もうちっとだけハッピーにするんじゃ   作:加賀美ポチ

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そりゃ悪手じゃろ、クソボケ

 その日の朝、酒寄彩葉は数日ぶりに教室へ戻ってきた。

 窓際には、雨上がりの光が薄く差していた。

 湿った空気の匂いが廊下の奥から流れ込み、黒板の端にはまだ誰かが昨日消し忘れた数学の式が白く残っている。

 教室という場所は残酷なほど日常だった。机の位置も、椅子の軋む音も、誰かが開けた菓子パンの袋の音も、すべてが当たり前の顔をしてそこにある。

 

 けれど、彩葉の内側だけが、同じ形に戻っていなかった。

 かぐやのいない朝。

 その事実は、制服の襟元に入り込んだ冷たい水滴のように、ふとした瞬間に肌を刺した。

 誰かが廊下を走る足音を立てるたびに、かぐやが「彩葉ー!」と呼びながら飛び込んでくるような気がして、給水機の水音を聞けば、ふざけて水を飲みすぎた彼女の顔を思い出す。

 忘れたくないのに、思い出すたびに胸が削れる。忘れたら終わってしまうのに、覚えているほど苦しい。

 

 そんな彩葉の様子を、宵宮巡は教室の少し離れた席から見ていた。

 声を掛けるべきではない、と分かっている。

 彩葉には、芦花と真実がいる。立花先生もいる。

 彼女自身も、前へ進もうとしている。

 ここで事情を知っている顔をして踏み込めば、それは助けではなく侵入になる。巡はその線引きを間違えるほど鈍くはなかった。

 

 けれど、一つだけ、放っておけない答えがあった。

 アンサートーカーは、未来の会話の断片を薄く示していた。

 月見ヤチヨ。

 八千年を越えて、かぐやが辿り着いた姿。

 そして、彩葉がその真実に触れた時、喉の奥からこぼれかける言葉。

 

 ――私といたかぐやは?

 

 その言葉は、悪意から生まれるものではない。

 むしろ、あまりにも自然な痛みだった。

 彩葉が失ったかぐやを恋しく思うからこそ出てくる。

 自分の隣で笑い、歌い、食べ、騒いだ金色の少女を探してしまうからこそ、八千年を経たヤチヨへ向けて、そう問いかけたくなる。

 

 だが、その問いは、きっとヤチヨを傷つける。

 私だって、彩葉といたかぐやだよ。

 そう言えずに笑う彼女の顔が、巡には見えてしまっていた。

 だから巡は、その日の昼休み、購買へ向かう廊下で彩葉とすれ違うタイミングを選んだ。

 

 偶然を装うには、こういう場所がいい。人通りがあり、立ち止まりすぎれば不自然で、けれど二言三言なら会話として成立する距離。

 声を掛ける理由も、なくはなかった。

 以前、彩葉は道端で体調を崩して動けなくなり、巡が彼女をアパートまで運んで介抱したことがある。

 あの一件以来、二人の間には、親しいとまでは言えないが、完全な他人でもない程度の薄い接点が残っていた。

 

「酒寄さん」

 

 呼びかけると、彩葉が少しだけ目を瞬いた。

 

「あ、宵宮くん」

 

 声は落ち着いていた。落ち着かせている声だった。

 目元にはまだ薄く疲労の影があり、けれどその奥には、かぐやを失ったあとも前へ進もうとする意地のようなものが見えた。

 人は、壊れたからといって、常に泣き崩れるわけではない。

 むしろ壊れた場所を隠すために、普段より丁寧に立つことがある。彩葉は今、まさにそういう立ち方をしていた。

 

「もう大丈夫?」

「うん。心配かけたね」

「心配くらいはするよ。前科があるから」

「前科って」

 

 彩葉が小さく苦笑した。

 道端で動けなくなり、アパートまで運ばれ、寝かされ、水分を取らされ、最低限の片付けまでされた側としては、反論しづらいのだろう。

 彩葉は少し気まずそうに視線を逸らし、それでも最後には「その節はどうも」と小さく頭を下げた。

 

「いや、こちらこそ。勝手に踏み込んだから」

「助けてもらった側がそこ責めたら、さすがに私が人でなしじゃない?」

「酒寄さんは人でなしではないと思う」

「そこ、真面目に返されるとちょっと困るよ」

 

 ほんの少しだけ、空気が柔らいだ。

 巡は、その緩みを逃さないように、けれど踏み込みすぎないように、声の調子を落とした。

 

「そういえば、昨日、古いドラマの再放送を見てて」

「急だね」

「うん。急なんだけど、少し気になった場面があったから誰かの意見を聞きたくて」

 

 彩葉は不思議そうに首を傾げたが、歩き出そうとはしなかった。

 廊下の向こうでは、購買へ急ぐ生徒たちの足音が重なっている。

 誰かが焼きそばパンの残り数を叫び、別の誰かがそれに反応して駆け出す。そんな日常の騒がしさの中で、巡は慎重に言葉を選んだ。

 

「昔の友達と、何十年ぶりかに再会する話だったんだ」

「うん」

「片方は、昔のままの相手を覚えてる。声とか、笑い方とか、一緒にいた時の空気とか。でも、目の前にいる相手は当然、年を取っていて、雰囲気も変わっていて、昔とは違うことをたくさん知っている」

 

 彩葉の表情が、ほんのわずかに変わった。

 巡は気づかないふりをして続ける。

 

「それで、その人が言いかけるんだ。昔のあなたはどこに行ったの、って」

「……」

「気持ちは分かるんだ。昔のまま会いたかったんだろうし、失くした時間があまりに大きいと、今そこにいる人を見ても、最初に探してしまうのは自分が知っている頃の姿なんだと思う。でも、それを言われた相手は、どう感じるんだろうなって」

 

 彩葉は答えなかった。

 廊下の光が、彼女の横顔に薄くかかっていた。

 まつ毛の影が頬へ落ち、唇が何かを言いかけて、けれどまだ言葉にならないまま閉じられる。

 巡は、少しだけ間を置いた。

 

「酒寄さんは、どう思う?」

 

 問いかけは、静かだった。

 正解を押しつける声ではなかった。

 忠告でも、説教でもない。ただ、彩葉の中にまだ形を持っていない感情へ、そっと指を添えるような問いだった。

 

「私?」

「うん。もし、自分が長い時間をかけて変わった側だったら。昔のあなたはどこ、って言われたら、どう思うかなって」

 

 彩葉は、ゆっくり視線を落とした。

 廊下の床には、窓から射し込んだ光が四角く伸びている。

 その中を、生徒たちの影が次々と横切っていく。彩葉はその影を見つめながら、少しだけ眉を寄せた。

 

「……寂しい、かも」

 

 やがて、彼女はそう言った。

 

「寂しい?」

「うん。だって、昔の自分も今の自分も、どっちも自分でしょ。変わったからって、昔が消えたわけじゃないし、昔のままでいられなかったからって、今の自分が偽物になるわけじゃない」

 

 言いながら、彩葉は自分の言葉に少し驚いたような顔をした。

 巡は黙って聞いていた。

 

「でも、言う側の気持ちも分かる。ずっと会いたかった人なら、まず自分の知ってる姿を探しちゃうと思う。変わってるって分かってても、頭では分かってても、心が追いつかないというか……」

「うん」

「でも、もし私が言われる側だったら」

 

 彩葉は、少しだけ息を吸った。

 

「昔の私はここにいるよ、って思うかな。今の私の中にいるよって。だから、昔の私だけ探されると、たぶん……少し傷つく」

 

 その答えに、巡は内心で深く息を吐いた。

 種は、届いた。

 まだ何に繋がるか、彩葉自身は分かっていない。

 けれど、彼女の中に一つだけ言葉の置き場所ができた。

 いつかヤチヨと向き合う時、喉の奥からこぼれそうになる問いを、別の形へ変えるための小さな場所が。

 

「そっか」

「宵宮くんは?」

「私も、たぶん同じかな」

 

 巡は少し考え、それから言った。

 

「昔のままの相手を探したくなる気持ちは、否定しなくていいと思う。でも、目の前の相手がそこまで生きてきた時間も、できれば一緒に見てあげた方がいいんだろうなって。昔のあなたはどこ、より……」

 

 彼は言葉を切った。

 彩葉が、続きを待つ。

 

「ここまで来たんだね、の方がいい気がする」

 

 彩葉は、しばらく黙っていた。

 それから、ほんの少しだけ苦笑した。

 

「宵宮くんって、気遣いの人だね」

「そんなことないと思うよ? そのドラマでモヤモヤした部分があったから誰かと共有したかったんだ」

「でも」

 

 彩葉は顔を上げた。

 その瞳には、まだ痛みが残っていた。

 けれど、痛みの中に、小さく考える光も生まれていた。

 すぐに答えへ飛びつくのではなく、一度自分の中で抱えてみようとする光だった。

 

「いい応え方だと思う」

「うん」

 

 巡は頷いた。

 それ以上は言わなかった。

 言いすぎれば、誘導になる。

 足りなければ、届かない。

 今の一言が過不足なく作用するかどうかは、もう巡の手を離れている。

 彩葉は「じゃあ」と短く言って、購買とは反対方向へ歩き出した。

 おそらく職員室へ向かうのだろう。その背中は、まだ少し頼りなく、けれど昨日までよりもわずかに前へ傾いていた。

 巡はその背中を見送った。

 

 助けたことにはならない。

 ただ、転びそうな場所に、見えない印を一つ置いただけだ。

 それでいい。

 今回は、それでいい。

 

