もうちっとだけハッピーにするんじゃ   作:加賀美ポチ

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酒寄がぁ!画面端ぃっ!

 人助けは好きだ。

 

 誤解を恐れずに云えば、好きだった。

 

 困っている人間を見ると解決策を考える。考えて実行に移す。

 雨天時に傘を忘れた人間が居れば傘を貸し、財布を失くした人間が居れば一緒に探してやり、勉強に苦しむ人間が居れば解き方を教える。

 

 助かった相手は感謝する。

 礼を言う。

 喜ぶ。

 

 そこでいつも思うのだ。

 

 ──気分が良い。

 

 そして同時に思う。ああ、これは宜しくない。

 

 自分という人間の性質は、他人の不幸が解消された事が喜ばしいと思う素直なものでは無い。

 困っていた人間より少し高い場所に居る感覚。

 少しだけ余裕のある側の立場。

 

 精神的な優位な立場に立っている状況。それが心地良いと感じる性質の人間なのだ。

 

 助かった相手が感謝の言葉と共に有償の礼をしようとすると、冷や水を掛けられた気分になる。

 それは、礼を受け取ることで優位な立場が対等な立場になってしまう事に対する忌避感のためだろう。

 

 自身の性質ながらなんとひねくれた物だろうか、と呆れてしまう。

 

 だから。

 助けるなら知られないように、感謝されないように、恩を売らないように。

 そう立ち回るように自然となっていった。

 

 行いだけ見れば善人、動機だけ見れば趣味が悪い。

 だから多分、私は善人ではない。

 

 捻じ曲がったそんな性質は、どうやら死んでも治らないらしい────

 

 

 理由は簡単だ。一度死んだからだ。

 

 交通事故だったのか、病気だったのか、それとも別の何かだったのか。

 もう覚えていない。覚えているのは、終わったという感覚だけだった。

 

 だから次に目を開けた時、最初に抱いた感想は驚きでも恐怖でもなかった。

 

 ──ああ、続くんだ。

 

 そんな妙に冷めた感想だった。

 

 赤子の身体。知らない天井。知らない両親。まともに動かせない手足。

 状況だけ見れば混乱して当然だったが、不思議と受け入れていた。

 しかし、前世の記憶はぼやけていた。

 名前も、顔も、生活も、何もかも曖昧だった。ただ、自分という人間の輪郭だけは嫌になるほど綺麗に残っていた。

 

 困っている人間を見ると放っておけないこと。助けると少し気分が良くなること。

 その気持ち良さを後ろめたく感じること。そういう、どうしようもない性質だけが次の人生にも付いてきた。

 

 そして、それ以上に厄介なものまで付いてきた。

 

 私は、生まれつき【答え】を知っていた。

 

 最初は偶然だと思っていた。

 

 積み木が倒れる前に支える場所が分かる。

 探し物の場所が分かる。

 雨が降る少し前に分かる。

 じゃんけんの手が分かる。

 幼い子供の勘と呼ぶには妙に正確で、失敗が無かった。

 

 ある時、幼かった私はそれを確かめた。

 コインを投げる。

 表が出る。

 そう思った。

 違った。思ったのではない。知っていた。

 投げる前から結果だけが頭の中に置かれていた。

 もう一度投げる。

 表。

 さらに投げる。

 表。

 十回、百回。

 全部当たった。

 

 そこでようやく理解した。

 

 これは直感じゃない。予想でもない。

 質問を投げると答えが返ってきている。

 仕組みは分からない。どこから来ているのかも分からない。ただ、答えだけが先に存在していた。

 

 だから私は勝手にこの能力をアンサートーカーと呼ぶ事にした。

 

 能力は便利だった。あまりにも。

 答えが見えるのなら、私が望む人助けの形は簡単になる。

 

 小学校の頃、隣の席の女子が落とした消しゴムが遠い場所に転がり困る答えが見えた。拾って渡すのは簡単だった。

 でもそれでは礼を言われる。だから机の脚を少し動かした。落ちてきた消しゴムが『たまたま』動かした机の脚に当たり本人の足元へ転がる。

 その女子が特に困ることなく消しゴムを拾う。感謝されない。ただほっと安堵の表情を浮かべたその子の顔が見れて満足だった。

 

 中学校では、部活の後輩が提出物を忘れて怒られそうになっている答えが見えた。

 だから、前日に教室の掲示位置を少し変え、提出物の存在を本人に印象付けさせ、自分で気付くように仕向けた。

 翌日、その後輩は提出物忘れの未来を回避して悠々自適に部活に勤しんでいた。私は何もしていない。

 

 駅では財布を失くした女子高生を見た。探す場所を知っていた。

 アンサートーカーが指し示す位置へ向かい財布を回収して近くの交番に届ける。交番窓口で匿名を希望すれば相手に自分の事は伝わらない。

 小一時間もせずに交番前で戻ってきた財布を嬉しそうにかき抱く女子高生の姿が見えた。

 

 この能力は私の性質と最悪なほど噛み合っていた。

 感謝されない。恩にならない。助けた事実も残らない。精神的に少し高い位置に立ったまま、感謝の対価も払われずに終われる。

 

 自己満足の人助けをした後、助けた人間が顔を確認するのが習慣だった。

 困った顔が終わったか。曇った顔が消えたか。それだけ見て、満足して離れる。

 笑っていてほしい、とまでは思わない。辛そうな、悲しそうな顔をしていなければ妙に自分が安心できた。

 

