私の最推しがクラスメイト?! ガチ恋なのをいいことに好き放題やられてるんですが、この超性格の悪いVTuberからどうやって逃げればいいですか.....? 作:顔のない女
このままでは階段から転げ落ちそう――そう思った矢先である。
「明日菜。もうやめなさい」
「ママ……」
「お母さんッ!? なんでここに……?」
振り向くと母が階段の直前で静かに立っていた。
半ば呆れ、半ば疲れきったような顔だ。
その眼差しが一瞬、私をかばうようにやわらいだように見えた。
「今の
「えー……」
明日菜は唇を尖らせ、渋々と手を離した。
解放された私はすぐさま逃げるように部屋へ戻り、扉を半開きにして二人の様子を覗く。
「でも、お姉ちゃんは自分だけ遊びに行こうとしてるんだよ? しかも学校に行く日なのに」
「別に良いじゃない。茜はいつも絶対に自分から出かけようとしなかったのよ? お買い物だってまだ付き添いアリじゃないと行ってくれないし……明日菜もお姉ちゃんに引っ張り出されるの、ウンザリしてたでしょ?」
「そうだけどさ……う〜ん」
妹の曖昧な返事を合図に、母の声がさらに続く。
「もしかしたら今日のお祭り?に行ったのを機に、自分から外に出てくれるようになるかもしれない。そう考えれば、明日菜が面倒な事をしなくて済むかもしれないし、学校にだって進んで行き出すかもしれない」
…………なんだここ、地獄か……?
二人の穏やかだけど、本当に厳しい現実を突きつけてくる会話を聞いているだけで、胸がぎゅうっと締めつけられる。
体中の血が凍るようで、背筋がぞくぞくと震えるような感じだ。
早く二人とも学校と仕事に行ってくれないかな?
本当にお願いだから。
「だからこれは未来の投資と考えましょ?」
「分かった」
「じゃあ、お母さんは仕事に行くからね。明日菜もちゃんと行くのよ」
「は〜い」
そう言ってお母さんは下に降りて行き、妹はこちらに振り向いた。
「お姉ちゃんもちゃんとそのイベントに行くんだよ、いい?」
「言われなくても。木・金・土・日、四日間まるまる泊まりで行ってきますし、楽しんできますよ」
言葉に出した瞬間、胸の奥がじんと熱くなった。
今回は四日間連続で開かれる大型イベントだ。
なので必然的にしっかり楽しむなら、4泊5日の泊まりで行かなければならない。
普段の私なら絶対に――ぜっったいに不可能だが、これは推し活のためでありシオンちゃんへの愛の力を試す場でもある。
弱腰になんてなってられないし、ホテルの予約も電話でしたのだ。
もう引き返すなんてことはできない。
というか自分で予約できた事に、自分で驚いてしまったほどだ。
「……お姉ちゃん」
明日菜の声が、ふいに現実へ引き戻す。
顔を上げると、彼女は真っ直ぐな目でこちらを見つめていた。
「まだ何か言いたいんですか?早く学校に行かないと遅刻しちゃいますよ?」
「気づいてないかもしれないけど……」
明日菜は少しだけ眉を下げて、まるで哀れむような声色で言い放つ。
「VTuberと“付き合う”なんて、普通は絶対に無理だからね? それにそんなことをしてたら、周りの人達に――」
その言葉の続きを、私は聞かなかった。
脳のどこかが反射的に拒絶していた。
あまりにその続きの言葉が予想出来すぎたせいだ。
パタンッと、私は力任せに開けていた戸を閉め切った。
「早く学校に行ってきて下さいッ!!」
……妹に言われるまでもなく分かっている。
VTuberと恋に落ちるなんて、現実ではありえない。
それに、こんな感情を抱いてる事を外の人達にバレたりしたら、とんでもない批難を浴びると思う。
私はその暴言の嵐に耐えられるメンタルをしてないし、みんながみんな言うように、架空の相手に恋するのは馬鹿らしいと、自分でも思わないわけでもない。
けど――それでも、恋をしてはいけない理由にはならないと思う。
私はスマホを強く握った。
「大丈夫……私は大丈夫。他人は関係ありません…………この数日間は、きっと最高の日になるんですから」
画面の中で笑うシオンちゃんが、まるで本当にこちらを見ているように思える。
現実で誰に触れられなくても、この視線ひとつで、私は救われてしまう。
もちろんわかっている。
