私の最推しがクラスメイト?! ガチ恋なのをいいことに好き放題やられてるんですが、この超性格の悪いVTuberからどうやって逃げればいいですか.....? 作:顔のない女
私は今日も朝早くから学校に向かい、すぐに教室へと急いだ。
朝早くから学校に向かう理由は、人が少ない時間帯に机に荷物を置いて、後から来た人から話しかけられないようにし、さっさと教室から退散する。
そして授業開始前寸前にまた教室に戻るという、普通に考えれば無駄な行為を、私は進んでしたいからだ。
私はこの手順を踏まないと、学校生活などやってられない。
特に朝に教室入ると、既に色んな人がクラス内でおしゃべりしているという状況が、気持ち悪くて無理だ。
そんな教室に、登校したばかりの私が入ってくると、目立ってしまうのではないかという恐怖がある。
……本当に嫌だ。
私は鞄の重さを持ち直して、廊下の角を曲がる。
そして扉を開けた瞬間――思わず足が止まった。
「んー……?」
窓際の席に、一人。
机に突っ伏したままの女の子が、ゆるやかに顔を上げた。
乱れた前髪の隙間からのぞいた眠たげな瞳が、光を反射して揺れる。
「月宮さん、早いんですね。学校に来るの」
「それはお互い様じゃん」
月宮さんは欠伸混じりに笑った。
「まぁ、茜ちゃんが昨日みたいに早く学校に来るんじゃないかと思って、期待してたのもあるけどね」
その言葉が、冗談にしては温度がありすぎて、うまく笑えなかった。
「……なんですか、それ」
私は適当に返事しながら、バッグを教室の自分のロッカーに入れて、月宮さんの席の窓際の壁に、私は自分の背を預けた。
教室から出る前に、少しの時間を彼女と過ごしたいと思ったから。
「……遠くない? なんでそんな離れたところに立ってるの?」
「いや……別に普通の距離だと思いますよ」
なんというか、彼女との距離感は考えなければならないと思う。
月宮さんが本当にただの一般人で且つ、県内にいる私の唯一の友人となれば、たぶんドップリと私は彼女に沼って依存していたような気もする。
それこそ、今の私のシオンちゃんに対する感情のように。
だけど彼女は普通の人なんかじゃなくて、中身はシオンちゃんとしての側面もあるのだ。
そう考えると眩しすぎて近づき難い。
なんなら正直縁を切った方が良い可能性も、頭の中で少しよぎっている。
……月宮さんが一般人だったら、手放しで喜べたのに、なんでこんなことになるのやら。
「そっちから私に『近くにいて欲しい』ってお願いしてきたくせに、どうして距離をとっちゃうのかなぁ」
「別にそうするのが嫌なら、嫌って言ってくれていいですよ。喜んで退学するので」
「あぁもうっ!そんなこと言ってないし、思ってない!!」
彼女は勢いよく声を上げ、足をぶらぶらと揺らした。
「もっとこっち近づいて!」
「いえ……私は図書室に行くので……」
「図書室? 何言ってるか分かんないけど、今やっておきたい事があるから、早く私に近づいてくれない?」
「…………」
彼女はどうにも眠いのか、自分からは動きたがらないし、少しだけイライラしている様子だ。
確か昨日はアーカイブを見る限り、シオンちゃんの配信が夜中の2時まで続いていたはず。
だからだろう。
月宮さんは今とても眠くて怠いのだ。
私は月宮さんが座っている席に近づいた。
「ん」
彼女はそう言いながら頭を突っ伏した状態でスマホを握りしめた右手を挙げた。
その画面にはLINEのアプリが立ち上げられていた。
「え、これをどうしろと?」
「……この前、会場内でLINEを交換したでしょ。あれ、実は仕事用のアカウントだったの」
「あー」
そういえば確かに、あの時はLINEの名前は天野シオンと書かれていた。