 そんな風に過ごしていく中、高校生活1年が過ぎ、新年度を迎える春。

 とんでもなく疲労困憊な人間と同窓となった。

 

 名をば、酒寄彩葉となむいいける。

 

 

 酒寄彩葉というクラスメイトが居る。

 

 正直、最初は印象が薄かった。同じ教室に居る。名前も知っている。話した事は無い。その程度だった。

 その印象はすぐに覆されたのだが。

 

 酒寄彩葉は世間一般で言う所の超人に分類される人間だった。

 学業においては理系文系関係なくどの教科も難なくこなす優等生であり、座学以外にもスポーツやピアノなどの音楽なんでも高水準にこなしていた。

 特に圧巻だったのは体力測定での成績だった。

 オール種目10点。

 種目によっては男子の10点水準に比肩しうる成績を残していると言えば酒寄彩葉が如何に超人をしているか分かるだろう。

 

 クラスの中心人物的存在であったがゆえ、目で追う機会は他のクラスメイトより多かった。

 綺麗なクラスメイトだな、と感想が私の中にあった。

 顔の話ではない。勿論整っている方なのだろう。だが、そういう話ではない。

 

 生活の仕方が綺麗だった。

 頼まれ事を断らない。人付き合いも出来る。勉強も出来る。運動も出来る。提出物も期限内。遅刻も欠席もほとんど無い。

 誰かの愚痴を聞いているのを見た事はあるが、自分の愚痴を言っている所は見た事が無い。

 

 風の噂では親元を離れてアルバイトの収入で一人暮らしの家計を支えているらしい。

 ツクヨミで活動している。AIライバーのヤチヨの推し活をしている。対戦もしている。しかも全部ちゃんと回っている。

 

 少し変だった。

 普通、そういう生活はどこかが崩れる。

 成績が落ちる。遅刻する。体調を崩す。期限を忘れる。人付き合いが悪くなる。どこかに綻びが出る。

 酒寄彩葉にはそれが無かった。

 

 本人からすれば、問題なく回っているのだから止める必要が無い。

 しかし妙に嫌な感じがした。

 別に珍しい人間ではない。世の中には優秀な人間なんていくらでも居る。

 ただ、何となく見覚えがあった。

 ちゃんとやる。迷惑を掛けない。困った顔を見せない。平気そうにする。

 そういう人間。

 そういう人間は、限界が来ても限界だと言わない。

 

 少しだけ気になった。

 だから見た。

 別に助けたい訳じゃない。いつもの癖だ。

 そんな事を思いつつアンサートーカーを起動し────

 

【過労(重度)】

 

 なんかデカデカと赤文字が脳裏に浮かんだ。

 今日日(きょうび)満員電車で草臥れたおじさん連中を見ても珍しいアンサートーカーの回答に冷や汗が出る。

 同年代でこんな回答が出てくるのは初めての経験だ。

 これはまずいのでは、との心配が先に来てしまう。

 本人は友人の綾紬芦花(あやつむぎ・ろか)と諌山真実(いさやま・まみ)二人と一緒に普段通り談笑している。

 

 だからアンサートーカーで深堀りをした。いつものように。

 少し見て、何も無ければ終わり、そう思っていた。

 

【疲労:重度】

【睡眠負債:高】

【生活余剰:低】

【身体負荷:高】

 

 ここまではまだ理解出来た。

 まあ、忙しいのだろう。

 本人が問題無いならそれで良い。

 次。

 

【精神状態:正常】

 

 少し、思考が固まった。

 重度の過労で睡眠不足、更にそれらが慢性的に継続しており、改善も見られない状態であるのが見て取れた。

 なのに本人の精神状態は正常の推移を保っている。

 本当に優秀な人物なのだな、と私は誰に言うでもなく小声で一人呟く。

 

【貧血及び過労による諸々の疾患リスク:高】

 

 私は思わず酒寄彩葉の方を見た。

 当人は友人二人に囲まれて朗らかに笑っていた。

 楽しそうに。

 何事も無さそうに。

 少なくとも、そう見えるように。

 

 

 酒寄彩葉は、自分が多忙な人間だと客観的に認識しているが、それを苦だとは思ってはいなかった。

 

 学校で授業を受け、週5で働かさせてもらっている隠れ家的カフェ『BAMBOO cafe』でアルバイトに勤しみ、帰宅して家事を済ませる。

 予習・復習を済ませ、スケジュール管理で捻出した時間でツクヨミへログインして遊んだり、推し活をする。

 

 ただそれだけだ。

 

 確かにやる事は多い。学生の身分で生活を全て一人で切り盛りしていかなければならないからだ。

 だが、世の中にはもっと忙しい人間なんていくらでも居る。

 ニュースでは毎日のようにブラック企業だの過労だの騒がれているし、世の社会人はもっと酷い生活を送っているのだろう。

 

 何より己の母親ならこんなことくらい涼しい顔で熟すのだろうと、ならば娘の自分が出来ない筈がない。

 だから自分はまだ平気だと思っていた。

 

 少し眠い日が増えた程度。最近少し隈隠しの化粧が濃くなった程度。授業中にぼうっとする瞬間が増えた程度。

 そんなものは誤差の範囲内だ。

 しかも、いざとなれば彩葉にはエナドリというブーストアイテムがある。

 

 ──パスタ四食分につきムダ飲み不可!

