もうちっとだけハッピーにするんじゃ   作:加賀美ポチ

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味方が最大の敵

 今にして思えば、あれは嵐だったのだと思う。

 春先の山を駆け抜ける風のように突然現れ、周囲を巻き込みながら通り過ぎていく類のものだ。

 もっとも、その渦中にいた当人たちは、自分たちが嵐になっている自覚など欠片もなかったのだろうが。

 

 ヤチヨカップ。

 月見ヤチヨのミニライブ終演後に発表された、ツクヨミ最大級のイベント。

 一ヶ月の間に最も多く新規ファンを獲得したライバーが優勝し、その褒賞として月見ヤチヨとのコラボライブ権を得る。

 配信でのコラボはあれど、ライブのコラボは今まで一度もしてこなかったヤチヨが言い放った言葉にツクヨミ内が沸き立った。

 しかし。

 発表された瞬間から優勝候補は決まっているようなものだった。

 

 ブラックオニキス。

 誰もがそう思った。

 プロゲーマーであり、トップライバーであり、巨大なファンコミュニティを持つ彼らが負ける未来など想像できなかった。

 だからこそ。

 あのライブ会場で金髪の少女が高らかに宣言した言葉を、本気にした者は誰もいなかった。

 

『ヤあああああ――チいいいいいぃ――――ヨおおおおお―――!』

 

 ブラックオニキスの帝アキラが不敵にヤチヨカップの優勝宣言をする中。

 遠からむ者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ、とばかりに少女の叫びが木霊した。

 

 それは一言で表すなら金髪のギャルいかぐや姫だった。

 朱色と若草色でまとめた衣装は祭りの屋台みたいに華やかで、金色の月飾りや背中の巨大な水引がこれでもかとおめでたさを主張している。

 うさぎ耳の垂れた長い金髪に、足元はスポーティなスニーカー。

 月のお姫様とギャルとマスコットを無理やり一つに押し込んだような見た目だったが、不思議とその節操のなさが実に彼女らしかった。

 

 月を思わせる金糸の髪を揺らしながら叫ぶその少女の姿は、校門前で見掛けた茶髪の少女とは随分印象が違っていた。

 それでも、ころころ変わる表情や後先を考えない勢いには妙な既視感があった。

 だから私はすぐに気付いた。

 目の前でヤチヨカップ優勝を宣言しているこの少女が、あの日の日傘の少女なのだと。

 

『かぐやがヤチヨカップ優勝する!』

 

 それは世迷言だった。

 あるいは無知ゆえの大言壮語だった。

 少なくとも、その場にいた誰もがそう思った。

 

 実際、その時点のかぐやはライバーですらなかったのだから。

 配信経験なし。編集経験なし。機材知識なし。ネット文化への理解もなし。

 ないない尽くしだった。

 

 あるのは妙な行動力と、宇宙規模の自信だけだった。

 ところが、その翌日にはライバーになっていた。

 本当に。

 何の躊躇もなく。

 思い立ったその日のうちに。

 後先を考えるという概念を、どこか別の星へ置き忘れてきたかのような勢いで。

 

 最初の配信は酷いものだった。

 本人が何をやればいいのか分かっていなかったからである。

 

『月から来たかぐやだよー。今日はやること思いつかなかったから終わりー』

 

 それだけだった。

 内容らしい内容もなく、配信時間は短く、背景に流れるBGMは不協和音、最後には誤操作で顔まで映した。

 普通ならそこで終わる。

 埋もれて終わる。

 だが、かぐやは終わらなかった。

 

 翌日も配信した。

 その次の日も。

 さらにその次の日も。

 毎日。

 本当に毎日。

 やりたいことを思いつくたびに配信を始めた。

 

 自撮り。食レポ。雑談。歌。踊り。相談事。百均で買った妙な小道具。

 統一感などなかった。

 戦略もなかった。

 

 ただ、面白そうだからやる。

 やりたいからやる。

 それだけだった。

 けれど不思議なことに、人はそんなかぐやを面白がった。

 失敗しても笑い、転んでも笑う。

 隠さず、取り繕わない。

 思ったことをそのまま口にする。

 

 その危うさと天真爛漫さは、磨かれた人気ライバーたちとはまるで違う輝きを持っていた。

 そして、いつ頃からだっただろう。

 配信画面の端に、狐の着ぐるみが現れるようになったのは。

 

 いろP。

 最初は本当に裏方だった。

 作曲担当。伴奏担当。機材担当。

 配信画面の端で音を鳴らし、かぐやの思い付きに振り回されながら後始末をしている。

 そんな立ち位置だった。

 もっとも、私はその狐の着ぐるみに見覚えがあった。

 

 校門前で出会った少女──かぐや。

 あの日、かぐやが探していた名前の人物が──酒寄彩葉。

 

 断定できる材料はなかったが、かぐやが頻繁に連れ回している相手が偶然似た名前の別人だとは思えなかった。

 そして何より、表へ出たがらない様子がライバー『イロ』に酷似していた。

 なのであの狐の着ぐるみの向こう側は十中八九酒寄さんのだろう。

 

 配信の主役はあくまでかぐや。

 いろPは必要以上に目立とうとしない。

 だが、かぐやがそんな遠慮を汲むはずもない。

 配信中だろうと構わず呼び出し、巻き込み、引っ張り出し、気付けばリスナーたちは二人を一組として認識するようになっていた。

 

