### 物語の中盤:『血と魔力の交差点、そして姉としての誓い』
#### 2. ビル屋上の激突と真名露見
冬木の夜空を、二つの極大の魔力が塗り潰していく。
新都センタービルの屋上。
上空から急降下してくるのは、神代の神秘をそのまま形にしたような純白の天馬(ペガサス)。ライダーが手綱を引き絞るたびに、周囲の空間そのものが巨大な質量を持った「光の断層」へと変貌し、流星のような破壊の彗星となってセイバーへと迫る。
対するセイバーは、暴風の封印を解かれた黄金の剣を両手で上段に構え、真っ直ぐに天空を見据えていた。
彼女の足元のコンクリートが、溢れ出す魔力の余波だけでメリメリと蜘蛛の巣状に砕け、空中に無数の瓦礫がふわりと浮き上がる。
隣のビルの屋上からその光景を見守る宝鐘マリンは、恐怖すら忘れて息を呑んでいた。
(……綺麗)
争いも、血を見るのも大嫌いなはずのマリンの心に、不謹慎にもそんな感情が湧き上がっていた。
セイバーの剣から放たれる黄金の輝き。それは、先程の学校で感じたようなおぞましい殺意や、ランサーが放っていた血の匂いとは全く違う。
純粋で、どこまでも気高く、人々の希望を編み上げたかのような、温かくも圧倒的な『星の光』だった。
「来るぞ……っ! キャスター、防壁を最大にしろ!!」
凛が叫ぶ。
「言われるまでもありません!」
メディアが即座にマリンを背後に庇い、士郎と凛を含めた四人の周囲に、数十枚の強固な魔術障壁(アイギス)を展開した。
そして、その時は訪れる。
**「——『騎英の手綱(ベルレフォーン)』ッ!!!」**
ライダーの絶叫と共に、白い彗星がセイバーを跡形もなくすり潰そうと、ビルの屋上へと激突する寸前。
静かに目を閉じていたセイバーが、カッ、と翡翠の瞳を開いた。
彼女の全身から、限界を超えた莫大な魔力が黄金の奔流となって剣へと注ぎ込まれ、夜の闇を完全に払拭する。
**「——『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ッ!!!」**
セイバーが、黄金の剣を天空に向かって振り抜いた。
その瞬間、世界から『音』が消え去った。
マリンの鼓膜が、規格外のエネルギーの衝突による物理的な飽和状態に陥り、全ての音をシャットアウトしたのだ。
視界を埋め尽くしたのは、圧倒的な光の濁流。
ライダーの放った純白の彗星と、セイバーの剣から放たれた黄金の光柱が激突し、数秒の拮抗ののち——黄金の光が、いとも容易く白の光を呑み込み、焼き尽くし、そのまま冬木の分厚い雲を真っ二つに切り裂いて、遥か宇宙(そら)の彼方へと突き抜けていった。
「————っ!!」
遅れてやってきた凄まじい衝撃波と轟音が、新都のビル群を大きく揺るがした。
メディアの張った数十枚の防壁が、ガラスが割れるように次々とパリン、パリンと砕け散っていく。最後の一枚がヒビ割れながらも辛うじて衝撃を殺し切った時、暴風が嘘のようにピタリと止んだ。
「……っ、はぁっ、はぁっ……」
マリンはへたり込みそうになる膝を必死で支えながら、ゆっくりと目を開けた。
「……嘘でしょ」
士郎が、信じられないものを見るように呟いた。
隣のセンタービルの屋上は、もはや元の原型を留めていなかった。
分厚いコンクリートの床は巨大なクレーターのようにえぐれ、周囲のフェンスは飴細工のように溶け落ちている。
ライダーと、あれほど圧倒的だった天馬の姿は、どこにもない。黄金の光の奔流によって、文字通り塵一つ残さず消滅させられたのだ。
そして、そのクレーターの中心。
もうもうと立ち込める白煙の中に、剣をだらりと下げて佇む、青銀の騎士の姿があった。
「勝った……。セイバーが、ライダーに勝ったんだ……!」
士郎が安堵の声を上げ、フェンスを乗り越えようとする。
しかし、その場にいたもう一人のサーヴァント——メディアの紫水晶の瞳は、驚愕に大きく見開かれていた。
彼女の視線は、セイバーの手にある黄金の剣に釘付けになっている。
「あの剣……。星の息吹で鍛えられた、神造兵装。……そうか。あなたが、ブリテンの赤き竜。……騎士王、アーサー・ペンドラゴン!!」
メディアの震える声が、夜の静寂に響いた。
「え……?」
マリンが、ポカンと口を開ける。
「アーサー王って……あの、円卓の騎士の? エクスカリバーの?」
「ええ。間違いありません。あの黄金の剣こそが、その絶対の証拠……」
「いやいやいや! アーサー王って男の人でしょ!? セイバーちゃん、どう見ても私より華奢な女の子だよ!?」
マリンのオタク知識(一般的なファンタジー知識)と目の前の現実が全く噛み合わず、パニックに陥る。
しかし、凛は冷静に、そして険しい顔で状況を分析していた。
「英霊の性別が伝承と違うなんて、珍しいことじゃないわ。……それより問題なのは、彼女が最大の切り札である宝具を、あの強大な『真名』と共に解放してしまったことよ。他の陣営に正体がバレたとなれば、これからの戦いは圧倒的に不利になるわ」
凛がそう言った直後だった。
カシャン、と。
センタービルの屋上で、硬質な音が響いた。
「——っ、セイバー!?」
士郎が悲痛な叫びを上げた。
