マブラヴガールズガーデン You're Under Arrest 作:マブラマ
ベンチで水分補給を終え、十分ほど休憩を取ると、ミリアム、ケイト、ハリエットの三人もようやく落ち着きを取り戻した。
彼女たちの表情からは、先ほどの緊張と動揺が少しずつ引いていくのが見て取れた。
ミリアムが申し訳なさそうに頭を下げた。
「ボク達のことで、時間とっちゃってごめんなさい」
ハリエットも静かに目を伏せた。
「……心配をおかけしました」
ケイトが遠くのステージの方を見て、小さく微笑んだ。
「もう……大丈夫です。リリーさん達、三人と一緒に踊ってますね」
グレーテルが腕を組み、冷ややかに言った。
「ハリエット達をいじめた罰だ。リリーなら何とかしてくれるだろう」
アネットが興味津々にグレーテルへ顔を寄せた。
「グレーテル、リリー達…どんなコスプレしてくるの?」
グレーテルが肩をすくめた。
「え? さあ、分からんが…リリーの十八番だろう」
指揮官が苦笑しながら言った。
「やっぱり特撮か……ジャスティオンのコスプレか?」
グレーテルが即座に切り返した。
「私に聞くな」
アネットが目を輝かせて予想を述べた。
「メタルヒーローシリーズのどれかのコスプレしてくると思うよ。あたしはそう予想しているわ~」
リュシーがため息をつきながら呟いた。
「しかし…なんつーか、こんなとこで再会するなんてな」
アネットが穏やかな声で言った。
「いじめた過去は消えないけど、贖罪の道へと進むならそれでいいと思うけどな~」
グレーテルが厳しい表情のまま言った。
「問題はあの二人だ。明らかに反省していない様子だった」
ミリアムが少し寂しげに言った。
「意外だった…ボクの知るあの人達なら、絶対参加しないと思うし」
クラウディアが遠慮がちに申し出た。
「あ、あの……宜しければ、私達は席外しましょうか?」
グレーテルが首を横に振った。
「いや、証人になって貰うぞ」
クラウディアが小さく肩を落とした。
「ですよね……」
ハリエットが静かに微笑んで言った。
「別に気にしなくていいですよ。もう怒ったり憎んだりしているようなものでもないので」
指揮官が少し意外そうに聞いた。
「そうなのか?」
グレーテルが当然のように頷いた。
「当然だ」
アネットがハリエットの顔を指差した。
「ハリエットの顔見てみなさい。もう彼奴らを恨んだりしてないよ」
グレーテルが遠い目をして言った。
「……私達もかつていじめていた貴族生徒のことは恨んだりしたが、それはもう過去の話だ。引き摺ってたら何も進まないからな」
イングヒルトが優しく同意した。
「そうですね。あの人達もあの人達なりで別の道へと進んでいますし」
グレーテルがメガネのブリッジを押し上げながら続けた。
「いじめた側はよりよい人生を送れるが、そこから先は地獄が待ち構えている。何も反省せずのうのうと生きてる連中は、残念ながら沢山いる。当時は未成年だから前科は付かなかったが、デジタルタトゥーで連中の人生は滅茶苦茶だ。自業自得としか言えないよ」
ハリエットが静かに尋ねた。
「加害者側の家族も…ですか?」
グレーテルが淡々と答えた。
「家族や親戚も巻き込まれてる可能性は高い。リストラ・クビ・左遷・懲戒解雇。婚約破談・破局…数えても数え切れない」
アネットが少し明るく話題を変えた。
「今のユーロ・タワーっていじめ被害者を救済しているよね?」
グレーテルが頷いた。
「ああ、最近カウンセラー室を設けて精神科出身の医者を配置したらしい。少しはよくなったが…」
イングヒルトが皆の顔を見回した。
「皆さんに聞いて欲しいです。私達が今それぞれ考えたことを」
クラウディアが真剣な表情で答えた。
「……分かりました。聞くことで助けになるなら聞きましょう」
こうして落ち着いたことで、彼女達の中で考えが纏まったのだろう。
グレーテルが三人に向き直り、厳しい口調で言った。
「ハリエット、ケイト、ミリアム。その貴族生徒はお前をいじめた張本人だろ? 詳しく説明して貰うぞ。拒否権はない」
ケイトが少し緊張しながら答えた。
「は、はい! 手を出すと明らかに『証拠』が残ってしまうので、精神的な嫌がらせに集中していたと思います」
グレーテルが小さく頷いた。
「ふむ…それはまだマシな方だな」
アネットが苦い笑みを浮かべた。
「あたし達の場合は、もっと酷かったんだよね」
イングヒルトが静かに続けた。
