マリメディア   作:raian sinra

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### 物語の中盤:『血と魔力の交差点、そして姉としての誓い』

#### 6. アーチャーの殿(しんがり)と悲壮な別れ

**2節 マリンの慟哭**

凍てつくような冬の森を、転がるようにして走っていた。

深く積もった雪が足をとられ、肺に吸い込む空気は刃のように冷たく喉を切り裂く。暗闇の中、木の根につまずき、何度も雪の上に倒れ込みそうになる宝鐘マリンの腕を、遠坂凛が千切れんばかりの強い力で引き、前へ前へと強引に進ませていた。

「走って、マリンさん! 止まらないで!!」

「……っ、あ……ぁぁ……っ!」

マリンの口からは、言葉にならない掠れた悲鳴が漏れ続けていた。

振り返ってはいけない。立ち止まってはいけない。

頭では分かっているのに、マリンの首は何度も何度も、遠ざかるアインツベルン城の方角へと向けられてしまう。

ズガァァァァァァァンッ!!!!

背後から、森の木々を根こそぎなぎ倒すような衝撃波と、目を焼くような閃光が断続的に襲いかかってくる。

アーチャーが放っているであろう、限界を超えた投影魔術と、宝具の破壊(ブロークン・ファンタズム)の光。

狂戦士バーサーカーの『十二の試練(ゴッド・ハンド)』を打ち破るためには、Aランク相当の極大の神秘を、命の数だけ叩き込むしかない。それはつまり、自らの魂と魔術回路を文字通り燃やし尽くしながら、一歩も引かずに巨神と正面から殴り合うという、自殺行為に他ならなかった。