クレーターの中心に立っていたセイバーの身体から、青銀の甲冑が光の粒子となってポロポロと崩れ落ちていく。
黄金の剣は不可視の風を纏うことすらできず、手から滑り落ちて消失した。
そして、無防備な私服姿に戻ったセイバーは、糸が切れた操り人形のように、その場にガクリと膝をつき、倒れ伏してしまったのである。
「セイバー!! メディア、あっちに渡してくれ!」
「え、ええ!」
士郎の切羽詰まった声に、メディアが即座に魔術の光の橋を二つのビルの間に架ける。
士郎はそれを全力で駆け抜け、センタービルの屋上へと飛び込んだ。マリンと凛、メディアもそれに続く。
「セイバー! しっかりしろ、セイバー!」
士郎が駆け寄り、倒れたセイバーの上半身を抱き起こす。
彼女の顔は蒼白で、呼吸は浅く、小刻みに震えていた。その翡翠の瞳は虚ろで、焦点が合っていない。
「シロ、ウ……。申し訳、ありません……敵は、討ち果たしましたが……魔力が……」
「喋るな! なんで急にこんな……怪我はしてないはずだろ!?」
「……当たり前よ、衛宮くん」
遅れて駆けつけた凛が、唇を噛み締めながら厳しい声を投げかけた。
「あれほどの絶大な宝具を放ったのよ。本来なら、一流の魔術師であっても魔力を根こそぎ持っていかれるレベルの代物だわ。……でも、今の衛宮くんは、セイバーに魔力(オド)を供給する『パス』が機能していない。彼女は、自分の中に蓄えられていた僅かな魔力だけで、強引にあの剣を振るったのよ」
「俺の、せい……?」
士郎の顔が、一気に青ざめた。
「彼女の魔力は完全に『枯渇』しています。サーヴァントにとって、魔力は血液であり生命力そのもの。このままでは、戦闘不能はおろか、現界を維持することすら危ういでしょう」
メディアが冷酷な事実を告げる。
「そんな……! メディア、あなたから魔力を分けてあげられないの!?」
マリンがセイバーの小さな手を握り締めながら、悲鳴のように訴えた。
「無理です、マリン。私とセイバーは契約のパスが繋がっていません。外部から強引に魔力を流し込んでも、今の空っぽの彼女の霊基では受け止めきれず、逆に内側から破裂させてしまいます」
「そんな……じゃあ、どうすれば……」
「とにかく、急いで彼女を安全な場所(衛宮邸)へ運んで、休ませるしかありません。……とはいえ、この極度の魔力枯渇状態からの回復には、相当な時間がかかります。彼女は当分、剣を握ることすらできないでしょう」
最大の切り札であり、最強の盾であった騎士王の喪失。
それは、同盟陣営にとって、事実上の『王手(チェックメイト)』に近い致命傷だった。
「俺が……俺が不甲斐ないばかりに、セイバーに無理を……」
士郎が、自身の不甲斐なさにギリッと歯を食いしばり、床のコンクリートを殴りつける。
マリンは、そんな士郎の背中を、ただ痛ましげに撫でることしかできなかった。自分には無尽蔵の魔力があるのに、それをセイバーに分けてあげる術がないという事実が、酷くもどかしかった。
「……自分を責めている暇はないわよ、衛宮くん。すぐに撤退するわ。こんな無防備な状態で、もし他のサーヴァントに急襲でもされたら、それこそ——」
凛が周囲を警戒し、撤退の指示を出そうとした、まさにその時である。
**——パチパチパチパチ。**
静まり返った夜の屋上に、場違いなほど無邪気で、高く、そして背筋が凍るほど冷酷な『拍手の音』が響き渡った。
「————っ!!」
メディアが即座にマリンを庇うように立ち塞がり、凛が両手に宝石を構える。
「すごいすごい! まさか、あのライダーを一撃で倒しちゃうなんてね! さすがはセイバー、最強のカードって呼ばれるだけはあるわ!」
屋上の給水塔の上。
いつの間にかそこに、一人の少女が立っていた。
雪のように真っ白な髪と、透き通るような白い肌。高貴な紫色のドレスに身を包んだその姿は、まるで精巧に作られたフランス人形のようだった。
しかし、そのルビーのような赤い瞳には、底知れぬ狂気と、残酷な遊戯を楽しむ子供の笑みが浮かんでいた。
「イリヤスフィール……!」
凛が、苦々しげにその名を呼ぶ。
アインツベルンのマスター。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。
「こんばんは、リン。それにお兄ちゃん」
イリヤは、給水塔からふわりと飛び降り、四人の前へと優雅に着地した。
彼女の背後の闇が、ズズン……! と重々しい音を立てて蠢く。
「……っ、メディア!!」
「ええ! あれは、格が違う……!!」
闇の中から姿を現したのは、岩山のような巨体を持つ、黒い異形の怪物だった。
ギリシャ神話の大英雄、ヘラクレス。聖杯戦争における最凶の暴力『バーサーカー』である。
「セイバーが魔力切れで倒れるのを、ずっと待ってたの。お兄ちゃんたち、油断しすぎだよ」
イリヤは、狂暴な殺意を放つ巨神を背後に従え、士郎へ向かって天使のように無邪気に微笑んだ。
「さあ。残りのサーヴァントはキャスターだけ。……お兄ちゃん、今から私と、死ぬほど痛い『かくれんぼ』、しよっか?」
最大の盾を失った絶体絶命の窮地。
月明かりの下、アインツベルンの白き妖精と狂戦士が、マリンたち同盟陣営へ容赦なく死の刃を振り下ろそうとしていた。