1 正義の味方とは
・・・始まりは憧れだった。
それは大きな火事だった。
見渡す限り廃墟であり、映画で見る戦場跡のようだった。
・・・だけどそれも長くは続かない。
廃墟になった建物が炎に照らされ、やがて音を立てて崩れ落ちてゆく。
それらが落ちていく中で、俺は歩き続けた。
周りの人間は、もう原型を留めていなかった。
だが、自分だけが「確かに生きている」。その異常な事実だけが頭をよぎる。
数歩歩くたび、黒焦げになって動かなくなった「誰か」を踏みそうになった。
不思議と、悲しくはなかった。
だからきっと、あの瞬間に「衛宮士郎」という人間は壊れてしまったのだと思う。
ーーーそれが十年前の話だ。
俺はあの後、無事に助けられ、衛宮切嗣という男の養子になった。
「こんにちは、君が士郎くんだね」
そう言った衛宮切嗣は、あの時たまらなく胡散臭くて、けれどどこか救われたような優しい声だったと思う。
「率直に聞くけど、孤児院に引き取られるのと、初めて会ったおじさんに引き取られるの、君はどっちがいいかな」
確か俺は、迷わずに衛宮切嗣を選んだ。
……なぜだかは分からない。衛宮切嗣の雰囲気に、あるいは彼が口にした「呪術」という響きに惹かれたのかもしれない。
「そうか、良かった。なら早く身支度を済ませよう。新しい家に、一日でも慣れなくちゃいけないからね」
「あっ、そうそう。おじさん大切なことを言い忘れていた。おじさんはね、呪術師なんだよ」
そこから先はおじさんに引き取られ、藤ねえと出会った。
おじさん……いや、爺さんと藤ねえがあまりにも料理が下手だったりと色々あり、自分でも料理をするようになったり、藤ねえが極道の娘さんだと聞いてびっくりしたりと、色々なことがあった。
だが、それも長くは続かなかった。
月が夜のほとんどを照らし、そして不気味に光る中ーーー
「僕はね、子供の頃、正義の味方になりたかったんだ」
そう爺さんは言った。
初めは何じゃそりゃと思ったが、その顔が今にも死にそうで、あまりにも疲れていたから、真面目に聞いた。
「何だよ、それ。なりたかったって……あきらめたのかよ」
「うん、残念ながらね。ヒーローは期間限定でね、大人になると名乗るのが難しくなるんだよ」
そう言った爺さんの瞳は、子供と同じくらい純粋だった。
「なんだ、それならしょうがないな」
「うん、本当にしょうがない」
「なら、俺がその正義の味方ってやつになってやるよ」
「本当かい」
「ああ、本当だ」
「そうか、安心した……」
そう言った後、爺さんはゆっくりと屋敷の柱に背中を預け、安心したように眠った。
爺さんが死んだ後、俺は1人になった。
いや、1人ではない。藤ねえもいるし、何より藤ねえのお父さんが所属している組の人たちが度々面倒を見てくれた。
だが、本当に正義の味方になりたかったと言えば、嘘になるかもしれない。
だって俺は「正義の味方」というものが分からない。それに、何をすればいいのかも分からない。
爺さんが呪術師だと聞いて自分もなりたいと思ったが、切嗣は言っていた。
『術式は生まれつき脳に刻まれるものだ。士郎、君の身体……呪力の流れは他と違いすぎる。僕にはさっぱり分からないし、僕の呪術のノウハウも教えることができない』
切嗣から教わったのは、体内の呪力を練り上げ、物や身体に込めて強化する基礎だけ。だが、それすらも上手くはいかなかった。
「痛っ……ーーーー」
転がっていた鉄パイプに呪力を流し込もうとする。
だが、パイプ全体を覆おうとした瞬間、体に冷たい剣を直接突き刺されたような激痛が走った。
「はぁ……はぁ……」
すぐさま鉄パイプから手を離し、自分の腕の状態を確認する。
外傷はない。だが、まるで体内で刃物を生成しようとしたかのような歪な痛みが、心に不気味な不安を残す。
爺さん……衛宮切嗣が言っていた正義の味方とは何なのか。
俺は本当にそれになれるのか。
そもそも呪術とは何なのか。衛宮切嗣の言っていた「他とは違う」とは、どういう意味だったのか。
たくさんの疑問が浮かび上がり、やがて静かに収束していった。
「やっぱり、俺って中途半端なんだな」
暗い土蔵は、そんな中途半端な俺の呟きを、どこまでも冷たく響かせていた