしれない……」
グレーテルが静かに言った。
「貴様の答えは既に出てる筈だ」
貴族生徒1は涙を拭い、静かに頷いた。
「……わかったわ。あなた達の言う通りにする。あなた達がやったこと、ずっと抱えていくわ」
ミリアムが小さく微笑んだ。
「うん、そうしてくれると嬉しいな」
ハリエットが最後に言った。
「――そしてこれからは、お互いに干渉し合わないようにしましょう。だって私達は根本的なところで、相容れないのですから。きっと、それが一番です」
貴族生徒1が静かに答えた。
「……ええ、そうね」
指揮官は内心で思った。
「(ちゃんと伝えたな……なんだか度胸もついた気がする)」
グレーテルが厳かに告げた。
「……エマ・ローゼンタール、貴様は今後、ハリエット・ミルズ、ケイト・フルニエ、ミリアム・ヘイワード。以下3人の接近禁止令を命じる。従わなかった場合、罰金刑・並びに懲役10年の刑罰を科せられる。ノヴァセレス地区議会兼政治将校、グレーテル・イエッケルン」
貴族生徒1(エマ)が小さく言った。
「……あの…」
「何だ?」
「……見守るだけならいいですよね……」
グレーテルは少し考えてから答えた。
「―――近づかなければ許容範囲だ。いいだろう……但し、話しかけるなよ」
エマは深く頭を下げ、声を震わせた。
「本当に申し訳ありませんでした!!!!」
グレーテルが静かに言った。
「謝罪は既に受け取った。これから先は自分一人で生きろ。強くなれ……それが私が出来る唯一の言葉だ」
かくして一連の騒動は、静かに、しかし確かに幕を閉じたのだった。
コンテスト会場には、再び穏やかな照明が灯り始め、遠くから拍手と歓声が少しずつ戻り始めていた。
ドロテアはエマの背中を再び優しく撫で続けていた。
しかし、その表情がふっと緩み、くすくすと小さな笑い声が零れた。
「……ぷぷっ、ふふふ。そろそろ演技はお終いにしましょう。リュシー」
リュシーがエマの肩から手を離し、照れくさそうに頭を掻いた。
「え?―――ああ、そうだな。お嬢」
二人は顔を見合わせ、同時に小さく息を吐いた。
ドロテアはエマから少し体を離し、優雅に髪を掻き上げながらいつもの気品ある微笑みに戻った。
リュシーは荒々しい「夏実」モードから、いつもの粗暴だが親しみやすい表情に戻る。
エマが涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、呆然と二人を見つめた。
「……え?」
ドロテアが柔らかく微笑んだ。
「ごめんなさいね、ちょっと長く演技を続けてしまって。『墨東署の美幸』としては、もう少し厳しくしないといけなかったんだけど……あなたがあんなに泣いてしまうと、つい本気で慰めてしまったわ」
リュシーが肩を回しながら笑った。
「まあ、結果オーライだろ。ちゃんと泣けたんだからよしとしようぜ」
エマはまだ状況が飲み込めていない様子で、ぼんやりと二人を見上げた。
「……あの、コスプレじゃ……なかったんですか?」
ドロテアがくすっと笑った。
「コスプレは本物よ。でも、演技は半分本気だったわ。あなたが本気で謝ろうとしてくれているのが伝わってきたから……つい、優しくしてしまったの」
リュシーがエマの頭を軽くポンと叩いた。
「泣きすぎだぞ。目が腫れてる。ちゃんと冷やせよ」
そのやり取りを見て、ハリエットが小さく微笑んだ。
「……やっぱり、ドロテア様とリュシー様ですね」
ミリアムが目を輝かせた。
「カッコよかった! 特にリュシー様の投げ技!」
ケイトがほっと胸を撫で下ろした。
「本物のお二人で……よかった……」
指揮官は少し離れた場所でため息をつきながら呟いた。
「……完全にノリノリだったな、あの二人」
グレーテルが腕を組み、呆れたように言った。
「公爵令嬢が婦警コスプレでミニパトを暴走させるなんて……学園のイメージがまた悪くなりそうだ」
ドロテアはエマの頰に残った涙を指で優しく拭いながら、穏やかに言った。
「もう大丈夫。あなたは利用されただけ。本当に悪いのは、あなたを騙して利用したあの二人と、伝淑会の連中よ。あなた自身は……よく頑張ったわね」
エマはまだ涙が止まらない様子で、ドロテアの胸に再び顔を埋めた。
「……ありがとうございます……本当に……」
リュシーが苦笑しながら言った。
「ほら、もう泣くな。化粧が台無しだぞ」
ステージ上では、警察の到着とともに残りの伝淑会メンバーも次々と連行され、会場はようやく平穏を取り戻し始めていた。
アネットが笑顔で手を振った。
「みんな、無事!? あたし、めっちゃ心配したよー!」
イングヒルトも後ろから静かに微笑みながら近づいてきた。
「無事でよかったです……」
こうして、ノヴァセレス・エンタメフェス最大の騒動は、予想外の形で幕を閉じようとしていた。
残されたのは、涙と反省と、そして少しだけ前を向くための、わずかな希望だけだった。
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