一成と短い会話を交わした後、衛宮士郎はいつも通りの日常を過ごした。
授業を受け、昼食を食べ、午後の授業を受け、生徒会の備品を修理する。そして、帰る。
そんな学生としての当たり前な日常が、徐々に衛宮士郎の心を締め付けていく。
これが本当に正解なのか。今のままで、本当に「正義の味方」と言えるのだろうか。
「まあ……そんなこと、俺に分かんねえよな。はぁ……爺さん、俺はどうすればいいんだと思う?」
茜色の夕闇がゆっくりと黒い夜に呑まれていく。
下校時間を知らせるチャイムが鳴り、慌ただしく下校するクラスメイトたちの足音が遠ざかる中、士郎は教室の窓に背を預け、ただじっと赤く染まる空を見つめていた。こうして一人で呼吸を整えることでしか、胸の奥で渦巻く「モヤモヤ」を整理できなかったからだ。
――だが、そんな当たり前の日常の裏側で、呪いは廻る。
時には激しく、時には静かに。逃れようのない足音を立てて。
「ったく……なんで私がこんなど田舎まで出張らなきゃならねえんだよ」
穂群原学園の裏手に広がる深い森の影。ひとりの少女が不機嫌そうに携帯電話を耳に当てていた。
切れ長で鋭い三白眼に、後ろで束ねた黒髪のポニーテール。リムレスの眼鏡の奥から放たれる眼光は、同年代の女子とは明らかに一線を画している。
『いやー、ごめんね。でも前も言ったでしょ? 呪術師は年中人手不足。パンダは東京、棘は近畿に行っちゃってるから、手が空いてるのは真希だけなんだよ。てなわけで後はよろしくー』
「おいっ、ちょっと待てよバカ目隠し――!」
ツーツーと無機質な切断音が響く。禪院真希は呆然とした後、「はっ」と我に返り、画面に向かって盛大に悪態をついた。
そんなやり取りをしている間にも、空の茜色は暗闇へと溶け落ちていく。
呪いが勢いを増し、呪霊が最も活発に蠢き出す時間帯だ。
「そもそも、なんで私にこんな高難易度の任務が回ってくるんだよ。『術師殺し』の調査に、1級呪霊の討伐……上層部も頭沸いてんじゃないのか」
真希はずれかけた眼鏡を指で掛け直し、背負っていた布袋から大槍を取り出すと、手元の報告書に目を落とした。
「ええと……ターゲットの一反木綿は、この学園に潜み始めた推定1級呪霊。はぁ、おかしいだろ。私、まだ4級扱いだぞ。……で、もう一つの件。『術師殺し』と呼ばれた男の名前は、衛宮切嗣。変な名前だな」
真希はフンと鼻を鳴らし、鬱蒼とした森から学園の校舎へと足を進めた。
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「っと……まずいな、もうこんな時間か。急いで帰らないと藤ねえにうるさく言われる。……というか、なんで俺が毎晩飯を作らなきゃいけないんだか」
黄昏から引き戻された士郎は、慌てて鞄に教材を詰め込んだ。
集中し、耳に微量の呪力を巡らせて感覚を澄ませる。校内に残っている人の気配は、もうほとんどない。
「帰りに商店街でお惣菜と米も買わないとな。ちょっと急ぐか」
ひとりごちながら、士郎は「ガララ」と音を立てて教室のドアを開け、廊下へ一歩踏み出した。
「え……?」
思わず、間抜けな声が漏れた。
士郎のわずか四メートルほど先の廊下に、何かが浮いていたからだ。
――白い布。
風もない室内で、ひらひらと揺れている。
一見すればただの布切れだが、士郎の直感が猛烈な警鐘を鳴らしていた。風もないのになぜ飛んでいる? なぜ、あの布からどす黒く不快な「気配」が溢れ出しているんだ?
静まり返った廊下が、いっそうの不気味さを引き立てる。士郎は跳ね上がる心拍数をどうにか抑え込み、掃除用具入れの脇に立てかけられていた鉄パイプを固く握りしめた。
「同調、開始(トレース・オン)」
唱えると同時に、無機質だった鉄パイプへ緑色の呪力が伝い、その密度を変質させていく。
「まさか、呪霊か?」
そう疑問に感じたが、一瞬に流れ出た物は明らかに呪霊の気配だった。
そして疑問が確信に変わる。
(切嗣が昔言っていた……こういう人ならざるもの、いわゆる『呪霊』には普通の物理攻撃は効かない。倒すなら術式か、呪力を身体や武器に纏わせて打つしかない。けど……俺には術式も無ければ、切嗣みたいに器用に呪力を練ることもできない)
「jrgゔぉjsvkwぴvwkvh……kwhvぴwhv……」
空中に揺れていた純白の布が、突如として人間には理解不能な歪んだ肉声を漏らした。
次の瞬間、布の表面にギラギラとした眼光を持つ複数の「目」と、顔の端まで裂けた「口」が浮かび上がる。
「うわ……気持ち悪いな……」
士郎は顔を顰めた。清らかに見えた布の正体は、醜悪な呪いの塊だった。
(逃げるか……? 今の俺が戦っても勝てる保証はない。そもそも、俺は一度だって本物の呪いと戦ったことなんてないんだ)
逃げる権利はあるはずだ。こんな化け物を前にすれば、誰だって足がすくむ。
――だが。
あの月夜の日、衛宮切嗣に言った言葉が頭をよぎる。
『なら、俺がその正義の味方ってやつになってやるよ』
その言葉が鎖となり、無意識のうちに士郎の足の裏を床へ縫い付ける。
――逃げるな。もし今ここで俺が逃げて、この呪霊が残った生徒や街の人に襲いかかったらどうする?
見捨てて逃げるなんて、そんなの「正義の味方」じゃない。
「はああああああああっ!」
士郎は鞄を投げ捨て、一反木綿の呪霊に向かって泥臭く踏み込んだ。
何の型もない、ただの鉄パイプの振り下ろし。だが、士郎なりに絞り出した呪力で強化された一撃は、コンクリートすら叩き割る破壊力を秘めていた。
……しかし。
「自h御jdgfvjhfvjfj――!」
「がハっ、あぁっ……!?」
愚直すぎた一撃はあっさりと揺らぐ布に受け流され、返す刃のような布の端が、士郎の肩を深く切り裂いた。
鮮血が吹き出し、士郎は激痛とともに廊下へ転がり落ちる。
「こjsdgf……おいhdsg……!」
一反木綿は倒れ伏す士郎を見下ろし、あざ笑うように不気味な音を立てた。
純白だった布地はどす黒く濁り、裂けた口から粘着質な呪力を滴らせている。
「ういh右派……せl絵tkjwsれf……!」
ゆらり、ゆらりと不気味に揺れながら、呪霊がとどめを刺そうと迫ってくる。開かれた大口が、士郎の視界を覆い尽くそうとした――その時。
「おいおい……なんで『帷』を張ってんのに、一般人が巻き込まれてんだよ」
頭上から、凛とした少女の声が降ってきた。
死を覚悟して目を瞑りかけた士郎だったが、いつまで経っても死の気配が訪れないことに気づき、恐る恐る目を開ける。
――金属と金属が激しくぶつかり合う重厚な音が、廊下に響き渡っていた。
そこに立っていたのは、眼鏡をかけたポニーテールの少女だった。
彼女は身の丈ほどもある身の丈以上の大槍を片手で軽々と扱い、一反木綿の凶暴な牙を真っ向から受け止めていた。
少しだけ呪術とfateの設定が曖昧になるかもしれませんができるだけ矛盾しないように頑張ります。
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