 

 自分で書いた張り紙に機先を制されてはいるが。

 

 帰宅して、制服を脱ぎ、適当に夕食を済ませる。

 洗濯機を回している間に課題を終わらせ、洗濯の完了した衣類を乾燥機に放り込み、飲みかけのエナジードリンクを口に含む。

 時刻は二十一時過ぎ。普通に考えればもう寝る準備をしていてもおかしくない時間だった。

 

 少しだけツクヨミへ潜りたかった。

 それが酒寄彩葉にとっての息抜きだった。

 

 椅子に腰かけ、コンタクトレンズ型デバイス・通称『スマコン』を眼に装着する。

 そして、瞼を閉じて数秒後。

 彩葉は電子の世界にダイブした。

 

 仮想空間ツクヨミ。

 

 世界最大規模のフルダイブ型仮想空間サービス。ゲーム、配信、創作、交流、仕事、学習。

 現実の娯楽と生活機能の大半を飲み込んだ第二現実。

 今や若者の多くは現実のSNSより長くツクヨミに滞在しているとまで言われていた。

 

 そしてツクヨミ最大の特徴は、誰もが好きな姿で生きられる事だった。

 視界が晴れる。

 

 彩葉のアバターは青を基調としたストリート風。

 着物にパーカーとベルトとブーツを合わせて、ちょっとカッコよく仕上げたものだ。狐モチーフの尻尾と耳も付いている。

 青紫の髪が動く。

 肩口までの髪に夜色のグラデーションが入る。

 耳が揺れる。

 後ろで狐尻尾がふわりと動く。

 

「彩葉、アルバイトお疲れ様。今日はどうだった?」

「相変わらず木曜日のBAMBOO cafeは戦場だったよ。なんで華の金曜日より客足が多いのか未だ謎だよ」

「彩葉ー、また店内で愛の告白イベントなんてなかったの?」

「ないない、そうそうあんなイベント何度もあってたまるもんですか」

 

 和の街並みを誇るツクヨミで彩葉が降り立ったのはグルメインフルエンサー『まみまみ』の家の中。

 そこで既にログインしていた芦花と真実が彩葉を出迎える。

 リアルで多忙な彩葉を気を配って二人の親友はこうして夜までツクヨミにログインしている事が多い。

 特に約束もせずに夜遅くログインする出迎えてくれる二人の心遣いを彩葉はありがたく思っていた。

 

 ぽんっ。

 

 眼前にいきなり巻物のアイコンが出現する。

 ツクヨミ内でのメールだ。

 スパムや宣伝が大半なので、腰を据えて読む機会などあまりないが、今回は珍しく個人から発信された所謂DM(ダイレクトメッセージ)。

 

「対人大会の……招待?」

 

 思わず口から漏れた声に、向かいに居た芦花と真実が反応した。

 

「なになに?」

「珍しい顔してる」

 

 真実がこちらへ寄ってきて、横から通知を覗き込む。芦花もお茶を片手に立ち上がる。

 視界の中央に表示された巻物型の通知ウィンドウ。

 

 差出人。

 ヨミ。

 名前を認識した瞬間、少しだけ身体が止まった。

 知らない名前ではない。むしろ逆だった。

 

 ツクヨミで対戦をしている人間なら、一度も名前を見た事が無い方が珍しい。

 『KASSEN』のPvPモード『SETSUNA』対戦大会上位常連。配信頻度はそこまで高くない。SNS更新も少ない。リスナー参加型もしない。コラボも少ない。なのに、リスナーが多い。

 ゲームの強さだけで人気を維持している珍しいタイプのライバー『ヨミ』その人からの対人大会招待メールだった。

 

「わっ対戦めちゃつよのライバーの人じゃん」

「彩葉ついにガチ勢の人のお眼鏡にかなってるじゃん。もう完璧プロじゃんプロ!」

 

 彩葉は年単位で『KASSEN』をやり込んでおり、その実力に多少の自負がある。

 しかし、本人の自己認識としては数多く存在する『KASSEN』専門プレイヤーの内で中の上という認識だった。

 とても猛者が跳梁跋扈する大会に出られる実力があるとは思えない。

 しかし、周囲の評価は異なっていた。

 

「それで、出るの彩葉」

「でちゃいなよ彩葉。絶対いい所までいけるって!」

「あー、いやーそうは言われましても……」

 

 丁重に断る気満々だった所に芦花と真実からの期待の眼差しに彩葉はたじろぐ。

 視線を泳がせていると目が招待メールの賞金ふじゅ~欄に止まった。

 一位。数か月遊んで暮らせるくらいにめちゃある。

 二位。1ヵ月遊べるくらいには十分多い。

 ベスト八位。『スマコン』を買い替えられるくらい。悪くない。

 参加賞。多種多様のヤチヨ限定グッズ。

 

「ふおおおお! や、ヤチヨの限定グッズ!? しかもライブ限定のもこんなに沢山っ!?」

 

 奇声を発しながら食い入るように巻物メールの文面を読み込む。

 ちょっと華の女子高生の声としてどうなの、と思わなくもないがヤチヨの前では些事である。

 欲しい。

 切実に欲しい。

 

 月見ヤチヨ。

 巨大仮想空間「ツクヨミ」を見守る管理人AIにして、歌って踊って分身もできるトップライバー。

 そして彩葉の推し活の対象である。

 