 

 それからの流れは、まるで一度終わった物語が、ページの裏側から手を伸ばしてきたようだった。

 彩葉は職員室で進路希望調査票を提出し、立花先生に頭を下げ、芦花と真実へ謝り、抱きしめ、泣いた。

 戻ってきた日常は、確かにそこにあった。

 友人たちの声があり、先生の古びた山羊のような笑顔があり、教室のざわめきがあり、自分の進むべき道の紙がある。

 

 だが、それだけでは足りなかった。

 かぐやのいない日常は、もう日常ではない。

 そう気づいた瞬間、彩葉は職員室へ戻っていた。

 

「って、そんな風に終わるわけないっしょ!」

 

 扉が勢いよく開き、立花先生の椅子が軽く跳ねた。

 彩葉は提出したばかりの進路希望調査票をひったくり、すみません、もうちょい悩みます、とだけ言って駆け出した。

 先生は引き気味に、ごゆっくり、と見送った。

 

 廊下へ飛び出した彩葉は、そのまま走った。

 別に今すぐ何かが間に合うわけではない。

 走ったところで月へ届くわけでも、かぐやの手を掴めるわけでもない。

 それでも、走らずにはいられなかった。

 胸の奥に溜まっていた迷いを、足音で踏み砕くように。

 過去の自分や、戸惑いや、恐れや、ためらいを、全部置き去りにするように。

 

 階段へ向かう角を曲がった時、彩葉は一人の男子生徒とすれ違った。

 宵宮巡だった。

 彼は廊下の端に避けていた。

 驚いた顔も、呼び止める顔もしなかった。ただ、走り去る彩葉の背中を見て、ほんの少しだけ目を細めた。

 

 彩葉には聞こえなかった。

 彼女の耳には、自分の荒い呼吸と、廊下を蹴るローファーの音と、胸の奥で暴れる言葉しか届いていなかったから。

 だから、その小さな声は、ただ廊下の光の中へ落ちた。

 

「……頑張れ、酒寄さん」

 

 祈りというには淡く、助言というには遅く、声援というにはあまりにも控えめだった。

 けれど巡は、確かにそう言った。

 彩葉は走る。

 かぐやへ届く歌を作るために。

 ヤチヨが待つ八千年の夜へ、もう一度手を伸ばすために。

 そして巡は、その背中を見送った。

 今度もまた、誰にも知られない場所から。

 けれど、今度は少しだけ、知られなくてもいいと思いながら。

 

 

 彩葉は、走っていた。

 雨の名残を含んだ街は、いつもより少しだけ色が濃く見えた。

 電柱の影は濡れたアスファルトの上で滲み、歩道の端に溜まった水たまりには、曇り空が割れた鏡みたいに映っている。

 ローファーの底が地面を叩くたび、湿った音が足元で弾け、跳ねた水滴が靴下に冷たく染み込んだ。

 息が苦しい。

 胸が痛い。

 けれど、苦しさよりも先に、身体が勝手に前へ出る。

 

 走ったからといって、失ったものが戻るわけではない。

 かぐやが玄関を開けて待っているわけでも、月までの距離が縮まるわけでもない。

 そんなことは分かっていた。それでも、歩いて帰ることだけはできなかった。

 歩いてしまえば、自分がまた日常へ戻ろうとしているようで、かぐやのいない世界を受け入れてしまうようで、どうしても許せなかった。

 

 信号の前で足を止めた時、彩葉は膝に手をつき、肩で息をした。

 肺の奥が熱く、喉の内側がざらついている。赤信号の光が濡れた路面にぼんやり広がり、その赤を見つめながら、彼女は自分の中で暴れている感情に名前をつけようとした。

 悲しい。

 寂しい。

 悔しい。

 違う。

 それだけでは足りない。

 もっと一緒にいたかった。

 

 ただ、その一言だけが、胸の奥で何度も何度も膨らんでいた。

 青へ変わった瞬間、彩葉はまた走り出した。

 マンションの階段を駆け上がり、鍵を取り出す。

 焦った指先は一度鍵穴を外し、金属同士の擦れる小さな音が廊下に響いた。その音さえももどかしく、ようやく扉を開けた時には、彼女の呼吸はすっかり乱れていた。

 

 部屋の中は、静かだった。

 あまりにも静かだった。

 片付けたはずの廊下には何もない。リビングにも、ソファにも、床にも、かぐやが散らかしたものはもう残っていない。

 それなのに、そこかしこに彼女の気配だけが貼り付いていた。

 ソファの背に寝転んで、適当な歌を大声で歌う姿。廊下の真ん中で、妙なダンスを披露して得意げに笑う姿。台所で粉をこぼし、自信満々に失敗作を差し出す姿。

 

 何もないのに、いないことだけが、ただかぐやの居なくなった事実を彩葉に突き付けていた。

 彩葉は奥歯を噛み、配信部屋へ向かった。

 片付けたばかりのキーボードを引きずり出す。

 ケーブルを繋ぎ、PCを立ち上げ、ヘッドホンを机に置く。エナジードリンクと水、食べられそうなものを手当たり次第に持ち込む。

 ディスプレイが起動し、暗かった部屋へ白い光が広がった。

 

「やるぞ!」

 

 言葉は、彼女自身を叩き起こすための号令だった。

 彩葉はそのまま、扉を閉めた。閉めた瞬間、部屋の外の日常が少し遠のく。

 けれど、今度は何も告げずに消えるつもりはなかった。

 芦花と真実には、また数日学校を休むけれど元気だから心配しないでほしいと送る。

 BAMBOO cafeには、流行り病にかかって動けないからしばらく出勤できないと連絡する。

 嘘ではない。

 真実を全部言っていないだけだ。

 ほどなくして、スマートフォンが続けて震えた。

 

『真実:りょー。明日のご飯はどうする?』

『芦花:延期でいいじゃん、姫の気が済んでからにしよ。その代わりちゃんと食べること!』

『みおちゃん:酒寄先輩、店長から聞きました。心配しないでゆっくり休んでください。今までいっぱいフォローしてもらった分、私が全部穴を埋めます!』

 

 彩葉は、画面に並ぶ文字をしばらく見つめていた。

 たった数行の文章だった。

 けれど、その数行が胸に染みた。自分がいなくても、世界はちゃんと動く。

 けれどそれは、自分が不要だということではない。

 誰かが代わりに支えてくれるということだ。芦花も、真実も、みおちゃんも、彩葉が勝手に背負い込んでいた重さを、当たり前みたいに少しずつ持ってくれる。

 その優しさは、叱責よりもずっと堪えた。

 

「みんな、ありがと!」

 

 彩葉は、スマートフォンへ向かって頭を下げた。

 誰も見ていない。見えていない。けれど、言わずにはいられなかった。

 今の自分は、誰かに支えられていることを知っている。それを知らなかった頃には、もう戻れない。

 スマートフォンを置き、彩葉はキーボードに向き直った。

 白と黒の鍵盤が、静かに彼女を待っている。

 かつて父と向き合った音。長い間、触れるたびに胸の奥を痛ませた音。けれど今、その鍵盤は、彩葉を責めるものではなく、手を伸ばすための足場のように見えた。

 

 かぐや。

 胸の中で、その名を呼ぶ。

 言いたいことがあった。

 伝えなければいけないことがあった。

 かぐやが残した言葉が、花火の光と一緒に蘇る。

 

『もっともっと、彩葉と歌いたかったよ』

『私だって、もっと……』

 

 あの時、彩葉は最後まで言えなかった。

 もっと歌いたかった。もっと話したかった。もっと遊びたかった。もっとくだらないことで笑って、もっと怒って、もっと困らされて、もっと一緒にご飯を食べて、もっといろんな場所へ行きたかった。

 ただの未練だ。

 けれど、その未練をなかったことにはできなかった。

 

「もっと、かぐやと一緒にいたかった!」

 

 声にした瞬間、胸の中に溜まっていたものが、音になる場所を探し始めた。

 届くかどうかなど分からない。かぐやが月にいるのか、もっと遠い場所にいるのか、そもそも歌なんて届く道理があるのか、それも分からない。

 けれど、届かないから歌わないという選択だけは、もう彩葉の中になかった。

 彩葉は鍵盤に指を置いた。

 

 その時、スマートフォンが鳴った。

 振動音は、まるでこの瞬間を待っていたかのように机の上で震えた。彩葉は画面を見る前から、相手が誰なのか分かっていた。確信ではない。けれど、胃の奥がきゅっと冷えるような予感があった。

 表示された名前は、やはりそうだった。

 

『お母さん 着信』

 

 彩葉は逃げなかった。

 通話ボタンを押す。

 

『もしも――』

『ああ、やっとではったね。根性なしが』

 

 返事を待つ気など最初からない声だった。

 涼しく、鋭く、逃げ場がない。

 耳元に触れた瞬間、背筋が反射的に伸びる。

 彩葉の中に染みついた古い癖が、まだそこに残っていた。

 

『何回電話したかね? 甘ちゃんから話すの怖いもんね? 学校も連絡せずに休んでらっしゃるそうで。大層なご身分やね。一人で生きてるつもりなんか? 

