私の最推しがクラスメイト?! ガチ恋なのをいいことに好き放題やられてるんですが、この超性格の悪いVTuberからどうやって逃げればいいですか.....?   作:顔のない女

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第10話 Vtuberは頭がおかしい 

 そしてマ◯クでの食事が終わり、私達は外へと出た。

 流石に帰宅の時間なので、仕事終わりの人が多く、人がいっぱい歩いている。

 見るだけで中々嫌な気分になる光景だ。

 

 スマホを取り出して確認すると、時刻は17時22分。

 西の空はまだ明るいが、ビルの影が伸び、街全体が夜へと傾き始めていた。

 

 隣を歩く月宮さんは、ストローを咥えたまま、ジュースをゆるく揺らしている。

 その姿を横目に見ながら、胸の奥にひっかかっていた疑問が、我慢できずに言葉になった。

 

「……ひとつ、聞いてもいいですか?」

「ん〜?」

 

 月宮さんはストローの先を咥えたまま、視線だけをこちらに寄越す。

 

「どうして私なんかに、そんなに固執するのかなって思いまして……」

 

 初めての出会いがアレなせいで、興味がそそられるのは別に分かる。

 でも、ここまで親身になる理由が分からない。

 なのでちょっとした興味感覚で知りたかった。

 

 月宮さんは少しだけ歩みを緩めた。

 カップを唇から離し、視線を前に戻したまま、静かに言った。

 

「なんでだろうね」

 

 いつもの明るさとは違う、低くて柔らかい声だった。

 

「今の茜ちゃんが、昔の私に少しだけ似てるのと……たぶん、私も熱が欲しかったから、かな。分かんないけど」

 

 ……風が吹き抜けた。

 夕暮れの風に乗って、彼女の髪が少し揺れる。

 その横顔はどこか遠くを見ているようで、ほんの一瞬、私の知らない“月宮さん”がそこにいた。

 

 ――これ以上、踏み込んではいけない気がした。

 言葉が続かず、代わりに喉の奥で小さく息を飲む。

 

 月宮さんはハッとしたようにこちらを振り返り、笑顔を取り戻した。

 

「茜ちゃん!私の話なんかしてたら、またバスに乗り遅れちゃうよ!」

「あー、そうですね」

 

 一度目に乗り遅れたのはあなたのせいです、と言いたかったが、ぐっと堪えた。

 ここで言えば、また余計にこじれる。

 

「ではここら辺でさよならにしましょう」

「うん、また明日!」

「はい、また明日」

「学校には絶対に来るんだよー!」

「はいはい」

 

 そう返すと、月宮さんは人波の中に紛れていった。

 小さく手を振る姿が、夕焼けに溶けて見えなくなる。

 

 背を向けると、街の喧騒が一段と耳に刺さった。

 アスファルトを踏むたび、靴底に伝わる冷たい感触。

 バス停へ向かう足取りの奥で、私は考えていた。

 

 月宮さんは、いったい何を思っているのだろう、と。

 

 彼女の様子は今日の授業中でしか見れていないけど、月宮さんは友達関係で別に困ってないようにも見える。

 ――いや、これは過小評価しすぎたかもしれない。

 彼女は言ってしまえばクラスの人気者だ。

 それは今日一日だけ様子を見ているだけで分かる。

 人との関わり方からして、圧倒的に格上なのだ……彼女は。

 

 だから普通に考えたら私なんか必要ないはずなんだけど、彼女は私に学校へ来て欲しいと言ってくる。

 

 この理由は一体なんなのだろう?

 もしかしたら『人は利益無しに行動しない』と私が勝手に思っているだけで、実は月宮さんは本当に優しいだけの人だったりするのだろうか?

 分からない……

 

 バス停の方へ視線を向けると、既にバスが停まっていた。

 車体の側面を滑る夕陽が眩しい。

 発車まで、まだ五分。

 運転手がハンドルの向こうでぼんやり外を眺めている。

 

「はぁ……バスに乗る前に、お母さん達に御夕飯を作るのが少し遅れるって連絡しないと……」

 

 ブレザーのポケットからスマホを取り出し、指先で画面をスワイプする。

 その瞬間――

 

()()()()

「へ――?」

 

 シオンちゃんの声に反応した時には、もう遅かった。

 

 振り向くよりも早く、背後から回された腕が私を捕らえた。

 ふわりと、月宮さんのものだと分かる甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 抵抗する間もなく、私は彼女の細い腕の中に羽交い締めにされていた。

 

「ちょっ、月宮さん!?なにして……!」

「朝のキスの時、私だけが熱くなってて、あんたは別にって顔してたの、正直かなり気に入らないんだよね」

「何を言ってるんですか!? 知りませんよ、そんなこと! 早く離してください!、バスが……!」

 

 バスが行ってしまう。

 その焦りと、背後から顔を隠すように私を拘束する月宮さんの体温が、私のパニックを煽る。

 彼女が顔を見せないようにしているということは、私に何か良からぬことを仕掛ける気満々な証拠だ。

 ここはどうにか力づくでも逃げないと……!

