マリメディア   作:raian sinra

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### 物語の序盤:『アンティーク・デイズと運命の夜』

#### 9. 決意と同盟の締結

アーチャーが去り、夜が白み始める頃。

アンティークショップ『マリン』の店内には、すでに朝の光が差し込み始めていた。徹夜で語り明かしたにもかかわらず、宝鐘マリンの瞳には疲労の色はなく、代わりに鋼のような決意が宿っていた。

「……よし、準備完了!」

マリンは、パンパンに膨れ上がった大きなボストンバッグのジッパーを力一杯引き上げた。

中に入っているのは、数日分の着替えと洗面用具、そしてお気に入りのスキンケア用品。戦場に向かうというよりは、小旅行にでも出かけるようなラインナップである。

「マリン。本当に、あの少年の家に行くのですね」

背後で、メディアが静かに問いかけた。

彼女の空間収納(魔術的なインベントリ)の中には、マリンのための特注コスプレ衣装の数々と、最高級の紅茶葉、そしてなぜかミシンと裁縫道具一式がちゃっかりと収められている。

「うん。昨日の夜、決めたからね」

マリンはボストンバッグを肩に担ぎ、力強く頷いた。

「士郎君を遠くから見守ってるだけじゃダメなんだ。あの子は、放っておいたらいつか自分の命を削って、誰も幸せにならない正義の味方になっちゃう。アーチャーみたいに、ボロボロになって泣く未来が待ってるなんて、お姉さん絶対に許せないから」

「……ええ。あなたのその決意、私は全力で支持します」

メディアは優雅に微笑み、マリンの持つ重いバッグを魔術でふわりと浮かせ、自身の手元へと引き寄せた。

「あの未熟な少年と、そのサーヴァント……おそらくセイバーでしょうが、彼らと同盟を結ぶことは、戦術的にも極めて理にかなっています。最強の『矛』であるセイバーと、無尽蔵の『魔力(オド)』と陣地を持つ私たち。この二つが組めば、他の陣営など恐れるに足りません」