 あんたが一つ滞らせることで、どれだけ多くの人間が迷惑をこうむるかまわからんか? その自分中心を改めへん限り、あんたのことを誰も評価なんかせんよ。勝手に沈んでくれたとほくそえむだけや』

 

 言葉は、相変わらず鋭かった。

 一つ一つが正確に痛い場所を突いてくる。

 学校へ連絡しなかったこと。

 バイト先へ迷惑を掛けたこと。

 友人を心配させたこと。彩葉が目を逸らしていた負い目を、母は容赦なく並べていく。スマートフォンを耳から少し離しても、声は十分に届いた。

 

 以前なら、それだけで息が詰まっていた。

 悪いのは自分だと思い、謝って、黙って、言葉が過ぎ去るのを待っていた。

 けれど今の彩葉の背後には、まだ何も書かれていない楽譜があった。

 かぐやへ届けるための歌があった。自分の中からようやく出てこようとしている願いがあった。

 だから、ただ萎むわけにはいかなかった。

 

『……ごめんなさい』

 

 まず謝る。

 そこは逃げない。今回の無断欠席も、連絡を怠ったことも、間違いなく彩葉の落ち度だった。

 けれど、謝ることと、自分を全部投げ出すことは違う。

 

『反論を持たず謝ったらあかんで。私は謝罪されて黙るようなやわな人間やない。それともサンドバックにしてええんか?』

『聞いて、お母さん』

『……ええよ。……気を付けて話しいや。あんたが今から話す内容次第で、私は不可逆な決断を下すつもりでいるから』

 

 母の声は冷たい。

 冷たいのに、その奥に心配があることを、彩葉はもう知っていた。

 優しく包めない。怖がらせてでも立たせようとする。脅しと叱責の形でしか愛情を伝えられない。そういう人なのだと、以前なら理解できなかったことが、今は少しだけ分かる。

 分かるからこそ、呑まれたくなかった。

 彩葉は、スマートフォンを握り直した。

 手のひらに汗が滲んでいる。息を吸うと、喉が少し震えた。けれど、声は逃げなかった。

 

『……わかった』

『話してみ』

 

 短い沈黙が落ちる。

 その隙間に、彩葉は自分の奥へ潜った。

 長い言い訳はいらない。母に通じるのは、飾った言葉ではない。結論と、覚悟と、その覚悟に伴う責任だけだ。

 

『……私、お母さんの理想にはなられへん……私、ずっと頑張って来てん。お母さんと対等に話せるようになるために。お母さんとまた家族になるために。

 でもさ、わかったんよね。お母さんと私は違う人間なんやって。同じ気持ちでいたいなんて、土台無理な話やった。でも……それでええ』

 

 言葉にすると、胸の奥で何かが軋んだ。

 母と分かり合いたかった。

 同じ場所に立ちたかった。

 認められたかった。

 その願いは、嘘ではない。けれど、同じ形になれないからといって、すべてが失敗だったわけでもない。

 違う人間のまま、向き合うしかないのだと、彩葉はようやく認め始めていた。

 

『……』

『お母さん、私やりたいことを見つけたい。誰かに褒められるためとかじゃなくて、認められるためとかじゃなくて、本当にやりたいことを見つけたい。私の人生をそのために使いたい』

『そうですか』

 

 短い返事。

 突き放すようにも、試すようにも聞こえた。

 だが、彩葉はもう引かなかった。

 

『だからって、応援してくれなんて言うつもりはないよ。でもせめて、それを見つけるまでの時間を……ください』

 

 彩葉は、電話口の母には見えないと知りながら、深く頭を下げた。

 

 身体が自然にそうしていた。許しを乞うためだけではない。自分の人生を自分で扱うために、ここで一度、正面から頭を下げる必要があった。

 

 沈黙が続く。

 

 通話の向こうで、母が息をしている気配だけが微かにあった。部屋の時計の秒針がやけに大きく聞こえる。PCのファンが低く唸り、鍵盤の上に落ちたディスプレイの光が、白く冷たく光っていた。

 

 やがて、母が言った。

 

『甘いんよ、あんたは昔から──』

 

 そこからは、言い合いになった。

 彩葉も黙らなかった。母も譲らなかった。

 スマートフォンを挟んだ二百キロの距離は、二人の声で少しずつ熱を持っていった。

 怒り、呆れ、心配、反発、不器用な愛情。綺麗な和解ではない。けれど、沈黙よりはずっとましだった。

 そして、言葉が何度もぶつかった末に、母は急に調子を変えた。

 

『ええよ』

 

 その一言は、優しくはなかった。

 抱きしめるような響きではなく、頑張れという温かさもない。

 許可というより、試験開始の合図に近かった。

 

『やってみ。ただ、好きなことをするには責任が付きまとう。向いてたかどうかなんて最後までわからんし、最悪誰もおらんとこで一人で死ぬことになる。それを忘れたらあかんよ』

 

 通話はそこで切れた。

 余韻も、別れの言葉もなかった。彩葉はしばらくスマートフォンを握ったまま、暗くなった画面を見つめていた。

 脅している。

 怖がらせている。

 でも、心配している。

 母は、そういう形でしか手を伸ばせない人なのだろう。

 かつての彩葉なら、その手つきを痛みとしてしか受け取れなかった。

 今も痛い。痛くないわけではない。それでも、痛みの奥にあるものを、少しだけ見ようと思えるようになっていた。

 彩葉は力が抜けたようにソファへ倒れ込んだ。

 

「……言えた」

 

 小さな声が天井へ昇る。

 言えた。

 母に。

 それは長い間、彩葉にとって一番大きな関門だったはずだ。認められたい。

 追いつきたい。対等になりたい。そう思って、ずっと走ってきた。だから、本当なら今、もっと胸が震えてもいいはずだった。涙が出ても、達成感に包まれてもおかしくなかった。

 けれど、心は思ったより静かだった。

 静かすぎて、彩葉は少し戸惑った。

 

「そっか……」

 

 天井を見上げたまま、彼女はようやく気づいた。

 自分の中心にあるものが、もう変わっている。

 母の言葉が軽くなったわけではない。母の存在が小さくなったわけでもない。

 ただ、それだけで彩葉の人生の重心が決まる時期は、もう過ぎてしまっていた。今、胸の一番深いところで鳴っているのは、母の声ではない。

 

 かぐやの声だった。

 彩葉、と呼ぶ声。

 もっと歌いたかった、と笑う声。

 そのことが、少し寂しかった。

 そして、少し嬉しかった。

 彩葉は目を閉じた。

 耳の奥を探っても、もう母の声は聞こえない。代わりに、まだ生まれていない歌の気配だけが、胸の奥で静かに脈打っていた。

 

 

 それから、何度か月が昇った。

 彩葉の部屋では、昼と夜の境目が少しずつ曖昧になっていった。

 カーテンの隙間から朝の光が差しても、彼女はまだ鍵盤の前に座っていたし、夕方の街が橙色に沈んでも、ディスプレイには消しては打ち直した音符の列が白く並んでいた。

 机の端には飲みかけの水と、半分ほど残ったエナジードリンクと、食べたのか食べていないのか分からない栄養バーの包みが置かれている。

 生活の形は最低限まで削ぎ落とされ、残ったものは、呼吸と睡眠と、音だけだった。

 

 けれど、その時間は不思議と苦痛だけではなかった。

 指先は痛い。肩は重い。瞼の裏は熱を持ち、時折、視界の端で光が滲む。

 けれど、鍵盤に触れるたび、彩葉の中で何かが少しずつ整っていく。

 ぐちゃぐちゃに絡まっていた悲しみや怒りや寂しさが、音の線に沿ってほどけ、旋律の中へ場所を見つけていく。

 

 泣かせるだけの曲にはしたくなかった。

 それでは、かぐやが怒る気がした。

 明るいだけの曲にもできなかった。

 それでは、彩葉自身が嘘をつくことになる。

 

 かぐやは、めちゃくちゃだった。

 明るくて、うるさくて、食いしん坊で、どこまでも自由で、けれど時々、ふと消えてしまいそうなほど寂しい目をした。

 だから、この曲にも全部入れなければならなかった。

 笑い声も、喧嘩も、花火の夜の沈黙も、もっと歌いたかったという言葉も、最後に月光の中へ消えていった背中も。

 

 そして、もう一つ。

 昼休みの廊下で聞いた、宵宮巡の言葉。

 昔のあなたはどこ、ではなく。

 ここまで来たんだね。

 

 その言葉は、曲の奥に小さな芯のように残った。

 彩葉には、まだその言葉が誰へ向かうものなのか分からない。

 けれど、不思議と消せなかった。

 かぐやへ向けた歌のはずなのに、その中には、かぐやではない誰かへ手を伸ばすような音が混じっている。

 未来から吹く風のような、まだ名前を持たない予感だった。

 

 最後の和音は、突然落ちてきた。

 長く苦しんだわりに、その瞬間だけは拍子抜けするほど静かだった。

 何度も行き詰まり、何度も消し、もう分からないと机へ突っ伏した後、ふと顔を上げると、指が勝手に動いた。低音が沈み、高音が応え、途中で迷っていた旋律が月明かりの筋を見つけたように一つの場所へ収まる。

 

 彩葉は、しばらく動けなかった。

 ヘッドホンの中で、出来たばかりの曲がまだ微かに揺れている。

 生まれたての小さな生き物のように、頼りなく、けれど確かに熱を持っていた。

 

「……できた」

 

 掠れた声が、誰もいない部屋に落ちた。

 彩葉はゆっくりと息を吐き、それから鍵盤へ置いた手を見下ろした。

 指先が少し赤くなっている。爪の横が痛い。けれど、その痛みすら、今は曲の一部のように思えた。

 

「お父さん、ありがとう」

 

