「はぁっ!!」
気合の一声とともに、槍の刃が一反木綿を貫こうと音速に迫る速度で繰り出される。
だが、その鋭利な刺突すらも、呪霊はひらりと揺らめいて容易く回避し、すぐさま反撃の軌道へ転じた。
真希は歯を食いしばる。対峙しているこの呪霊は、戦闘の最中にもリアルタイムで成長し、呪力を増幅させ自身の攻撃パターンを悟られないよう変化させていく。そのせいで真希は攻勢を諦め、咄嗟に守りの姿勢を取らざるを得ない。
(……このままだと押し切られる! 私が敗ければ、この呪霊は校舎の窓を突き破って街へ溢れ出すぞ……! 士郎、早く奇襲を掛けろ……!)
心の中で焦燥が渦巻く。先ほど一瞬だけ目を合わせ、自身が隙を作った瞬間に背後から奇襲させる手はずだった。いかに1級といえど意識を逸らせれば、勝利への道筋は繋がるはずだった。
――だが、戦場におけるその僅かな思考の時間が、致命的な隙を生んでしまう。
「jzdbfgjszgjzbgkbdgんbzん!!」
思考を読んだかのように、一反木綿の身体から伸びた突起状の布が、真希の防具の隙間をすり抜け、その脇腹を深く貫通した。
「っが、ハぁっ……!?」
今だ完成されていない天与呪縛の強靭な肉体をもってしても、脇腹を穿たれた激痛は全身の動きを麻痺させる。指先から力が抜け、握りしめていた大槍が床に落ちてしまう。
「jfyfjふdbdjdjdjd――!」
勝機を悟った一反木綿は、目の前の呪術師を完全に抹殺せんと、顎を大きく開いて飛びかかる。
落ちた槍を拾う余裕も、回避する足の力も残っていない。
(……私も、ここまでか。真依……不甲斐ない姉ちゃんでごめんな……)
迫り来る死を悟り、真希が静かに目を瞑ろうとした――その刹那。
「うぉぉぉぉぉぉ! はぁっ‼︎」
骨が軋む音と、痛みを力任せにねじ伏せる叫び声が響き渡り、真希は思わず目を開けた。
そこにいたのは、一反木綿の刺突に足を貫かれ、鮮血を撒き散らしながらも、折れかけた鉄パイプで猛然と布を弾き返す衛宮士郎の姿だった。
足を穿たれた激痛に視界がチカチカと明滅する中、士郎の脳裏には甘く冷たい誘惑が駆け巡る。
『――今ここで戦うのをやめれば、楽になれる』
『――この女の子を見捨てたって、誰も責めはしない』
『――逃げろ。逃げろ。今の平穏を大事にしろ。家に帰れば、お前を待っている人がいるはずだ』
「っっっっ……うるさい!!」
脳裏に浮かんだ弱音に激昂し、士郎は激痛を置き去りにするように鉄パイプを振るい、呪霊の追撃を強引に弾き飛ばした。
「っ‼︎ お前、なんで来たんだ‼︎ 私が合図したら奇襲しろと言っただろうが!」
「っそんなもん……当たり前だろ! 合図がねえから見に来てみれば、お前が死にかけてたんだよ!」
「……そうか。すまない」
真希の短くも感謝の籠もった言葉を受け止め、士郎は畳みかけるように迫る追撃を再び防ごうと鉄パイプを構える。
……しかし。
「なっ……!?」
士郎は己の目を疑った。
今までギリギリのところで耐えていた鉄パイプが、甲高い音を立ててポッキリと折れてしまったのだ。
当然の結果だった。ただの掃除用具に過ぎない鉄パイプが、1級呪霊の激しい打撃に耐え続けられたこと自体が奇跡だったのだ。
一反木綿はその呆然とした隙を見逃さず、死角から伸びた布で士郎の首を強く締め上げる。
「が、はっ……!」
気管が潰され、声すら出ない。
弾き飛ばされた鉄パイプに手を伸ばそうにも、指先すら届かなかった。
(……詰み、か……)
だが、絶望的な状況とは裏腹に、士郎の心は不思議なほど穏やかだった。
やるべきことはやった。真希を助けるために、今の自分が持てる全ての力を絞り出した。
(……ああ。これで、終わりか)
達観し、自らの死を受け入れて静かに目を閉じかけた。
ーーーその瞬間
『――衛宮士郎。まさかこんな中途半端な形で無様に終わるとはな。「正義の味方」が聞いて呆れる』