 かぐや&いろP。

 そう呼ばれるようになるまで、たいして時間は掛からなかった。

 そして気付けば。

 順位表の片隅にいた名前は、少しずつ、しかし確実に上へ上へと登り始めていたのである。

 

 

 もっとも、当初の勢いがそのまま快進撃を続けるかと思ったがそうでもなかった。

 かぐやの配信は確かに面白かった。

 見れば笑えるし、次は何をやらかすのか気になる。

 

 けれどヤチヨカップは人気投票ではない。

 新規ファンの獲得数で競うイベントだった。

 上位陣にはブラックオニキスを始めとして、何年も活動を続けてきた大手ライバーたちが並んでいる。

 

 既に巨大なコミュニティを築き上げている者たちと、配信を始めたばかりの新人では知名度の地力が違った。

 かぐやは確かに順位を上げていた。

 しかし、それは階段を一段ずつ登るような上昇だった。

 順位表の中段付近。

 悪くはない。

 むしろ新人としては異例の快進撃だった。

 

 だが。

 ヤチヨカップ優勝を宣言した少女が立つ場所としては、あまりにも遠かった。

 配信を重ねても。

 企画を増やしても。

 少しずつフォロワーは増える。

 しかし上位との差はなかなか縮まらない。

 

 かぐや自身も流石にそれを理解していたらしく、ある日の配信では珍しく腕を組みながら唸っていた。

 

「うーん、どうすればいいのだー! このままだとイロハとハッピーエンドできないよー!」

 

『新人にしては超健闘してるんだけどヤチヨ遠い』

『ハッピーエンド(隠語)』

『流れるようないろPの本名バレ、俺でなきゃ見逃しちゃうね』

『いろPは泣いていい』

 

 コメント欄は大いに笑った。

 だが実際、その認識は間違っていなかった。

 かぐやが面白いことと、ヤチヨカップで勝つことは別問題だったのである。

 そして、その停滞を打ち破ったのがROKAとまみまみだった。

 今になって思えば、あれがかぐや・いろPチャンネル躍進の大きな転機だったのだろう。

 

 

 

 転機になったのは、ROKAとのコラボだった。

 美容系トップインフルエンサーである芦花は、元々イロとのコラボ経験が多く、その影響もあってフォロワー数をさらに伸ばしていた。

 そして、その日の企画は美容配信だった。

 

 正直な話をすると、私は配信タイトルを見た瞬間に結果を予想できた。

 ROKAとかぐや。

 顔が良い者同士を並べて数字が伸びない訳がない。

 案の定だった。

 配信が始まって最初に映ったのは、ROKAの部屋でも、高級コスメの紹介でもない。

 椅子へ座らされたかぐやだった。

 

 鏡の前で目を閉じている。

 そして、その顔へ芦花が慣れた手付きでメイクを施していた。

 最初は落ち着きなく動いていたかぐやも、流石に目元へ筆が近付く状況では暴れられないらしく、借りてきた猫みたいに大人しくしている。

 いや、三秒に一回は喋っていたから、大人しくはなかったかもしれない。

 

「ROKAー」

「なーに?」

「これ終わったらかぐや美人になる?」

「なるなる、元から可愛いから大丈夫、絶対美人にしてあげるからROKAにお任せあれ」

「ほんと!?」

「ほんとほんと」

「ひゃっほーい! やったー」

 

 ちょろかった。

 コメント欄も大喜びだった。

 

『草』

『かわいい』

『褒められるとすぐ喜ぶ』

『幼稚園児かな?』

『ROKAママ』

『保護者増えてて草』

 

 だが。

 笑い声が流れていた空気は、完成した瞬間に一変した。

 芦花が最後に紅を整え、鏡をかぐやへ向ける。

 数秒。

 かぐやはぽかんと固まった。

 そして。

 

「わー!! かぐやかわいい!!」

 

 第一声がそれだった。

 自画自賛である。

 遠慮も謙遜も存在しない。

 しかし誰も否定できなかった。

 実際に可愛かったからだ。

 

 月を思わせる淡い金髪は艶やかに整えられ、赤みを帯びた瞳は化粧によって一層印象的になり、普段は元気さばかりが目立つ顔立ちも、今は年相応の少女らしい華やかさを纏っている。

 さらに芦花が施したネイルが指先で小さく光るたび、いつものかぐやとは違う魅力が覗いた。

 本人は完全にテンションが上がっていた。

 

「見て見て!」

「見てる見てる」

「ほら!」

「見てるってば」

 

 両手を突き出してネイルを見せびらかしながら騒ぐ姿は、結局いつものかぐやだったが。

 ROKAは自分が施したネイルアートで嬉しそうにはしゃぐかぐやに苦笑する。

 

 そして始まったのが、自撮り大会だった。

 ROKAは元々、自分をどう見せれば綺麗に映るのかを熟知している。

 カメラの角度。

 表情の作り方。

 視線の向け方。

 どれも慣れたものだった。

 

 一方で、かぐやは何も知らない。

 知らないのだが、それが問題にならない。

 顔を寄せたり、笑ったり、ウインクしたり、変顔したり、また笑ったり。

 その一つ一つに計算はないのに、不思議と画面映えしてしまう。

 

 ROKAが綺麗に見せる側なら、かぐやは楽しそうに見せる側だった。

 二人が並ぶと、その違いによってお互いを惹き立てあっていた。

 コメント欄が悲鳴を上げ始めたのは、その頃からだった。

 

