……ねえ。
「えよ」って何?
あすかがこちらを見ている。
……ねえ聞いてる?ひろき!
あすかがそんな話をしていた時、ひろきの頭の中にはいつかの記憶が流れていた。
それは、ひろきの職場でのギャンブル好きな同僚の声。
——おい、ひろき!メンツが足りないからよ。早くお前もルール覚えろよな!
……ハッと意識が戻る。あすかがむっとした表情をしている。
わたしの話聞いてた? えよーってのが——
白い部屋、白。脱出ゲーム、ゲーム。
——麻雀?
無意識に声に出ていた。
ひろきの独り言を聞き逃さなかったあすかは首を傾げた。
麻雀?なにが?
えーと麻雀にはたくさんの駒が使われてるんだけど、その内の1つに「白」という牌があるんだ。
そして麻雀で4と言ったら、東南西北の4種類。
口の中のパンをごくんと飲み込んで、目をぱっと見開いた。
麻雀!?あんた麻雀やるの?
あすかにとって麻雀は完全に未知の領域らしく、話についていこうと必死に頭を回している様子だった。
それでも「東南西北」という言葉には聞き覚えがあったのか、
「とんなんしゃーぺー、なんか聞いたことある」と相槌を打った。
麻雀において「白」は東牌——トンパイに該当する。もしこの法則が正しいなら、「白」は「1」を意味することになる。先ほどの「Iは1に似ている」という着想と重なる部分が出てきた。
それと東南西北は方角だけど、この部屋には方角がわかるものがなにもない。スマホが使えないからコンパスアプリも意味ないし。
……この部屋、ベッドがあるよね。布団もないし、ペンやメモ紙さえないのに枕だけはあるのは違和感だった。枕で、方角……つまり。
あすかが息を呑んで立ち止まり、ベッドのほうを振り返った。
枕——北枕!?
北枕。日本では死者を弔う際に北を頭にして寝かせる風習があり、生きた人間が北枕で寝ることは縁起が悪いとされている。
逆に言えば、この部屋に用意された枕が北向きに——つまり頭を北にして置かれていたのだとすれば、それは意図的な配置ということになる。
あすかがベッドに駆け寄って枕をひっくり返した。
裏面には何も書かれていない。焦ったように枕カバーも外す。
——あ、あった。
あすかが手にした紙。その新たなヒントとなりうるそこに書かれていたのは。漢数字の"三"だった。
そして枕の頭が向いている方角は——この真っ白い部屋では判然としないが、「北」だとすれば。
声に出してみて、自分でも信じられないという顔をした。
え、待って。マジで?
ちょっと待って。じゃあさ、「えよ」も麻雀に関係あるとか言わないよね?
あすかは冗談めかして言ったが、その目はどこか期待を含んでいた。
頭がショートしかけたのか、両手で髪をぐしゃっとかき上げて天を仰いだ。
えよ、揃えよ……。3つ? 麻雀で言うなら3つと言えば白発中だけど。
はくはつちゅん?
麻雀用語が次々と飛び出すひろきに、あすかはもはや感心と困惑が半々の表情を浮かべていた。
しかし「白発中」——ハクハツチュンという響きに何かを感じ取ったのか、眉をひそめて考え始める。
待てよ、えよ。にも意味があるって言ったよね。揃えよ、3……。白発中。揃える。……大三元! ハッとする。
だいさんげん? あすかがオウムのように言葉を繰り返した。
聞いたことはある、という顔だった。「大三元」——麻雀において最も出にくい役のひとつ。三元牌と呼ばれる「白」「発」「中」の3種をすべて刻子(コーツ)で揃えることで成立する、役満。
あ——白発中!さっきのやつ!
あすかの目が一気に輝いた。
じゃあ「揃えよ」の「えよ」って——大三元の「えよ」!?三元牌揃えたら大三元でしょ!?
麻雀を知らないあすかだが、パズルのピースがかちりと嵌まる感触は本能的に理解したらしい。興奮気味にダイヤルを掴んだ。
あれ、ちょっと待って、待って。大三元ってそれはつまりどう数字に変わってくるの?——
え?それはーえっと、ちょっと考えさせて。
ひろきが悩んでいる様子を察したあすかは、ダイアルをジージーと回して手遊びをし始めた。
ん?あのさ、今気づいたんだけど、ダイアルの内1つだけ色が違うみたい。
あすかがこちらを見ながら話す。
色が違う?それは何色なの?
えっと、色は赤。あっ、ダイアルの百の位。5の数字だけ赤いみたい!
……なんだって!? ……なるほど、赤牌か。
麻雀にはドラと言う、あがりの際、得点が高くなりやすくなる赤牌というものがある。それは全ての数牌の内、1枚ずつ存在する。そしてそれは必ず"5"なのだ。
初めは咄嗟の閃きで言ってみただけの「麻雀」というワードだったが、ここまで偶然の一致が続くとなると単なる偶然ではなく必然である。麻雀からの切り口で謎解きを進めるのが正解なのだと察する。
白発中……白と、発と、中? あすかがひとりごとのように呟いた。
中は3番目……。そして中、……中心?
バッと、振り返る。そう。この部屋の中心にはテーブルと2つの椅子。そして、最初の紙が置いてある。
あすかが再びテーブルや椅子を隅々まで調べ直した。
ない、なにも。テーブルや椅子に隠されたヒントが見つからないことを確認したあすかはその場に立ち上がろうと足下に手をついた時、元々はテーブルの下に隠されていたダイアルが視界に入った。
そしてあすかに電流が走った。震える声を抑えるように気をつけながら指を指した。
ねえ、これを見てみて。
あすかの指を指した先に視線を向ける。
「3つの数字を揃えよ」最初から提示されていたヒントがそこにはある。
いや、何かがおかしい。……そう、この部屋の中心に最後のヒントがある。そう考えていなければ、まず気づかないそれ程のささいな違和感。
「三つの数字を揃えよ」
そこには、こう書かれていたのだ。
その瞬間、部屋の空気が微かに揺れた気がした。気のせいかもしれない。だがあすかは確かに感じたようだった——何かが噛み合った、あの感覚を。