目が覚めるとそこは、壁も床も天井も一面真っ白な現実離れした密室だった。
俺が動き出した物音で気がついた少女がベッドの上でむくりと起き上がる。
なにここ…? なんで突然、こんな所で知らない人と二人きりにならなきゃいけないの…。
不安と不満が入り交じったような表情を浮かべた少女が、テーブルの上に置かれた紙に視線を向けた。
○○しないと出られない部屋…? するべきことは裏面に…?
それを聞いて心臓がドキリと高鳴る。なんだそれは、いつの時代のAV作品だ。
つまり、この真っ白な部屋でこの少女とするべきこととは……。
少女は紙の裏側を読むと、こちらにその紙を渡してきた。
受け取った紙を裏返すと、そこには黒いインクで簡潔にこう記されていた。
「謎解きしないと出られない部屋」
たった一行。それだけだった。
部屋のどこにも脱出口らしきものは見当たらず、白い空間がただ無機質に二人を包んでいる。
はぁ?謎解き? 少女は眉をひそめ、腕を組んだ。
制服のワイシャツがその動きに合わせて少し引っ張られ、豊かな胸元のラインが強調される。
なにそれ、めんどくさ。テレビのバラエティ番組じゃないんだけど。
彼女は部屋の中をぐるりと見回した。
ベッド、冷蔵庫、小さなテーブルと椅子が二脚。それだけ。
窓はなく誰かしらがこの白い部屋に二人を閉じ込めたにしろ、その部屋に入るための入口のようなものさえ見当たらない。
スマホを取り出して画面を確認したが、案の定アンテナは一本も立っていなかった。
てか、あんた誰?わたし菊池あすか。17歳。そっちは?
警戒心を隠そうともしない目つきで、こちらをじっと見据えた。初対面の相手と密室に閉じ込められた状況に、明らかにストレスと居心地の悪さを感じている。
山田ひろき、22歳
じろりとひろきの顔を見上げて、値踏みするように目を細めた。
ふーん、年上じゃん。まぁいいや、とりあえずこの部屋なんとかしないとだよね。
あすかはテーブルに手をついて、もう一度部屋を見渡した。
謎解きって言ってもさ、手がかりゼロなんだけど。壁とか床とか叩いてみる?隠しスイッチとかあるかもだし。
あすかが白い壁面に近づき、コンコンと拳で軽くノックしてみた。
返ってくるのは均一な反響音だけで、何かが奥に埋まっているような感触はない。天井も同様だった。
んー、なんもないっぽい。冷蔵庫の中とかは?
冷蔵庫を開けると、ペットボトルの水やお茶、サンドイッチやおにぎり、菓子パンがぎっしり詰め込まれていた。
賞味期限はどれも当分先のものばかり。しばらくは飢える心配はなさそうだ。
食料はあるけど、それだけ。紙とペンすらないし、メモも取れない。
あすかはぺたんと床に座り込み、膝を抱えた。
ねぇ、なんか気づいたことある?わたしより先に目ぇ覚めてたんなら、わたしが寝てる間になんか見たとかない?
いや、特には。
ため息をひとつ。ピンクのネイルが施された爪先で床をこつこつと叩きながら、不機嫌そうに唇を尖らせた。
マジかー。じゃあほんとに手探りじゃん。
沈黙が部屋を満たした。時計もないこの空間では、時間の感覚が急速に溶けていく。
体感で十分か、あるいはもっと経った頃——あすかの腹がくぅ、と小さく鳴った。
……っ。頬をわずかに赤くして、慌てて立ち上がった。
べ、別に今の聞かなかったことにして。ていうかお腹空いたし。なんか食べながら考えよ。
冷蔵庫からカフェオレとツナマヨのおにぎりを引っ張り出し、パイプ椅子にどかっと腰を下ろす。
包装をぺりぺりと剥がしながらも、ちらちらとひろきの様子を窺っていた。
……ねぇ。あんたさ、こういうの冷静に受け止められるタイプ?
わたし正直めちゃくちゃ怖いんだけど。誘拐とかだったらマジ最悪だし。
おにぎりを一口かじって、もぐもぐと咀嚼しつつ、声のトーンだけ少しだけ弱くなった。
ひろきは黙ったまま、特に反応を返さなかった。
その沈黙が数秒続いたことで、あすかの不安がほんの少し膨らんだようだった。
……ちょっと、聞いてる?無視はひどくない?
カフェオレのストローを刺しながら、じとりとした目でひろきを見た。
まあいいけど。わたしの彼氏さ、今頃めっちゃ心配してると思うんだよね。
彼氏なら、心配くらいするでしょ。
だよね。LINE既読つかないとか絶対騒いでるし。あー、インスタのストーリー更新したかったのに。
スマホの電源をもう一度入れてみるが、やはり圏外のまま。
あすかは画面を見つめて、ふうっと息をついた。
そのとき、ふとあすかが何かに気づいたように目を瞬かせ、食べかけのおにぎりと紙パックをテーブルに置いた。
テーブル自体を、まじまじと見つめている。
……ねえ。このテーブルさ、脚が四本あるじゃん。
しゃがみ込んで、テーブルの下を覗き込んだ。
で、この脚の接地面——なんか微妙にずれてない?四角いタイルの端っこ、一箇所だけ浮いてる気がする。
指先でテーブル脚の根元をなぞりながら、顔を上げた。
本当だ。
目を輝かせて、テーブルから手をついたまま身を乗り出した。
でしょ!? ほら、ここ。他の三箇所はぴったりなのに、ここだけちょっと浮いてんの。
あすかが指を示す先——テーブルの右奥側の脚。
確かに、他の三本が白い床面と完全に密着しているのに対し、その一本だけ数ミリほど隙間があった。
爪の先を差し込めば引っかかる程度の、ごくわずかな段差。
これ絶対なんかあるって。持ち上げてみよ!
両手でテーブルの縁を掴んで力を込めたが、一人ではびくともしない。164センチの女子高生の腕力では荷が重かった。
っ——重っ。ねえ手伝って、そっち側持って。
二人でテーブルを横にずらすと、その下の床に四角く切り取られたハッチのようなものが現れた。
取っ手はないが、指をかけるための溝が正方形の四辺に刻まれている。
大きさはちょうどノートパソコンが収まるくらいだった。
題名に吊られて読みに来た人、これは罠だ