『待って』

『強すぎる』

『視力上がった』

『この配信無料で見ていいの?』

『心臓止まる』

『あ〜心がぴょんぴょんするんじゃ〜』

『顔が良い』

『通常攻撃が全体攻撃で二回攻撃』

『ROKAとかぐや並べるの禁止』

『顔面偏差値の暴力』

『尊死』

 

 流れていくコメントは半ば断末魔だった。

 ROKAがカメラへ微笑めば悲鳴が上がり、かぐやがピースサインを作ればまた悲鳴が上がる。

 しまいには二人が肩を寄せて自撮りを始めただけでコメント欄が埋まり、まともに会話を追うことすら難しくなっていた。

 正直なところ、数字が伸びない理由を探す方が難しかった。

 結果として、その日の配信だけでフォロワー数は大きく跳ね上がった。

 

 

 そして、その勢いをさらに加速させたのが、まみまみとのコラボだった。

 こちらも元々イロとの交流が深く、その影響もあってフォロワー数を伸ばしていた人気配信者である。

 ただし、企画内容に関して言えば、ROKAとの美容配信とはまるで方向性が違った。

 というより、酷かった。

 良い意味で。

 

「今日はタピオカラーメンをたべるよー!」

 

 画面の向こうで、真実が満面の笑みを浮かべながら丼を掲げる。

 ラーメンの中にタピオカ。

 聞いただけで脳が理解を拒否しそうな代物だったが、真実は本気だった。

 そして、かぐやもまた本気だった。

 

「いただきまーす!」

 

 躊躇という概念をどこかへ置いてきたかのように箸を伸ばし、そのまま豪快に啜る。

 未知の食べ物に対する警戒心など一切ない。

 宇宙人らしいと言えば宇宙人らしかった。

 もっとも、問題はその後である。

 

「どう?」

「もちもち!」

「味は?」

「もちもち!」

「スープは?」

「あったかい!」

「そうじゃなくて」

 

 真実が苦笑する。

 コメント欄が一斉に吹き出す。

 かぐやは真面目だった。

 真面目に答えている。

 だが答えになっていない。

 

 ラーメンなのかデザートなのか。

 美味しいのか不味いのか。

 そもそもタピオカと麺が共存できるのか。

 誰も知りたい情報を得られていなかった。

 それなのに不思議と退屈しない。

 

 真実が丁寧に説明しようとするたびに、かぐやが豪快に脱線させる。

 整理しようとした話題が次の瞬間にはどこかへ飛んでいき、そのたびに真実が拾いに行く。

 まるで暴走する馬車を御者が必死に追い掛けているような配信だった。

 

『食レポになってない』

『草』

『自由すぎる』

『脳死で食うな』

『可愛いから許す』

『タピオカラーメン完食してて草』

『まみまみ頑張れ』

『かぐやが全部破壊していく』

 

 コメント欄は終始そんな調子だった。

 真実が味や食感を解説し、かぐやが「もちもち!」で片付ける。

 真実が企画を進行し、かぐやが寄り道する。

 その繰り返しなのに、気付けば視聴者は最後まで画面へ張り付いていた。

 そして配信が終わる頃には、フォロワー数もまた一段階跳ね上がっていた。

 ROKAとのコラボが華やかな追い風だったとするなら、こちらは笑いながら背中を押してくる突風だった。

 ヤチヨカップの順位表に刻まれた「かぐや」の名前は、その二つのコラボを境に、目に見えて上位へ食い込み始めていたのである。

 

 

 そうして勢いに乗った頃だった。

 いろPの正体が、ほぼ公然の秘密になったのは。

 最初は本当に些細な違和感だった。

 美容系トップライバー『ROKA』は元々イロとのコラボ経験が多く、まみまみもまた同じだった。

 にもかかわらず、その二人が今度はいろPとも当たり前のように交流している。

 まるで共通の知人を介して繋がっているかのような距離感だった。

 

 さらに、イロは狐面を被った和風ライバーであり、狐モチーフの耳と尻尾がトレードマークだった。

 一方で、いろPもまた狐の着ぐるみを愛用している。

 もちろん、それだけなら偶然で片付く。

 だが偶然というものは一つなら偶然でも、二つ三つと重なれば疑惑へ変わる。

 配信機材への異様な詳しさ。

 音楽や歌への深い理解。

 そして時折漏れる声や話し方の癖。

 一つ一つは決定打にならない。

 けれど小さな違和感というものは厄介で、雪玉が坂を転がるように少しずつ大きくなり、気付けば視聴者たちは同じ結論へ辿り着いていた。

 

『いろPってイロじゃね?』

『ROKAとまみまみ両方と繋がってる時点で怪しい』

『狐だし』

『狐面→狐着ぐるみ』

『隠す気ある?』

『たまに出る声が似すぎてるっピ!』

『いろっぴーって言ってみて』

『本人でしょ』

 

 コメント欄は今日も好き放題だった。

 もちろん彩葉は否定する。

 画面の隅では、狐の着ぐるみを着たままのいろPが、ぶんぶんと首を横へ振っている。

 違う。

 そう言いたいらしい。

 続いて両腕を大きく交差させ、全力でバツ印を作った。

 最近はもはや配信の恒例行事みたいになっていた。

 

『じゃあ言え』

『いろっぴーって言ってみ』

『逃げるな責任から逃げるな』

『証明しろ』

『イロじゃないなら言えるよな?』

 