「ちょろはだぁ」

「ちょろはだねぇ」

「っく、いやでもしかし」

 

 目の前にぶら下げられた餌に食いつきたいが、苦悶の表情でブレーキをかける彩葉。

 大会という事は大衆への顔露出。

 とある事情であまり顔を広く知られたくない彩葉にとってはそこがネックであった。

 故に。

 

『参加にあたり一点確認させていただきたい事項があります。

 事情により顔出しを控えたいと考えているのですが、

 当日の参加において、着ぐるみ等による顔の露出を抑えた装備での参加は可能でしょうか。』

 

 上記の文面を送信。

 送信してから数分後。ぽんっと回答メールが届いた。

 

 回答メールの内容は以下の通りだった。

 

『顔出しは不要です。着ぐるみなど大きくシルエットが変わる装備はヒットボックスへ影響する可能性があるため対人戦において不利になる場合があります。

 着ぐるみ以外に顔の露出を抑えるアバター装備はお持ちでしょうか。

 もしお持ちでない場合は、差し出がましいですがプレゼントボックスに送付した装備をお使いください。インベントリに死蔵していたものなのでご遠慮はいりません』

 

「えぇ、めっちゃ気を遣われてしまった……」

 

 彩葉的には狐の着ぐるみ装備で出場できるかどうかの確認メールだったが、着ぐるみ装備のデメリットを心配され、あまつさえ代替案までも先回りされて提案されてしまった。

 ぽんっとプレゼントボックスへギフト到着のアナウンスが空中へ投影され、受領のボタンをタッチする。

 プレゼントの箱がコミカルに開き演出が描かれ、中に納まったアバター装備が表示された。

 その装備に彩葉は目を剥いた。

 

「や、ヤチヨライブ限定の狐面!? しかも抽選で当たった人にしかプレゼントされなかった激レアの!? うそでしょ、これ私が欲しかったやつ!!」

 

 能楽や神楽で用いられる狐面。

 その右耳には紫色の紐の叶結びがされており、これはヤチヨが後ろ首にあしらっている意匠を真似ているのだろう。

 更に左耳にはデフォルメされたメンダコがくっついている。これもヤチヨがいつも連れているメンダコのクッションがモチーフだろう。

 推し対象のヤチヨの要素が散りばめられ、更に自身のアバターの要素がある狐面である。

 この限定グッズがあるヤチヨライブの応募が落選した時は何度枕を濡らしたことか。

 

 此処まで厚遇をされて奮い立たねば酒寄家の恥なり。

 彩葉の意志は固まった。

 

「酒寄家が長女彩葉。一芸これあり、勝負事ならば尚のこと。此度の大会、僭越ながら参戦仕る!」

「おお、あの彩葉が珍しくやる気」

「よ! 現代の巴御前の雄姿、とくと見せてくだせー」

 

 珍しく三人娘の中から彩葉が先に茶目っ気を出して古風な口上を述べる。

 それに対し真実も茶目っ気で返し、華の女子高生三人は顔見合わせて笑った────

 

 

 大会当日。

 ツクヨミ内特設会場。

 普段配信で見るだけだった場所に、参加者側として立っている事実が妙に現実感を伴わない。

 

 普段の『SETSUNA』対戦用ステージとは比べ物にならない規模だった。

 宙へ浮かぶ巨大な桜舞台。周囲には観客席が幾重にも広がり、観客の歓声やコメントが半透明の帯になって空を流れている。

 頭上では大会スポンサーや配信窓が投影され、中央には巨大な対戦表が立体映像として展開されていた。

 舞台下には仮想の川が流れ、散った桜弁が光へ変わって空へ還っていく。対戦会場というより祭り会場だった。

 

 参加者達も様々だった。完全に獣人寄りへ寄せた者。甲冑武者。アイドル衣装。ロボット。

 中には身長三メートル近い巨人まで居る。

 現実なら絶対に交わらない趣味趣向の人間が同じゲームを目的に集まっている。

 

『みんなのために、わんわんお! ヨミ主催SETSUNA対人大会実況担当、忠犬オタ公です。今日も元気に職務果たしちゃいまーす!』

 

 ステージの実況席ではツクヨミの大会で実況解説を担当しているライバー、忠犬オタ公が軽快なトークで今日もツクヨミを盛り上げている。

 

 彩葉も軽くアバターの装備を整える。

 青を基調としたストリート着物。腰回りのベルトを調整し、ブーツの位置を直す。そして最後に、狐面を顔へ重ねた。

 白を基調とした狐面。その右耳には紫色の叶結び。左耳には小さなメンダコ。

 ヤチヨライブ限定。

 抽選で外れたあの日、布団の中でしばらく呻いていたくらいには欲しかった装備。

 それを今、自分が付けている。

 

 少しだけ笑ってしまう。

 鏡へ映った姿は普段より少しだけ格好良かった。

 現実の酒寄彩葉ではない。

 ツクヨミで遊ぶ時だけの自分。

 強くて、格好良くて、少しだけ自由な自分。

 だから、こういう大舞台に立つ時くらいは少し背伸びしてもいい。

 

 見上げると観客席には芦花と真実が手を振っていてくれた。

 彩葉も二人に軽く手を振り返す。

 

 よし行こう──

 

 初戦。

 緊張で現実空間で握っているコントローラーが手汗で湿る。

 観客が居る。配信されている。コメントが流れている。

 普段のランクマッチとは何もかも違う環境。

 