「うん、戦いのことはメディアに任せる! 私は、士郎君の生活態度と、その頑固な頭を内側から矯正する係ね!」

マリンは店の鍵をしっかりと閉め、振り返った。

自分が愛した、静かで平和なアンティークショップ。ここに戻ってくる時は、士郎も、メディアも、誰も欠けることなく、全ての戦いが終わった時だ。

「……行こう、メディア」

「はい、マスター。……霊体化して、あなたの影よりお守りします」

メディアの姿が青紫色の粒子となって溶け、マリンの影の中へと消える。

朝の冷たい空気を胸いっぱいに吸い込み、マリンは決戦の地——深山町の衛宮邸へと向かって歩き出した。

午前八時。

広大な敷地を持つ純和風の屋敷、衛宮邸。

その立派な門前に立ち、マリンは一つ深呼吸をした。表札には『衛宮』の文字。何度も士郎を送り届けたり、大河に連れられて遊びに来たりした見慣れた場所だ。

しかし今日ばかりは、門の向こう側からピリピリとした、素人であるマリンにも分かるほどの『魔力の緊張感』が漂ってきている。

マリンは躊躇うことなく、インターホンのボタンを押した。

『……はい』

スピーカーから、少し警戒を含んだ士郎の声が響く。

「士郎君、おはよう! 私だけど、開けてもらえる?」

『——えっ!? マリンさん!?』

ガチャン、と受話器が落ちるような音がしたかと思うと、数十秒後、門のくぐり戸が勢いよく開いた。

「マ、マリンさん! どうしてここに……って、その大荷物、どうしたんですか!?」

エプロン姿の士郎が、目を丸くしてマリンを見つめていた。

普段なら「朝ごはん作りに来たよー」とでもふざけるところだが、今日ばかりはそうはいかない。マリンはズカズカと敷地内へと足を踏み入れた。

「士郎君。お姉さん、ちょっと怒ってるんだからね」

「えっ? お、俺、何か怒らせるようなこと……」

**「シロウ、下がって!!」**

士郎が言葉を言い終わるよりも早く。

母屋の方から、銀色の軌跡を引いて小柄な影が飛んできた。

金色の髪をなびかせ、青銀の甲冑に身を包んだ少女——セイバーである。

彼女のその手には、不可視の剣が握られており、その切先は迷うことなくマリンの首筋へと向けられていた。

「なっ……セイバー!? 何をしてるんだ、その人はただの知り合いで……!」

「騙されないでください、シロウ! その女から、規格外の魔力と、背後に潜む『サーヴァント』の気配を感じます! 彼女は、敵のマスターです!」

セイバーの鋭い翡翠の瞳が、マリンを射抜く。

その圧倒的な剣気と殺気に、普通なら腰を抜かして気絶していてもおかしくない。昨日までのマリンなら、間違いなく泣き叫んでいただろう。

しかし、アーチャーの涙を知り、士郎の絶望を打ち砕くと決めた今のマリンに、迷いはなかった。

「……ふんっ」

マリンの影が、爆発的に膨れ上がった。

**「——私のマスターに刃を向けるとは。万死に値しますよ、セイバー」**

冷酷な声と共に、マリンを庇うようにメディアが実体化する。

紫のローブがはためき、彼女の周囲に数十の魔法陣が同時展開された。いつでも神代の大魔術を放てるその威圧感に、セイバーも息を呑み、剣の構えをさらに低くする。

「キャスターのクラス……! シロウを害しに来たというなら、ここで斬り伏せるまで!」

「やれるものならやってみなさい、小娘」

一触即発。

魔術師の戦いなど知らない士郎は、突然の自陣の庭でのサーヴァント同士の対峙に完全にパニックに陥っていた。

「ま、待てって! マリンさんがマスター!? キャスター!? 一体何がどうなって……!」

**「はいはいはーーい!!! ストーーーップ!!!」**

庭の空気をビリビリと震わせていた両者の間に、なんとマリンが割って入った。

セイバーの不可視の剣と、メディアの魔法陣の、ど真ん中である。

「マ、マスター!? 危険です、下がって!」

「マリンさん!? なにやってんだ、危ないだろ!!」

メディアと士郎が同時に叫ぶが、マリンは腰に手を当て、姉としての最大級の威厳をもって両者を睨みつけた。

「朝から庭先で物騒なもの振り回さない! ご近所迷惑でしょ! セイバーちゃんも、剣を下ろす! メディアも、魔法陣しまって!」

「なっ……」

「し、しかしマリン、この剣士は……」

「いい・か・ら! お話をしに来たの! 殺し合いをしに来たんじゃないの! ほら、二人とも言うこと聞かないならおやつ抜きにするよ!」

完全に、兄弟喧嘩を仲裁する近所のオバチャン……いや、綺麗なお姉さんのテンションである。

聖杯戦争という命がけの殺し合いの文脈から完全に逸脱したその叱責に、セイバーの毒気が見事に抜かれてしまった。

「お、おやつ……?」

セイバーが戸惑いの表情を浮かべ、不可視の剣の切先がほんの少しだけ下がる。

「……はぁ。仕方のない人ですね、あなたは」

メディアは苦笑し、すぐに魔法陣を掻き消した。彼女にとって、マリンの言葉は絶対である。

「え、ええと……マリン、さん? 本当に、マスターなんですか……?」

士郎が、信じられないものを見るような目でマリンの右手を見た。そこには、赤黒い三つの令呪がはっきりと刻まれている。

「そうだよ。……士郎君、隠し事しててごめんね。でも、それはお互い様でしょ?」

マリンは士郎の胸元をツン、と指差した。

「一人で無茶して、血の匂いなんかさせて。私に心配かけないようにヘラヘラ笑って……全部、お見通しなんだからね。……とりあえず、立ち話もなんだし、上がらせてもらうよ。お茶淹れてくれる?」

嵐のように場を制圧し、マリンは唖然とする士郎とセイバーを置き去りにして、さっさと衛宮邸の縁側へと向かっていった。

衛宮邸、居間。

ちゃぶ台を挟んで、士郎とセイバー、そしてマリンとメディアが向かい合って座っていた。

テーブルの上には、なぜか士郎ではなくメディアが手際よく淹れた(しかもちゃっかり持参した最高級の)紅茶と、焼き菓子が並べられている。

「……なるほど。偶然魔力切れで倒れていたキャスターを助け、なし崩し的にマスターになった、と……」

士郎は頭を抱え、深くため息をついた。

「あのマリンさんが、聖杯戦争に……。信じられない。俺はてっきり、絶対に巻き込んじゃいけない一般人だとばかり……」

「ふふん。これでも、メディアから『規格外の魔力タンク』って太鼓判押されてるんだからね!」

マリンは少し誇らしげに胸を張る。

「ですが、理解できません」

セイバーが、真っ直ぐな、そして厳しい視線をマリンに向けた。

「キャスターの言が真実ならば、貴女は自らの工房に引き篭もっているのが最も安全なはず。なぜ、わざわざシロウの元へ姿を現したのです。もしや、同盟を装ってシロウを害するつもりですか?」