 そう呟くと、胸の奥で何かが静かにほどけた。

 逃げていた音に、ようやく向き合えた。

 父が残したものを、かぐやへ届けるための歌にできた。

 それが嬉しくて、少し悔しくて、やっぱり寂しかった。

 彩葉は立ち上がった。

 

 窓を開けると、夜気が部屋へ滑り込んできた。

 冷たい風ではない。けれど、長く閉め切っていた部屋の空気に比べれば、外の匂いは驚くほど澄んでいた。

 雨の名残を含んだコンクリートの匂い、遠くの車の音、どこかの部屋から漏れる生活音。それらが、彩葉を現実へ引き戻す。

 

 裸足のままベランダへ出る。

 床は冷たかった。足裏から体温が少しずつ抜けていく。

 その冷たさに、彩葉はようやく、自分がずっと熱の中にいたのだと気づいた。見上げると、夜空には月があった。左半分を闇に沈めた、静かな月。美しく、遠く、そして少しだけ憎らしい月。

 

 あの月が、かぐやを連れていった。

 けれど、あの月の向こうに、かぐやがいるかもしれない。

 なら、憎みながらでも見上げるしかない。

 彩葉は手首のブレスレットに触れた。

 かぐやからもらった銀の輪。

 月明かりを吸ったそれは、冷たい水のように指先へ触れた。

 両手で包み込むと、金属の冷たさはゆっくりと彩葉の体温に馴染んでいく。まるで、遠く離れた誰かの手を、時間をかけて温め直しているようだった。

 

「かぐや」

 

 呼ぶ声は、小さかった。

 けれど、夜へ溶けずに残った。

 

「聞こえるか分かんないけど、聞いて。私、作ったよ。上手くできたかは分かんない。たぶん、まだ足りないところもある。

 でも、これが今の私の全部。あんたに言えなかったこと、言いたかったこと、言いそびれたこと、全部入れた。だから……聞いて」

 

 彩葉は息を吸った。

 肺の奥が震える。

 喉が少し痛い。

 それでも、歌い出した。

 最初の音は、思ったより頼りなかった。夜の広さに比べれば、人の声などあまりに小さい。

 マンションの壁に当たり、手すりを越え、街の微かなざわめきへ混ざってしまえば、すぐ消えてしまいそうだった。

 

 けれど、彩葉は止めなかった。

 昨日の続きを話したい。

 くだらないことで笑いたい。

 もう一度、同じ部屋で朝を迎えたい。

 叶わないかもしれない願いを、叶えたいと歌うことだけはできる。

 

 歌声は少しずつ強くなった。泣き声に近い震えを帯びながらも、折れずに伸びていく。

 風のない夜に、透明な糸を月へ掛けるように、彩葉は歌った。ブレスレットを握る手に力がこもり、銀の輪が手のひらへ食い込む。その痛みが、かえって彼女を現実へ繋ぎ止めた。

 

 そして、何度も何度も繰り返して歌い続けたその時だった。

 彩葉は、息を呑みそうになった。

 声が、重なった。

 

 最初は自分の声が反響しているのだと思った。

 マンションの壁か、夜気か、耳の奥の疲労が作った錯覚なのだと。けれど違った。

 重なった声は、彩葉の声より少し高く、少し弾んでいて、音の取り方に妙な癖があった。

 譜面を見たわけでもないのに、すぐに旋律へ飛び込んできて、初めて聞くはずの歌を、まるでもう知っているみたいに歌っている。

 

 かぐやの声だった。

 彩葉の喉が詰まりかけた。

 けれど止めてはいけないと思った。

 止めれば、この細い糸が切れてしまう気がした。

 だから歌った。

 

 涙が頬を伝っても、息が震えても、音程がわずかに揺れても、彩葉は歌い続けた。

 月の向こうから返ってくる声は、確かにかぐやのものだった。

 明るくて、真っ直ぐで、楽しいことへ迷わず飛び込む声。

 だが、その声の奥には、彩葉の知らない深さがあった。ほんの一瞬、波の底から響くような、長い時間を通ってきたような揺らぎが混じった。

 

 彩葉は、かぐや、と心の中で叫んだ。

 届いた。

 届いている。

 その事実が、身体の奥を熱くした。

 

『そんならかぐや、もう一回!』

 

 かぐやが笑っている。

 彩葉はまた歌い始めた。

 

 だが次の瞬間、聞こえる筈の無い三人目の声が重なった。

 その声は、かぐやと似ていた。

 似ているなどという言葉では足りない。同じ魂の別の響き、とでも言うべきものだった。

 かぐやの明るさを持ちながら、そこに夜の深みがある。軽やかに笑うようでいて、音の底には途方もない時間が沈んでいる。

 ふざけた調子で世界を撫でるような優しさと、何千回も別れを知った者だけが持つ静かな翳り。

 

 月見ヤチヨの声だった。

 

 彩葉の指が震えた。

 ブレスレットを包む手が、わずかに緩む。

 なぜ。

 どうして。

 かぐやの歌に、ヤチヨの声が重なるのか。

 問いは幾つも湧いた。けれど、歌の中では言葉にならなかった。

 かぐやの声とヤチヨの声は、競うように重なったのではない。どちらかがどちらかを押しのけるのでもない。

 二つの声は、初めから同じ旋律の別々の時間に置かれていたように、自然に寄り添い、彩葉の歌を挟み込むように広がっていく。

 

 彩葉は思い出した。

 昼休みの廊下。

 宵宮巡の例え話。

 昔のあなたはどこ、ではなく。

 ここまで来たんだね。

 胸の奥で、その言葉が小さく光った。

 まさか。

 そんなはずがない。

 でも。

 彩葉の目から、新しい涙が落ちた。

 

 それは、悲しみだけの涙ではなかった。

 恐怖でも、混乱でも、喜びでもない。それらが全部混ざり合って、名前を持つ前の感情になっている。

 目の前に扉がある。まだ開けていない。けれど、その向こうに、自分が知ってはいけないような、けれど知るべきような真実が立っている。

 

 かぐや。

 ヤチヨ。

 二つの名前が、月明かりの中で重なりかける。

 彩葉は歌い続けた。

 止められなかった。

 今この瞬間だけは、考えるよりも歌うことが先だった。

 問いはあとでいい。怖がるのもあとでいい。

 ただ、月へ届いた声を切らしたくなかった。かぐやがそこにいる。ヤチヨもそこにいる。なら、彩葉は歌うしかない。

 

 三つの声は、夜空で混ざった。

 彩葉の声。

 かぐやの声。

 ヤチヨの声。

 それは合唱というにはあまりにも不思議で、祈りというにはあまりにも人間臭く、奇跡というにはあまりにも切実だった。

 ベランダの手すりに落ちた月光が細かく震え、ブレスレットの銀が淡く光る。

 街は眠りに近づき、空は黙っている。けれど、彩葉の周りだけが、見えないステージになっていた──

 

 

 彩葉は歌い終えても、しばらく動けなかった。

 最後の音が夜へ溶け、マンションの壁からも、街の空気からも、月へ伸ばした透明な糸からも、余韻が少しずつ消えていく。

 けれど、耳の奥にはまだ声が残っていた。

 

 かぐやの声。

 ヤチヨの声。

 そして、自分の声。

 三つが重なった瞬間の震えが、身体の内側にまだ残っている。

 心臓が速い。喉が痛い。頬は涙で冷えている。ブレスレットを握り締めていた手のひらには、銀の輪の跡が赤く残っていた。

 

「……今の、何」

 

 掠れた声が、ベランダに落ちた。

 答えはない。

 月は何も言わない。街も眠ったまま、どこか遠くで車の音が一つ通り過ぎるだけだった。

 けれど彩葉には、もうただの幻だとは思えなかった。幻にしては、かぐやの声はあまりにも鮮やかだった。幻にしては、ヤチヨの声はあまりにも深かった。

 

 ヤチヨ。

 彩葉の推し。

 ツクヨミの管理人AI。

 月を背負って笑う、白銀の歌姫。

 その声が、なぜ、かぐやの歌と重なったのか。

 

 考えようとすると、昼休みの廊下で聞いた宵宮巡の言葉が蘇る。

 昔のあなたはどこ、より。

 ここまで来たんだね、の方がいい。

 彩葉は、ブレスレットを胸へ抱き寄せた。

 もし。

 もしも。

 その仮定は、あまりにも大きく、あまりにも怖かった。

 口に出せば世界の形が変わってしまう気がした。かぐやとヤチヨが繋がっているなど、そんなことを簡単に信じられるはずがない。

 けれど、信じられないと言い切るには、あの声は似すぎていた。

 

 似ているだけではない。

 同じだった。

 時間の違う、同じ声だった。

 

「……かぐや」

 

 彩葉はもう一度、月へ向かって呼んだ。

 返事はない。

 けれど、不思議と絶望はなかった。

 届いた。

 それだけは分かった。

 何が届いたのか、どこまで届いたのか、誰が受け取ったのかは分からない。

 けれど、歌はたしかに夜を越えた。ブレスレットの銀は、月明かりを受けてまだ微かに光っている。

 

 彩葉は震える息を吐き、涙を袖で拭った。

 

 終わっていない。

 物語は終わっていない。

 めでたし、めでたしで閉じられるほど、かぐやとの日々は軽くない。

 彼女はベランダから部屋へ戻った。

 開け放した窓から夜気が入り込み、机の上の楽譜がかすかに揺れている。

 ディスプレイには、完成したばかりの曲の波形が静かに光っていた。彩葉はそれを見つめ、しばらく黙った。

 

