マブラヴガールズガーデン You're Under Arrest 作:マブラマ
数年前―――ユーロ・タワー校舎。
巨大な模擬戦闘フィールドに、緊張した空気が張りつめていた。
観客席はユーロ・タワー全校舎の生徒で埋め尽くされ、期待と嘲笑が入り混じった視線が一斉に二つのチームへと注がれていた。
片方は、最新型キャバリエを煌びやかに纏った貴族エリートチーム――『ユーロ・ナイツ』。
もう片方は、灰色と緑の迷彩柄を基調とした精悍なフォルムの〈オベレーグ〉を四機だけ揃えた、平民生徒によるチーム――『シュヴァルツェスマーケン』。
ユーロ・ナイツのリーダーである貴族生徒Aが、通信回線越しに嘲るように笑った。
「平民ごときがオベレーグを借りてきたからといって、調子に乗るんじゃないわよ。今日こそ貴族の力というものを、骨の髄まで叩き込んであげる」
アネットはコックピットの中で唇を噛み、操縦桿を強く握りしめた。
「――みんな、行こう。絶対に、負けない」
「了解」
「問題ない」
「ええ、頑張りましょう」
グレーテル、シルヴィア、イングヒルトの三人が静かに応答する。
開始のホーンが鳴り響いた。
「模擬戦、開始!」
刹那、アネットのオベレーグが爆発的な加速を見せた。
長刀を右手に構え、一直線に敵陣へ突進する。
「先手はもらうわよ!」
ユーロ・ナイツの前衛二機が迎え撃つ。
最新型キャバリエの機動性と火力を活かし、ビームライフルを連射しながら距離を取ろうとする。
しかし、次の瞬間――
「遅い!」
アネットのオベレーグが、蛇のように機体を捻りながら弾幕を掻い潜った。
長刀が銀色の軌跡を描き、一閃。ズガァァン!右側の敵機の右腕を肩口から斬り飛ばし、回転しながら左側の敵機の脚部関節へ二撃目を叩き込む。火花と金属の悲鳴が響き渡った。
「一機、機能停止!」
グレーテルが即座にフォローに入った。
彼女のオベレーグは冷静沈着に中距離から精密射撃を重ね、ユーロ・ナイツの後衛機の狙撃を封じる。
「シルヴィア、電子戦は任せた!」
「了解。敵のセンサー、かき乱してあげる」
シルヴィアのオベレーグが展開した電子戦ポッドが強力なジャミングを撒き散らし、ユーロ・ナイツの連携を一瞬で崩した。
ロックオン音が連続してエラー音に変わる。
「くっ、なんだこの電子妨害は!?」
貴族チームが動揺する隙を、イングヒルトが逃さなかった。
「アネット、援護します!」
彼女のオベレーグは守りの要として前線に立ち、盾のような大型ブレードで敵の攻撃を受け流しながら、的確なカウンターを放つ。
長刀の一突きが、敵機の胸部装甲を深く抉った。
ユーロ・ナイツのリーダーが焦りの声を上げた。
「集中しろ! 平民ごときに後れを取るんじゃないわよ!」
四対四の乱戦が始まった。
ユーロ・ナイツは機体性能と物量で優位に立とうとしたが、シュヴァルツェスマーケンの四人は呼吸の合った連携でそれを上回った。
アネットの攻撃は獰猛で予測不能。
グレーテルの射撃は冷徹で的確。
シルヴィアの電子戦は戦場全体を支配。
イングヒルトの防御とカウンターは鉄壁だった。
「はああああっ!」
アネットのオベレーグが跳躍し、回転しながら長刀を振り下ろす。
ユーロ・ナイツのリーダー機の頭部を狙った一撃は、ギリギリで防がれたが、続く二撃目で左肩を深々と斬り裂いた。
「これで……終わり!」
最後の敵機が膝をついた瞬間、フィールドに終了のサイレンが響き渡った。
【勝者:シュヴァルツェスマーケン】
観客席がどよめいた。貴族生徒たちが呆然と立ち尽くす中、平民生徒たちの歓声が爆発的に沸き起こった。
コックピット内で、アネットは息を荒げながらも、満面の笑みを浮かべた。
「やった……やったよ、みんな!」
グレーテルが静かに、しかし力強く言った。
「これが、私達の答えだ」
イングヒルトは安堵の吐息を漏らし、シルヴィアも小さくガッツポーズを取っていた。ユーロ・ナイツのリーダーは操縦席の中で唇を血が出るほど噛みしめ、悔しさに震えていた。