 指先が少し重い。緊張で唇が震えている。

 でも相手も同じだった。

 動きが硬い、差し込みが単調。

 そして、自分の得意な間合いに付き合ってくれた。

 相手の武器を低い姿勢で掻い潜り、可変武器を双剣状態にして一閃、二閃。

 相手のライフがゼロに到達して、ラストアタックで血の代わりに桜が舞い、散った。

 

『おーっと! ここでイロ選手が華麗な回避からのカウンターで鮮やかに決めたー!』

 

 勝てた。

 息が荒く、緊張で忘れていた喉の渇きが一気に来た。

 現実の部屋で飲み水を飲もうとする手が震えて、グラスが前歯に当たってカチカチと音を鳴らす。

 でも、勝てた。

 

 ──応援してくれてる二人への面目は立てられたかな

 

 

 二回戦。

 

 勝った。

 

 三回戦。

 

 勝った。

 

 四回戦。

 

 勝った。

 

 ──いや、なんか勝ち続けているんですど!

 ──芦花と真実なんて感極まっちゃってずーっと観客席ではしゃいじゃってるんですけど!

 

 初戦後、彩葉は怒涛の快進撃を続けていた。

 相手が弱かったという事は決してない。

 むしろ普段ならば負けても全くおかしくない猛者揃いであった。

 

 しかし、妙に戦いやすい。パズルのピースが嵌るように自分の差し返し、自分の読み、自分の反応、全てが混然一体となって噛み合っている。

 初戦は手汗が酷かった。呼吸も浅くなり、ミスも多かった気がする。

 しかし。

 試合を重ねるごとに観客の歓声、コメント、実況。すべてが遠くなって視界が拓けてくる。

 余計な思考が削ぎ落とされて、手が考えるより先に動く。

 

 普段なら反応できない場面で差し込み返せる。

 一つの結果に集中していく感覚。

 頭が澄む感覚。

 研ぎ澄まされる感覚が心地良かった。

 

 気が付けば天頂の掲示板には【決勝進出】の4文字が表示されていた。

 

『狐面つっっっよ』

『まじでナニモンなんだよあのイロって選手。対人勢界隈で居なかったろ』

『結局ヨミと当たっちゃうじゃん』

『初参加で決勝てやば』

 

 配信枠に流れるコメントを見て漸く実感が湧いてきた。

 

 ──本当に決勝まで勝ち上がっちゃったんだ……

 

 初戦が始まる前は一回勝てれば十分だと思っていた。

 大会の空気を味わって、応援してくれている二人へ格好が付けばそれで満足だと考えていた。

 なのに気付けば勝って、勝って、勝ち続けて、観客席から歓声を受ける側へ立っている。

 

 少し遅れて身体が現実へ引き戻される。

 現実空間で喉が乾いている事に気付き、水を飲む。グラス越しに見える現実の部屋はいつも通りなのに、ツクヨミ側だけ妙に熱を帯びて見えた。

 少しだけ顔を触る。

 大丈夫、まだ集中は切れていない。

 

 そう思った時だった。

 観客席側が少しざわつく。

 コメントの流れが変わる。

 

『来た』

『ヨミ来た』

『主催登場』

『本物だ』

『対戦久しぶりじゃね』

『この人普段配信でしか見ないからな』

 

 ステージの端。

 舞っていた桜弁が少しずつ色を失い、夜色の羽根へ変わっていく。

 羽根は空中で舞うというより、静かに落ちていた。

 落ちながら暗い光になって、集まって、人の形を作っていく。

 演出としては驚くほど静かだった。

 

 光がほどける。

 現れた人物を見て、少し意外に思った。

 ……思ったより若い。

 第一印象がそれだった。

 

 肩口くらいまでの短めの髪。黒を基調としているけれど真っ黒じゃない。光が当たると濃い紫が混ざって見える。

 服装はロングコート。

 でも重い印象は受けなかった。

 肩周りや裾に梟(ふくろう)を思わせる羽飾りが流れていて、金具や房飾りが月みたいに揺れる。全体的に黒、紫、金で統一されているのに不思議と威圧感が無かった。

 梟モチーフと言っても耳や嘴みたいに露骨さじゃない。

 頭の片側に羽細工の髪飾り。肩口に小さな羽装飾。袖の模様。

 それらがよく見ると梟(ふくろう)をモチーフにしている事が見て取れた。

 

 ヨミはステージ中央まで歩いてくると、まず観客席へ丁寧に一礼した。

 次に実況席へ頭を下げる。

 最後にこちらへ身体を向ける。

 その一連の動きが妙に綺麗だった。

 配信者のパフォーマンスじゃない。

 礼儀として自然にやっている感じ。

 目が合うと、相手は少しだけ目元を緩めた。

 

「お待たせしました。イロさん。決勝戦、よろしくお願いします」

 

 声は少し低めで、落ち着いていて、本当にモチーフの梟(ふくろう)を彷彿とさせていた。

 彩葉も狐面を軽く押さえながら頭を下げ返した。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 返してから彩葉は思った。

 大会主催で且つ最上位の『KASSEN』プレイヤー。

 もっと近寄りがたい人物像を想像していた。

 でも意外なほど礼儀正しくて、威圧感も無い。

 なのに。

 

 ──この人、多分めちゃくちゃ強い。

 

 

 ──酒寄家の彩葉さん生活改善作戦、始まるよー

 