 そして、保存ボタンを押す。

 ファイル名を入力する指は、もう震えていなかった。

 歌は届いた。

 なら、次は探す番だ。

 かぐやがどこにいるのか。

 ヤチヨの声がなぜ重なったのか。

 あの白銀の歌姫が、自分の知っている金色の少女とどんな関係にあるのか。

 答えはまだ遠い。

 けれど彩葉は、もう立ち止まるつもりがなかった。

 

 

 

 歌は届いた。

 かぐやの声が返ってきた。

 そして、その声に、ヤチヨの声が重なった。

 その事実を、彩葉は何度も何度も胸の中で確かめた。

 眠気が作った幻聴だと言い聞かせることはできる。

 何日も満足に眠らず、食事も水分も最低限で、感情だけを限界まで張り詰めさせて歌ったのだ。

 脳が都合のいい奇跡を作ったと言われれば、理屈としては否定できない。

 

 けれど、違う。

 あれは錯覚ではなかった。

 かぐやの声には、彩葉の記憶の中にいる少女と同じ跳ねるような明るさがあった。

 だけど、その奥に、わずかな距離があった。月の冷たさに触れてしまったような、まだ彩葉の知らない痛みを抱えたような震え。

 そしてヤチヨの声には、もっと深い夜があった。

 ツクヨミのステージで何度も聞いた、ふざけていて、軽やかで、人を笑わせるために作られたような声。

 けれどベランダでのそれは、ただ明るいだけではなかった。何かを抱えたまま、それでも笑うために磨かれた声だった。

 

「……確かめるしかないよね」

 

 呟いた声は、少し掠れていた。

 彩葉は椅子に座り、スマコンを手に取った。目元へ装着する動作は、もう身体に染み付いている。

 いつもなら、そこには別世界へ遊びに行くための小さな高揚があった。現実の疲れを置いて、好きな姿で、好きな場所へ向かうための扉を開ける感覚。

 

 けれど今回、彩葉は遊びに行くのではなかった。

 探しに行くのだ。

 ログインの光が視界に広がる。部屋の輪郭がゆっくり遠ざかり、椅子の感触が薄れ、PCのファンの音が水の底へ沈むように鈍くなる。

 耳元で、風鈴に似た接続音が鳴った。

 次に目を開けた時、彩葉はツクヨミの街に立っていた。

 卒業ライブ以来のツクヨミだった。

 

 視界に広がる夜は相変わらず美しかった。

 朱塗りの橋、石畳、軒先に並ぶ灯籠、空中をゆるやかに流れる広告とコメントの光帯。

 遠くではアバターたちが笑い合い、屋台風の仮想店舗からは甘い匂いの演出が漂っている。

 ここでは誰もが好きな姿で歩き、好きな声で話し、好きな世界へ手を伸ばしていた。

 

 けれど彩葉の目を引いたのは、往来の中央に浮かぶ巨大なモニターだった。

 そこには、いつものように月見ヤチヨが映っていた。

 

『ヤチヨは最近ドジョウ掬いを練習してるんだー。すっごく面白い踊りだから紹介するねー。じゃ、いくよ。あそれっ♪ あ、よいしょっ♪』

 

 白銀の歌姫が、いつもの調子で笑っている。扇子を片手に、妙な踊りを全力で披露し、周囲の視聴者たちを笑わせている。

 何人かのアバターが足を止め、楽しそうにそれを眺めていた。

 

 けれど、彩葉にはすぐに分かった。

 これは再放送だ。

 声の間の取り方、画面端に表示される配信枠の装飾、コメントの流れ方。ヤチヨの配信を追い続けてきた彩葉には、初見のものか過去のものかくらい分かる。

 だからこそ、胸の奥に冷たいものが落ちた。

 ヤチヨが、生配信にいない。

 こんなことは、今までなかった。

 

 彩葉はすぐに連絡欄を開いた。コラボ連絡用チャンネル、通常のメッセージ、イベント関係の通知先。

 思いつく限りの経路を辿る。

 だが、返事はない。既読の反応も、管理側の自動応答も、何も返ってこない。

 ヤチヨへ伸ばした手は、どれも透明な壁に触れて戻ってくるだけだった。

 

 やっぱり、何かあったのだ。

 そう思った瞬間、視界の端で白い何かが動いた。

 小さな影だった。

 人ではない。アバターでもない。

 まるで、白く丸い海の生き物が、石畳の上を器用に跳ねるように移動している。彩葉が振り向くと、それは明らかにこちらを見た。見たうえで、逃げ出した。

 

「待って!」

 

 彩葉は反射的に駆け出した。

 その白いものは、ちょこまかと路地へ入っていく。

 小さいくせに速い。灯籠の影をくぐり、建物と建物の隙間を抜け、彩葉が追いつきそうになると器用に曲がる。

 ツクヨミの街並みは慣れているはずなのに、相手はまるで街の裏側まで知り尽くしているように滑っていった。

 

 袋小路に追い込んで、ようやく止まった。

 彩葉は息を整えながら、その白い生き物を見下ろした。

 FUSHIだった。

 いつもヤチヨの傍らにいるはずの、辛辣で、落ち着いていて、ヤチヨと切り離して考えることなどできない相棒。

 なのに今、FUSHIだけがここにいる。その事実が、彩葉の不安をさらに濃くした。

 

「どこにいるか、教えて」

 

 FUSHIは答えなかった。

 

 小さな目で、じっと彩葉を見上げるだけだった。

 何かを測っているようでもあり、拒んでいるようでもある。

 無言の時間が伸びる。ツクヨミの遠い喧騒が、路地の壁に柔らかく反響していた。

 彩葉は唇を結んだ。

 

「……自分で探すよ」

 

 そう言い捨てて踵を返そうとした時、ようやくFUSHIが口を開いた。

 

「ばかたれ、どこを探すって?」

「教えてくれないなら、世界中」

 

 即答だった。

 自分でも、ずいぶん無茶なことを言っていると思う。

 けれど、今の彩葉には、それ以外の答えがなかった。

 ツクヨミ中を探して、現実側の手がかりを探して、必要ならどこへでも行く。ヤチヨの声がかぐやの歌に重なった理由を知らないまま、眠れる気がしなかった。

 FUSHIは、しばらく彩葉を見つめていた。

 やがて、小さく言う。

 

「……目を開けてみろ」

「目を?」

 

 一瞬、意味が分からなかった。

 だが、彩葉は言われた通り、現実の瞼を開いた。

 部屋の天井が見える。

 椅子の感触が戻る。

 だが、その視界の中に、FUSHIがいた。

 現実の彩葉の部屋に、白いFUSHIが立っている。もちろん実体ではない。

 スマコンのAR機能が起動しているのだと、すぐに理解した。

 だが、理解したところで驚きが消えるわけではない。ツクヨミの存在が現実の床の上に重なり、FUSHIが彩葉を導くように振り返る。

 

「こっちだ」

「……っ」

 

 考えている暇はなかった。

 

 彩葉はスマコンを装着したまま立ち上がり、部屋着のまま玄関へ向かった。

 鍵を掴み、靴を履き、街へ飛び出す。空気は冷えていた。さっきベランダで浴びた夜気より、ずっと現実的で、肌に触れる風には排気ガスと湿ったコンクリートの匂いが混じっている。

 FUSHIは迷わなかった。

 曲がり角を抜け、坂を下り、横断歩道を渡り、駅へ向かう。現実世界の道筋を知り尽くしているような動きだった。

 電車にまで乗った時、彩葉はさすがに息を呑んだ。

 車両には人が少なく、窓には自分の顔が映っている。

 その隣にARのFUSHIが鎮座している光景は、あまりに奇妙で、あまりに切迫していた。

 

 やがてFUSHIは、とあるマンションへ彩葉を導いた。

 見覚えのない建物だった。夜の中に沈む外壁。無機質なエントランス。人気のない廊下。FUSHIは迷うことなく一室の前で止まった。ドアの鍵は、開いていた。

 彩葉は、喉を鳴らした。

 ゆっくりと扉を押す。

 

「……何、ここ」

 

 最初に襲ってきたのは、熱だった。

 じっとりと籠もった機械の熱。空気が重く、わずかに金属と埃と冷却ファンの匂いがする。

 室内には大量のPC、ストレージ機器、ネットワーク機器が詰め込まれていた。コードは床を這い、機器のランプは緑や青に瞬き、幾つものファンが低い唸りを上げている。

 整然としているようで、混沌としている。無秩序に見えて、どこか必然性のある散らばり方だった。

 

 彩葉はその既視感に、胸を締めつけられた。

 かぐやが何かを作っていた時の散らかり方に似ていた。

 部屋の中心には、水槽があった。

 ぽこぽこと泡が上がっている。透明とも乳白色ともつかない液体の中に、何かが沈んでいた。

 彩葉は目を凝らす。数秒見つめる。

 どう見ても、タケノコにしか見えなかった。

 けれど、ただのタケノコではない。見れば見るほど目が離せなくなる。

 知っているものなのに、初めて見る。初めて月を見上げた時のような、不思議な懐かしさがある。

 

「これが、ヤチヨだ」

 

 FUSHIが言った。

 

「……え?」

「ここから、ツクヨミに入れ」

 

 彩葉は水槽を見つめたまま、言葉を失った。

 これがヤチヨ。

 月見ヤチヨ。

 ツクヨミの管理人AI。

 かぐやの声と重なった白銀の歌姫。

 