彼女たちがこれまで嘲り、蔑み、踏みにじってきた平民たちに、完膚なきまでに敗北した瞬間だった。
アネットは通信を開き、敵チームに向かって堂々と告げた。
「――これが、私達の力よ。目障りだったら、いつでも相手になるわ」
その言葉は、ユーロ・タワーの歴史に、小さくも確かに刻まれることになった。
この模擬戦をきっかけに、『シュヴァルツェスマーケン』の名は一気に広まり、四人はオベレーグとともに多くの戦いを勝ち抜いていくことになる。
模擬戦の終了サイレンが、静かにフィールドに響き渡った後も、ユーロ・ナイツの面々はしばらくコックピットから降りることさえ忘れていた。
四機の最新型キャバリエは、まるで壊れた人形のようにその場に立ち尽くしている。
中には操縦席で悔しさのあまり操縦桿を叩き壊さんばかりに拳を振り下ろす者、顔を真っ赤に染めて全身を小刻みに震わせている者もいた。
「う、嘘……でしょ……?」
リーダーの少女が、掠れた声で呟いた。
プライドの砕ける音が、彼女の耳にだけ大きく響いていた。
観客席の貴族生徒たちの間からは、ブーイングと驚愕の声が渦を巻いた。
「ありえない……ユーロ・ナイツが平民ごときに……」
「四対四で完敗だと……?」
平民生徒たちの側からは、逆に歓声と拍手が爆発的に湧き上がっていた。
校長席では、エーリヒ・シュミットと教頭コンラート・エックハルトが苦々しい顔で沈黙を保っていた。
二人の表情は、まるで苦い毒を飲まされたかのように歪んでいた。
彼らはこの結果を握りつぶそうと動いた。
しかし、ゾリャー校舎とレドフカ教育委員会からの強い圧力、そして何より「観客の前での完全敗北」という動かしがたい事実が、彼らの企てを粉々に砕いた。
すでに多くの生徒や関係者がこの模擬戦の結果を目にし、口々に語り始めていた。
隠蔽すればするほど、火に油を注ぐことになる。
その後、二人はザルトゥーム学園の学園長フランツ・ハイムにより厳しく糾弾された。
教職免許は剥奪され、被害を受けた平民生徒たちに対する慰謝料と賠償金の支払いを命じられた。
所謂、完全なる失脚だった。
失脚後、二人はレドフカへと戻り、ゾリャー校舎の教壇に立つことを許されたが――それも束の間だった。
ある冷たい午後。
レドフカ教育委員会本部の一室で、オルガ・ヴォルコワは静かに二人を前に立っていた。「貴方方はレドフカの恥です。教壇に立つ資格はありません―――エーリヒ・シュミット。いや、『グレゴリー・アンドロポフ』と呼ぶべきですか」
オルガの声は、氷のように冷ややかだった。
シュミット――本名グレゴリー・アンドロポフは、薄く嘲るような笑みを浮かべた。「……君は優秀な猟犬だ。が、私の負けのようだな。――私は貴族と平民の間がどうなろうと知ったことではない。しかし……」
「言い分なら一応聞きますが」
シュミットはゆっくりと目を細めた。
「ユーロ・タワーは貴族が築き上げたモノだ。平民ではない。私は『平民』出身だが、貴族を構成とした校舎を君は潰すつもりか?」
オルガは静かに、しかしはっきりと首を横に振った。
「時代は変わっていきます。貴族でも平民でも無関係です。―――連行して下さい」「――は!」
待機していた警備員たちが即座に動き、シュミットとエックハルトの両腕を掴んだ。
シュミットは最後に、意味深な笑みを浮かべてオルガを見た。
「オルガ・ヴォルコワ。君はまだ気付いていない。この島が本当に『支配』してるのは誰かを」
オルガは表情一つ変えずに、冷たく切り捨てた。
「あなたには無関係です」
二人はそのまま連行され、横領の容疑で正式に逮捕された。
表舞台から、完全に消えることになった。
その頃、ノヴァセレス・エンタメフェスの会場では――アネットがイングヒルトの手を引いて、メイドコスプレのステージへと駆け出していた。
過去の屈辱は、確かに胸の奥にまだ棘のように残っている。
しかしその棘は、今や彼女たちを強くし、前に進むための力に変わっていた。
