人とはこの世で最も醜悪な獣の総称である。 作:顔のない女@人外ものしか書けない人
山道を少し下ったところで捕まえたタクシーに揺られ、私たちは詩音さんのマンションへと帰還した。
リビングのソファに二人で深く身を沈める。
時刻は20時を回り、窓の外は濃密な夜の色に塗り潰されていた。
「あー、疲れたぁ」
「そうですね、今日は本当に疲れました」
「でも楽しかった!」
「まぁ……はい」
私は肺に残っていた祭りの熱を吐き出すように立ち上がる。
「どうしたの?」
「お風呂を沸かしてきます。いい加減この浴衣も脱ぎたいですし」
「え〜、勿体ない。可愛いから今日はそのままでいてよ」
「嫌です。邪魔だしこのままだと汚しちゃいそうですから」
一歩踏み出そうとした刹那、背後から詩音さんの温かい体温が押し付けられた。
「なんのつもりですか?」
「部屋……いこ?」
「……怖いんですけど、何もしませんよね?」
「神様に誓って何もしないよ。茜とはもう少しゆっくりお話したいな〜って思っただけ」
そんなのは充分してるし、お風呂の後でもいい気がする。
けど、詩音さんと一緒にいたい気持ちは確かなので、断る理由もあまりない。
浴衣の窮屈さには目を瞑ろう。
暑くなればその時に考えればいい。
「おねがい」
詩音さんは子供のように、そうせかしてくる。
「……分かりました」
促されるままに、私たちはいつもの配信部屋へと移動した。
私が先にベッドの端へ腰を下ろすと、シーツが微かに衣擦れの音を立てる。
直後。
「ド〜ンッ!」
「わっ……」
間の抜けた掛け声と共に、迷いのない力が私の肩を突き、視界が大きく揺らぐ。
背中にシーツの感触を覚えた時には、詩音さんはすでに私の真上に覆い被さっていた。
「あの……?」
「茜のその格好。今日会った時からずっと、すっごいエッチだな〜、って思ってたんだ」
覗き込んでくる彼女の瞳は、冗談めかした口調とは裏腹にとてもギラついていた。
獲物を追い詰めた肉食獣のような、鋭い光だ。
「ねぇ――襲っちゃっていい?」
「はぁ?!」
彼女は私の両肩をシーツへと縫い止めるように、全体重を預けてくる。
「何もしない、なんて神様に誓ったのはどこの誰ですか!?」
私は無意味な抵抗と知りつつ、覆いかぶさる彼女の肩を押し返そうと、もどかしい掴み合いを演じた。
「あんな顔とそのエッチな服装で『家に泊まりたい』って言われたら、普通にシたくなっちゃうじゃんっ!!それに茜だって本当は期待してたでしょっ!!」
「…………考えもしてませんでした」
「え〜〜〜、うそぉ?」
詩音さんはつまらなそうに眉を寄せ、唇を尖らせた。
でもそんな子供じみた不貞腐れも一瞬のこと。
彼女はすぐに、どこか破滅的な色気を孕んだ笑みに戻る。
「けどっ! 茜はなんでも言うことを聞くんだから、そういうのも喜んで引き受けるべきだよね」
「その権利はさっきので失効済みですよ」
「細かいことは気にしないで! どうせ茜も途中でノリノリになるんだから」
否定しようとして言葉が喉の奥でつかえた。
極めて不本意ではあるが、前回のあの皮膚が溶け合うような夜を思い返せば、彼女の指摘を真っ向から拒絶しきれない自分がいる。
「仲直りの記念エッチ――しよ?」
その甘ったるい誘惑に、私は結局抗う術を捨てて肩の力を抜いた。
無防備に横たわる私を見て、詩音さんは勝利を確信したような笑みを深める。
「抵抗をやめたってことは、OKってことでいいんだよね」
「……シャワー浴びてきていいですか?」
「ダメ。今の熱が冷めちゃう」
有無を言わさぬ意思に、私は溜息を吐く他なかった。
彼女もしっかり獣をしているようだ。
だが、この性欲に抗えきれない私も、やっぱり獣である。
「いいですよ。しましょう」
「いぇいっ!」
詩音さんは意気揚々と私に全体重を預けてきた。
すべすべの肌が密着し、彼女の独占欲が耳元で熱を帯びようとした、その刹那。
「へ?」
「ただ、今回攻めに回るのは私です」
私は体を変質させて、背中から出した2本の触手で詩音さんの四肢を捕らえ、そのまま宙へと無慈悲に吊り上げた。
「な、なんでぇぇぇええええっっ?!?!」
「夜中こそ私の領分ですよ。いつも人間状態で抵抗しないと思ったら大間違いです」
混乱に目を見開く彼女を、私は逃げ場のないベッドへと優しく叩きつける。
更に触手の先端を瞬時に鋭利な刃へと変質させ、彼女の纏う服を、羽虫の羽をもぐような残酷な正確さで引き裂いていく。
一瞬にして、彼女の服は無惨な端切れへと成り果て、その白い肢体が夜の闇に剥き出しとなった。
私は震える彼女を見下ろし、この上なく晴れやかな――それでいて底の知れない笑顔で拳を固める。
「前回はよくも私の尊厳を破壊してくれましたね。認めたくないですけど、あの時は気持ち良すぎ死んじゃうかと思いましたよ」
「あっ、茜さん……ここは一旦落ち着いておかない?」
詩音さんは引き攣った苦笑いを浮かべ、シーツを掴んで後退しようとする。
その浅ましい足掻きを、私が許すはずもない。
私は逃げ道を塞ぐように触手で彼女の足首を固定し、組み伏せた。
「なので今夜はその分を、きっちり利子付きでお返ししてあげます」
「ごめんっ!! 謝るから! 私が悪かったから許してっ! 私がサれる側っていうのは受け入れられないっていうか、なんか屈辱的だし……」
「それは奇遇ですね。あの日の私も同じ気持ちでしたよ」
「じゃあ――」
彼女は可哀想な子犬のような瞳で、なりふり構わず私に媚びてくる。
その無垢を装ったお願いは、今の状況ではあまりに滑稽で、同時に私の加虐心をこれ以上なく煽り立てた。
「残念ながら手を抜くつもりはありません。今回は化物としての力をふんだんに使って、詩音さんを犯し尽くしてやりますから、頑張って耐えてくださいねっ♪」
私は逃れられない現実を、死刑宣告のように突きつけた。
「あかねぇぇぇぇぇえええええっっ!!!!!」
その後、詩音さんはあらゆる抵抗を無力化され、私の指先に、舌に、そして触手の一つひとつに徹底的に翻弄されることとなった。
やがて窓から朝日が差し込むその時まで。
あの傲慢な詩音さんが、誇りも自尊心もかなぐり捨て、ただの一人の無力な少女として惨敗していく様を。
私はそのすべてを、一滴も零さぬよう心ゆくまで楽しませてもらった。