 などと、軽いノリで胸中で呟いてみるものの、別に手を抜くつもりはない。

 私自身、『KASSEN』というゲームは割と真面目に遊んでいる。

 勝負事に対して変な拘りは無いが、相手が本気ならこちらも本気で返すべきだと思っているし、わざと負けるという行為は大抵の場合相手への敬意を欠く。

 だから接待ではない。酒寄さんの過労解消を目的にしているとはいえ、それは勝敗を捨てる理由にはならない。

 

 ──まあ、アンサートーカーなんてズルを持っている私がどの口でいっているのか、と思わなくもないが……

 

 梟の爪を模した双剣、トライエッジを握り締めて狐面の酒寄さんに肉薄する。

 此処までの試合でアスリートで言う所のゾーンに入っているのか、初戦に比べて別人のような体捌きで二振りの双撃が躱される。

 返す刀でブーメラン形態の鍵盤付きブレードが迫る。

 それを片手の剣でいなし、残る一方で斬撃を放つがバックステップで距離を離され、かすり傷しか与えられない。

 

 ──想像以上に仕上がってる。

 

 すでに生活改善という目的で言うのであれば半分は達成している。

 此処で自分が酒寄さんに勝利したとしても二位分の賞金ふじゅ~が確定している。

 1ヵ月遊べる程度の賞金なので、家計に少しの余裕を持たせることくらいは出来るであろう額だ。

 

 此処から先は酒寄さん次第。

 やる事は単純だ。

 勝つ気で戦う。

 その上で、相手の実力が一番伸びる立ち回りをする。

 言葉にすると簡単だが、実際は結構難しい。

 

 届かない相手では人は考えなくなる。逆に届き過ぎる相手では工夫する必要が無くなる。人間が一番伸びるのは、自分の不足が理解出来て、それでいて「もう少しで届いた」と思える場所だ。

 昔、後輩教育で似たような事をした気がする。

 全部教えると考えなくなる。

 量を勘定しない仕事を投げると潰れる。

 答えだけ渡すと育たない。

 少しだけ考えさせて、少しだけ成功させる。

 人間、大体そんな感じだ。

 

 トライエッジを逆手に持ち替え、再度肉薄する。

 酒寄さんは目に闘志を讃えて、真正面からこちらへ踏み込んでる。

 

「っ、そう何度も攻められてたまるわけないっしょ!」

 

 私の双剣武器に対応すべく、鍵盤付きブレードを中央から二分割。

 こちらが両手に握る武器と同じく双剣状態となったブレードが閃く。

 互いの二振りが桜舞台に舞う花弁を刻みながら幾たびもぶつかり合う。

 

『おっとおおお!? イロ選手ここで武器変形ッ!! ヨミ選手のトライエッジ双剣形態へ真正面から付き合っていくー!! 

 いやいやいや待って待って待って、普通ここ合わせます!? 大会ここまで見てきましたけど、ヨミ選手の近接圧に付き合う選手ほぼ居ないですよ!?』

 

 二振りと二振り、計四振りが斬撃の嵐を生み出す。

 凄まじい金属音の応酬が会場を満たす。

 私はギアを一段階、もう一段階と上げていく。

 より正確に、より鋭利に。

 

「──っくぅぅ……」

 

 苦悶の声が酒寄さんの口端から漏れる。

 ラッシュの速さ比べで軍配が上がったのは私の方だった。

 キィン、と鍵盤付きブレードを受け流し、態勢が崩れた狐面少女のもう片方のトライエッジで一閃。

 大きく吹き飛ばされて受け身を取る酒寄さんの狐面の奥の目にはまだ敗北の陰りは見えなかった。

 それどころか────

 

 

 咄嗟に姿勢を低く屈めた瞬間。

 頭上を巨大なブーメランが風切り音と共に通り過ぎていく。

 

 先程のラッシュで吹き飛ばされた酒寄さん。

 彼女が吹き飛ばされつつも驚くほどの速さで武器変形を行い、鍵盤付きブレードを投げつけていたのだ。

 おかげで追撃の手を止めざるを得なかった。

 

『おおっとここでイロ選手まだ終わらない!! 通常ここ、受け身取って仕切り直しの場面ですよ!? 

 なのに吹き飛ばされながら武器変形、追撃ラインへ即座に置き技ッ!! ヨミ選手、一瞬ですが完全に足を止められました!!』

 

 忠犬オタ公がテンションをぶち上げて状況解説をしている。

 

 頭上を通過した巨大なブーメランは、桜舞台の縁を削るような軌道で大きく旋回し、そのまま背後からこちらを切り裂くような角度で戻ってくる。

 単なる追撃拒否ではない。吹き飛ばされた瞬間に武器変形、投擲、帰還軌道の設定まで終わらせ、その間に本人が前へ出る。

 つまり酒寄さんは、受け身を取るより先に次の攻撃権を確保していた。

 

 良い判断だと思った。

 実際、一瞬止まった。

 もし相手が少し格下なら、この一瞬で流れは変わっていた。

 

 戻ってきた鍵盤付きブレードを片方のトライエッジで受けながら、私は身体ごと半歩だけ位置を流す。

 完全に弾かない。勢いを殺し切らず、刃先の角度だけ変える。

 すると武器は狙いから逸れて肩口を掠めるだけで前方へ抜け、そのタイミングへ合わせるように狐面がキャッチしていた。

 