 視聴者の追及に対して彩葉は珍しく声を出した。

 それも普段の声ではない。

 少しでも正体が露見する可能性を減らそうとしたのだろう。

 喉の奥から無理やり絞り出したような低い声。

 普段の話し方の癖を消すためにアクセントまで意識して潰し、まるで翻訳機を通した外国人みたいな片言だった。

 

「オレ、イロ、チガウ」

 

 一瞬だけ配信が静まり返る。

 コメント欄も止まる。

 数万人の視聴者が同時に沈黙したような空白。

 そして次の瞬間。

 

『外国人で草』

『片言になるな』

『怪しさ三倍』

『逆効果なんだよなぁ』

『もうアキラメロン』

 

 コメント欄は見事なまでに納得していなかった。

 むしろ彩葉の苦し紛れの抵抗によって、疑惑はさらに深まったようにすら見える。

 

 もっとも、その騒ぎをよそに、配信の主役であるかぐやはほとんど状況を把握していない。

 その日の配信は遺跡探索型アドベンチャーゲームの実況だったのだが、ちょうど謎解きパートに行き詰まっていたのである。

 彼女の意識はコメント欄ではなく、配信中のゲーム画面へ完全に吸い寄せられていた。

 

「うーん……」

 

 石碑を調べる。

 スイッチを押す。

 首を傾げる。

 そしてまた同じ場所をうろうろする。

 コメント欄では、

 

『右だって』

『説明文読め』

『そこさっき見た』

『宇宙人だから』

『宇宙人なら仕方ない』

 

 などと総ツッコミが飛んでいたが、本人はそれどころではなかった。

 完全に謎解きへ意識を持っていかれていたのである。

 だから当然。

 その隣で彩葉が身バレの危機に瀕していたことにも気付いていない。

 そして数分後。

 ついに行き詰まったかぐやは、助けを求めるようにコメント欄へ視線を向けた。

 

「みんな分かったー?」

 

 だが。

 流れてきたのは攻略情報ではなかった。

 コメント欄に流れる『イロ』という単語にかぐやはぱちりと瞬きをした。

 

『イロ』

 

 彩葉と『イロ』。

 確かに音の響きは彩葉からハを除けただけであるし、名前は似通っている。

 しかし、かぐやにとって彩葉は彩葉である。

 かぐやの相方としてライバー活動している愛称も『いろP』であるから、かぐやの脳内では彩葉と『イロ』が等号で結ばれなかった。

 

 ──調べれば分かるかも!

 

 すぐさま検索窓を開き、かぐやは『イロ ツクヨミ』と調べ始める。

 そうして検索のトップに出てくるのは、あの驚異のジャスガ15連発からの大逆転──伝説の八秒の切り抜き動画である。

 狐の着ぐるみはコメント対応をしていてお転婆宇宙人が秘密を暴こうとしている事に気が付いていない。

 

 そうしてサムネイルを見るなり、かぐやはすぐに把握する。

 イロのアバターは青を基調にしたストリート風だった。着物とパーカーを組み合わせた和洋折衷の装いに、狐耳と大きな尻尾。

 そして、その相貌を狐面が覆っていた。

 顔こそ隠されているが、その姿は彩葉のアバターに完全一致していた。

 だからこそ、好きな人を画面で見つけたかぐやは嬉しくなって躊躇もなく叫んだ。

 

「これ彩葉じゃん!!」

 

 世界が止まった。コメント欄も。彩葉も。視聴者も。

 全員が同じ沈黙へ飲み込まれた。

 コメント欄を注視していた狐の着ぐるみの首がギギギ、と錆び付いたブリキ人形のようにかぐやへ振り返った。

 そして次の瞬間、コメント欄が洪水となった。

 

『だから本名だろそれwwww』

『言うなwwww』

『ネットリテラシーどこ!?』

『容赦なく刺した』

『放送事故』

『天然核弾頭』

『隠す気ゼロ』

『いろPかわいそう』

 

 コメントは滝のように流れ続ける。

 だが、かぐやはそんなことを気にしていなかった。

 今の彼女の頭の中は、サムネイルを開いたその先で埋め尽くされていた。

 

 動画の中では、青いアバターがたった一人で嵐みたいな猛攻を受けていた。

 黒い大剣が何度も振り下ろされる。その度に甲高い音が鳴り、あり得ない速度で攻防が積み重なっていく。

 かぐやには何が起きているのか分からない。ただ、絶対に負けそうだった人が、最後まで諦めず立ち続けていることだけは分かった。

 そして次の瞬間、青い影が空へ跳ぶ。

 閃光。桜吹雪。交差する二つの人影。

 気付けば勝っていた。

 まるで物語の主人公が最後の一ページで奇跡を起こしたみたいな、そんな八秒だった。

 だからかぐやの目は、夜空の星を全部詰め込んだみたいにきらきら輝いていた。

 

「ヴぇぇぇぇぇぇ凄すぎる!」

 

 机をばんばん叩く。

 椅子が揺れる。画面も揺れる。月のお姫様は全身で感動を表現していた。

 配信機材の向こう側で彩葉が頭を抱えていることなど、もはや視界へ入っていなかった。

 

「彩葉こんなん出来るの!?」

 

 驚きと感動と興奮が全部混ざった声だった。

 

「なんで言ってくれなかったの!?」

 

 巻き戻す。もう一度見る。また巻き戻す。

 まるで好きな歌を何度も聞き返すみたいに、同じ八秒を繰り返し再生する。

 そのたびに、

 

「すごっ」

 

 とか。

 

「はやっ」

 

 とか。

 

「意味わかんない!」

 