あの笑顔の裏には“中の人”がいる。
もし三次元で会ったら――多分私は、彼女を“恋愛対象”としては見られないだろう。
だからこそ、この恋は純粋なのだ。
私が二次元の天野シオンちゃんという存在だけに捧げる、一途で壊れた愛。
……妄想と幻想と依存。
その渦の中心に、恋という劇薬を垂らしたのが今の私。
側からみれば頭がおかしく見えるかもしれないが、今の私は最高にリアルを謳歌している。
だから、誰にも水を刺されたくない。
「ふぅ……よし!」
軽く頬を叩いて気持ちを切り替える。
私は窓際へと歩き、カーテンを少しだけ開けた。
外ではちょうど、明日菜が靴紐を結び終えたところだった。
玄関のドアを閉め、振り返った妹の視線がこちらを見上げる。
目が合った。
次の瞬間、明日菜はこっちに向かって手をひらひらと振ってきた。
朝の光を背にしたその仕草が、妙にまぶしくて胸がちくりと痛む。
「……私は、友達がいっぱいで元気な明日菜がとても羨ましいですよ」
明日菜には絶対に聞こえない声で、小さく呟く。
一応、私も手を振り返しておいた。
……あの子は口が悪いけれど、いつも正しい。
私のことを“心配してるからこそ”ああ言うのだと、ちゃんと分かっている。
なのに、素直に受け止めることができない。
そのくせこうして見送る時だけ、私は優しい姉のふりをしてしまう。
なんて最低で都合のいい人間だろう。
でも今の私には、それくらいしかできない。
「では」
私は深呼吸をして、胸元をぎゅっと掴んだ。
指先が、まだ少し震えている。
「そろそろ行きますか」
---
自宅のすぐ横にある馬鹿でかい公園を跨ぎ、駅へ。
そして新幹線に乗り込み目的地の幕張メッセ近場のホテルに泊まり、明日になるのを待った。
次の日の朝。
「わぁ……虹だ〜」
会場前に出てる虹の写真を浮かれた気持ちで撮る。
まるで今日という日を、神様が祝福しているようだった。
この特別な場所に虹がかかっているというのが、更に希少価値を上げてるように見えて良い。
そして幕張メッセ前には、すでに長い列ができていた。
スタッフの「列を詰めてくださーい!」という声が反響し、ファンたちの笑い声や、紙袋のこすれる音、ペンライトのカチッという音が重なっていく。
その雑音のすべてが、祭りの始まりを告げるように高鳴っていた。
「凄い人の数です……」
思わず口をついた呟きは、すぐにざわめきに溶けて消えた。
開場からまだ一時間も経っていないというのに、空気はすでに熱を孕み、湿り気を帯びて肌にまとわりつく。
広大なホールの中へ入ると、まず視界が色鮮やかな光で満たされた。
天井から吊るされた巨大モニターには、ライバーたちの映像が流れ、企業ブースごとにスピーカーからテーマソングやボイスが絶え間なく響いている。
床のコンクリートも、重低音に合わせて微かに震えるてるし、その振動が靴底から伝わり、まるで地面全体が鼓動しているようだった。
会場の中央では、等身大パネルがずらりと並び、人々が順番にスマホを構えて写真を撮っていた。
あちこちから「可愛いー!」「あっこれ限定だよ!」と歓声が上がる。
「気圧されていては駄目ですね。私も沢山楽しむとしましょう!」
---
そしてこの数日間――会場を隅から隅まで歩き尽くし、展示を眺め、ガチャを回し、推しのブースでは声も出ないほど興奮していた。
限定グッズの袋が増えるたび、胸の奥も少しずつ満たされていくようで、私はそれが嬉しかった。
……それなのに。
気づけばday3の昼下がり。
私は壁際に立ち、会場を行き交う人々の背中をぼんやりと目で追っていた。
「ねえ、次どこ行くー?」
「着ぐるみステージかなぁ」
「え〜……お化け屋敷が良い!」
弾む声が、流れる人波の向こうから届く。
カラフルなショッパー、ふわふわのツインテール、同じ推しの缶バッジで飾られたリュック――。
彼女たちは笑いながら肩を寄せ合い、その輪の中にだけ、柔らかい光が集まっているように見えた。
私の手元にある袋にも、グッズがいくつも入っている。
けれど、その袋を見せ合う相手――友達が一人としていない。
誰かと「可愛いね」と言い合う声を出す機会も私にはない。
私は自身の黒いパーカーの裾をぎゅっと握りしめた。