 その実体が、この水槽に沈む、月の技術の残骸のようなものだというのか。

 理解は追いつかなかった。

 だが、ここまで来て引き返す選択肢はもうなかった。

 彩葉は瞼を閉じた。

 

 接続は、いつもと違った。

 普段のツクヨミへのログインが正面玄関から入るものだとすれば、これは狭い通用口を通り、壁の裏側を抜け、誰も知らない階段を上がっていくような感覚だった。

 視界の奥がざらつき、耳鳴りに似たノイズが走り、身体の輪郭が一度ほどける。

 

 そして、次に目を開けた時、彩葉は見知らぬ部屋に立っていた。

 灯籠が無数に灯っていた。

 その光は賑やかなものではなく、古い記憶を照らすように鈍く、やわらかい。

 壁際には長い影が落ち、開け放たれた向こうからは高い場所を吹き抜ける風音が聞こえる。

 おそらく、ツクヨミの中でも相当な高層にある部屋なのだろう。特別で、居心地がよさそうで、なのに少し寂しい。

 

 誰かの私室。

 そう思った。

 部屋の奥に、背を向けて座る人影があった。

 長い髪が床に広がっている。

 彩葉は息を止めた。

 

「……かぐや」

 

 その後ろ姿は、あまりにもかぐやに似ていた。

 けれど、振り返った顔は違った。

 白銀の髪。

 月を背負う歌姫。

 いつも画面越しに見ていた、彩葉の推し。

 

「ヤチヨ」

 

 名前を呼ぶと、ヤチヨはゆっくり目を瞬いた。

 驚いたようで、けれど、どこか最初からこうなることを知っていたようでもあった。

 彩葉の胸の中で、先ほどまで散らばっていた推測が、ひとつの形を取ろうとしている。

 馬鹿げている。そんなはずがない。だが、歌は重なった。FUSHIは導いた。現実のサーバールームには、水槽があった。

 彩葉は、声を絞り出した。

 

「ヤチヨは、かぐやなの?」

 

 ヤチヨは答えなかった。

 

「変なことを言ってるのは分かってる。でも……」

 

 ヤチヨは、ほんの少し目を丸くした。

 それから、薄く微笑んだ。

 いつもの笑みだった。

 けれど彩葉には、もうそれがただの笑みに見えなかった。

 冗談の形をした防壁。長い時間を生き延びるために磨かれた仮面。泣かないために、笑う顔。

 ヤチヨはゆっくりと立ち上がった。

 

「今は昔――」

 

 ふざけた調子に戻した声で、彼女は語り始めた。

 

「月に帰ってバリバリ社畜してた、えらえらかぐや姫のところに歌が届きました。それはかぐや姫のために作られた、かぐや姫だけの歌」

 

 ヤチヨの語るかぐやに届いた歌とは彩葉の歌だ。

 彩葉は黙って聞いた。

 

「かぐや姫は大喜び。それで、もっかい地球に行こ~~って、お仕事爆速ですっかり片付けて、引き継ぎも完了。ただ、地球の時間では大遅刻。

 でも安心。月の超テクノロジーは時間も越えられます。時を越えて、地球に向かうかぐや姫。でも、もう少しのところで、でっか~~い石に当たっちゃったの」

 

 ヤチヨは、わざとらしく肩をすくめた。

 

「いや~、やっぱりタイムトラベルともなると、さすがの超テクノロジーでも制御が激ムズだったよね~。舟は致命的なダメージを負って難破寸前。

 ヘロヘロになりながら、やっとのことでたどり着いたのは、ざっと八千年もの前の地球でした」

 

 彩葉の喉が乾いた。

 八千年。

 数字が、部屋の灯籠の光の中で静かに沈む。

 

「壊れた舟のわずかな力で、同行していた犬DOGEだけが身体を得ました。たまたま近くを泳いでいたウミウシになれたのです。かぐやは、そのウミウシを通してだけ、世界と交流を持てました」

 

 語り口は軽い。

 内容は、あまりにも重い。

 彩葉は、自分が何を聞かされているのかうまく理解できなかった。

 いや、理解したくなかった。

 月へ帰ったかぐや。彩葉の歌を聞いて記憶を取り戻したかぐや。もう一度会うために、やるべきことを終わらせ、時間を越えようとしたかぐや。

 そのかぐやが、八千年前へ落ち、身体も声も失い、ウミウシを通じてしか世界へ触れられなかった。

 ヤチヨは続ける。

 

「時は経ち、人は見えないものを形にし、多くの人と繋がる力を手に入れた。それは月の世界と少し似ていて、かぐやは初めて、魂だけの自分が世界と関われる可能性を知りました。

 そして、仮想世界ツクヨミの歌姫として、再び彩葉と出会うことができたのです」

「……私と?」

 

 声が震えた。

 

「うん、彩葉と」

 

 ヤチヨはそこで、大失敗をした子どものように額を打った。

 

「っっってえー、これじゃあ手放しでめでたしとはならないか~~、やっぱ♪」

 

 おちゃらけた笑い方だった。

 いつものヤチヨの笑い方だった。

 けれど彩葉には、それが少しも軽く聞こえなかった。

 聞きたいことが、喉元まで上がってくる。

 私といたかぐやは。

 その問いは、自然だった。痛みから生まれた当然の言葉だった。彩葉の隣で笑っていた、金色の少女を探すための問いだった。

 だが、彩葉はその言葉を飲み込んだ。

 

 昼休みの廊下。

 宵宮巡の声。

 昔のあなたはどこ、ではなく。

 ここまで来たんだね。

 彩葉はゆっくり息を吸った。

 そして、ヤチヨを見た。

 

「色んなこと、経験してきて……ここまで、来たんだね──かぐや」

 

 ヤチヨの笑みが、ぴたりと止まった。

 

 灯籠の光が揺れたように見えた。

 ほんの一瞬、ヤチヨは何も言えなかった。白銀の歌姫の顔に、驚きが浮かぶ。痛む場所を避けられた人間の顔ではない。

 痛む場所へ、思いがけず温かい手を添えられた人間の顔だった。

 

 

 ヤチヨは、しばらく言葉を失っていた。

 白銀の髪が灯籠の明かりを受けて、静かな水面のように薄く光っている。

 いつもなら、ここで何かを言うのだろう。

 ふざけた語尾で、場違いな冗談を差し込み、相手が息を詰める前に笑いへ逃がす。

 それが月見ヤチヨという歌姫の呼吸であり、彩葉がずっと見てきた推しの在り方だった。

 

 けれど今、その口は開かない。

 彩葉の「ここまで来たんだね」という言葉は、ヤチヨの中のどこか、長く触れられないまま硬くなっていた場所へ、まっすぐ届いてしまったのだろう。

 驚きの表情は一瞬で薄れ、代わりに、どう扱えばいいのか分からないものを渡された子どものような顔が残った。

 

「……彩葉」

 

 ようやく落ちた声は、ひどく柔らかかった。

 

「それ、今言うの、ずるいよ」

「ずるいかな?」

「ずるい。ヤッチョ、そういうのに弱いんだから。せっかく、いつも通り面白おかしく昔話にして、はい拍手、はい再会おめでとー、で流そうとしてたのに」

 

 ヤチヨは笑おうとした。

 けれど、その笑みはうまく形にならなかった。扇子を持つ指先がわずかに動き、閉じたままの扇の骨が小さく軋む。彩葉はその震えを見て、胸の奥がぎゅっと痛くなった。

 

「私も、最初は別のことを聞きそうになった」

 

 彩葉は静かに言った。

 ヤチヨの目が、そっと彩葉へ向く。

 

「──でも言いたくなかった。それを言ったら、目の前にいるヤチヨが、ここまで生きてきた時間を見ないことになる気がしたんだ」

 

 言葉にすると、胸の奥で何かが震えた。

 昼休みの廊下で、宵宮巡が置いていった小さな問い。

 その時は、まだどこへ繋がるのか分からなかった。けれど今、彩葉はその意味を、自分の手で掴み直している。

 

「かぐやを探したい気持ちは、あるよ。あるに決まってる。あの子に会いたい。あの時のかぐやに、もう一回、名前を呼んでほしい。

 でも、今ここにいるヤチヨを見て、私の記憶にあるかぐやだけを探したら、たぶん違うって思った。だから……ここまで来たんだねって、言いたかった」

 

 ヤチヨは、目を伏せた。

 長い睫毛の影が頬へ落ちる。

 灯籠の光に照らされたその横顔は、遠い時代の絵巻から抜け出してきた姫のようにも、ただひどく疲れた女の子のようにも見えた。

 

「彩葉は──」

 

 ヤチヨは小さく息を吐いた。

 

「いつの間に、そんなに立派になったのかなあ」

「立派、かな? 分かんないよ」

「うん。ヤッチョも分かんない。でも……」

 

 彼女は顔を上げた。

 その目には、いつもの冗談めいた光が少し戻っていた。

 けれど、その奥には深い夜がある。笑っていなければ崩れてしまうような夜ではなく、笑うことでようやく抱えていられるようになった夜。

 

「ありがとう」

 

 短い言葉だった。

 それ以上に何かを足せば、きっと壊れてしまうのだろう。

 彩葉は頷いた。

 だが、胸の中の問いが消えたわけではない。

 言い方を変えただけで、知りたいことはそこにある。

 目の前のヤチヨが、八千年を歩いたあとのかぐやであるなら、自分の隣にいた金色の少女はどうなるのか。あの花火の夜に泣き、卒業ライブで歌い、月へ帰っていったかぐやは、今どこにいるのか。