 とか。

 

 素直すぎる感想が漏れる。

 そして、その感想の矛先となっている彩葉は着ぐるみの中で大部分の照れ、と大匙2杯程度の嬉しさで悶えていた。

 コメント欄も、そんな様子を見ているうちに少しずつ笑いへ変わっていった。

 

『まあこれは興奮する』

『伝説の八秒初見ならしゃーない』

『反応が完全に俺ら』

『かわいい』

『推しが推しを発見した時の顔』

 

 だが、かぐやは聞いていない。

 今の彼女は完全に新しい玩具を見付けた子供だった。

 目をきらきらさせながら動画を見返し、ついには勢いよく彩葉へ身を乗り出した。

 

「彩葉!」

 

 呼ばれた彩葉は反応しない。

 いや、反応したくなかった。

 視聴者数千人の前で本名を叫ばれた直後なのだ。

 できることなら布団へ潜って三日ほど眠りたい。

 だが、かぐやはそんな事情を考慮しない。

 

「彩葉!」

 

 もう一度呼ぶ。

 

「なに……」

 

 ようやく返ってきた声は、ひどく疲れていた。

 それでも、かぐやは気付かない。

 いや、気付いていたとしても今はそれ以上に興奮していた。

 好奇心という名の暴走列車が、すでに発車してしまっていたのである。

 

「かぐやもこれやる!」

 

 びしっ、と画面を指差す。

 そこには今も伝説の八秒が再生されていた。

 

「これ! KASSEN!」

 

 瞳が輝いている。

 期待と好奇心で満ちている。

 見れば見るほどやりたくなってしまったのだろう。

 

 彩葉は嫌な予感を覚えた。

 それも、かなり大きなやつを。

 この宇宙人は、面白そうだと思ったら止まらない。

 今まで何度も見てきた。

 そして大抵の場合、その結果はろくなことにならない。

 

「教えて!」

 

 かぐやがさらに身を乗り出す。

 狐の着ぐるみは仰け反るが、かぐやは仰け反った分ほど身を乗り出し、もうお互いが抱き着きそうだった。

 

「ねえ! 彩葉! これ教えて!」

 

 面白そうだと思った瞬間に飛び込み、周囲を巻き込みながら突き進む。それが月から来たお姫様の流儀だった。

 後にヤチヨカップの順位表を大きく揺るがすことになる出来事は、案外こんな他愛もない一言から始まったのである。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 ここならぬいづこの物語なり。

 

 花は散りても春は巡り、月は欠けてもまた満ちる。

 人の世は流るる川のごとく留まることを知らず、栄華もまた永遠ならず。

 

 これは豊臣の世が終わりへ向かひ、天下の行方を決する大戦(おほいくさ)が近付きつつあった頃の話。

 

 

 かぐやが淀姫と出会ったのは、まだ彼女が幼かった頃だった。

 

 大坂城の庭園には大きな池があり、四季折々の花々が咲き誇っていた。

 春には桜が水面を染め、夏には青々とした蓮が葉を広げ、秋には紅葉が風に舞う。

 豪壮な城郭の中でも、その場所だけは戦や政(まつりごと)から切り離された小さな別世界のようだった。

 

 もっとも。

 そこに住まう者の心まで平穏だったわけではない。

 幼い淀姫は、時折その池のほとりへ一人でやって来た。

 

 城中には大勢の侍女がいる。

 傅役(もりやく)もいる。

 家臣もいる。

 

 けれど、話し相手は誰もいなかった。

 

 皆が彼女へ頭を下げる。

 皆が機嫌を窺う。

 皆が豊臣家の姫として接する。

 

 だからこそ。

 

 池の中から現れた妙な生き物は新鮮だった。

 

「……おぬしはなんじゃ?」

 

 白い身体に黒い斑模様。

 ぷにぷにとした見た目。

 近い生き物であれば兎が近いのであろうか、およそ見慣れぬが愛嬌がある。

 幼い淀姫が知りようが無い、それは海の底に生息している海洋生物だった。

 

「かぐや!」

「なんと、こやつ喋りおったぞ!?」

「へへーん、かぐやくらいぷりちーなウミウシだと語学も堪能なのだよっ」

「かか、なんと面妖な生き物だ」

 

 初対面にもかかわらず、ウミウシは堂々と宣った。

 それに対して淀姫も流石は豊臣家の姫である。

 見たこともない生き物が突然言葉を発したことには流石に目を丸くしたものの、逃げ出すことも取り乱すこともなく、そのまま会話を続けた。

 無聊を抱いていた淀姫は思わず笑ってしまう。

 退屈だった日々へ、小石が投げ込まれたような気がしたのだ。

 

 それが始まりだった。

 

 以来、かぐやは時折城へ現れるようになった。

 

 淀姫は庭で待ち。

 かぐやは池から現れる。

 

 誰にも話せない愚痴を話し。

 誰にも言えない悩みを吐き出し。

 

 そしてかぐやと名乗ったウミウシは驚くほど真面目に淀姫の吐露を聞いてくれた。

 身分も関係ない。

 立場も関係ない。

 ただ一介の人間、淀としての話を聞いてくれる。

 

 それが嬉しかった。

 だからいつしか二人は友達になっていた。

 人とウミウシという奇妙な組み合わせだったが、不思議と気は合った。

 かぐやはよく未来の話をした。

 

「未来にはね、空を飛ぶ乗り物があるんだよ! 鳥みたいに羽をぱたぱたしなくても、人を何百人も乗せて、朝に出発したら夕方には海の向こうへ着いちゃうくらい速いの!」

 