「ええ、さっき話したのですが…」
グレーテルがメガネを外し、ハンカチでレンズを丁寧に拭きながら言った。
「連中は定期的にスマホのデータやLINEの履歴、画像、ファイル、文章、SNSでの投稿内容……隅から全て調べられた。当時は屈辱だったよ」
ミリアムが頷いた。
「ボク達も中身調べられたよ」
グレーテルが眼鏡をかけ直しながら言った。
「類は友を呼ぶ……お前達は怒りも憎しみはないと思うのは勝手だが、私達は未だに許せない。だが、当時、私達をいじめた連中は前科は付かず今も社会に溶け込んでるからな」
ハリエットが静かに答えた。
「そうですね……『許す』となると話は別です」
グレーテルが力強く言った。
「その通りだ。あのリーダーはともかく、取り巻きの二人は口だけ。奴等も許せないよ。―――ハリエット、絶対に許してはならないぞ」
ハリエットが穏やかに、しかしはっきりと言った。
「分かってます。怒りも憎しみも殆どありません。一方で許せるほどの納得もしていないんです」
グレーテルが満足げに頷いた。
「そうだな」
クラウディアが複雑な表情で皆を見つめていた。
「皆さん……」
ケイトが少し迷いながら意見を述べた。
「わたしは、少し違う意見……曲がりなりにも謝罪があったなら、許すべきかなと」
グレーテルが鋭く反応した。
「何だと?」
ケイトが慌てて手を振った。
「し、視野を広げて意見を聞くべきで少し考えては…います!」
グレーテルが静かに言った。
「……私は許せんな。だが、それを決めるのは私ではなくお前達だ」
イングヒルトが優しく、しかしはっきりと言った。
「三人とも、これからアークトゥルスとして色々背負っていくんでしょ? だったらそういうのは全て断ち切らないとダメですよ」
グレーテルがケイトの目を見つめた。
「……ケイト、お前の本心を聞きたい。此奴らは本当に許せるのか?」
ケイトが少し逡巡した後、静かに答えた。
「―――――私も…本心では、許せないです。というより、ここで許しても、何も終わっていない気がします……少なくとも、私達は……」
ミリアムがそっとケイトの肩に手を置いた。
「ケイ……」
グレーテルが皆を見回した。
「みんな、同じ意見だ。勿論、指揮官もだ」
指揮官が頷いた。
「ああ、俺もハリエット達と同じ意見だ。納得出来ないなら許す必要はないと思う」
グレーテルがため息をついた。
「……甘いな貴様は」
指揮官が肩をすくめた。
「ほっとけ土建屋」
グレーテルが即座に訂正した。
「政治将校だ!」
指揮官が真剣な顔で続けた。
「被害者のミリアム達が、加害者のためにそんな終わり方を受け入れる必要はない」
グレーテルが苦々しく言った。
「とある中学校の教頭を務める男性はこう言い残している。―――『10人の加害者の未来と、1人の被害者の未来、どっちが大切ですか。10人ですよ。1人のために10人の未来をつぶしていいんですか』と」
ハリエットが息を呑んだ。
「それって…」
グレーテルが頷いた。
「ああ、エックハルト元教頭と同じように加害者側を擁護したアマツ地区の中学校の教頭だ。『中山理論』と私が勝手に解釈している」
ミリアムが顔を歪めた。
「教頭が…酷すぎる」
グレーテルが静かに言った。
「現実だ。受け入れるしかない――それでも自殺者は絶えず、今の…ユーロ・タワー校舎がある」
リュシーが腕を組んで言った。
「あたしもミリアム達と同意見だ。そして指揮官、グレーテルさんに同意見だ。簡単に割り切れるもんじゃないと思うしな」
ドロテアが優しく微笑んだ。
「わたくしも3人の味方よ。よく自分達の気持ちを話してくれたわね」
ハリエットが頭を下げた。
「いえ…寧ろ、聞いて頂きありがとうございました」
クラウディアが心配そうに言った。
「その気持ち、これから伝えに行きますか?」
グレーテルが即座に止めた。
「やめた方がいい」
クラウディアが戸惑った。
「でも、それじゃ…」
グレーテルが強い口調で繰り返した。
「やめろと言っているんだ。……今はな」
ミリアムが明るく切り替えた。
「そうだよね。今はいい! まずは目の前のことに集中!」
ハリエットが同意した。
「ですね。今の私達はアークトゥルスとしての役目……コンテストに意識を向けるべきかと」
ケイトも頷いた。
「個人的な事はその後でいいかなって……思っています」
グレーテルが最後に釘を刺した。