私は当初なりチャ用の名前だと自分を納得させていたが、結局はご本人様というオチに変わったんだった。
よく考えたら、あの名前で色んな友達や親と連絡を取っていたのだとしたらかなり頭がおかしいし、Vtuberがプライベート用と仕事用でスマホを分けているのは、他の切り抜き動画でもよく聞く話だ。
要するに、私の方が現実を理解できていなかったというだけ。
「だからもう一回プライベート用ので、茜ちゃんと友達になりたいなってこと」
「そういうことでしたか。では、月宮さんは眠そうなので、今回は私が登録しておきますね」
「そう?じゃあお願いしちゃおうかな」
彼女は小さく笑い、だらんと腕を伸ばして力を抜いた。
私はその手に握られたスマホへと指を伸ばす。
ほんの一瞬、彼女の指先が私の手の甲をかすめた。
体温がじんわりと染みて、皮膚の内側に滲みこんでいくようだった。
スマホを抜き取った瞬間、月宮さんは突っ伏した姿勢をやめ、すっと上体を起こした。
その動きが妙に滑らかで、どこか捕食者のような気配を帯びていた。
次の瞬間、彼女の両手が私の左手を包み込む。
「あの、えっと?」
「温かい。……良い手だね」
彼女の指が私の掌をなぞる。
指の節が擦れるたび、皮膚が柔らかく反応する。
……ちょっとくすぐったい。
「ふふふっ。ごめん、驚かせちゃった?」
「別にそんなですけど……」
「でも、茜ちゃん的にはご褒美になったんじゃない?」
「ご褒美?」
「だって私からシオン成分を求めてるんでしょ? なら、こういうスキンシップも大切なんじゃないかなって思って」
なるほど。
月宮さんは私のことを思って、私に触れてくれたわけか。
いらないお世話である。
「私は別に月宮さんに触られようが、何されようが嬉しくもなんとも思いません」
その瞬間、月宮さんの手が、まるで熱を失ったみたいにスッと離れていった。
掌に残った温もりが空気に溶けていく。
その消失が妙に惜しく感じて――自分で言ったくせに、少しだけ後悔した。
「ふーん。じゃあさ、何をすれば茜ちゃんは喜ぶの?」
声が低く沈んでいる。
柔らかい口調の裏に、ほんのり苛立ちが滲んでいた。
「……何だったら嬉しい?」
その言葉を聞きながら、さっさとLINEの友達登録を済ませ、私は彼女のスマホを彼女の机に置いて返した。
「そうですね。う〜ん、一つ例を挙げるとすれば……」
「挙げるとすれば?」
「やっぱり月宮さんが耳元で『生きてて偉い! でも……シオンのために学校を辞めないでくれると、嬉しいかな……』って、Asmrの時の口調で、私に対して下手に出てくれると、私の心が燃え上がります」
「…………」
「そうすれば、私は『……仕方ないですね。シオンちゃんがそこまで言うなら、まだ暫く頑張らない事もないです』と、言葉を返せるので』
「へー……そうなんだ。そう言う感じなんだ」
月宮さんは小さく息を吐き、音も立てずに椅子を引いた。
彼女は立ち上がり、窓際まで歩いていく。
カーテン越しの陽の光が彼女の横顔を縁取って、髪の一本一本が金の糸みたいに輝いた。
「はい、そうなんです」
月宮さんは窓に肘を預けたまま、外の景色から視線を動かさなかった。
そしてそのまま、冷えた声でぽつりと呟く。
「私思うんだけどさ、茜ちゃんって本当にキモいよね。ガチ恋するとみんなそうなっちゃうのかな?」
「え、えぇ……?! いきなり酷すぎませんか!?」
「だってビックリするほど要求が気持ち悪かったし、なんかイラッとしたんだもん」
「私、結構傷つきますよ、それ! 全然退学できますからね、その発言!!」
息を荒げながら言い返す。
だけどそんな私の反応すら、彼女の中では想定の範囲なのだろう。
軽く鼻で笑われたような気がした。