 かぐやは触角をぶんぶん振りながら力説した。

 だが淀姫は怪訝そうに眉を上げる。

 

「海の向こうとな。船でさえ何日も掛かるというのに、空を飛んで半日で着くというのかえ? それは少々話を盛りすぎではないか?」

「盛ってないもん! 本当だもん! しかも窓から雲が見えるんだよ! お空の上を飛ぶんだから!」

「ほう」

 

 淀姫は面白そうに相槌を打つ。

 

「それは鳥でもなく、龍でもなく、天狗の類でもなく、人が作った物なのか?」

「そう! 鉄で出来たおっきな箱!」

「鉄で出来た箱が空を飛ぶ」

「飛ぶ!」

「鳥よりも速く?」

「速い!」

「龍よりも?」

「たぶん速い!」

「それはもう化け物ではないか」

 

 淀姫は堪えきれず笑った。

 だが、かぐやは真剣そのものである。

 

「だから本当なんだってば! 淀姫ぜんぜん信じてない!」

「うむ」

「認めた!」

「認めたの」

 

 くすくすと笑う淀姫に、かぐやはむぅ、と身体を膨らませた。

 もっとも、ウミウシなので実際に膨らむ訳ではないのだが、本人はそのつもりらしい。

 

 

 その日も二人は池のほとりにいた。

 

 春の陽気は穏やかで、水面には青空と白い雲が揺れている。

 庭師が手入れした松は美しく整えられ、どこからか鶯の声も聞こえてきた。

 城の中にあって、その場所だけは不思議なほど静かだった。

 かぐやは池の縁へ乗り出しながら、得意げに触角を揺らしている。

 

「それだけじゃないよ! 未来にはね、遠くの人ともすぐお話できるの!」

 

 淀姫は扇子を軽く揺らしながら首を傾げた。

 

「ほう、飛脚より速いのかえ?」

「飛脚なんて比べ物にならないよ!」

 

 かぐやは即答した。

 まるで飛脚に何か恨みでもあるかのような勢いだった。

 

「ならば狼煙か?」

「違う!」

「早馬か?」

「違う!」

「では何じゃ」

 

 淀姫は楽しそうだった。

 答えを知りたいというより、かぐやがどんな話を始めるのかを楽しんでいる。

 そのことをかぐや自身も分かっていたのだろう。

 だからますます得意げになる。

 

「顔を見ながらお話するの!」

 

 淀姫は一瞬ぽかんとした。

 

「顔を見ながら?」

「そう!」

「遠く離れた者と?」

「そう!」

「大坂におりながら京の者と?」

「もっと遠く!」

「ならば薩摩か」

「もっと!」

「では唐か」

「もっともっと!」

 

 かぐやは触角をぶんぶん振りながら力説する。

 その様子は未来を語っているというより、自慢話をしている子供そのものだった。

 

「海の向こうでも出来るしね! お空を飛ぶ鉄の箱に乗ってる人ともお話できるし、なんなら月にいても出来るよ!」

「それはもう妾の知る世界の外ではないか」

 

 淀姫はとうとう声を上げて笑った。

 ころころと転がるような笑い声だった。

 春の風が吹き抜ける。

 

 池の水面が揺れ、桜の花びらが一枚だけ舞い落ちた。

 かぐやはむぅ、と身体を揺らす。

 どうやら信じてもらえていないことが不満らしい。

 

「おぬしの未来の話は、どこまで行っても夢物語じゃな」

「夢じゃないもん!」

 

 即座に反論が飛ぶ。

 

「本当にあるんだもん! みんな普通にやってるもん!」

「普通とな」

「普通!」

「それが普通になっておる未来というのも、なかなか想像できぬな」

 

 淀姫はそう言いながらも、どこか楽しそうだった。

 実際、信じてはいない。

 だが、かぐやの話を聞くのは好きだった。

 

 未来の話をしている時のかぐやは、まるで夜空の星を集めてきたみたいに生き生きとしているからだ。

 そして何より、その未来には戦も飢えもない。

 少なくとも、かぐやはそういう話をする。

 だから聞いていると少しだけ胸が軽くなるのだ。

 

「では月の民の秘術かえ?」

 

 からかうように問う。

 すると、かぐやは得意げに胸を張った。

 

「えへへー」

「否定せぬのか」

「月の技術はすごいからね!」

「それは自慢か?」

「自慢!」

 

 胸を張るウミウシ。

 威張っているつもりなのだろうが、小さな身体で触角をぴんと立てている姿は愛嬌しかなかった。

 淀姫はまた笑う。

 

 そしてふと空を見上げた。

 青い空の向こうには、昼の光に薄く溶けた月が浮かんでいる。

 もちろん、かぐやの話など信じてはいない。

 月へ行くなど荒唐無稽もいいところだ。

 だが。

 もし本当にそんな未来があるのなら。

 もし本当に遠い誰かと顔を見ながら話せる世界があるのなら。

 もし本当に空を鉄の箱が飛ぶのなら。

 その景色を、一度くらい見てみたい。

 そんなことを思ってしまうくらいには、かぐやの語る未来は魅力的だった。

 

 そして、その時の淀姫はまだ知らない。

 自分が未来を見ることなく歴史の中へ消え、隣で無邪気に未来を語るこの友人だけが、その先の時代を見続けることになるのだということを。

 

 