「だからと言って先延ばしにするのはよくない。ちゃんと伝えておくべきだ」
指揮官が言った。
「それは分かってるが……コンテストに参加するわけか。このまま出場すると、嫌でもまたあの連中と顔を合わせることになるが」
グレーテルが自信を持って答えた。
「それは対策済みだ。私の同胞…ヴォルコワが後方でサポートしてくれる」
アネットが笑いながらリュシーを指差した。
「ま、その時はあたしがぶっ飛ばしてやるからね。リュシー、アンタも手伝いなさいよね♪」
リュシーが渋々答えた。
「な、何であたしが…」
イングヒルトが微笑みながら言った。
「拒否権はないですよ」
リュシーがため息をついた。
「……ったく、卒業生だからって自由すぎるだろうが。――分かった。あたしも何か手伝うよ」
グレーテルが小さく微笑んだ。
「助かる」
リュシーが肩をすくめた。
「いいさ。オベレーグ乗りの頼みは断れねえよ」
グレーテルが皆を鼓舞した。
「貴様等、辞退したらノヴァセレスどころかレドフカの恥だ! 分かってるだろうな?」
ハリエットが慌てて背筋を伸ばした。
「え?! あ、はい!!」
ケイトが首を傾げた。
「何でレドフカが出てくるんですか?」
ミリアムが笑いながら答えた。
「『同胞』だからじゃない? ほら、オベレーグを運用してる校舎」
ハリエットが思い出したように言った。
「ゾリャー校舎でしたね」
グレーテルが力強く言った。
「そうだ! 私達はノヴァセレス出身でありながら、ユーロ・タワーの誇り…そしてレドフカの同胞だからだ! コンテストを辞退したら同志ヴォルコワが悲しむことになる」
ミリアムが元気よく答えた。
「よくわかんないけど、なんかわかった!」
ハリエットが微笑んだ。
「辞退する気はありませんよ」
グレーテルが満足げに頷いた。
「その意気だ! 参加者はどんなコスプレしてくるのかわからない。気を抜くなよ」
アネットがからかい気味に言った。
「グレーテル、マネージャーっぽいね~」
グレーテルが頰を赤らめて言い返した。
「煩い! 私はただ、彼女達が心配なだけだ!」
その時、落ち着いた男性の声が響いた。
「貴様もこのイベントに来たのか? イエッケルン同志」
グレーテルが驚いて振り向いた。
「ツヴァイクレ先生!?」
そこに立っていたのは、白髪に眼鏡をかけた、知的な印象の男性だった。
ヨハネス・ツヴァイクレ――グレーテルの恩師であり、ユーロ・タワー校舎の教師の一人だ。
ツヴァイクレが穏やかに微笑んだ。
「まさか貴様達がここにいるとは思わなかったよ。何をしてるんだ?」
グレーテルが少し緊張した様子で答えた。
「お、お久しぶりですツヴァイクレ先生。私はこのイベントの警備を任されてここにいます」
ツヴァイクレが頷いた。
「警備か。それはいい事だ。私は『コスプレコンテスト』の審査員としてここに来ている。二日目が楽しみだよ」
クラウディアが興味深そうに聞いた。
「グレーテルさんの先生ですか?」
グレーテルが誇らしげに紹介した。
「ヨハネス・ツヴァイクレ先生だ。彼はユーロ・タワー校舎の教師の一人で元政治将校だ。ゾリャー校舎のオベレーグを貸したのは彼のおかげだ」
ツヴァイクレが遠い目をしながら言った。
「私は一度ゾリャー校舎に出向したことがあってな。チームクラスナのメンバー達や他の生徒。教師、教頭、校長も私に教えてくれたよ。『貴族の血筋より純粋な忠義が必要不可欠だ』とな」
グレーテルが補足した。
「レドフカ教育委員会とのパイプを築き上げたのは彼だ」
ツヴァイクレが静かに、しかし強い口調で言った。
「全く…お前と来たら碌な目に遭わないよ。貴族が平民を差別するような連中はエゴに過ぎない。結局、自己満足で使い潰しするだけだ。―――特に反融和派の連中はもっとタチが悪い。彼奴らもノヴァセレスの癌だ。この世から消え去るのみだと私は思っている」
ツヴァイクレの言葉に、その場にいた全員がわずかに息を呑んだ。
グレーテルは恩師の顔を真っ直ぐに見つめ、静かに頷いた。
「先生……相変わらず過激なお言葉ですね」
ツヴァイクレは眼鏡の奥で目を細め、薄く笑った。
「過激などではない。現実を述べているだけだ。融和を掲げながら裏で平民を貶め、貴族の特権にしがみつく連中は、所詮は時代に取り残された屑に過ぎん。イエッケルン同志、お前がかつて味わった屈辱を、私は忘れていない」
アネットが少し明るく、しかし真剣な声で言った。