 

「アレで終わるのは癪だし、吸血鬼系Vtuberとして技術をみせてあげるよ」

「待って!本当に待――」

 

 私の懇願は首筋に触れた生温かい吐息によって遮られた。

 月宮さんが私の首元に顔を埋める。

 そして、鋭い痛みが走った。

 

 月宮さんが口を開き、私の首、鎖骨のすぐ上あたりに、牙を立てるようにして噛みついたのだ。

 それはただの甘噛みではなかった。

 血が出ないそのギリギリのラインで、皮膚を突き破らんとする勢いで、月宮さんの歯が私の肉にジリジリと食い込んでいく。

 骨にまでその刺激を刻みつけるかのように。

 

 だけどその鋭利な痛みは、私の脳内で不快感として処理されることはなかった。

 

「んんんぅぅぅ――」

 

 両手で必死に自分の口を押さえ、みっともない声が漏れるのを堪えた。

 

 もし他の人が相手なら不快感で死にたくなりそうな出来事でも、これは――この行為は相手がシオンちゃんとして私の脳内に補完される。

 

 気持ち良くないはずがなかった。

 

 頭が真っ白に染め上げられ、思考が熱で溶けていく。

 背骨を電流のような快感が駆け上がり、全身から急速に力が奪われていった。

 

「ふっ……ぅ、くぅぅ…………」

 

 全身の力が抜け、立っていることさえままならない。

 私はその場に崩れ落ちるように、アスファルトの上に膝をついた。

 それと同時に月宮さんは満足したのか、私の首からゆっくりと歯を抜いた。

 

 拘束が解かれ、私は荒い息を繰り返す。

 

「……良い顔してるね」

 

 月宮さんは私の背後から回り込み、崩れた私の目の前に立ちはだかった。

 視界に彼女の靴のつま先が映り込む。

 

「どう? 私のガチ恋ならこれはよく効くんじゃない?」

 

 見下ろしてくるその声は、悪戯が成功した子供のように弾んでいた。

 

「…………月宮さん……貴女は頭がおかしいですよ。周りに……これだけの人が歩いてるのに、噛みついてくるなんて……」

 

 まだ熱が引かない身体のまま、私はかろうじて言葉を紡ぐ。

 彼女に放ったこの言葉は非難というより、ほとんど喘ぎに近かったかもしれない。

 

「Vtuberは頭のネジが外れてるくらいの方が大成するんだよ。それに茜ちゃんは、そんな私の事が大好きだもんね?」

 

 月宮さんは楽しそうにそう言うと、膝をついたままの私の顎に、すらりとした指を伸ばしてきた。

 冷たい指先が肌に触れ、強制的に顔を上向かされる。

 逃れることのできない距離で、勝ち誇ったような彼女の紫紺の瞳と視線が絡み合った。

 

「ほら。生意気な事を言う割に、顔と体は正直みたい」

 

 唇の端を上げて笑うその顔が、どうしようもなく癪に障る。

 私は心の底からの苛立ちを込めて、その完璧な美貌を睨みつけた。

 

「その顔、私は結構好きだよ」

「だっ、黙って下さい! ……それに私が好きなのは月宮さんじゃなくてシオンちゃんです。何度も言わせないでください……」

「うん、そうだね」

 

 月宮さんは私の抵抗をあっさりと受け流すと、まるで壊れ物を慈しむかのように、指先で私の頬をそっと撫でた。

 そして、名残を惜しむでもなく、ぱっと手を離す。

 

 一歩、彼女が後ろに下がる。

 

「あははっ!――じゃあ今度こそ、また明日!」

 

 嵐のように現れた時と同じくらい、あっさりと彼女は踵を返した。

 ひらりと翻ったスカートの裾と、夕暮れの雑踏に溶けていくその後ろ姿を、私はただ呆然と見送ることしかできない。

 

 ふと我に返ってバス停へ視線を向けると、赤いテールランプが遠ざかっていくところだった。

 

 ……また乗り過ごしてしまったようだ。

 

「……はぁ。今日だけで本当に色々と濃すぎる1日ですよ、これ」

 

 私は誰に言うでもなくそう呟き、恐る恐る噛まれた場所に自分の指で触れる。

 そこは彼女の唾液で微かに湿っており、生々しい熱を帯びていた。

 幸い、制服の襟に血の染みはついていない。

 どうやら本当に出血する寸前で、彼女は止めてくれたらしい。

 

 それでもジンジンと脈打つような痛みが、まるで彼女が残した刻印のように主張している。

 

 ――その熱はしばらく、私の身体から消えてはくれないだろう。

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