⚪︎⚪︎しないと出られない部屋   作: sky

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2話〜ダイアルの謎

部屋の中央に置かれたテーブルをどかして発見したそれを見ながら、無意識に声に出ていた。

 

開くかな、これ。

 

開くでしょ、開かなかったら詰むし!

 

息を切らしつつも、興奮を抑えきれない声で言い放った。

ひろきと二人で床のハッチに向き合い、あすかが右上の角、ひろきが左下の角に指を添える。

 

せーので行くよ。いい?

 

あすかはひろきが頷くのを待たず、さっさと力を入れた。

 

よいしょっ——!

 

ガコン、という鈍い音とともに白い床板が持ち上がり、その下から現れたのは——黒い金属製の箱だった。表面にはダイヤル式のロックがひとつ。

数字を合わせるタイプで、「0000」の位置に針が初期設定されている。

 

箱の蓋には小さなプレートが貼り付けてあり、こう刻印されていた。

 

「3つの数字を揃えよ」

 

それだけ。ヒントは——ない。

 

……は?数字?3つ?なにそれ、意味わかんないんだけど。

 

あすかはしゃがんだまま箱を睨みつけて、ブレスレットをいじり始めた。考えるときの癖らしい。

 

0000が最初の状態ってことでしょ。つまり、まっさら。

なにか関係あんのかな?この真っ白な部屋に。

白、白……しろ、しら……シロ?

 

なにかわかった?

 

わかんないから聞いてんじゃん!

 

むっとした顔で振り返ったが、「しら」のところで何か引っかかったのか、首を傾げて黙り込んだ。

 

……白って英語で……?

 

ぶつぶつと呟きながら立ち上がり、部屋をうろうろと歩き回る。

ベッドの周りを一周し、冷蔵庫の側面をぺたぺたと触り、またテーブルのところに戻ってきて——足を止めた。

 

あ。

 

彼女の目線の先には、あの紙があった。

「○○しないと出られない部屋」と書かれた、最初に見つけたあの一枚。

裏面の「謎解き」という文字が印刷された、何の変哲もない白い紙。

 

この紙、表も裏も真っ白じゃん。「しろ」でしょ、英語で。

「WHITE」——で、「HWI」。

 

自信満々に言いながら、箱のところへ駆け寄ってダイヤルを回し始める。「0000」から「5678」へ。カチ、カチと無機質な音が響く。

 

これで開いたら天才じゃない?わたし。

 

——だが、箱は開かなかった。

 

ごめん、どゆこと? 笑いながら説明を求める。

 

ダイヤルから手が離れ、ぽかんと口を開けた。それからみるみるうちにあすかの顔が赤くなっていく。

 

え、ちょ——笑うとこ!?わたし今けっこう真面目に考えたんだけど!?

 

ぷくっと頬を膨らませて、箱の前であぐらをかいた。

 

だから、英語のアルファベットで「WHITE」を逆に回して「HWI」にして、それを数字に置き換えて——って、いう……。

 

自分で説明し直しながら、だんだん声が小さくなっていく。

箱が開いていないという事実が、論理の穴を雄弁に語っている。

 

気まずい空気が白い部屋に漂った。

あすかは箱を恨めしそうに見下ろし、ブレスレットを自分の手首ごと握ったり離したりしている。

 

……じゃあなに、英語じゃないってこと?白に関係する数字ってなによ。

しりとりとか?白、ハク、はく——

 

天井を仰いで、はあ、と深いため息。

 

もう無理。こういうの苦手なんだよね、わたし。

頭使う系は全部ひろき担当でいい?わたし応援するから。

 

諦めオーラ全開のあすかを無視して、ひろきは思考する。

 

ダイアルは4桁なのに、3つの数字を揃える。どういうことだろう

 

その言葉にぴたりと動きを止めて、ゆっくりと箱に目を落とした。

 

……あ。ほんとだ。

 

言われてみれば、確かに妙だった。

「3つの数字を揃えよ」——だがダイヤルの設定は4桁。

4つではなく、3。この1つのズレが意味するところは何か。

 

4じゃなくて3ってことは……4ケタのうち3つが合ってればいいって意味?

 

もう一度箱を見る。

刻印された文字は変わらず「3つの数字を揃えよ」

それ以上の説明はどこにもない。プレートの裏も爪で引っ掻いてみたが、ただの飾りで剥がれもしなかった。

 

んー……じゃあ逆に考えない?4つのうち、3ケタ「揃える」ってことは、バラバラの数字2つを見つけるってことでしょ。

 

指を2本立てて、ハサミを切るように指を振った。

 

この部屋で見た数字、なんかあったっけ。わたしとひろきの年齢——わたしは17でひろきは22だから、1と7と22?いや意味わかんね。

 

自分で言って自分でツッコんで、がくりと肩を落とす。

 

あーもう、ヒントなさすぎ。これ作ったやつ性格悪すぎでしょ。

 

白、ホワイト、White、はく…

 

ひろきの独り言のような呟きが白い空間に反響した。あすかはそれを聞き逃さず、ぱっと顔を上げる。

 

え、なに?なんか思いついた?

 

膝立ちのままひろきににじり寄って、下から覗き込むように見上げた。黒髪がさらりと肩から落ちる。

 

白。ホワイト。WHITE。はく。確かにこの部屋は「白」で満ちている——壁も天井も床も、テーブルもベッドも冷蔵庫も、すべてが無彩色の白。

しかし、それだけではダイヤルは回せない。文字を数字に変換する法則がどこかにあるはずだった。

 

白がヒントなのはわたしも思った。でもさ、「白」を数字でどうすんの?「1」?「4」?……あ、もしかしてアルファベット順?白は「H」だから——

 

言いかけたところで、自分の言葉がさっきの失敗と同じ方向に突っ走っていることに気付いたのか、途中で口をつぐんだ。

 

……また間違ってたら笑わないでよ?