 速い。

 判断を下すまでのタイムロスが殆ど無い。

 準決勝までの動きなら、戻ってくる武器を確認してから動いていた。

 今は違う。武器が戻る前提で踏み込んでいる。

 

 互いの双剣が噛み合い、火花と桜弁を散らしながら軌道を削る。

 観客席の歓声が大きくなる。実況席で忠犬オタ公が何か叫んでいる。コメントも流れている。

 

 それらの情報を思考から遠ざけて。目の前の斬撃に集中した。

 今見ているのは酒寄さんだけだった。

 

 鍵盤付きブレードの角度。

 重心の移動。踏み込みの深さ。視線の移動方向。呼吸の入れ方。

 

 ここまで高度な読み合いをしていると、何となく分かってくる。

 今の酒寄さんはこの対戦、この瞬間を楽しんでいる。

 普段の優等生然とした完璧超人のガワを脱ぎ捨てて、ちゃんとゲームに夢中になっている。

 

 だから、こちらも応えるようにギヤを上げていく。

 

『ヨミ選手攻め継続!! イロ選手まだ止まらない!! 止まらないけど、じわじわ押し込まれてるー!! 大きいのは食らってない! なのに差が開いていく!』

 

 実況の認識は正しい。

 酒寄さんは善戦している。

 しかし、ここにきて地力の差で私に軍配が有利となっている。

 そして、均衡が完全に崩れる。

 

 ほんの半拍。

 酒寄さんの防御が遅れる。

 多分、本人も気付いていない。

 だからこそ、その決定的な隙を見逃すようなことはしない。

 剣劇の交差。黒い斬線が桜舞台を横断した。

 次の瞬間、狐面の身体が大きく宙へ浮く。

 狐面の少女は吹き飛ばされた勢いのまま桜舞台を数度転がり、身体を滑らせながらようやく停止した。

 ステージへ散った桜弁が衣装へ付着する。

 

 赤。

 ライフゲージ残量、僅少。

 観客席の熱が変わる。

 歓声ではなく察した空気に。

 ほんの数秒前まで歓声と実況で満ちていた会場が、一瞬だけ音量を落としたみたいに静かになる。

 

『……きつい』

『削り圏内』

『終わったか』

『イロ頑張った』

 

 通常攻撃、必殺技、飛び道具。

 何でもいい。

 受けた瞬間、削りで終わる。

 つまり今の酒寄さんは、もう受ける事すら許されない。

 観客からは大勢が決したかのように諦観に満ちた感想が漏れる。

 

 しかし。

 

 ゆらり、と立ち上がる狐面の少女。

 上下に荒く動く肩から大きく息を乱しているのは明らかだった。

 それでも、彼女は悠然と武器を構え、こちらを狐面の奥から射貫く。

 それは諦観を是とする人間の姿勢ではなかった。

 

 ──ならばこちらもブッパしなければ無作法というもの

 ──レッツゴージャスティーン……

 

 

 呼吸が浅い。

 狐面の内側へ籠った熱が肌へ張り付き、乱れた吐息が首元へ落ちる。

 肩が上下しているのが自分でも分かる。視界の端ではライフゲージが赤く点滅し続け、その残量はもはや数字として見る意味が無いほど少ない。

 終わりだ。

 理屈だけなら。

 それはもう嫌になるほど理解していた。

 『KASSEN』というゲームは残酷な所がある。体力が少なくなるほど守りが弱くなる。

 ガード削りがある以上、極限まで削られた側は「受ける」という選択肢そのものを失う。

 

 つまり、今の自分は防御出来ない。

 避けるしかない。

 全部。

 一発も許されない。

 通常攻撃だろうが必殺技だろうが飛び道具だろうが関係ない。受けた瞬間に終わる。

 観客も理解していた。

 さっきまで歓声とコメントで埋め尽くされていた空間が、一瞬だけ静まり返る。コメント欄も流れが緩くなる。

 

『ここまでか』

『頑張った』

『いや十分すごい』

『ヨミ相手にここまでやったのやばい』

 

 観客席を見る。

 芦花と真実が居る。

 二人とも観客席で立っていた。

 少し前まで飛び跳ねていたのに、今は胸元で手を握っている。

 その瞳が心配そうに揺らいでいた。

 

 頑張ったよ、十分だよ、そんな顔に見えた。

 変だな、と思った。

 悔しい、終わりたくない、負けたくない、そう思うはずなのに──違った。

 もう少し、もう少しだけやりたい。

 そんな感情が先に来た。

 

 こんな試合は初めてだった。

 生活費の事も、アルバイトも、配信も、次のシフトも、その瞬間だけは全部頭から消えていた。

 ただ──楽しかった。

 ただ目の前の相手を見て、勝ちたいと思って、考えて、動いていた。

 こんな風に何かへ夢中になったの、いつ以来だろう。

 

 そんな風に考えているとヨミが武器を構えなおした。

 梟の爪を模した双剣が黒い羽を散らしながら分解され、伸び、重なり、組み変わる。

 トライエッジのような複雑さは無く、ただ梟の嘴を模したシンプルな大剣。

 

 ああ──格好良いな。

 そんな感想が先に出た。

 ゲームが強くて、それを鼻に掛けず淡々としていて、疎遠になってしまった兄を思い起こさせて、少しの憧憬を感じた。

 