「イングヒルト! ほら、あのメイドさん、すっごい可愛い!」
「ふふっ、本当に……アネットが一番楽しそうで、何よりです」
四人が勝ち取った勝利と、オルガが与えてくれた未来は、こうして彼女たちの日常を優しく照らしていた。
アネット達がユーロ・タワーを卒業して数年後。
ユーロ・タワー校舎の新校長に就任したのは、ハインツ・アクスマンだった。
教頭には彼の側近であるミヒャエル・ゾーネが着任した。アクスマンは典型的な機会主義者だった。
しかし前任のエーリヒ・シュミットとは違い、平民生徒の功績を無理に隠蔽しようとはしなかった。
ただ静かに、冷めた目で見守るだけ。
彼は「時代がどちらに傾こうと、勝ち馬に乗っていれば良い」と考えていた。
だからこそ、アネット・ホーゼンフェルトら『シュヴァルツェスマーケン』の活躍も、公式記録に残された。
その後も、ピクシス・マスールやユニティ・エッジの時代が訪れても、アクスマンは校長の椅子に居座り続けた。
表向きは穏健派を装いながら、裏では巧みに手を回す男だった。
そして、ある事件が起きた。――アークトゥルス計画。表向きは「貴族と平民の融和」を掲げた新チーム編成プロジェクトだった。
貴族側の筆頭にドロテア・カークランド、平民側の筆頭にクラウディア・ヴァーグナーを据え、実力重視で五人の精鋭を集めるはずだった。
しかし、それはアクスマンとゾーネ、そして伝統を守る淑女の会――『伝淑会(でんしゅくかい)』の暗躍によって、最初から歪んだ形で進められていた。
ドロテア・カークランドは高潔で誇り高い貴族令嬢。
クラウディア・ヴァーグナーは、荒々しくも真っ直ぐな平民のパイロット。
二人が中心となり、本来であれば真の混成チームが生まれる可能性もあった。
だが結局、アークトゥルスは完全な融合を果たすことなく、ピクシス・マスールとユニティ・エッジによる「連合チーム」という中途半端な形で落ち着いた。
ピクシス・マスールの解散も、アークトゥルスの編成も、全て彼らの仕業だった。
『伝淑会』は古い貴族の血統と伝統を何より重んじ、平民の台頭を極度に嫌っていた。
アクスマンはその思惑を利用し、自身の権力基盤を維持するために彼らを動かしたのだ。
遠い未来の、ある夜。
すでにユーロ・タワーを去ったアネットは、イングヒルトと共に古い記録映像を見ながら小さく呟いた。
「アクスマン校長……結局、あの人は何を考えていたんだろうね」
イングヒルトが静かに答える。
「融和を掲げながら、実際は誰も本気で融和させたくなかった……ということでしょうか。ドロテアさんもクラウディアさんも、利用されただけだったのかもしれません」
グレーテルが腕を組んで付け加えた。
「シュミットは露骨だったが、アクスマンは狡猾だ。表では中立を装い、裏では『伝淑会』と手を組んでいた。あの男が校長の座に長く居座れたのは、そういうバランス感覚があったからだろう」
シルヴィアは眼鏡を押し上げ、冷めた声で言った。
「結局、ユーロ・タワーはまだ『貴族の城』であり続けているってことね。私達が勝ち取ったものは、確かに残ったけれど……根っこの部分は、そう簡単には変わらない」
アネットは拳を軽く握り、窓の外の夜空を見上げた。
「……でも、あたし達は変わったよ。オベレーグに乗って、貴族どもを見返して、オルガさんにも認めてもらって。それに、今の後輩たちもきっと、どこかで戦ってるはずだもん」
彼女の瞳には、過去の屈辱と勝利の記憶、そして未来への小さな希望が宿っていた。
ハインツ・アクスマンが静かに見守り続ける中、ユーロ・タワーの歴史は、新たな世代によって再び動き始めようとしていた。
『伝淑会』の影が忍び寄る中、ドロテア・カークランドとクラウディア・ヴァーグナーは、まだ知らされていない真実を抱えて、連合チーム『アークトゥルス』として戦いの舞台に立っていた。
物語は、まだ終わらない。
Fortgesetzt werden