……フードの影が顔に落ちるたび、余計に周囲との差が際立っていくようで、心の奥がざらついた。
せっかく来たのに、どうしてこんな気持ちになってしまうのだろう。
「何を考えてるんだろ……こんな特別な日に。……馬鹿みたいです」
小さく吐き出して、両手で頬を軽く叩く。
音に合わせて、気持ちを立て直そうとした。
「今はお昼ですし、フードエリアに向かうとしますか」
……久しぶりに自分以外の多くの世界を見たせいで、自分と周りの差を比較してしまった。
こういうのは普段、外に出ないからこそなってしまう病みたいなものだろう。
物心ついた時から何も変わってないのに、今更何を考えているのかという話でもある。
気をつけないといけない。
そう自分に言い聞かせながら、下を向いて数歩ほど進む。
――その瞬間だった。
ドンッ。
横から鋭い衝撃。
肩が弾かれ、視界がぐらりと傾く。
私は倒れかけた身体を、なんとか踏ん張って立て直す。
だけど、すぐ隣には――私と同い歳くらいの女の子が、尻もちをついていた。
「痛った……」
綺麗に波打つロングの髪。
光を受けてきらめく青のメッシュ。
大きめのサングラスに、つば広の帽子。
アクセサリーを重ねすぎて、腕も首も光を反射している。
派手で、鮮やかで、ひと目で「私とは違う世界の人だ」と分かる子だった。
床にはその子のグッズが散らばっていた。
アクリルスタンド、ブロマイド、限定チャーム――まるで光の破片のように四方に転がっている。
ぶつかった衝撃で、中身が全部こぼれたのだろう。
胸の奥が一瞬で冷えた。
――完全に私のせいだ。
「ちょっと!どこ見て……って藤崎 茜?!? なんであんたがk――」
どこかで誰かが私の苗字を呼んでいる気がした。
でも思考が追いつかない。
私は反射的に何度も頭を下げ、言葉を重ねた。
「すみません!すみません! 本当にすみませんっ……! 今すぐ拾いますから!」
半ば反射的に叫びながら、自身のシオンちゃんの痛バッグを床に置き、散らばったグッズを掻き集めた。
手のひらが震えて、アクリルの縁が指に食い込む。
拾い終えると、既に立ち上がっていた彼女に、落ちていたバッグごと手渡した。
「その……本当にすみませんでした」
「う〜ん、まぁありがとう。そんなに謝らなくてもいいよ」
この女の子の明るく笑う声――それがあまりにも不自然に聞こえた。
妙に高く喉の奥でつくられたような、芝居じみたトーン。
これは地声じゃない。
声の質で表すならば、ネズミの国のミ◯キ◯に一番近いと言えるかもしれない。
どうやら彼女は何故か声を作って話しているようだった。
「って……やば」
小さく呟いた彼女が、ぱっと顔を上げる。
次の瞬間、焦ったように辺りを見渡した。
「こんなことやってる場合じゃないや!」
そう言って彼女は私の手首を掴んだ。
その手のひらは驚くほど熱く、細い指に似合わない力があった。
拒む間もなく私は引き寄せられる。
「な、何をしてッ?!」
「いいから、ついてきて!」
彼女は迷いもなく人の波をかき分け、私を引きずるように走り出した。
周囲の喧騒が遠ざかり、代わりに心臓の音がやけに大きく響く。
「え、え!? ……どこ行くんですか!?」
「どこでもいいでしょ」
「そ、その!私はお昼ご飯を食べに行こうと思ってて……それに――」
人と話すのは苦手だから、今すぐその手を離して他人になって欲しい――などと言う暇などなく。
「じゃあそこでいいよ!とりあえず今はここから離れさせて!!」
声の奥には、どこか切羽詰まったものがある気がした。
それが何なのか私には分からない。
でもその必死さに抗えなかった。
彼女に握られた手の熱。
汗ばんだ皮膚の感触。
走りながらも、彼女の横顔は笑っていた。
焦げつくような真剣さと、どこか砕けたような明るさが混じっている。
この状況は、何もかも突然で意味不明で――現実味がない。
それでも私は抵抗できず、ただ引きずられていった。
いつもの私なら、絶対に怖がって逃げていたはずだ。
でも――今日は違った。
周囲の幸福そうな笑顔と、自分の孤独を見比べて、何かが壊れていた。
だからだろう。
少しぐらい、この熱に身を委ねてもいい気がした。