 勝ちたい。

 初めて、少しだけそう思った。

 賞金のためじゃない、生活のためでもない──この試合に。

 

 会場がどよめく、実況席。

 忠犬オタ公の声が割れる。

 

『来たぁぁぁ!! ヨミ選手超必殺!! ここで切る!! ここで決める気だぁぁ!!』

 

 ヨミが動いた。

 踏み込みそのものは静かだった。

 淀みが一切無い、大剣を担いでいるとは思えないほど自然な前進だった。

 なのに。

 次の瞬間、世界が黒い斬線で埋まった。

 速い、という感想が出る前に最初の一撃が来ていた。

 

 梟の嘴を模した大剣が振り下ろされる。その軌道は真っ直ぐで、余計な変化も無い。ただひたすら洗練されていた。だから分かる。

 避けられない。

 そして今の体力なら受けた瞬間に削りで終わる。

 

 無意識に鍵盤付きブレードを持ち上げる。

 ぶつかる。

 金属音。

 世界が一瞬止まる。

 削れない。

 

 ──……え?

 

 刹那遅れて理解する──ジャストガード。

 それは成立条件は厳しいフレーム単位で成立する完全防御だった。

 

 思考が追い付く前に二撃目が来る。

 

 速い。

 でも剣先じゃない。ヨミの体捌きに全神経を集中させる。

 肩が動く、腰が入る、重心が落ちる。

 だから受ける。

 

 二発目の金属音

 削れない。

 実況背で一瞬遅れて忠犬オタ公が叫ぶ。

 

『えっ!? 今ジャスガ!? いやいや待ってください削り圏内ですよ!?』

 

 三発目、受ける。四発目、受ける。

 黒い斬線が舞台を覆う。

 観客席の歓声が消えていく。

 誰も叫ばない、ただひたすら私たち二人の行く末を見ている。

 

 五発、六発、まだ止まらない。

 受ける、受ける、受ける。

 息が浅い、腕が痺れる、鍵盤付きブレードが重い。

 衝撃が全部手首から全身に響いてバラバラになりそうだ。

 でも、まだ続けられる。

 斬撃が来る、受ける。ただそれのみに集中する。

 

『待って待って待って!! 全部取ってる!! イロ選手全部ジャストガードです!! これ偶然じゃない!!』

 

 七。

 八。

 九。

 観客席がざわつく。

 コメントが爆速になる。

 

『嘘だろ』

『削り消してる』

『何発目?』

『止まらねえ』

 

 十。

 十一。

 十二。

 甲高い音が桜舞台へ響く度に、空気そのものが少しずつ変わっていくのが分かった。

 削り圏内でのジャストガードなんて、偶然一回出れば十分珍しい。

 二回、三回続けば上振れと言われる。

 それがここまで続いている。

 

 十三発、十四発。

 その瞬間、一瞬だけヨミの大剣越しに目が合った気がした。

 彼が目を細めたように見えた。

 その仕草が何故か嬉しかった。

 認められた、そんな風に思ってしまった。

 

 そして、考えるより先に身体が動いていた。

 床を蹴って跳ぶ。

 ふわり、と重力から解放された視界が開く。

 開けた視界に黒い大剣が世界ごと切り裂くように迫る。

 

 その黒い斬撃に合わせ鍵盤付きブレードの双剣を交差させる。

 瞬間、最後の一撃に対して空中ジャストガードが成立した。

 そして訪れたのは超必殺技直後の硬直。

 

 斬ると思うより先に硬直中のヨミを右手のブレードで袈裟懸けしていた。

 超必殺技の演出が発動し、鍵盤付きブレードの刃に燐光が灯り、振るった斬撃の軌跡が桜舞台を横断していく。

 その軌跡は流麗で、斬撃というより指揮者の演奏だった。

 一閃、二閃、三閃。

 鍵盤を叩くように全身全霊の攻撃をヨミに叩き込む。

 

「──終わらせるッ!!」

 

 二つの人影が交差する。

 閃光。

 白い桜吹雪が舞台全体を埋め尽くした。

 

 一瞬。

 完全な静寂。

 次の瞬間。

 天頂の巨大掲示板へ表示される。

 

【WINNER イロ】

 

 会場が、悲鳴みたいな歓声で爆発した。

 

『うわああああああああ!?』

『返した!?!?』

『嘘だろ!!!』

『空中ジャスガから確定超必!?!?』

『主人公かよ!!』

『今の保存しろ!!』

『伝説回!!!』

 

 実況席で忠犬オタ公が椅子から半分立ち上がりながら叫んでいる。

 

『勝っっっったぁぁぁぁぁぁ!! イロ選手勝利!! 削り圏内!! ヨミ選手超必殺!! 全てジャスガからの超必殺コンボ差し返し!! 

 いや説明してても意味分かんないです!! なんですか今の!? 人類出来るんですかこれ!?』

 

 理解が追い付かない。

 本当に勝ったのか、分からない。

 ただ。

 観客席で嬉し涙を流す親友二人の姿を見つけて──彩葉は少し遅れて、自分が勝った事を理解した。

 




・酒寄家の彩葉さん生活改善作戦概略
 バズらせてふじゅ~成金させたら生活環境よくなるんじゃね説、なおヤッチョは嬉々として合法ふじゅ~を彩葉に与える模様。

・彩葉さん奇跡の大逆転劇の影響
 ヤッチョと芦花さんの脳がこんがり焼けた模様。
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