『——俺の分まで、今のあいつを……正義の味方なんて呪いから、救ってやってくれ』

閃光が夜空を照らすたびに、マリンの脳裏に、アーチャーが最後に見せた、憑き物が落ちたような穏やかな笑顔が焼き付いて離れなかった。

「いやだ……いやだ、いやだ……っ!!」

マリンは泣き叫びながら、雪を蹴立てて走る。

どれだけ苦しい思いをして、彼がその未来(けつまつ)に辿り着いたのか。

誰も泣かない世界を作るために、死後すらも殺戮の道具としてすり減り続け、自らの存在を消し去るためにこの時代へ呼ばれた、悲しすぎる正義の味方。

やっと、彼の本当の痛みを知って、抱きしめてあげられたのに。

「一緒に軌道修正しよう」と、約束したばかりだったのに。

なぜ彼は、またしても他人のために、たった一人で地獄に残ることを選んでしまうのか。

「なんで……なんでよぉ……っ! 士郎の、大馬鹿野郎……っ!!」

**ドゴォォォォォォォォォォォンッ!!!!**

ひときわ巨大な爆発音が冬木の空を揺るがし、城の上空に赤と金の入り混じった極光が立ち昇った。

それは、一つの星が寿命を迎え、超新星爆発を起こしたかのような、あまりにも美しく、そして悲痛な輝きだった。

その光の奔流が森の雪を溶かし、冷たい風となってマリンたちの頬を撫でた、次の瞬間。

「——あ」

前を走っていた凛の足が、もつれるように止まった。

彼女はそのまま雪の上に膝から崩れ落ち、自身の右手……令呪が刻まれていたはずの甲を、左手でギュッと押さえ込んだ。

「凛ちゃん……?」

背後から追いついてきた士郎も、瀕死のメディアを背負ったまま息を呑んで立ち止まる。最後尾で警戒にあたっていたセイバーも、悲痛に目を伏せて剣を下ろした。

森の奥から響いていた轟音が、嘘のようにピタリと止んでいた。

バーサーカーの咆哮も、剣が打ち合う鋼の音も、そして、あの凛々しくも皮肉げな白髪の英霊の魔力も。

全てが、吹雪の音に掻き消され、完全な『無』へと帰していた。

「……魔力パスが、切れた」

雪に突っ伏したまま、凛が震える声で呟いた。

「私の、サーヴァント……。あいつ、限界まで魔力を引き出して……霊基ごと、砕け散った……」

「そんな……」

士郎が絶句し、背負っているメディアの重みに耐えかねたように、その場に崩れ落ちる。

「……うそ、だ」

マリンは、フラフラと数歩だけ、城の方角へ戻るように歩みを進めた。

視界が涙でぼやけ、焦点が合わない。

「嘘だよね……? だって、あいつ、すっごく強かったじゃない……。私の首根っこ掴んで、引きずり回すくらい、力強かったじゃない……!」

空っぽになった夜の森に向かって、マリンは必死に呼びかける。

今にも、あの赤い外套を翻して「やれやれ、手のかかるマスターと姉貴分だ」と呆れ顔で歩いてくるような気がして。

いや、そうであってほしかった。

しかし、マリンの特異な霊媒体質は、残酷なまでに真実を告げていた。

『衛宮士郎の成れの果て』が残した、僅かな魔力の残滓すらも、冬の風に吹かれて完全に消滅してしまったことを。

彼は、六つもの命を巨神から奪い去り、それでもなお、ただの一般人である自分たちを逃がすためだけに、完全にその魂を燃やし尽くしたのだ。

「ああ……あああ……っ」

膝から力が抜け、マリンは冷たい雪の上に座り込んだ。

両手で顔を覆い、マリンの口から、獣のような、あるいは迷子になった幼い子供のような、形にならない悲鳴が漏れ出した。

「あああああぁぁぁぁぁぁっ!! いやだぁぁぁぁっ!! しろうっ……! 士郎ぉぉぉっ!!」

それは、紛れもない『慟哭』だった。

喉が裂け、血が滲むほどの大声で、マリンは雪に顔を押し付けて泣き叫んだ。

争いが嫌いで、自分が傷つくのも他人が傷つくのも嫌いで。だからこそ、自分の目の前で大切な家族が犠牲になる理不尽が、彼女の心をズタズタに引き裂いた。

自分の無力さが憎かった。

異常な魔力を持っているくせに、魔術の使い方も知らず、戦う力もない。

メディアが重傷を負えば、自分はただ震えて守られるだけの存在。

もし自分に、あのアインツベルンの少女や凛のような魔術の心得があれば、彼を一人で残して逃げるような真似はしなかったのに。

「ごめんね……っ、ごめんね……っ! 一人にしちゃって、ごめんね……っ!!」

マリンの悲痛な叫び声が、凍てつく森に木霊する。

凛は雪に顔を伏せたまま、肩を震わせて静かに泣いていた。

士郎は、自身の血とメディアの血にまみれた手を見つめ、ギリッと唇から血が流れるほど強く噛み締めていた。アーチャーがどういう存在だったのか、彼にはまだ分からない。しかし、彼が命を賭して繋いでくれたこの命の重さと、マリンにこれほどの慟哭をさせてしまった自身の不甲斐なさが、士郎の胸を刃のようにえぐっていた。

「……シロウ。マリン」

重苦しい絶望の空気を切り裂くように、セイバーが静かに、しかし毅然とした声で口を開いた。

「泣いている暇はありません。アーチャーが命に代えて稼いでくれた時間です。バーサーカーが再生し、追撃をかけてくる前に、この森を抜けなければ、彼の死は文字通り犬死にとなります」

その言葉は冷酷に聞こえたが、騎士としての最大限の敬意と、生き残った者としての責任を問う言葉だった。

「……セイバーの言う通りだ」

士郎が、ふらつく足に力を込めて立ち上がった。

背中のメディアをしっかりと背負い直し、マリンのもとへと歩み寄る。

「マリンさん。立って。……帰ろう。俺たちの、家に」

「士郎、君……」

「俺が弱かったから……また、マリンさんを泣かせた。アーチャーにも、助けられた」

士郎の瞳には、涙はなかった。

その代わり、決して折れることのない、そしてアーチャーの背中を見て何かを確信したような、強烈な決意の光が宿っていた。

「だから、俺は……絶対に、もう誰も死なせない。マリンさんも、キャスターも、遠坂も。……アーチャーが命懸けで守ってくれたものを、絶対に失わせたりしない!」

士郎の差し出した泥だらけの手。

マリンは、涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、その手を見つめた。

『——俺の分まで、今のあいつを……正義の味方なんて呪いから、救ってやってくれ』

アーチャーの最期の願い。

彼は、絶望の中で死んだのではない。未来の自分である士郎をマリンに託し、希望を抱いて消えていったのだ。

ここで自分が泣き崩れて立ち止まってしまえば、それこそ彼の決意を踏みにじることになる。

「……っ」

マリンは、雪で顔を乱暴に拭い、士郎の手をしっかりと握り返して立ち上がった。

「……そうだね。帰ろう。メディアの手当てが、先だもんね」

声はまだ震えていたが、マリンの瞳には、先程までの絶望の涙に代わって、真っ直ぐな怒りと決意の炎が灯っていた。

もう、ただ守られるだけの一般人ではいられない。

士郎が、アーチャーの二の舞になる未来を打ち砕くためには。

あんな悲しい理由で狂戦士を使役している、イリヤという小さな妹を救い出すためには。

自分が、宝鐘マリンというただ一人のマスターが、もっと強くならなければならない。

「凛ちゃん。立てる?」

マリンは、まだうずくまっていた凛の肩に手を置いた。

「……ええ。バカにしないで。遠坂の当主が、いつまでも泣いてるわけないでしょ」

凛は赤い目をこすりながら立ち上がり、毅然とした表情を作った。

「急ぐわよ。森の結界はキャスターが破壊したから、出口まではすぐのはず。……衛宮くん、キャスターの容態はどう?」

「呼吸はすごく浅い。一刻も早く魔力を注いで、霊基を修復しないと……消滅しちまう」

士郎の背中で、メディアの身体は半ば透けかかっていた。

「メディア……待ってて。お家に着いたら、私の魔力を全部あげるから。だから、勝手に消えたりしたら、絶対に許さないからね」

マリンはメディアの冷たい手に触れ、自身の体温と微かな魔力を送り込みながら囁いた。

悲しみと絶望に叩き落とされた奪還部隊。

しかし、大いなる犠牲を代償にして、彼らの絆と決意はかつてないほど強固なものとなっていた。

吹雪の中、互いに肩を寄せ合いながら、彼らはアインツベルンの森を後にする。

この悲壮な夜を越え、次なる反撃の狼煙を上げるために。

士郎とセイバーの魔術回路の接続、そしてバーサーカーとの最終決戦へと向けて、マリンの「姉としての戦い」は、いよいよ引き返すことのできない領域へと踏み込んでいくのであった。

 

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