世界は終わらない   作:あっつあつ

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陥落

調査兵団の姿が完全に地平線の彼方へと消え失せた後も、紅と蒼の巨人は、しばらくの間その場から動こうとはしなかった。

 

天に向けてまっすぐに突き立てられた親指は、彼自身の内側で激しく衝突する二つの意志の、せめぎ合いの象徴のように硬直していた。

 

やがて、胸の滴型の結晶が深い明滅を終えて静かな鈍色に戻ると、彼は突き出していた右手をゆっくりと下ろし、力なくその場に膝を突いた。

 

人間の肉を喰らうという、血の底から湧き上がる狂おしいほどの飢餓感。それを力ずくでねじ伏せた代償は大きく、彼の流線型の肉体からは、一時的に全ての活力が削ぎ落とされたかのような、深い虚脱感が漂っていた。

 

しかし、彼を縛る「呪い」は、一時的な拒絶によって完全に消え去るほど生易しいものではなかった。

 

どれほどの時間が経過したのか、頭上を過ぎる太陽の光を浴び、その巨躯に再び異質なエネルギーが満ち始めると、彼の白濁した双眸は、再びぼんやりとした光を宿し始める。

 

自我や記憶の伴わない、泥のように濁った意識のまま、彼はふらふらと、しかし確かな歩調で再び歩みを開始した。

 

どこへ行くべきなのか、何を求めているのか、彼の脳内には明確な答えなど存在しない。

 

ただ、世界の果てにそびえ立つ、あの圧倒的な灰色の絶壁――人間たちが「壁」と呼ぶ、巨大な境界線の方角だけが、磁石のように彼の肉体を強く惹きつけて離さなかった。

 

ドス、ドス、と地鳴りを響かせながら、彼は起伏の激しい草原を、あてもなく、ただ衝動の赴くままに突き進んでいく。

 

壁の根元に近づくにつれ、周囲の光景には奇妙な変化が生じ始めていた。

 

どこから集まってきたのか、彼と同じように、絶壁を目指して蠢く「同類」たちの数が、目に見えて増えていたのである。

 

頭部が異様に肥大化した五メートル級、奇妙な這行を繰り返す四足歩行の異形、そして虚ろな笑みを浮かべたまま歩く巨躯の群れ。

 

それらの醜悪な怪異たちは、互いに干渉し合うこともなく、ただ一様に、見上げるほど高い絶壁の向こうにいるはずの「見えない獲物」を求め、呪われた群れを形成していた。

 

紅と蒼の巨人もまた、その異形たちの波に混ざり合いながら、境界線のすぐ近くまで到達していた。

 

絶対的な静寂と、奇妙な停滞感がその空間を支配していた、まさにその瞬間だった。

 

――世界のすべてを粉砕するかのような、凄まじい大轟音が天から降り注いだ。

 

地天が激しく震え、大地が生き物のように波打つ。

 

直後、この世のものとは思えない激しい熱風が、爆発的な勢いで絶壁の向こう側から吹き荒れた。

 

その凄まじい熱波は、一瞬にして草原の草木を焼き払い、周囲にいた小柄な巨人たちの肉体を数メートルも吹き飛ばすほどの暴風となって荒野を駆け抜ける。

 

それは雷の音でも、大地の怒りである地震の響きでもなかった。

 

何かが、絶対的であったはずの「世界の秩序」を、圧倒的な暴力によって力ずくでねじ切った破壊の響きだった。

 

もうもうと立ち込める赤い霧と、天を焦がすほどの黒煙が、灰色の絶壁の最下部を覆い尽くしていく。

 

割れんばかりの悲鳴を上げて、巨大な岩石の破片が雨のように頭上から降り注ぎ、大地を深く抉り取った。

 

やがて、爆煙が風に流され、徐々にその向こう側の輪郭が明らかになっていく。

 

そこには、これまで数百年にわたって誰も穿つことのできなかった、神の如き絶壁の足元に、ぽっかりと開いた「暗黒の巨大な穴」が存在していた。

 

その断裂の奥から、堰を切ったように荒野へと溢れ出してきたのは、これまで彼が一度も体感したことのない、狂おしいほどに濃密な「命の匂い」だった。

 

数百、数千、いや、数万という人間の血と肉の気配。

 

そしてそれ以上に色濃く漂う、絶望、恐怖、阿鼻叫喚の精神的な波動が、目に見えない津波となって、壁の向こう側から一気に押し寄せてくる。

 

その圧倒的な生の奔流に触れた瞬間、周囲を埋め尽くしていたすべての異形たちが、一斉に狂った。

 

ウオオオオオォォッ!!

 

地獄の底から響くような、飢えた獣たちの咆哮が荒野のすべてを震わせる。

 

理性を完全に失った無数の肉体の群れが、我先にと、その新しく開かれた暗黒の口へと向かって猛然と殺到し始めた。

 

そして、その狂乱の渦の中にいた紅と蒼の巨人の内側でも、先ほど辛うじてねじ伏せたはずの「獣」が、爆発的な勢いで目を覚ました。

 

先ほど、人間の命を前にして自らの右手を止めた、あの微かな「光の誇り」━━。

 

それすらも、この圧倒的な呪いと飢餓の津波の前には、ただの脆い砂細工のように、一瞬にして押し流されていく。

 

脳内を真っ黒な捕食の衝動が完全に埋め尽くし、白濁した双眸はギラギラとした狂気の輝きを帯びる。

 

彼の視線は、もはや自らの右手を見ることもなく、ただ一点、命が狂い叫ぶ穴の奥の暗闇だけを見据えていた。

 

地を割り、泥を撥ね上げながら、彼の強靭な脚部が爆発的な力で前進を開始する。

 

紅と蒼の洗練された肉体は、抗う術もなく他の巨人たちの黒い津波に飲み込まれ、地鳴りを立ててその暗黒の境界線を越え、人間の住まう世界へと雪崩れ込んでいった。

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