 人には寿命がある。

 そして歴史にもまた終わりがある。

 時は流れた。

 淀姫は大人になった。

 かぐやは何も変わらなかった。

 変わらないはずの季節も、変わらないはずの景色も、いつしか少しずつ色を変えていく。

 

 街道を歩けば兵の姿が増え、茶屋では徳川の名が囁かれる。

 商人は米の値段を気にし始め、旅人たちは遠くの戦支度を噂した。

 世の中全体が、見えない何かへ息を潜めているようだった。

 

 空気が変わっていく。

 夏の夕立前のように。

 遠雷はまだ聞こえない。

 けれど、空の色だけが少しずつ変わっていく。

 誰もが嵐の到来を感じていた。

 

 やがて。

 

 大坂城が包囲された。

 徳川軍、二十万。

 城を取り囲む無数の旗。

 山肌を埋め尽くす陣幕。

 その光景は、まるで大地そのものが牙を剥いているようだった。

 宿の窓から見える大坂城は、まだ堂々とそこにあった。

 けれど未来を知る者にとって、それは燃え落ちる直前の灯火にしか見えない。

 

 その日。

 かぐやは何も言わなかった。

 

 普段であればやかましいくらいに元気すぎるウミウシ娘。

 けれど、この時だけは違った。

 宿の窓辺に置かれた籠の中で、かぐやは静かにじっと大坂城の方角を見つめている。

 

 かぐやが未来で過ごしたのは数か月。

 その中で日本史の知識を学ぶ機会など無いに等しい。

 故にかぐやは淀姫という歴史上の人物の一生など知らないだろう。

 しかし。

 歴史の今を生きる彼女は分かっていた。大阪城がどうしようもなく詰んでいることを。

 

「……あの子」

 

 ぽつりと呟く。

 

「死んじゃうんだよね」

 

 若者は答えない。

 答えを知っているからだ。

 

 かぐやも若者があえて答えない言葉を察していた。

 だから確認ではなかった。

 ただ。

 口にしなければ押し潰されそうだったのだ。

 

「助けたいなぁ」

 

 小さな声だった。

 それは誰かに聞かせるためのものではなく、心の器からどうしようもなく溢れてしまった独り言だった。

 

「友達なんだよ」

 

 触角が力なく垂れる。

 いつも元気なその姿が、今日はひどく小さく見えた。

 

「でも」

 

 続く言葉は掠れていた。

 

「かぐや、何も出来ない。助けたい人がいても、何も出来ない」

 

 ウミウシだから。

 走れない。戦えない。人を運べない。火を消せない。

 ただ見ていることしか出来ない。

 長い長い年月を生きてきても。

 大切な誰かが死ぬ時には。

 何も出来ない。

 それがたまらなく悔しかった。

 

 若者はしばらく黙っていた。

 窓の向こうでは、夕暮れが少しずつ大坂の町を染め始めている。

 西へ傾いた陽光は赤みを帯び、遠く見える大坂城の白壁を淡く照らしていた。

 

 かぐやは俯いたままだった。

 籠の中で小さく身体を丸め、触角を力なく垂らしている。

 普段の彼女なら、じっとしていることなどまずない。

 何かを見付けてははしゃぎ、何かを思い付いては騒ぎ、興味の赴くままに動き回る。

 だからこそ、その姿は痛々しかった。

 自分では何も出来ない。

 その無力感が、小さな身体を押し潰しているようだった。

 若者は窓の外へ視線を向けたまま、ぽつりと口を開く。

 

「本当にそうかな」

 

 かぐやが顔を上げる。

 涙で濡れた瞳が、何を言われたのか分からないというように瞬いた。

 

「淀姫は何でかぐやと友達になったんだろうね」

「……え?」

 

 予想もしていなかった問いだったのだろう。

 かぐやはきょとんとする。

 

「かぐやは戦えないし、走れないし、火も消せない」

 

 そこで少しだけ笑う。

 

「──そもそもウミウシだし」

「ひどい」

「かぐやがたまにこうやって自虐してこっちの反応を面白がることがあるから、ちょっとした意趣返しだよ」

 

 かぐやはむぅ、と身体を揺らす。

 言い返したい。

 だが言い返せない。

 残念ながら全部本当だからだ。

 その様子が少しだけ可笑しくて、若者は小さく笑った。

 そして今度は窓辺へ寄り掛かるようにして続ける。

 

「でも、そんなへんてこりんな友達だから良かったんじゃない?」

 

 静かな声だった。

 説得するような声ではない。

 励ますために無理やり明るくした声でもない。

 

 ただ、当たり前のことを口にするような穏やかな声音だった。

 かぐやは涙で濡れた瞳をぱちりと瞬かせる。

 宿の窓から差し込む夕陽が、白い身体を淡く染めていた。

 障子越しの光は柔らかいのに、胸の奥へ溜まった重苦しさだけは少しも軽くならない。

 若者は窓の外へ視線を向けたまま続けた。

 

「かぐやにしか出来ないことだって、あったはずだ」

 

 その言葉に、かぐやの触角が僅かに揺れた。

 思い返す。

 春の日の庭園。

 池の水面へ散る桜。

 風に揺れる柳。

 縁側へ腰掛けて笑う幼い姫君。

 記憶の中のはずなのに、その光景だけは不思議なほど鮮やかだった。

 

「淀姫に未来の話を聞かせたのは誰?」

 

 若者の問い掛けは穏やかだった。

 責めるでもなく、試すでもなく、ただ記憶を辿らせるような問いだった。

 

