私の最推しがクラスメイト?! ガチ恋なのをいいことに好き放題やられてるんですが、この超性格の悪いVTuberからどうやって逃げればいいですか.....? 作:顔のない女
そしてマ◯クでの食事が終わり、私達は外へと出た。
流石に帰宅の時間なので、仕事終わりの人が多く、人がいっぱい歩いている。
見るだけで中々嫌な気分になる光景だ。
スマホを取り出して確認すると、時刻は17時22分。
西の空はまだ明るいが、ビルの影が伸び、街全体が夜へと傾き始めていた。
隣を歩く月宮さんは、ストローを咥えたまま、ジュースをゆるく揺らしている。
その姿を横目に見ながら、胸の奥にひっかかっていた疑問が、我慢できずに言葉になった。
「……ひとつ、聞いてもいいですか?」
「ん〜?」
月宮さんはストローの先を咥えたまま、視線だけをこちらに寄越す。
「どうして私なんかに、そんなに固執するのかなって思いまして……」
初めての出会いがアレなせいで、興味がそそられるのは別に分かる。
でも、ここまで親身になる理由が分からない。
なのでちょっとした興味感覚で知りたかった。
月宮さんは少しだけ歩みを緩めた。
カップを唇から離し、視線を前に戻したまま、静かに言った。
「なんでだろうね」
いつもの明るさとは違う、低くて柔らかい声だった。
「今の茜ちゃんが、昔の私に少しだけ似てるのと……たぶん、私も熱が欲しかったから、かな。分かんないけど」
……風が吹き抜けた。
夕暮れの風に乗って、彼女の髪が少し揺れる。
その横顔はどこか遠くを見ているようで、ほんの一瞬、私の知らない“月宮さん”がそこにいた。
――これ以上、踏み込んではいけない気がした。
言葉が続かず、代わりに喉の奥で小さく息を飲む。
月宮さんはハッとしたようにこちらを振り返り、笑顔を取り戻した。
「茜ちゃん!私の話なんかしてたら、またバスに乗り遅れちゃうよ!」
「あー、そうですね」
一度目に乗り遅れたのはあなたのせいです、と言いたかったが、ぐっと堪えた。
ここで言えば、また余計にこじれる。
「ではここら辺でさよならにしましょう」
「うん、また明日!」
「はい、また明日」
「学校には絶対に来るんだよー!」
「はいはい」
そう返すと、月宮さんは人波の中に紛れていった。
小さく手を振る姿が、夕焼けに溶けて見えなくなる。
背を向けると、街の喧騒が一段と耳に刺さった。
アスファルトを踏むたび、靴底に伝わる冷たい感触。
バス停へ向かう足取りの奥で、私は考えていた。
月宮さんは、いったい何を思っているのだろう、と。
彼女の様子は今日の授業中でしか見れていないけど、月宮さんは友達関係で別に困ってないようにも見える。
――いや、これは過小評価しすぎたかもしれない。
彼女は言ってしまえばクラスの人気者だ。
それは今日一日だけ様子を見ているだけで分かる。
人との関わり方からして、圧倒的に格上なのだ……彼女は。
だから普通に考えたら私なんか必要ないはずなんだけど、彼女は私に学校へ来て欲しいと言ってくる。
この理由は一体なんなのだろう?
もしかしたら『人は利益無しに行動しない』と私が勝手に思っているだけで、実は月宮さんは本当に優しいだけの人だったりするのだろうか?
分からない……
バス停の方へ視線を向けると、既にバスが停まっていた。
車体の側面を滑る夕陽が眩しい。
発車まで、まだ五分。
運転手がハンドルの向こうでぼんやり外を眺めている。
「はぁ……バスに乗る前に、お母さん達に御夕飯を作るのが少し遅れるって連絡しないと……」
ブレザーのポケットからスマホを取り出し、指先で画面をスワイプする。
その瞬間――
「
「へ――?」
シオンちゃんの声に反応した時には、もう遅かった。
振り向くよりも早く、背後から回された腕が私を捕らえた。
ふわりと、月宮さんのものだと分かる甘い香りが鼻腔をくすぐる。
抵抗する間もなく、私は彼女の細い腕の中に羽交い締めにされていた。
「ちょっ、月宮さん!?なにして……!」
「朝のキスの時、私だけが熱くなってて、あんたは別にって顔してたの、正直かなり気に入らないんだよね」
「何を言ってるんですか!? 知りませんよ、そんなこと! 早く離してください!、バスが……!」
バスが行ってしまう。
その焦りと、背後から顔を隠すように私を拘束する月宮さんの体温が、私のパニックを煽る。
彼女が顔を見せないようにしているということは、私に何か良からぬことを仕掛ける気満々な証拠だ。
ここはどうにか力づくでも逃げないと……!