 ヤチヨは、その問いが彩葉の中で形になる前に、少しだけ目を細めた。

 

「彩葉が知ってるかぐやは、今も同じ輪廻を巡っている」

 

 その声は、先ほどよりずっと低かった。

 彩葉は、言葉を失った。

 理解しようとすると、頭の中が白くなる。

 順番が輪になっている。始まりと終わりが繋がっている。

 かぐやがヤチヨになるなら、ヤチヨと出会った彩葉は、かぐやと出会う前から、未来のかぐやに出会っていたことになる。

 

 そんなことが、あるのだろうか。

 いや、目の前にある。

 彩葉は唇を震わせた。

 

「じゃあ、かぐやは……」

 

 言いかけた声はそこで止まる。

 ヤチヨは、少しだけ寂しそうに笑った。

 

「私たちは、その輪から外れられない」

「……全然、分かんないよ」

「だよねえ」

 

 ヤチヨは、肩をすくめた。

 

「説明してるヤッチョも、だいぶ無茶苦茶なこと言ってる自覚あるし。だから、これはただのおとぎ話。あんまり深く考えすぎると頭がこんがらがって、FUSHIみたいに丸くなるよ」

「FUSHIは最初から丸いでしょ」

「ツッコミが冷静」

 

 いつもの軽口に戻った。

 けれど、完全には戻りきらない。

 彩葉はそれを感じ取っていた。ヤチヨは軽く笑いながら、彩葉の手を取る。

 触れた感覚はほとんどない。ツクヨミの中の接触は、まだ温度を持たない。

 ただ、手を取られているという事実だけが、ひどく切実だった。

 

「とにかく、今は再会を祝いましょ。ね、彩葉」

 

 それ以上考えてはいけない。

 そう言われた気がした。

 ヤチヨは彩葉を連れて、部屋の外へ出た。

 そこはバルコニーだった。かなり高い場所にあるのだろう。

 足元の向こうには、ツクヨミの夜景が一望できた。

 朱塗りの橋、灯籠の列、空を巡るコメントの光、遠くで花火のように弾けるエフェクト。

 和の街並みは夜の中で柔らかく輝き、無数のアバターたちがそれぞれの時間を過ごしている。

 ヤチヨは欄干の前に立ち、両腕を広げた。

 

「ここからの眺めが、ヤチヨは本当に大好きなの」

 

 仮想の風が吹いた。

 白銀の髪が、さらさらと流れる。

 月光を含んだ髪の束が、風にじゃれつかれるように踊った。

 その姿に、彩葉は一瞬、かぐやを見た。風と仲良しだった、金色の少女。

 思いついた瞬間に走り出し、世界のすべてを楽しむように笑っていた彼女。

 

 同じだ。

 けれど、違う。

 その違いが、彩葉には苦しかった。

 

「どうして……?」

「ん?」

「どうして、ヤチヨはずっと笑ってるの」

 

 問いは、自然にこぼれた。

 さっきからずっと気になっていた。

 八千年という途方もない時間を、昔話のように語るヤチヨ。

 失敗も孤独も絶望も、まるで配信の小ネタのように扱うヤチヨ。

 けれど彩葉には、その笑顔の裏で、彼女が泣いているように見えた。

 ヤチヨは、答えを待っていたかのようにすぐ言った。

 

「それがヤチヨだから」

 

 早すぎる答えだった。

 用意してあったのだと思わせる速度だった。

 たぶん、それは逃避であり、同時に真実でもあった。

 笑っていなければヤチヨではいられない。

 笑い続けたから、ヤチヨになった。八千年かけて作った仮面で、八千年かけて身につけた生存方法なのだろう。

 

 ヤチヨは夜景へ視線を戻したまま、欄干を掴んだ。

 その指が震えていた。

 最初は指先だけだった震えが、手首へ、腕へ、肩へと伝わっていく。

 顔は笑っている。涙は流れていない。けれど、声が少しずつ崩れ始める。

 

「ハッピーエンド、連れて行くって約束したのに」

 

 彩葉の呼吸が止まった。

 

「彩葉の歌を聞いて戻って来たのに」

 

 ヤチヨは笑っている。

 笑いながら、声だけが泣いている。

 

「ごめん、ドジっちゃった」

 

 それは、軽口の形をしていた。

 けれど、軽くなどなかった。

 

「キラキラのかぐや姫は、もうおばあちゃんです」

 

 彩葉は、胸の奥を強く掴まれたような気がした。

 涙一つ流していない。

 なのに、目の前のヤチヨは泣いていた。

 笑いながら泣いていた。

 

「……かぐや」

 

 小さく呼ぶ。

 かぐやは、そんな顔をしなかった。

 少なくとも、彩葉の知っているかぐやは。困ったら騒いで、寂しければ拗ねて、楽しいことがあれば考えるより先に飛びついていた。

 けれど目の前にいる彼女は、悲しみを冗談に変える方法を知ってしまっている。痛みを笑顔の形に折り畳むことを覚えてしまっている。

 それが、八千年なのだ。

 長い沈黙が落ちた。

 やがてヤチヨが、おそるおそる口を開いた。

 

「彩葉。もし、知りたくなかったなら、忘れてもいいよ。そういうこともFUSHIなら出来――」

「ヤチヨ!」

 

 彩葉の声が、思った以上に大きく響いた。

 自分でも驚いた。どうしてこんなに怒っているのか、まだうまく説明できない。

 ただ、悲しかった。寂しかった。腹立たしかった。ヤチヨが、自分の痛みをまた笑い話にして、彩葉にまでそれを見なかったことにさせようとしたことが。

 ヤチヨが目を丸くする。

 彩葉は踵を返し、部屋の中へ戻った。足音が板敷きに響く。

 座るというより、突き刺さるように腰を下ろした。乱暴な動作だった。

 けれど、今の彩葉には、そのくらいしなければ胸の中で暴れているものを抑えられなかった。

 

「聞かせてよ」

「え?」

「八千年、あったこと全部聞かせてよ」

「ええ?」

「私、寝ないから!」

 

 ヤチヨはしばらく彩葉を見ていた。

 そして、ほんの少しだけ若返ったように笑った。

 

「……無茶言うねえ」

 

 その声は呆れていた。

 けれど、どこか嬉しそうでもあった。

 ヤチヨが手を払うように動かすと、部屋の景色が変わり始めた。

 灯籠の光がほどけ、壁の模様が淡く溶け、床の広さが少しずつ縮んでいく。代わりに現れたのは、彩葉がかつて暮らしていたIRのアパートだった。

 

 机。

 ソファ。

 見慣れた床。

 棚の位置。

 そして机の上には、菓子とコーラが置かれている。

 まるで、かぐやと一緒に暮らしていた頃の部屋だった。

 

 彩葉はもう驚かなかった。

 驚くには、ここまで来すぎている。

 先に踏み込んだのは自分だ。なら、最後まで聞くしかない。

 

「んじゃ、まずは縄文人と魚捕った話から」

 

 ヤチヨは、足を崩して座り込んだ。

 その声には、いつもの配信者じみた調子が戻っている。

 

「よく覚えてるのが、ナガツノかな。髭がめっちゃ長い海老がマジで貴重でね。茹でなくても真っ赤なの。お寿司にしたら絶対映えるやつ。

 あとオオツキナマズ! 月の夜しか捕れないでっかいナマズで、薪で焼くと、もう脂がすごいの。濡れたタオル絞ったみたいにじゅわーって出て、

 周りの人たちみんな『うおお』ってなるんだけど、かぐやは食べられないから見てるだけでしかなくってさ。ウミウシの身体って、食へのアクセスがかなりバッドなのよ。いや、ほんとに」

 

 彩葉は黙って聞いた。

 ヤチヨは喋る。喋る。喋る。

 縄文の海辺の話。名も知らぬ子どもたちと、言葉にならない身振りで遊んだ話。

 魚を焼く匂いがどれだけ暴力的だったかという話。

 貝殻を宝物みたいに集めていた少女の話。

 月の満ち欠けで漁に出る男たちの話。海辺の寒さ。焚き火の光。ウミウシの身体では遠くへ行けず、誰かに連れて行ってもらわなければ世界が広がらなかった話。

 

 どの話も、ヤチヨは笑い話にして語った。

 だが、その合間に、時折、声の温度が変わった。

 

「それでね、その時代にも変な人がいてさ」

 

 ヤチヨはコーラの缶を指先で転がしながら、少しだけ目を細めた。

 

「顔も、声も、名前も、時代ごとに違うの。違うんだけど、分かるんだよね。あ、またいる、って。魂の匂いっていうのかな。

 月人っぽく言うなら、存在波形の癖? いや、言っても分かんないか。とにかく、かぐやには分かった」

 

 彩葉は、少し身を乗り出した。

 

「その人は?」

「名前、教えてくれない人」

 

 ヤチヨは唇を尖らせた。

 

「こっちは何回も聞いたんだよ。何て呼べばいいのって。何でかぐやのそばにいるのって。どうして、時代が変わっても出てくるのって。

 でも、教えてくれないの。笑って誤魔化すか、話題を逸らすか、急に別の作業を始めるか。ほんっと、感じ悪いの」

「感じ悪いんだ」

「感じ悪いよ。だって八千年近く付き合って、名前を教えないんだよ? 普通にひどくない? 