「ツヴァイクレ先生……あの頃は本当にありがとうございました。オベレーグを貸してくださったのも、先生の後押しがあったからですよね?」
ツヴァイクレはアネットを見て、穏やかに目を細めた。
「ホーゼンフェルトか。元気そうだな。お前たちの活躍はゾリャー校舎でもよく聞いている。平民チーム『シュヴァルツェスマーケン』は、今もレドフカの誇りだ」
イングヒルトが優しく頭を下げた。
「先生のおかげで、私達は自分の居場所を見つけることができました」
ツヴァイクレは軽く手を挙げてそれを制し、周囲のアークトゥルスの面々へと視線を移した。
「で、こちらが噂の『アークトゥルス』か。貴族と平民の融和の象徴……表向きは綺麗な看板だが、現実はそう甘くない。君たちも、すでにその壁にぶつかっているようだな」
クラウディアが緊張した面持ちで一歩前に出た。
「はい……先ほど、過去にハリエットさん達をいじめていた貴族の生徒たちと再会しました」
ドロテアが静かに扇子を閉じた。
「形だけの謝罪と、本心からの反省が混在しているようでしたわ」
ツヴァイクレは小さく鼻を鳴らした。
「予想通りだ。所詮、貴族とはそういう生き物だ。落ちぶれて初めて自分の罪に気づく……そして気づいた途端、また別の言い訳を探す。リーダー格の一人はまだ救いがあるかもしれないが、取り巻き二人はどうしようもない屑だろう」
グレーテルが同意するように頷いた。
「先生の言う通りです。あの二人は目が完全に濁っていました」
ツヴァイクレはハリエット、ミリアム、ケイトの三人を順番に見つめた。
「君たち三人も、よく耐えてきた。いじめという名の暴力は、肉体的な傷より心に深く刻まれる。忘れろとは言わない。だが、忘却ではなく『克服』しろ。それが最も困難で、最も尊い道だ」
ハリエットが静かに、しかしはっきりと言った。
「……はい。忘れるつもりはありません。ただ、引きずって前に進めなくなるのも嫌です」
ミリアムが拳を軽く握った。
「ボクも……今はコンテストに集中したいです」
ケイトが少し迷いながらも頷いた。
「わたしも……今は、前に進みたいと思います」
ツヴァイクレは満足げに頷き、グレーテルに向き直った。
「イエッケルン同志。明日のコンテスト、私は審査員として公平に採点するつもりだ。だが、もし不正や妨害があれば……容赦はしない。レドフカの名にかけて、徹底的に潰す」
グレーテルが背筋を伸ばした。
「了解しました。先生」
ツヴァイクレは最後にアネットとイングヒルトを見て、わずかに口元を緩めた。
「二人は教師になったと聞いた。後輩たちを、ちゃんと導いてやれよ。特に……融和などという綺麗事で誤魔化される愚か者たちを、見抜ける目を養わせてやれ」
アネットがにっと笑った。
「任せてください! あたしがぶっ飛ばします!」
イングヒルトが苦笑しながらアネットの頭を軽く叩いた。
「暴力はダメですよ、アネット」
ツヴァイクレは小さく笑い、皆に軽く会釈した。
「では、私は審査員控室に戻る。明日、舞台の上で最高のパフォーマンスを見せてくれ。―――君たちはもう、十分に戦えるはずだ」
そう言い残すと、ツヴァイクレは白髪を風に揺らしながら、賑やかな会場の人波の中へと消えていった。
その背中を見送った後、グレーテルが静かに息を吐いた。
「……先生は変わらないな」
アネットが両手を伸ばして大きく伸びをした。
「よーし! 先生にも見せつけてやりましょう! あたし達の今を!」
ミリアムが元気を取り戻して拳を突き上げた。
「うん! コンテスト、絶対に頑張るよ!」
ハリエットとケイトも互いに顔を見合わせ、小さく微笑んだ。
指揮官が皆を見回し、静かに言った。
「さて……休憩はここまでだ。残りの時間も、しっかり楽しんで、準備をしろ」
クラウディアが深く頷いた。
「はい!」
リュシーが照れくさそうに頭を掻いた。
「……ったく、結局みんな熱くなってるじゃねえか」
イングヒルトが優しく微笑んだ。
「それが、私達の強みですから」
ノヴァセレス・エンタメフェスの明るい陽射しの中、過去の傷を抱えながらも前を向く者たちと、それを静かに見守る者たちの物語は、まだ続いていく。
明日のコスプレコンテスト――そこで彼女たちは、何を掴み、何を乗り越えるのだろうか。
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