「アレで終わるのは癪だし、吸血鬼系Vtuberとして技術をみせてあげるよ」
「待って!本当に待――」
私の懇願は首筋に触れた生温かい吐息によって遮られた。
月宮さんが私の首元に顔を埋める。
そして、鋭い痛みが走った。
月宮さんが口を開き、私の首、鎖骨のすぐ上あたりに、牙を立てるようにして噛みついたのだ。
それはただの甘噛みではなかった。
血が出ないそのギリギリのラインで、皮膚を突き破らんとする勢いで、月宮さんの歯が私の肉にジリジリと食い込んでいく。
骨にまでその刺激を刻みつけるかのように。
だけどその鋭利な痛みは、私の脳内で不快感として処理されることはなかった。
「んんんぅぅぅ――」
両手で必死に自分の口を押さえ、みっともない声が漏れるのを堪えた。
もし他の人が相手なら不快感で死にたくなりそうな出来事でも、これは――この行為は相手がシオンちゃんとして私の脳内に補完される。
気持ち良くないはずがなかった。
頭が真っ白に染め上げられ、思考が熱で溶けていく。
背骨を電流のような快感が駆け上がり、全身から急速に力が奪われていった。
「ふっ……ぅ、くぅぅ…………」
全身の力が抜け、立っていることさえままならない。
私はその場に崩れ落ちるように、アスファルトの上に膝をついた。
それと同時に月宮さんは満足したのか、私の首からゆっくりと歯を抜いた。
拘束が解かれ、私は荒い息を繰り返す。
「……良い顔してるね」
月宮さんは私の背後から回り込み、崩れた私の目の前に立ちはだかった。
視界に彼女の靴のつま先が映り込む。
「どう? 私のガチ恋ならこれはよく効くんじゃない?」
見下ろしてくるその声は、悪戯が成功した子供のように弾んでいた。
「…………月宮さん……貴女は頭がおかしいですよ。周りに……これだけの人が歩いてるのに、噛みついてくるなんて……」
まだ熱が引かない身体のまま、私はかろうじて言葉を紡ぐ。
彼女に放ったこの言葉は非難というより、ほとんど喘ぎに近かったかもしれない。
「Vtuberは頭のネジが外れてるくらいの方が大成するんだよ。それに茜ちゃんは、そんな私の事が大好きだもんね?」
月宮さんは楽しそうにそう言うと、膝をついたままの私の顎に、すらりとした指を伸ばしてきた。
冷たい指先が肌に触れ、強制的に顔を上向かされる。
逃れることのできない距離で、勝ち誇ったような彼女の紫紺の瞳と視線が絡み合った。
「ほら。生意気な事を言う割に、顔と体は正直みたい」
唇の端を上げて笑うその顔が、どうしようもなく癪に障る。
私は心の底からの苛立ちを込めて、その完璧な美貌を睨みつけた。
「その顔、私は結構好きだよ」
「だっ、黙って下さい! ……それに私が好きなのは月宮さんじゃなくてシオンちゃんです。何度も言わせないでください……」
「うん、そうだね」
月宮さんは私の抵抗をあっさりと受け流すと、まるで壊れ物を慈しむかのように、指先で私の頬をそっと撫でた。
そして、名残を惜しむでもなく、ぱっと手を離す。
一歩、彼女が後ろに下がる。
「あははっ!――じゃあ今度こそ、また明日!」
嵐のように現れた時と同じくらい、あっさりと彼女は踵を返した。
ひらりと翻ったスカートの裾と、夕暮れの雑踏に溶けていくその後ろ姿を、私はただ呆然と見送ることしかできない。
ふと我に返ってバス停へ視線を向けると、赤いテールランプが遠ざかっていくところだった。
……また乗り過ごしてしまったようだ。
「……はぁ。今日だけで本当に色々と濃すぎる1日ですよ、これ」
私は誰に言うでもなくそう呟き、恐る恐る噛まれた場所に自分の指で触れる。
そこは彼女の唾液で微かに湿っており、生々しい熱を帯びていた。
幸い、制服の襟に血の染みはついていない。
どうやら本当に出血する寸前で、彼女は止めてくれたらしい。
それでもジンジンと脈打つような痛みが、まるで彼女が残した刻印のように主張している。
――その熱はしばらく、私の身体から消えてはくれないだろう。