騎士王としての警戒。それは当然の疑問だった。

だが、マリンは紅茶のカップを置き、真っ直ぐにセイバーの瞳を見つめ返した。

「そんなこと、するわけないでしょ。私がここに来た理由は一つだよ」

マリンは、隣に座る士郎の方を向いた。

「士郎君を、放っておけないから」

「え……?」

「士郎君は不器用で、誰かのためにってすぐに自分を犠牲にする。このまま戦い続ければ、絶対に命を落とすか、それよりもっと悲しい……心を壊しちゃう結末になる。そんなの、近所のお姉さんとして絶対に見過ごせない」

マリンの言葉には、昨夜アーチャーから聞いた凄惨な未来の記憶が裏打ちされていた。

しかし、その真実をここで語ることはしない。ただ、彼女自身の純粋な『家族愛』として言葉を紡ぐ。

「だから、私は決めたの。今日から、私もこの家に住み込む!」

「「「はあ!?」」」

士郎だけでなく、セイバー、そしてメディアまでもが驚愕の声を上げた。

「住み込むって……マリンさん、自分の店はどうするんですか!?」

「メディアの結界でガチガチに守ってもらってるから、泥棒の心配はないもん! 休業の張り紙もしてきたし!」

マリンは腕を組み、堂々と宣言する。

「士郎君たちの陣営は、前衛のセイバーちゃんがいて、後衛が手薄。私たちは、メディアの陣地作成と魔術援護があって、前衛がいない。……互いの弱点を補い合う、最高の同盟でしょ?」

「それは……確かに、戦術的にはそうですが……」

セイバーが唸る。彼女は士郎から魔力供給を満足に受けられておらず、万全の状態ではない。規格外の魔力を持つマリンと神代の魔術師の援護があれば、これほど心強いことはない。

「それに!」

マリンは身を乗り出し、士郎の鼻先を指差した。

「士郎君! あんた、自分の命を粗末にするような戦い方したら、私が即座に令呪でメディアに命じて、あんたを簀巻きにして蔵に閉じ込めるからね! 誰かが傷つくのは嫌だけど、あんたが傷つくのはもっと嫌なの! わかった!?」

その迫力に、士郎は完全に圧倒されていた。

魔術師としての論理でも、聖杯戦争のルールでもない。

ただひたすらに「弟分を死なせたくない」という、圧倒的な姉の愛情による制圧。

「……マリン、さん」

士郎は、その言葉の裏にある不器用な優しさに触れ、思わず苦笑した。

自分が彼女を守らなければと思っていたのに、いつの間にか、彼女に守られる立場になってしまっている。

「……分かりました。降参です。俺たちと、同盟を結んでください。……その代わり、絶対に俺がマリンさんを守りますから」

「ふふっ。守られるのは士郎君の方だよ、生意気な」

マリンは優しく笑い、士郎の頭を撫でた。

「シロウがそう決めたのなら、私も異論はありません。……マリン、と言いましたね。貴女のその真っ直ぐな在り方、騎士として敬意を表します」

セイバーもまた、毒気を抜かれたように微笑み、深く頷いた。

「よかった。……メディア、これで私たち、正式な同盟陣営だね」

「ええ。マスターがそう望むのであれば。……しかしマリン、一つだけ訂正させてください」

メディアが、少しだけ面白くなさそうに口を挟んだ。

「この家のキッチンは、私が見たところいささか設備が古すぎます。それに、この少年にばかりご飯を作らせるわけにはいきません。これからの同盟生活、食事と家事の全権は、このメディアが掌握させていただきますからね」

「えっ!? いや、でもそれは俺の役目で……」

「駄目です。マスターの健康管理は私の義務。あなたには、せいぜい包丁研ぎくらいしか任せられませんわ」

火花を散らす、未来の正義の味方と神代の魔女。

その奇妙な光景を見て、マリンはたまらず吹き出した。

「あははっ! じゃあ、二人の料理対決、私が毎日審査してあげる! ああ、大河も来たら賑やかになるなぁ」

聖杯戦争という凄惨な殺し合いの渦中にありながら。

衛宮邸の居間には、温かい笑い声と、甘い紅茶の香りが満ちていた。

誰も傷つけない。誰も泣かせない。

そんなお伽話のような綺麗事を、本気で実現させるために立ち上がった一般人のマスター。

宝鐘マリンとメディアが衛宮邸に居候し、士郎・セイバーの不器用な主従と交わることで、運命の歯車は本来の軌道を大きく外れ、誰も見たことのない『第4のルート』が、今ここに幕を開けたのである。

**(序盤:『アンティーク・デイズと運命の夜』 完)**

 

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