「……かぐや」

 

 小さく答える。

 

「月の話をしたのは?」

「かぐや」

「空飛ぶ鉄の箱とか、顔を見ながら話せる箱とか、そんな与太話を聞かせたのは?」

 

 かぐやの脳裏に、あの日の淀姫の笑顔が浮かんだ。

『それはもう妾の知る世界の外ではないか』

 そう言って楽しそうに笑っていた顔。

 信じていないくせに、次の日になると続きを聞きたがった顔。

 未来の話を聞くたびに、少しだけ遠くを見るようになった横顔。

 

「……かぐや」

「それだよ」

 

 若者は微かに笑った。

 夕暮れの光が横顔を照らし、その表情を少しだけ柔らかく見せる。

 

「そんな変な友達、かぐやにしか出来ない」

 

 少し間を置いて。

 

「かぐやじゃなきゃ出来なかった」

 

 かぐやは黙る。

 言葉が出てこない。

 胸の奥がじわりと熱くなる。

 自分は何も出来なかった。

 そう思っていた。

 戦えない。走れない。人を背負って逃げることも出来ない。火を消すことも出来ない。

 

 けれど。

 本当に何も無かったのだろうか。

 淀姫が笑っていた時間。

 未来を夢見ていた時間。

 戦国の世という鳥籠の中で、ほんの少しだけ外の世界へ思いを馳せていた時間。

 

 それは確かに存在していた。

 そして、その時間を作ったのは自分だった。

 若者はそんな彼女の沈黙を急かさなかった。

 宿の外では風が吹いている。

 遠くの陣から聞こえてくる太鼓の音。

 馬のいななき。

 兵たちの怒号。

 世界は確実に戦へ向かっているのに、この小さな部屋だけは不思議と静かだった。

 

「だからさ」

 

 若者が言う。

 

「かぐやは、かぐやの思うままに動けばいい」

 

 その言葉は風みたいだった。

 無理に背中を押すでもなく。

 無理に立ち上がらせるでもなく。

 ただ、立ち止まった人の肩から余計な荷物を降ろしていくような。

 

「助けられなくても、会いに行けばいい」

 

 かぐやは顔を上げる。

 若者はまだ窓の外を見ていた。

 

「友達なんでしょ?」

 

 夕陽に照らされた横顔は穏やかだった。

 まるで、それだけで十分だと言うように。

 かぐやは何も答えなかった。

 答えられなかった。

 けれど。

 さっきまで力なく垂れていた触角が、ほんの少しだけ持ち上がる。

 

 それは春先の芽吹きにも似た、本当に小さな変化だった。

 若者はそれを見て、ようやく腰を上げた。

 膝へ置いていた湯呑を脇へ寄せ、静かに立ち上がる。

 畳が小さく軋んだ。

 

「ちょっと出かけてくる」

 

 かぐやが顔を上げる。

 

「どこに行くの?」

 

 若者は少しだけ考えるような顔をした。

 そして肩を竦める。

 

「私は私の出来ることを果たしに、かな」

 

 それだけだった。

 それだけなのに。

 かぐやには分かってしまった。

 

 長い付き合いだった。

 何百年という時間を共に過ごしてきた。

 だから分かる。

 この人はもう決めている。

 かぐやの代わりに。

 自分には出来ないことをするために。

 

 炎の中へ向かおうとしている。

 胸の奥がきゅっと痛んだ。

 嬉しかった。

 どうしようもなく。

 でも同じくらい申し訳なかった。

 

 まただ。

 また自分は、この人に無茶をさせる。

 何度も何度も助けてもらっている。

 それなのに、自分は何も返せていない気がした。

 

「……ごめん」

 

 思わず零れた声は小さかった。

 風へさらわれてしまいそうなほど。

 若者は振り返る。

 そして困ったように笑った。

 

「そんな顔しない」

 

 いつもの笑い方だった。

 肩の力が抜けるような。

 安心してしまうような。

 

「かぐやの感謝があると頑張れるから」

 

 かぐやは目を瞬く。

 若者は戸口へ向かいながら続けた。

 

「だから戻ったら」

 

 障子の向こうから差し込む夕陽が、その背中を赤く染める。

 まるでこれから向かう運命を暗示するみたいな色だった。

 それでも本人は気にした様子もなく。

 いつものように。

 本当にいつものように笑った。

 

「かぐや印の花丸を貰えると嬉しいかな」

 

 宿の中へ風が吹き込む。

 かすかに揺れた障子が音を立てた。

 その風はどこか春の日を思わせた。

 淀姫と笑い合っていた庭園の風を。

 未来の話に目を輝かせていた少女の時間を。

 かぐやは胸の奥で何かが少しだけ軽くなるのを感じた──




・いろPのKASSEN戦闘力
 原作よりかなり上達している。
 帝鬼ぃちゃんとわりと比肩できるくらい。
 15連続ジャスガは運が左右するが8~9連続位はコンスタントにジャスガできるらしい。
 超かぐや姫の超担当。

・かぐやのお肌レベル
 ぷりんぷりんの赤ちゃんお肌。
 お水をパーンッと弾く。

・淀姫
 たぶんかぐやがウミウシでなかったらEx-YOtogibanashiするくらいにかぐやを気に入っている。

・ヤチヨカップでの別名義参加
 たぶんIDかなんかで紐づいているから別名義のチャンネルに参加しても『イロ』の元からのファンがかぐや&いろPチャンネルに登録してもカウントされない。
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