 ヤッチョ、途中から腹立って、勝手に『かぐやの君』って呼ぶことにしたんだ。名前を教えないそっちが悪いからね、文句は受け付けません、って」

 

 言い方は軽い。

 けれど、その声には隠しきれない親しさがあった。

 彩葉は、その人物の輪郭を頭の中で描こうとした。顔も名前も分からない。

 けれど、ヤチヨの語りの中のその人は、ひどく不思議だった。

 何度も時代を越えて現れ、かぐやの傍にいて、けれど自分のことは語らない。助けるのに、助けた理由を明かさない。

 

「ずっと一緒にいてくれたの?」

「うん」

 

 ヤチヨは、少しだけ静かに頷いた。

 

「ずっと。正確には、ずっと同じ姿でいたわけじゃないよ。人間だから、死ぬし、生まれ変わるし、忘れている時期もあるみたいだった。

 でも、困った時に限って現れるの。こっちがもう無理、って思ってる時に、どこからともなく来る。かぐやが何かをしようとすると、先に地面を均してる。

 危ない橋を渡ろうとすると、橋が落ちないように裏で補強してる。で、こっちが気づく頃には『私は何もしてない』みたいな顔をする」

 

 ヤチヨは、少し笑った。

 

「むかつくでしょ」

「……少し」

「でしょ? でもね、彩葉」

 

 ヤチヨは、コーラの缶から指を離した。

 缶は音もなく机の上に戻る。

 

「それで何度も助かった。何度も救われた。かぐやは一人じゃなかった。あの人がいなかったら、たぶんもっと早く壊れてた。

 名前も教えてくれないし、何でそばにいるのかも言わないし、感謝すると嫌そうな顔するし、勝手に消えるし、ほんとに面倒くさい人だったけど……ずっと、寄り添ってくれた」

 

 最後の言葉だけ、冗談ではなかった。

 彩葉は何も言えなくなった。

 八千年の孤独。

 その中に、名も知らぬ誰かがいた。

 ヤチヨにとって、かぐやにとって、その存在がどれほど大きかったのか、彩葉にはまだ分からない。

 けれど、声のわずかな震えで、それが笑い話だけではないことは分かった。

 

「でもね、まーじで名前は教えてくれないの」

 

 ヤチヨは、すぐにふざけた調子へ戻した。

 

「本当にそこは一生恨んでる。何回聞いても教えない。最後までほんっとーに教えない。かぐやの君とか呼ばれても、まあそれでいいよ、みたいな顔する。よくないわ。名乗れ。戸籍を出せ」

「戸籍は時代によってはないでしょ」

「ツッコミが真面目」

 

 ヤチヨはけらけら笑った。

 彩葉も、ほんの少しだけ笑った。

 そうして、長い話は続いていった。

 都の話。

 旅芸人の話。

 恋の歌ばかり詠んでいた人の話。

 墨で指を黒くしながら物語を書いていた文人の話。

 戦で焼けた村の話。

 空から火が降ってきた夜の話は、ヤチヨが一度だけ言葉を止めた。けれどすぐに、別の話題へ移った。

 笑い話にできないものを、今はまだ彩葉へ渡しきれないのだろう。彩葉はそれを責めなかった。ただ、そこに触れられない痛みがあるのだと、胸の中に印をつけた。

 

 時刻の感覚は、途中から消えた。

 ツクヨミの部屋に朝は来ない。けれど現実の身体は確実に疲弊していく。彩葉は何度も水を飲み、現実のスマートフォンから芦花と真実へ最低限の連絡を入れ、また戻って聞き続けた。

 ヤチヨは時に身振り手振りを交え、時に妙な物真似をし、時に自分で自分の話に笑いながら、八千年を語った。

 

 丸二日ほど、ほとんど止まることなく。

 彩葉の方も当然限界だった。頭は重く、目の奥は熱く、意識は何度も浅瀬へ引きずり込まれそうになる。

 それでも、ヤチヨが「そろそろ寝る?」と聞くたび、彩葉は首を振った。

 

「まだ聞ける」

「彩葉、無茶の仕方がかぐやに似てきたねえ」

「それ、褒めてる?」

「半分くらい」

「残り半分は」

「心配」

 

 そんなやり取りを何度も挟みながら、ヤチヨは話し続けた。

 やがて、部屋の片隅にいたFUSHIがぴくりと動いた。

 それまで黙っていた白い相棒の目が、赤く点滅する。

 

「ネムッテ! ネムッテ!」

 

 鋭いアラーム音のような声が、部屋に響いた。

 ヤチヨは「あっちゃ〜」と額を押さえる。

 

「ヤッチョの方が寝る時間だ。充電とアップデートと記憶整理、まとめてドーンの時間ですな」

「ヤチヨ」

「大丈夫。ちょっと寝るだけ。ヤッチョ、五十二時間くらいでスリープ挟まないと、あとでFUSHIにすごい怒られるの」

「もう怒ってる」

「それな」

 

 ヤチヨは笑った。

 次の瞬間、糸を切られた人形のように、ぱたりと板敷きへ倒れ込んだ。

 彩葉は思わず立ち上がった。

 

「ヤチヨ!」

 

 駆け寄る。

 けれど、FUSHIは慌てていなかった。彩葉もすぐに、呼吸のない眠りのようなものなのだと理解する。

 ヤチヨの瞼は閉じている。寝息は聞こえない。けれど、表情は穏やかだった。

 それでも、彼女の口元には、まだ薄い笑みが残っている。

 彩葉はその横に膝をついた。

 

「ヤチヨって、こんなにお喋りだったんだね」

 

 小さく呟く。

 いつもは聞いてもらうばかりだった。推しの配信を見て、歌を聞いて、コメントを送って、救われている気になっていた。

 けれど、ヤチヨのことを何も知らなかった。彼女がどれほど喋りたがりで、どれほど記憶を抱えていて、どれほど笑い話に変えながら生き延びてきたのか。

 

「ずっと、けらけら笑っちゃって」

 

 彩葉は、そっとヤチヨの髪へ触れた。

 触感は薄い。

 けれど、指先にそこにあるという認識だけは返ってくる。白銀の髪を撫でる動作は、愛でるというより、労わるためのものだった。

 

「……笑い話ばかりじゃないはずなのに」

 

 八千年かけて、作り笑いを覚えてしまったのだろう。

 彩葉は、自分のことを思い出した。

 平気そうな顔をすること。大丈夫だと言うこと。

 辛さを見せないこと。そういうものが、少しずつ自分を守る鎧になり、同時に自分を閉じ込める檻になることを、彩葉は知っていた。

 

 ヤチヨも、そうなってしまったのだ。

 かぐやだった少女が。

 あの、何でも楽しくしてしまう金色の少女が。

 長い長い時間の中で、彩葉と同じように笑うことを覚えてしまった。

 

「ねえ、FUSHI」

 

 彩葉は、眠るヤチヨから目を離さずに言った。

 

「ヤチヨが隠してること、あるよね」

 

 FUSHIは答えなかった。

 白い身体は、机の足元でじっとしている。小さな目だけが、彩葉を見ている。

 

「さっきの話、楽しいこともいっぱいあった。ヤチヨが本当に嬉しそうに話してたのも分かった。でも、ところどころ、急に飛ばした。笑えない場所を避けた。私に見せたくないものを、まだ隠してる」

「……」

「見せて」

 

 FUSHIは、すぐには動かなかった。

 長い沈黙が落ちる。

 その沈黙の中で、彩葉は自分の心臓の音を聞いていた。現実の身体は疲れ切っているはずなのに、意識だけが鋭く尖っている。

 ここで退けば、ヤチヨはまた笑うだろう。大丈夫、もう終わった話だから、と言うだろう。

 そして彩葉は、彼女が隠した痛みを知らないまま、優しくするしかなくなる。

 それは嫌だった。

 

「ヤチヨが言わなかったのなら、それは……」

 

 FUSHIが低く言った。

 

「ヤチヨが言えなかったことだ」

「分かってる」

「人の身体で耐えられるかは分からない」

「問答無用」

 

 彩葉の返事は、ほとんど間を置かなかった。

 FUSHIの目が細くなる。

 

「ヤチヨは、さっき久しぶりに、本当に嬉しそうだった」

「うん」

「その嬉しさまで壊すかもしれない」

「壊さない」

 

 彩葉は、眠るヤチヨの顔を見た。

 

「壊さないために見るの。知らないまま抱きしめる方が、私は怖い」

 

 FUSHIは何も言わなかった。

 やがて、その目が赤く光った。

 

「行くぞお」

 

 レーザーのような赤い光が、彩葉の視界を貫いた。

 次の瞬間、部屋の輪郭が崩れ始めた。

 机が積み木のようにばらけ、ソファが光の粒になり、壁が剥がれ、床が抜ける。

 彩葉の身体は支えを失い、深い穴へ落ちていくような感覚に包まれた。

 上下が消える。音が遠のく。ヤチヨの眠る姿も、FUSHIの白い影も、すべてが遠くなる。

 

「ヤチヨ、どこかにいるんでしょ? 出てきて……助けて……」

「かぐや!」

 

 そして彩葉の意識は、八千年前の浜辺へ落ちていった──




・フェードアウトしたい主人公の「私といたかぐやは?」阻止ムーブ
 そりゃ悪手じゃろ、クソボケ

・「私といたかぐやは?」
 ヤチヨにとってはかなりのおいたわしい一言。彩葉から拒否されるのが怖くてヤチヨが着拒した説は十分可能性があると思いました。

・超かぐや姫の超担当さんのスペック
 計算上、超担当さんは無量空処を53分20秒までなら耐えて一日経たずに復帰できるらしい。
 やべぇよ・・・やべぇよ・・・
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