どこか懐かしく、同時にひどく忌々しい、皮肉に満ちた声が響いた。
士郎がゆっくりと目を開けると、そこはもう暗く淀んだ校舎ではなかった。
「……なんだ、ここ……!?」
驚愕するのも無理はない。
見渡す限り、そこは無数の剣が墓標のように突き刺さる赤黒い荒野だった。
空には巨大な歯車が蠢き、風には微かな火薬の匂いが混ざっている。
刺さっている剣はいずれも、士郎がこれまでに目にしたことのない至高の武器ばかりだった。
『何をボケとしている。まさか、貴様ここで果てるつもりだったのか?』
声のした振り返る。
そこに立っていたのは、士郎と酷似した骨格を持つ男だった。
唯一異なるのは、褐色に焼けた肌と、すべての色が抜け落ちたような白髪。それ以外は、まるで未来の自分を鏡に映したかのように瓜二つだった。
『ふん、全てをやり遂げたような顔をしおって。くだらん。お前の語る「正義の味方」とやらは、それほど脆いものだったのか?』
男はゆっくりと歩み寄りながら、冷酷に問いかけてくる。
「脆い……!? そんなわけ、あるか!! 俺だって立ち向かった! でも無理だったんだよ! 持てる力を全部出しても……届かなかったんだ!!」
悔しさと無力感に声が震える。
『力が足りなかった、か……。まあ、無理もない。俺も……きっかけがなければ、この力を手にすることはできなかった。……衛宮士郎、よく見ておくがいい。これが、お前の本質の力でありいずれ到達するべきものだ』
男は士郎の脇を通り過ぎると、前方を睨みつけ、静かに言葉を紡ぐ。
「――投影開始(トレース・オン)」
その詠唱を聞いた瞬間、士郎の胸に激しい既視感が走る。
ずっと肌身離さず持っていたお守りのように、身体の奥底が熱く脈動する。
次の瞬間、男の腕にジジジと緑色の回路が浮かび上がり、鼓膜を突くような高周波のノイズが響き渡る。
「っ……つ!?」
思わず耳を塞ぐ士郎の前でノイズが収まった時、男の両手には一対の異形の中華剣が握られていた。
黒地に亀裂の紋様が走る剣と、銀地に水波の紋様が浮かぶ剣。
『衛宮士郎、しばらくお前の身体を借りるぞ。……助けようとした者が目の前で潰えるなど、反吐が出るほど見飽きたからな』
「ちょっ、待てよ――!」
呼び止める士郎の声を置き去りにし、目の前の男――英霊エミヤの姿は荒野の世界からいなくなっていた。
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(……動け! 私の足……!)
一方、現実の廊下で真希は激痛と屈辱に歯を食いしばっていた。
呪術師は常に死と隣り合わせだ。だが、犠牲になっていいのは覚悟を持った術師だけであり、巻き込まれた一般人ではない。
(私が死ぬのはいい……だが、あいつが死ぬのはダメだ! 死ぬべきなのは、私だろうが……!)
傷口から流れ込む呪霊の呪力によって足は変色し、呼吸すらまともに届かない。
首を絞め上げられている士郎の命は、あと数十秒も持たないだろう。自身の槍で分割するには、最低でも三秒以内に呪霊の布を刻む必要がある。しかし、動かない肉体がそれを許さない。
無力さに血が滲むほど唇を噛み締めた――その瞬間。
―――ザーッ!!
静まり返った暗い廊下に、肉と布を鋭く引き裂く澄んだ断裁音が響き渡った。
真希は「はっ」と目を見開く。
そこには、自身の首を絞めつけていた布を、一対の美しい夫婦剣で易々と切り捨てた衛宮士郎の姿があった。
その瞳からは先ほどまでの年相応の未熟さが消え去り、冷徹なまでに研ぎ澄まされた「守護者」としての光が宿っていた。
投稿が遅れてしまって申し訳ありません。
次回の投稿は、来週の休日あたりを目標にしたいです。
早く無限の剣製のシーンを書きたい!!
追記:ちなみに今回登場した英霊エミヤは、何らかの影響でHF・UBW・Fateルートの全てを経験しています。