……というか、月宮さん以外の誰かに言われようものなら、本当に今すぐこの場から消えている発言である。
「こんなんで退学なんてしようもんなら、本当に社会的に死んでもらうけど……大丈夫そ?」
「うぅ……厳しい」
そっちから質問してきたから、ただ返答しただけなのにこの返しは酷い。
私はちゃんと素直に、ありのまま答えただけだ。
まぁでも、確かに彼女の立場になって考えたら、結構気持ち悪かった発言かもしれない。
もし関係を築いてない誰とも知らないおじさんに、私が今したような発言をされれば、私はきっとすぐさま110番を押していたような気もする。
……うん、私はキモかった。
これは月宮さんにそう言われても仕方ない。
そんな私の内省を見透かしたように、月宮さんは深く溜息をついた。
そして、ほんの少し声のトーンを落として呟いた。
「……でも、茜ちゃんがそれを求めるなら、別にやってもいいかなぁ」
そう言いながら彼女は窓から肘を離し、ゆっくりとこちらを振り返った。
「え?」
「ほら、眼を瞑りなよ。私に『よしよし、いい子いい子』されたいんでしょ?」
さっきは嫌そうだったのに、何を考えてやろうと思い始めたのだろう。
わけがわからない。
でも、彼女は不機嫌そうな顔から、ちょっとニヤッとした顔になってるので、まぁたぶん機嫌は良くなったんだと思う。
なんでか分からないけど。
「はい、されたいです! よろしくお願いします!!」
そう言いながら、両手で両眼を覆った。
彼女の気配が近づいてくる。
靴底が床を踏む音が、まるで地面ごとこちらに迫ってくるようだった。
指先が微かに震える。
頬のあたりの空気が、わずかに温かい。
……これが立ちっぱではなく、ベッドの上だったら、どれほど良かっただろうと思わない事もない。
とはいえこれが許されるんだったら、もし、機会があれば、いつかリアルAsmrをやってもらうのも良いかもしれない。
眠る前に
考えただけで至福の時間だ。
……それにしても、まだ聞こえてこないのはどうしてだろうか。
「……あれ『生きてて偉い』はまだでs――」
その瞬間。
――パチンッ!
と、おでこに鋭い衝撃が走った。
皮膚の上で痛みが弾け、反射的に目を開く。
「痛ッッッた!!」
「あははははっ!」
視界の先で月宮さんが笑っていた。
腹を抱えて、肩を震わせて、悪戯が成功した時の子供のように。
その右手には、伸び切った輪ゴムを持っていた。
「…………最低ですよ、月宮さん! 乙女の純情を弄んだ挙句、ゴムパッチンなんてっ!」
私は額を抑えながら、涙目になりながら抗議したが……
「茜ちゃんのそれ。乙女の純情なんて言えるほど、高尚なものじゃないと思うけどね」
悪気が全くなさそうに、あっけらかんとした声で返された。
それでも不思議と怒る気になれないのは、一体なぜだろうか。
……まぁ、たぶん私が馬鹿だからなんだろうけど。
そう考えていた瞬間、月宮さんは何の前触れもなく私の右腕に自分の腕を絡めた。
柔らかい質感と体温が、制服越しに流れ込んでくる。
「ほら、図書室行くんでしょ。頭を押さえてないで、早く歩く!」
「わけわかんな過ぎますよ、ほんと……」
「茜ちゃんは純情を語る前に、ノンデリを治すのと友達心を察するのを覚えようね」
さらっと言いながら、彼女は組んだままの腕で私の二の腕を軽くつねった。
どうやらゴムパッチンだけでは、満足してくれなかったらしい。
「ひぇ〜……! 痛いですってば!」
抵抗しても、彼女は知らん顔で歩き出す。
私は引きずられるようにして廊下を進みながら、月宮さんの横顔を盗み見た。
それにしても――友達、か。
やっぱり難しいな、人と関係を作っていくって。
それに私が学校を退学するまでの道のりは、まだまだ遠いようだ。