 

笑わないよう努力する

 

努力ってなに!?確約してよ、そこは!

 

ばしっとひろきの肩あたりを軽く叩いて、ぷいっとそっぽを向いた。

けれどすぐにまた箱へ向き直り、顎に手を当てて考え込む。

 

部屋に再び静寂が降りた。冷蔵庫のモーター音すら聞こえない、不自然なほどの無音。あすかが唸る声だけがやけに大きく響いていた。

 

……ねえ、逆にさ。この箱に書いてあることが全部だとしたら、「3つ」って言葉自体がヒントじゃない?

 

ぽつりと言って、自分でも驚いたように目を丸くした。

 

だって、わざわざ「3つ」って書く必要ある?普通「数字を見つけろ」でよくない?つまり、ただの4桁じゃなくて——何かを3つに分けて考えろって意味なんじゃないの。

 

ひろきの顔をちらっと見て、少し得意げに口角を上げた。

 

ほら、さっきわたしが言った「白」の話。白って英語で「HWITE」でしょ? その「H」「W」「I」「T」「E」——アルファベット5文字のうち、3文字だけ抜き出すとか!

 

アルファベットの"I"は"1"と似てるよね。"E"もひっくり返したら"3"になる

 

えっ、マジ?

 

目をぱちくりさせて、慌てて箱と紙を交互に見比べた。

 

じゃあ「H」「I」「E」——Hを横に回転して「1」「1」「3」—— 113 !?

 

あすかの声が跳ね上がった瞬間、彼女はもう箱に飛びついていた。

ダイヤルに「113」と合わせて——回す。箱は、開かない。

 

……嘘でしょ。

 

がっくりと肩が落ちた。

 

しかし、完全な的外れとも言い切れなかった。「Iは1と似てる」「Eはひっくり返したら3になる」——その発想の筋は悪くない。つまり、文字と数字の間に何かしらの対応関係がある。それを見抜くことが鍵なのだろう。

 

しばらく黙って箱の刻印を指でなぞっていたが、ふと顔をしかめた。

 

ていうかさ、この「Eを3にする」みたいな変換ルール、全部の文字にあるわけ?

だとしたらめちゃくちゃパターンあるじゃん。全部試すの無理ゲーなんだけど。

 

床にぺたんと座って、スカートの裾を直す気力もなく足を投げ出した。

ピンクのペディキュアが蛍光灯のない部屋でもやけにはっきり見える。

 

なんか法則ないのかな。文字の並びとか、文字数とか——

 

二人して箱の前に座り込んだまま、時間だけが過ぎていった。

体感ではもう一時間は経ったように思えるが、時計もないこの部屋では確かめようがない。

 

ごろんと仰向けに寝転がって、天井の白を恨めしげに眺めた。セミロングの黒髪が床に広がる。

 

あーあ。こういうとき頭のいい人がさっと解いてくれる展開じゃないの、普通。なんでわたしらなの。

 

……ていうかさ。

 

寝転んだまま視線だけはひろきのほうに向けて、少し声色が変わった。

 

もしもこれさ。一生出られなかったら、どうする?

 

その問いが白い空間に溶けていき、部屋の空気を変えた。

今までどこかゲーム感覚でいたあすか自身にも、口にした途端その重みに気付いたようで——ぱちぱちと瞬きして黙った。

 

どうもできないでしょ

 

あすかはしばらくひろきの横顔を見つめていたが、「それもそっか」と力の抜けた声で笑った。床から起き上がって体育座りに戻る。

 

まあそうだよね。どうもできないよね。

 

不思議なことに、その開き直りがあすかの中の何かを切り替えたらしい。さっきまでの焦りや苛立ちが薄れて、代わりに腹を括ったような静けさが彼女に宿った。

 

……ねえ。「どうもできない」ついでにさ、もうちょい気楽にやんない?

ずっとピリピリしてて頭回んないし。バラエティでもあるじゃん。脱出ゲーム、みたいな。

 

冷蔵庫に向かって歩き、今度はメロンパンをひとつ取って戻ってきた。

ひろきにもひとつ放り投げる。

 

ほら。糖分。

 

わたしももう一回ちゃんと考えるからさ、あんたもなんか引っかかってることあったら言ってよ。

 

あすかはメロンパンの袋を破りながら、刻印の文字をじいっと凝視していた。唇がもそもそと動いている。食べているのか読んでいるのか判別がつかない。

 

あすかの様子を見て、もう一度気合を入れ直して集中する。ヒントは今までの中に必ずある筈だ。

 

しばらくの間、咀嚼の音だけが部屋を満たしていた。

 

ふと、パンを持つ手を止めて箱のプレートを凝視した。

「3つの数字を揃えよ」——その文字列を、一文字ずつ目で追う。

 

……ねえ。

 

「えよ」って何?

 

唐突な問いかけだった。「揃えよ」の「よ」——助動詞の「よ」。普通なら気に留めない一文字だが、心機一転。思考を切り替えたあすかはそこに引っかかったらしい。

 

いや、普通に日本語としておかしくない?「揃えろ」とか「揃えて」でよくない?なんで「えよ」なの。命令なのか丁寧なのかわかんないし。

 

パンの残りを口に押し込んで、もぐもぐしながら箱を指差した。

 

これ書いたやつ絶対こだわり強いタイプでしょ。わざわざ変な言い回しにしてるってことは——「えよ」にも意味あるんじゃない?

 

あすかの瞳には確信の色が宿っていた。

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